5-4 龍神ちゃん
グラマラスなウィンディーネに着いて行った先は青い光が舞い、月明かりが照らす巨大な湖だった。水は透き通っており、深い底が見えるほどだ。
水清ければ魚棲まずという古語があるがここでは別なようで小魚の群れや、イルカっぽいの、トビウオや様々な魚がいる。
ウィンディーネさんはそのまま潜っていく。うええ?水中に何かあるの?……この街、シ・アンロメアってウィンディーネの街なんだよな、海底都市ならぬ湖底都市じゃなくて良かった。ウィンディーネなら水の中の方が生きやすいからな。
無意識のうちに放出される冷気を抑えつつ湖底へと潜っていく、夜の海は静かで、落ち着く。海じゃないか、湖だったな。無音というわけではなく、魚の寝息や、植物の囁くような小さな声。
それらを聞いているとなぜか落ち着くのだ。
そんなことを考えているといつの間にか魚の声と海藻の類いだけだが植物の声が聞こえるようになっていることに気づく。
ウィンディーネだからだと思うが、これサラマンダーとかオーディンって何の声が聞こえるようになるんだ?火の声とか電気の声なんだろうか。
洞窟をくぐり抜けその先にあったのは部屋、だけど私室みたいだ。ごちゃごちゃして物が散らばっているあたりズボラな人なんだろう。
「龍神さま〜龍神さま〜言ってた氷の子を連れてきましたよ〜」
えっ、なに、ウィンディーネなのに龍?精霊じゃないの?でも、本来龍神って雨とか水のアレだっけ、鯉が滝登ったら龍になるっていうし。
「龍神さま〜……寝てるんでしょうか?」
こっち見ながら言われても。会ったこともないし返答しかねるわ。
ゴト、ガシャ、ドゴンと水中で物を転かし、ぶつけるような音の後、奥の穴から想像していた姿とは全く違った者が出てきた。
……そう、者である。
ヴィゾヴニルの街(ほぼ確実にヒュペリオンの街)があるのでヴィゾヴニルのように、巨大な鳥ならぬ巨大な龍が出てくると思っていたのだが、実際にはただの幼女が出てきた。また幼女。幼女率高くない?
死神様は少女だった、最近何かと交流のあるメンバーのうちシアを除けばくろいろ、ハーベスト、イルミ、全部幼女だ。ついでに俺も幼女だ。
ドワーフとパルームだしまあ仕方ないと言えるが……うむ。幼女としか会っていない気がしてきた。
「うっしゃいわよ!今日は休むって言ったでしょ!もうお日様沈んでるし!あたし転生したばっかなの!成長期なの!身長とみゃったらあんたのせいだからね!……で、何の用?」
龍神ちゃんはこれまた身長が低く100cmあるんだろうか。なさそうな気がする。死神様は140cm程度だった。
そして見る者を威圧しそうなほどに美しい青色の足までありそうなゆるふわヘアー、目は空のように柔らかな青色。怒っていた時はツリ目だったが現在はジト目である。表情が豊かなのがうかがえる。
服は紫色のうさぎの着ぐるみパジャマ、マジ幼女。
「三日ほど前に仰っていた氷の精をお連れしました」
「ふーん?下がっていいわよ」
「はい、……ですが、一日目を離した隙にここまで散らかすとは。神としての自覚が「あーはいはい、お小言はいいから。早く下がりなさい、シッシッ」
鱗に包まれた細長い尾先の鱗で青いゆるふわヘアーをいじり、興味なさげに言い放った。
……お嬢様の世話をするメイド長のような、子どもと母親のような関係なのだろうか。
「……ではご自分でお・か・た・ず・け、なさってくださいね」
「ちょ!やだ!ごめんなさい!自覚が足りなかったです!」
瞳を潤ませ、出て行こうとしたウィンディーネの腰に抱きついて止める。龍神ちゃん弱い。片付けもできないのか……手の甲に生えたサファイアのように煌めく鱗がウィンディーネさんの装飾品に見えてきた。
鱗は他にも首元、脹脛の外側から足の甲にかけて、それと骨盤の側部、以上の場所に鱗がある。
うん?死神様も聖命維持を放棄したとか何とかヴィゾヴニルが言ってたな、もしや死神様の方がダメな子なのか……?
「ぴゃっ!?」
「どうかしましたか?」
おでこに謎の衝撃と痛みが、デコピンされたかのような。
おでこを押さえてキョロキョロと見回し、水感知で探るが何もない。
「ん〜?ぷっふ、あははははっ!あんた神罰くらったのよ!大方アホな事考えたんでしょうけど、ずっと見てもらってるなんて光栄なことね。黒神ならやりそうな事だけれど」
こくしん?多分死神様のこと言ってるから黒神か、はー……別の名前あるんだ、図書館で調べたけど載ってなかったぞ。
「はぁ、笑った、笑った」
お腹抱えてヒーヒー言うほどにおかしな事なんだろうか、デコピンの神罰というのもなかなかに新しいとは思うが。ふわふわ浮いて龍神ちゃんは机に腰掛けた。
そういえばいつの間にかウィンディーネいなくなってるし。
「では、話しましょうか。あなたをここに呼んだ理由を」
「はい」
急に雰囲気変わった。しかし背後の散らかった部屋はどうしても隠せない。シリアスになりきらない。
「あなたがここに来るであろうということはアウターワールドの巫女から聞いていました」
龍神ちゃんは足を組み直しながらそう語る。アウターワールド?外の世界、世界樹の外か。なら会ったな。
「アウターワールドっていうのは世界樹の外側ね?あんたエルフと会ったでしょ?」
「はい」
「そして……あーやっぱやめ。こほん。ヴィゾヴニルからもあんたの事は聞いてたのよ、死神の、黒神の命綱だってね。あいつにはあたしも世話になったし何か返したいわけ」
「なるほど」
死神の巫女っていうのはすごいコネだな。これだけでヴィゾヴニルと話し合えたし、龍神ちゃんとも話せる。ヴィゾヴニルも神なんだろうな、もしや他の神様とも対話できる……?
「それであんたに力を与えたいわけだけれど、ただ与えるのは神としての規則に違反する。規則といっても暗黙の了解の類いなんだけど」
「ということはまた……」
グッと俺は身構える。しかし心配は杞憂だったようで。
「うん?違う違う。ヴィゾヴニルの時のように戦うと思ったんでしょ、まあ当たらずといえども遠からずなんだけど」
「そうなんですか」
まさに龍神ちゃんが言った通りのこと想像してたよ、またあの手加減された無理くさい戦闘をするのかと。
それと目をぐしぐしと擦って眠いんですかね。マジ幼女だな。
「ウィンディーネとしての力を解放する試練も兼ねて水龍の渦と呼ばれる場所に一人で行ってきなさい。試練の詳細はさっきの子に聞けばいいわ……ねむ……」
「わかりました」
「物分かりがいい子ね、それほど……ふぁぁあ……難しく。ないから、気楽に。……ね」
ふわーっと倒れこむようにして横になっていく、水中なので勢いよく倒れないのだ。
散らばった本の上に落ちる前に抱き止める。暖かくはないが幼女らしくぷにぷにだ。
「奥の、寝室に……すぅ……すぅ……」
水中なのにどうやって息してるんだこの子は。
気にしないことにしよう。
奥の穴を通っていくといくつかの部屋が見える。書斎、おもちゃ部屋、何らかの荷物置き場、寝室、あった。
寝室は水が抜かれていて入った途端、付着していた水が全て消えた。龍神ちゃんの重みがしっかりと腕に伝わるがやはり軽い、鱗が異様に重いだとかそんなことは一切なく人間の重さ、つまりは100cm足らずの童女と同じ重さだ。
龍神ちゃんを天蓋付きの巨大な淡い水色の大きなベット、通称お姫様ベットに寝かせて、立ち去る。
ついでにベットの上に散らばっていた本を適当に纏めて机の上に積み重ねておく。
ここまで見てきたがやっぱりただの幼女だった。おもちゃ部屋も書斎も散らかってた。……うん。




