32.古傷の治療(後編)
今日は間を置かずに投稿。
今回のダイジェスト
「オペを開始します!」
俺は先生に向き直ると不安を取り払うように、出来るだけ明るい声を出した。
「さて、先生。さくっと解呪というか、摘出してしまいましょうか」
「やっぱり、分かっているのね。全部、任せてしまって大丈夫なのよね?」
「はい。当時先生が何をしたのか、今どういう状態なのか、それを開放するのがどういうことなのか、全て理解した上で言っているので安心してください」
「分かったわ。鞍馬くんを信じます」
「ありがとうございます。では目を閉じててもらえますか?
摘出自体はすぐ終わりますので」
「(すぐ?)え、ええ」
すっと目を閉じた先生を確認した俺は、アイテム空間から1本の刀を取り出した。
剣の銘は『次元刀』。次元すら切れる程の切れ味があると謂われている。
刀身に魔力を通した俺は、それを慎重に横一文字に振り抜いた。
スッ……ドバッ!!
刀が先生のお腹を深く切り裂いた。
そして切り裂かれた口から噴き出したのは赤い血、ではなく黒い澱み。
逆に血は1滴も出ていないから上手くいったようだ。
黒い澱みは堰を切ったようにドバドバと出続けている。もう先生の体積の倍以上の量が出ているのにまだ止まらない。
そしてようやく澱みが出きったところで、倒れる先生を抱きとめ、治癒魔法で切り口を塞いだ。
先生は……よし、澱みが出た反動で気を失ったけど、命に別状は無さそうだ。
あー、でも魔力の流れが乱れてるし肉体も予想以上に侵食されてたな。
これは直ぐに治療が必要だ。
先生の様子を窺う俺を他所に、あふれ出た黒い澱みはグネグネと蠢き1つの形を取り始めた。
そして幾らもしない内に明確に魔物の姿になり、それに目と口が現れる。
『グハハハッ。よもや強制的に外に出されるとはな。
もう3ヶ月も待っていれば自ら出てきたものを』
くぐもった声で人の言葉を話す魔物。
こいつこそが去年先輩達を襲い、先生が禁断の魔法で封じ込めていた魔物だ。
「それって、先生を食い殺して出てくるつもりだろ?」
『いやいや食うのは出た後だ。半年以上も俺様を縛り付けてくれた礼にじっくり味わってやるさ。
まぁ、ずっと魔力を提供してくれた礼もしないといけないから、目の前でそいつの教え子達を食い殺してからにしてやるがな』
先生が使った魔法って言うのは、本来、召喚師や従魔導師が使う魔法で、使役対象の魔物を自分の体内に創った魔力空間で飼う為のものだ。
本当ならきちんと契約を結んだ上で行うから安全なんだけど、先生の場合は強制的に閉じ込める為に使ってしまった。
結果として空間を維持する為にも、魔物を拘束する為にも、大量の魔力を常時消費するし、封じた魔物も大人しくする筈もないので常に全身に痛みが走って居た筈だ。
それなのに普段はおくびにも出さずに元気そうにしていたんだから、賞賛に値する。
ただ奴の言葉通り、拘束中に消費する魔力の大部分が魔物へ食料として供給されてしまうので、外に出てきた時には閉じ込めた時より強力になっている。
「先生の事だから、封印が解ける前に自分ごと消滅させるつもりだったんだろうけど」
『その覚悟もお前が台無しにした訳だ。グハハハハッ。
さて、脆弱なる人間よ。外に出してくれた礼にお前は苦しまずに食ってやろう』
そう言って舌なめずりする魔物。
どうやら長い時間先生の中に居た影響で、人間臭い感情を持ったみたいだな。
その分、野生の勘が鈍っているようにも見える。俺を前に脆弱とか。
「あー、悪いが俺は先生の治療を優先しないといけないんだ。
お前の相手はそっちのコロがするよ。
コロ。新しい玩具だ。食っても良いけど、不味かったら吐き出すんだぞ」
「わんっ」
『ブハハッ。なんだその子犬は。
そんなのがこの俺に敵うとでも思っているのか』
尻尾をぶんぶん振って応えるコロを見て、魔物が笑い出した。
どうやら見た目だけでコロを侮っているようだな。
「生きた年月と体の大きさと強さは決して比例しない。
大切なのはどういう環境で生きたかだ。コロにはここ数日、俺の魔力を食べさせてるからな。
ああそれと、一応良いことを教えておいてやる。
コロの得意属性は光と闇だ」
『なに!?魔物が光属性など持てる筈がなかろう』
「わん。がるるっ」
魔物の言葉に抗議するように唸ったコロは全身に光を纏うと魔物へと飛び掛った。
それはまるで彗星のごとき光の帯を残して縦横無尽に飛びまわる。
『な、なんだこれは。ぐわあぁぁぁ』
俺は魔物の悲鳴を背中に聞きながら、先生を抱えて部屋へと戻った。
ベッドに先生を横たえて容態を確認する。
「はぁ、はぁ、はぁ」
あの魔物によってだいぶ身体を汚染されていたんだな。
今は壊された身体を何とか修復しようとして魔力が暴走気味になっている。
これは3ヶ月どころか1ヶ月遅れていたら手遅れだったかもしれない。
このままでも持って3日だろう。
「んっ、はぁ。ここは……」
「気が付きましたか?ここは俺の部屋です。
今は先生の体内から魔物を摘出した後遺症が出てしまっている状態です」
「そう。あ……魔物は?」
「そちらは消滅させておきますから大丈夫です」
「よかった。鞍馬くんはほんと、規格外ね。
それで、私はやっぱり死ぬのかしら。
当然よね、ずっと魔物に体を食い散らかされてきたんだから。
あの魔法を使ったときから覚悟は出来ているわ」
静かにそういう先生に俺は首を振った。
「死なせないですよ。
俺が付いてて死なせる訳無いじゃないですか。
ただ予想以上に症状が悪いので、何度かに分けて治療を続けないといけないですけど」
「鞍馬くんでも予想外のことがあるのね」
「もちろんありますよ。では早速治療を始めるので、先生はそのままリラックスしててください」
「ええ、よろしくね」
そう言って軽く目を閉じた先生に手を当てて、俺は治療を開始するのだった。
本当なら次回予告とか書きたいんですけどね。
このペースで投稿してるとストックが底を尽いてるもので。
(次話がこの段階で大きく変動するともいう)




