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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

夏のホラー2018 応募作品群 和ホラー

歯に込めて 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と、内容についての記録の一編。


あなたもともに、この場に居合わせて、耳を傾けているかのように読んでいただければ、幸いである。

 むっふっふ、待っていたんだ、このバイキングを! 好きなものを好きなだけ食べられるって、本当にありがたいなあ。これがふた月くらい前だったら、もうつらくてつらくて……痛くない側の歯で噛むことしかできなかったよ。

 辛かったぞ〜。歯は痛いし、口の中は臭いし。

 診断結果としては、溶けたエナメル質の穴に食べかすが詰まって、中の神経を圧迫してたんだって。噛むたびに詰まった食べかすが押し込められて、神経を突き刺す。奥深くにねじ込まれているから、並の方法で取ることができず、放置。異臭を放つというわけだ。

 いやはや、歯って本当に大事だよねえ。今回の件で思い知ったよ。健やかな歯になりますようにって、屋根や縁の下に放り投げた記憶さえあるっていうのに……。

 あ、そういえば治療している間に、歯について色々調べてみてね。ひとつ面白い話を見つけたんだ。飯を食べながらでいいから、聞いてみないかい?


 今となっては、だいぶむかし。一年の大半を歯痛に悩み、苦しんでいた少年がいた。

「男は痛みを我慢する。泣いたり、弱音を吐いたりするなどもってのほか」。それが、生まれた時より、両親が彼に叩き込んだ理念。律儀に守り続けた彼は、齢五つになる頃にはすでに、無駄口を叩かずに行動する「もののふ」としての気質を帯びつつあった。

 そんな彼にとって、この歯痛は天がもたらした、己への試練と受け止めていたらしい。だから誰にも打ち明けず、自力で耐えて、乗り越えることに意義がある。彼はそう信じて止まなかった。そして、口内の歯のいくつかがぐらつき始めたことに関しても、彼は両親に黙っていたらしい。

 そして少年が六つの誕生日を迎える、十日前のこと。彼の口から上と下、合わせて四本の前歯が次々に抜けた。

 いつもは気難しい顔をしている父母も、この時はにこやかだったという。


「一息に四つとは、これぞ吉兆。少しでも早く、わらしの時期を終えよ、という神のお告げに違いあるまい。これよりの武運長久のためにも、歯を神に供えようぞ。先祖代々してきたように。下の歯ならば、いと高く。上の歯ならば、いと低く。さあ、すぐにも」


 親の言葉にうなずき、屋根に、縁の下に、それぞれ歯を投げ入れる彼の顔もまた、久しぶりに晴れ渡っていた。

 夜の眠りさえ妨げてきた、口内の痛苦。それが歯の抜けたとたん、うそのように消え去ったのだから。これぞ自分が、天が与えた試練に打ち勝った証。耐え忍んだ自分が報われたのだと、切に思った。

 これからはゆっくり眠ることができそうだ。少なくとも、彼はそう考えていたんだけど。


 その晩から、彼は痛みとは違う別のものに、神経をすり減らされることになる。

 音だ。目を閉じ、うとうとしながら大あくび。まどろみの腕が、自分をすっぽり包み込む、その直前。

 大きな歯ぎしりが響き、彼は思わず飛び起きた。

 自分の部屋は四方を襖で閉ざしている。いざという時に反応できるよう、警護の者がそれぞれ隣室に控えているが、これまで彼らがいびきをかいたことはなかった。

 ほどなく一方の襖が開き、かの警護の一人が顔をのぞかせる。手に明かりは持っていないが、代わりに鞘にくるんだ刀を一本。少年が起きているのを確認すると、その無事に胸をなでおろした後、唐突に尋ねてきた。「先ほどの音をお聞きになりましたか?」と。

 自分だけではなかった。その事実に安堵感あんどかんを覚えつつも、少年はうなずく。

 もう、歯ぎしりは聞こえない。偶然か、それともこちらが起き出した気配を察し、一層、息をひそめているのか。


「警護を担当する、他の者にも伝えておきましょう。ご両親のお耳にも入れましょうか? よろしければ私から」


 少年が直接伝えた言葉は、親の嫌う弱音に取られかねない。だから少年に代わり、その意見を間接的に反映させようという、警護からの提案だった。

 しかし、少年は「いや」と首を振る。先ほどの親の言葉を、彼は思い出していた。

 少しでも早く、童の時期を終えよ、と。

 ならばこれは、歯痛の次に訪れた、新しい試練かも知れない。なれば、自分を守ることを本分とする警護の者はともかく、日々、それぞれの仕事をこなしている両親の手を煩わせるのは、良いこととは思えなかったんだ。

 己が手だけで、解決を図って見せる。彼はその旨を、警護の皆に伝えた。

 

 いきなり警戒しては、向こうも慎重になるかもしれない。彼らはつとめて、通常通りに日中を過ごし、眠る時のみ物音を聞くことに神経を張り巡らせた。

 初めて歯ぎしりがしてから三日。再び音が響いてきた。

「ギコギコ、ギコギコ」と硬いものをのこぎり挽きにかけているように、激しくこすれ合っている。一定の速さと調子で繰り返されるそれは、匠の技の風格さえ感じさせた。

 その晩、少年と警護の皆は様子見に徹した。翌日、日中の各々の仕事を終えると、少年と警護を担当する者たちは、ひとつの部屋に集まり、対策を練り始める。

 当初、あの歯ぎしりは屋敷に住まう誰かのもの、という見解があったが、一同はそれを却下する。

 響いてきたのは、畳の下。ことによると更に地面に近い、床の下からかも知れない、と見解が一致した。

 間者の類であれば、よほどの間抜けでない限り、音を立てようとしないはず。獣か、あるいはもっと怖いものか……。


 即座に刺す、という意見。もう少し様子を見るべき、という意見。改めて両親に相談をするという意見など、様々なものが出た。

 最後のものに関して、少年はあまり乗り気ではない。だが、もしもこれが賊の類だったならば、少年本人のみならず、家全体に関わる大事となるかも知れない。そう話を持っていけば、臆病風に吹かれたと取られることもないはず。

 さっそく少年は、仕事を終えた両親に、それとなく音のことを相談してみる。ところが、二人とも歯ぎしりについては知らないようで、少年の報告が初耳だったらしい。

 両親の気質は知っている。下手に食い下がると、絶対にいい顔をされない。

 同時に悟った。音の主は自分と、隣り合う警護の部屋たち真下にいるのではないか、と。あれほど大きい音にも関わらず、いくつか部屋を隔てた両親の部屋に届いていなかった。これは実際に、自分のすぐ近くにいることを表しているのでは。

 もしかすると、音の主は床板の裏側に張り付いているのかも。そんな想像さえ、頭の中を駆け巡った。

 

 少年はその旨を警護たちに伝え、再び相談する。

 結果、少年がいつも寝ている布団は警護のひとりが身代わり役として使い、少年自身は警護と両親の部屋の間にある、空き部屋で寝る。

 加えて、縁の下に潜り込み、調査をする人員を選抜。緊急時には刀の柄頭で、床板を三回、強く叩くことを取り決めした。

 鬼が出るか蛇が出るか。一同は緊張しながら、夜が更けるのを待ちわびた。

 

 そして決行の時。少年は移動先である空き部屋、その畳の上を落ち着きなく、うろうろと歩き回っていた。

 安全第一ということでこちらに移されたが、いらない苦労をかけることになるかも知れない彼らのことを思うと、じっとしていられない。でも、自分が戻って何かしらの事故があれば、策の意味がなくなってしまう。待つより他になかった。

 落ち着かぬ心。いたずらに火照る体。それさえあざ笑うような深夜の冷気が、ふすまの隙間から忍び込み、温い空気を押しのけ出した。

 

 ドン! ドン! ドン!

 示し合わせていた、柄頭が床を叩く音。目標場所からここまで響くとは、かなりの力を込めているものと思われた。けれど、一回限りじゃない。

 ドンドン! ドンドン! ドンドンドン! ドンドンドン! ドンドンドンドン……。

 音がやまない。後から後から、雨だれのごとき勢いで、床に穴さえ開けんばかり。ついには人の悲鳴が混じり、少年のいる部屋から少し離れた場所にある、両親の部屋の襖が開け放たれる気配がした。

 皆が自分の部屋に駆けていく足音。少年もそれについていくべく、部屋を飛び出した。

 

 着いた時、自分の部屋の中央には、大きな穴が開いていた。畳はのけられ、床板は上と下から激しく叩かれたらしく、木くずが秩序なく飛び散っている。

 土まみれになっている警護の者は、先の相談で縁の下に潜るよう指示を受けた者ばかり。彼らはめいめい口にする。転がった歯の中に虫が巣くっていた、と。

 彼らが潜り、少年の部屋の真下で見たもの。そこにはごく細いミミズのような生き物が、頭の先から牙を出し、かつて投げ入れられたであろう歯に、突き立てている姿だったという。

 あの歯ぎしりは、彼らが歯を削る時の音だったんだ。更に奴らの中には、削った歯の中に潜り込み、頭だけを出して歯ごと移動する輩もいる。まるでヤドカリのように。

 あまりの奇怪さに、つい一人が床板を叩くと、奴らは瞬く間に地面や、この地点の天井たる床に張り付いて、歯もろとも次々に散っていったとのこと。

 だが、ごく一部のミミズは、自分たちの顔に飛び込むように向かってきて、見えなくなってしまったらしい。

 

 開いた縁の下は徹底的に調べられたが、彼らの証言にあったミミズらしきものは発見できず、暗闇を恐れた彼らの虚言では、と陰口さえ叩かれるようになってしまったとか。

 ただ、証言をした彼らは、次々に歯痛を訴えた。医者に診てもらうと、どの歯にも「キリ」で作ったような穴が開いていたという。

 当時の治療は、その主流が抜歯であり、片っ端から歯を抜く羽目になった彼らは、固いものをまともに咀嚼できなくなってしまったんだ。

 

「俺たちの歯には、あの虫が潜んでいた。そいつらが、俺たちの歯をやったんだ」


 彼らは生涯、その存在と怖さを訴え続けた。その姿はついに、「虫歯」という言葉を、生み出すに至ったという。



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