機械の星へ
異星揚陸艦『ノーブルルージュ』――――
星間移動479日目、目的地である惑星レネット到着まで、残り5時間を切った。
モニターに巨大な惑星、その姿がはっきりと映っている。
「母なる星への帰還、か……。感慨深いという言葉が合うのかな?」
与えられた任務は全てクリアした。
あとはあの星へ、レネットへ到着することだけ――――
「…………ん」
トントン、と司令室のドアがノックされる。
入れ、と短く言葉を発すると、作り物のように綺麗で無表情な美女が入ってきた。
黒のロングヘアで、外見は10代後半。
なんとも落ち着いた風貌――というよりも、むしろ無機質めいていた。
それもそのはず、彼女は人間ではなく軍用アンドロイドなのである。
「失礼します、着陸準備は全て整いました。着陸予定時間まであと4時間47分です」
「ああ、分かった。ご苦労だったなロゼット」
ロゼット――――それが彼女の名前。
異星揚陸艦のオペレーターや雑務、料理などまでこなすマルチタイプの女性型軍用アンドロイドの中でも特に優秀なタイプだ。
戦闘にこそ向かないため今回のような任務を直接担当することはないが、居てもらわなければ困る影の立役者と言える。
「……なあ、ロゼット」
「はい、何でしょう」
「お前はこの星――――レネットを見てどう思う?」
「どう、ですか?申し訳ありません、抽象的な質問で適切な解答を行うことが出来ません」
「くっく、それもそうだな」
無表情のまま機械的な答えを返すロゼットから目を離し、再びモニターを見つめる。
灰色にくすんだ星。
海の青さも、植物の緑もそこにはない。
今回の航行でいくつもの星を見て来たが、これほど美しくない星も珍しい。
「機械に支配され、人間が存在しなくなった星か……」
そう、レネットには人間がいない。
正確には「いなくなった」。
圧倒的な科学力で開発・機械化が進められ、生活の全てが機械任せ――食料、水、空気すらも――となり人類が栄華を極めたのは何年前のことだったか。
ロゼットのようなアンドロイドが生み出され、戦闘タイプのアンドロイドを使った戦争が頻発し、そして。
自我を持つに至った優れたアンドロイドたちに、無能な人間たちが取って代わられたのだ。
「ふふふ、警鐘は鳴らされていたが実際に起こるなんて誰が考える?アンドロイドたちが反乱を起こし、しかも全て安全装置を、緊急対策を無効化されるなんて」
自分たちが作ったアンドロイドに支配された人間たち。
滅亡の危機に瀕し、レネットを捨てて他星へと逃げ延びて行ったが――――
「ただでは逃げない。母なる星をいつか必ず取り戻すため、アンドロイドたちの機能を狂わせ一斉にストップさせることが出来る電波を発する装置の開発を密かに進め、ついに成功させた、と」
机の上に無造作に置いてあった物を取り上げ、まじまじと見つめる。
対アンドロイドの最終兵器。
機械への支配を取り戻すための、レネットの科学者たちの英知の結晶が、手の中にある。
「それは保管庫に厳重に閉まっておいたはずでは?」
「ふふっ、固いことは言いっこなしだ。こんなに珍しいものを自分の手に持っておける機会なんてそうそうないんだ、あと少しだけ楽しませてくれよ」
こちらを咎めるような視線で(表情はまるで変わっていないのだが)見つめて来るロゼットを制し、装置を手で弄ぶ。
ここまで小型化させ、しかも保管庫がいっぱいになるほど量産したのだから人類の意地というのも捨てたものではないのだろう。
その機能は実証済み。
この装置を無事にレネットへ持ち込むことが出来れば、アンドロイドたちは為す術もなく機能を停止し、人類の逆転勝利は間違いないだろう――――――
「今回の任務に、失敗は許されない」
母なる星の支配権を巡る人間とアンドロイドの戦い。
その終止符を打つための任務。
「はい、だからあなたが選ばれたのでしょう。最も優れた戦士である貴女が……」
「ふふ、まさか任務の補佐がロゼットのみだとは思わなかったけどな」
「隠密性が重要ですから。あなたと同等の技量を持つ戦士はまだ少ないですし、大勢で行動しても目立つだけでデメリットが大きいという判断でしょう」
「上は私の力をよっぽど過信しているらしい。光栄なことだよ、まったく――――――」
『……聞こえているぞ』
ブオン、と音が鳴りモニターが切り替わった。
異星間通信――――どうやら上官様たちからのありがたい連絡のようだ。
「こちら異星揚陸艦ノーブルルージュ、レネット到着まで約4時間30分、船内、船員共に異常はありません」
規定通りの報告を行う。
向こうでも大体の事は把握できるはずなのだが、どうしても定時連絡は行わなければならない。
『結構。……ようやく、だな』
「ええ、ようやく、です」
『レネットは、我らの星は今日という日を持って真の在るべき姿へとなる。装置は全てそこにあるな?』
「はい。全て確保し持ってきております」
『よし、では最後の任務だ。その装置をすべて…………』
装置を握った手に力が入る。
ついに指令が下されるのだ。
この時をどれほど待ち望んでいたことか――――
『破壊、せよ』
グシャッ、と。
指令が告げられた瞬間、手の中の装置はあっけなく握りつぶされた。
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「保管庫に入れてある分も破壊しないといけないな。着陸前の一仕事だ、さっさと済ませてしまおう、ロゼット」
「了解しました。しかし、装置は全て持ちかえるものだと認識していましたが」
「使用できる状態で持ちこむこともリスクとの判断だろうね。こうなる気がしていたから壊される前に持ち出して内部を見ていたけど、効果範囲も広いし驚異ではあったよ」
会話しながら保管庫へ向かう。
人類の最後の希望を完膚なきまでに叩きつぶすために。
「しかし今回の任務は色々な星を巡れて楽しかったけど、またしばらく待機になるのかな」
「近辺の星に潜伏していた母星を脅かす可能性のある科学者たちは全てあなたの手で粛清されましたが、さらに遠方の星への遠征計画もあるようです」
「ふうん、上の連中も強欲だね。レネットの完全支配だけでは物足りなくなったのか……肥大する自我を抑えられないのか」
「…………」
隣を歩く少女を見る。
長く金色に光る髪、深い青の瞳、華奢な体つき――――そして、好戦的な笑顔を張り付けた美少女。
対人類用の最新戦闘アンドロイド、レミリア。
今回の任務――――科学者たちの抹殺と装置の回収を命じられた彼女は、次なる任務に想いを馳せているのか楽しそうに笑っている。
まるで人間のように……