表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/24

第五章 「苦痛」

富田家と梅の関係を知ってしまった永久子。

夕食で起こったある出来事で初五郎は―

新鮮な金目の煮付けが運ばれてきた。

こおばしく炊けた米と一緒に永久子は柔らかく煮た金目の身をほぐし口に運ぶ。


そしてふと前を向く。

向かい側に座るのは、先程の件で機嫌を悪くしたのかずっと眉をしかめている初五郎だ。

今何か話しても何も良い返事は返って来そうにない。

永久子はゆっくりと味噌汁の椀を手で持つ。


しかしさっきの二人…初五郎と梅の関係だ。

あの時確かに初五郎は梅を射殺さんばかりに睨みつけ、それに対し明らかに梅は恐れていた。恐れているというよりは怯えや…わずかに申し訳無い口調だったのも気にかかる。


多分あの二人の関係はこうだろう。

重造は正妻との間に子を成した。それが初五郎だ。

しかし、重造は正妻の他に梅を妾にして置いておいた。

もちろんその事を正妻や初五郎が快く思うわけがない。

正妻は五年前に肺をやられて他界したと聞いている。

残された初五郎が梅を目の敵にしても無理のないことだ。

永久子はややうつ向いて溜め息を漏らす。


―人間とは救えぬ生き物だ―


自分は妾の子である。その自分は過去の結婚により夫が妾を選ぶという屈辱を経験している。

そして今自分の夫は母の恨みである妾を敵視している。

何の因果であろうか?

自分と初五郎は似ているのかもしれない。

一人の男に抱かれた二人の女。

しかし、初五郎は正妻の子で自分は妾の子だ。

妾と共に暮らす父親の元に住む初五郎にとって、永久子の生い立ちは気に入らないものだろう。

その証拠に、妻として迎えた永久子を初五郎は少々軽蔑している節がある。

永久子は更に深く、だが聞こえぬように溜め息をつく。


自分もその愚かな生き物の一人じゃないか。

こんな薄暗い霧のような晴れる事のない問題の渦中に置かれても、今回は自分ではなく初五郎や重造達の事だ。

自分の身に降りかからなかっただけで、以前とは全く違う安堵感を覚えている。

他人事のように考える自分が何とも愚かであるな、と永久子は自分を責める。

しかし、もし初五郎が女を囲ったとしても自分は何も感じないだろうなと永久子は思った。

それ位永久子は初五郎に対して愛情を持てなかったし興味を示すことが出来なかった。


永久子は胡瓜の糠漬けに箸を伸ばす。

その時だ。


「何やってるんだ!!」


初五郎が怒鳴った。

女中が膳に運ぼうとした熱燗を初五郎の膝にこぼしたのだ。


「もっ申し訳ありぁせん…っ」


女中は大層脅えている。ここから見ても体の震えが分かるほどだ。

途端に初五郎は立ち上がり女中の顔を思いっ切り叩いた。

バシッと言う音が部屋に鳴り響く。

永久子はびっくりして飛び上がった。

初五郎の平手打ちは続く。瞬く間に女中の顔は腫れていき、やめてくれと懇願して泣き始めた。

恐ろしい光景だ。


「あなた…っおやめください…っ」


永久子はとっさに声を出した。


「もうよろしいじゃないですか。それより濡れた着物を早くお脱ぎになって下さい。火傷なさってるかもしれませんわ。」


永久子の胸が発作のように脈を打つ。


「…何だと?」


息を荒げて初五郎が聞き返した。


「あなた、私はあなたのために…」


永久子が反論しようとした瞬間だ。

永久子は何が起きたのか分からなかった。

ただ顔に痛みが走り、自分の軽い体が宙に舞い上がるように強い力で跳ね飛ばされたような感覚を全身に受けた事だけは間違いない。


永久子は殴られたのだ。


自分の夫であるはずの人間が懇親の力をこめて与えた痛み。

永久子はしばらく状況が理解できず、ただみるみる内に赤くなる頬に手を当てる。



「あなた…っ」



夫の顔を見る。

今までに見たことのない顔だ。

不快感を露にし顔を真っ赤にさせている。

眉と目はつり上がり、口は今にも罵倒の声を吐き出しそうな形をしている。


「…うるさいっ」


初五郎は叫んだ。

こんな大きな声ではきっと家中に響きわたってるに違いない。


「妻の分際で夫にそんな口を聞く奴がいるか !!!二度と俺にそんな口を聞くな、わかったな!?」


永久子の体に震えが走る。何と恐ろしい夫だろう。

こんなつまらない事に腹を立て手を出すなどこれからどうなってしまうのだ。

いつ弾みで殺されてもおかしくはないではないか

永久子はこの家に嫁いで心底後悔した。そしてどこか冷静な自分がいるのに気付く。


「あぁ、また私は幸せになれないのか―」


当然だ。こんな心の中が幾重にも捻れている女がまともな幸せを味わえるはずないのだ。

悲しみや痛みと共に永久子の気の強い性格の中から怒りと言うものが込みあげてきた。


あぁ、夫よ―


私の夫よ―


私は決してこの事を忘れはしない。

あなたを憎むことを忘れはしない。


あなたが地獄で泣き叫び血の涙に濡れながら阿鼻叫喚を唱えようとも私はただひたすらに笑い嘲るだろう。

その日のために私はここにいよう。

このくだらなく魅力的な理由のために私はここで暮らして見せるわ。



永久子は苦しそうに蹲る。

しかしその目は強い光を放っていた。



それが初五郎には涙に見えただろうか?それとも復讐の炎に見えただろうか…

DVでましたー。。。

毎回サブタイトルに苦労してますorz

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ