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第二十章 「訪問」

永久子の住む富田家の家にある日突然静枝がやってきて―

夏の暑さが盛りを終える。

今年はいくらか乾いている方だったが、今日はその夏の残りか特に蒸す。

梅が汗を拭きながら永久子の食事の片づけをしていると、玄関で人が呼ぶのが聞こえた。


「ごめんくださいな。永久子さんいらっしゃるー?」


高く大きな声で叫んだ女は静枝だった。


「あら、まあまあようこそ・・・」


慌てて迎えに出た梅は突然の静枝の訪問に軽く会釈をした。


「あらぁ、梅さんじゃあないの。こんにちは!お久し振りねぇ。お元気だったかしら?」


静枝の声は更に甲高くなる。

きんきん声で挨拶した後静枝はどさっと玄関に腰を下ろした。


「お久し振りでございぁす。こっちゃはまあまあですぁ。静枝様も相変わらずお転婆な様で。」


梅がくすっと含み笑った。


「いやぁだ、梅さんたら!私これでもおしとやかになった方よ?毎日注意ばかりされてるけれど。」


「はて?どこがでしょう?昔とさほど変わらんようにも見えますけぇ?」


冗談を言う梅の肩を静枝がぽんと叩く。


「もう!相変わらず梅さんは私を子供みたいに扱うんだから!私もぉ二十八よ?うふふ。それにね。私今日は永久子さんに会いにきたのよ。いらっしゃるかしら?」


「奥様に?奥様なら今丁度お食事御済みになったとこでぁす。少々お待ち下しぁ。」


梅はぱたぱたと永久子を迎えに行った。



「・・・秋月の・・・ふふ、これじゃあ可笑しいわね。何時頃書かれたのかしら?まだ夏を過ぎてもいないのに。」


永久子はその美しく細い指で一枚の手紙をなぞった。

腹も満腹になり、心地よいまどろみの中で永久子は伏し目がちにその紙を机の上に置いた。


「失礼しぁす。」


梅の声を聞き永久子はすぐに振り向く。


「どうぞ。入って頂戴。」


「失礼しぁす。お邪魔しぁしたか?」


「いいえ、丁度今手紙を片していたとこよ。ほら、見て頂戴この手紙の数。全て詩心を読んだ方からのわたくしへの手紙よ。すごいでしょう?いつの間にかこんなに増えてしまったの。」


永久子は両手で抱えきれないくらいの手紙を持って梅に見せた。


「中には自分で詠んだ詩をわたくしに送ってくる人もいるわ。でも見て頂戴。今日届いたものよ。秋月の夜を詠んでるんですって。どうして送ってきたのかしらね?まだ秋の月を詠むには早すぎるのに。ふふ・・・」


永久子は詩心の話ができて上機嫌だ。


「はぁ。私は詩の事はよくわからなぁですが。何でこんな暑い日に送ってきたんでしょうかねぇ?」


「ふふ、そうでしょう?・・・それで、梅。何か用事かしら?」


「あぁ、すいぁせん。すっかり忘れてました。実は今玄関の方に静枝さんが来てらっさるんですよ。」


「静枝さんが?」


永久子は両手に抱えた手紙を何通か畳に落としてしまった。

野本静枝・・・本当に来たのだ。

それにしても急な話だ。あの時会ってからまだそんなに経っていないのに。早速か。


「そう。じゃあ上がっていただいた方が良いわね。早速お出迎えしなくては。どうぞ向こうの部屋にお通しして。」


「わかりぁした。」


しかし、こんなにすぐに来るとは静枝は本当に行動的だ。

そんな事を思いながらひんやりとした廊下を永久子は音もなく歩き静枝の方に向かう。

永久子が玄関に行くとそこには直接床に座り、着物から出ている足を暇そうにぶらぶらさせながら待つ静枝がいた。

まるで女中が着る様な赤茶色の地味な着物を着ている。帯も黄土色を暗くしたような四通柄で、ただ線が入っているだけだ。

何も用事もなくただ家にいるだけの自分でさえ淡い藤色の無地の着物に百合のお太鼓柄の帯を締めているというのに静枝は一体何時の時代の女なのだろう。それとも地方の女人は皆この程度なのだろうか。


「こんにちは、静枝さん。」


急に呼ばれてびっくりしたのか静枝は飛び上がりながら後ろを振り返った。


「あらぁ!永久子さん!ようやく会えたわねぇ。梅さんが遅いから待っちゃったわぁ。」


細い目がにこっと笑ったのでまるで線の様だ。


「こんにちは静枝さん。お出迎えが遅くなってしまってごめんなさいね。そんな所で待たせてしまって。

どうぞあがって下さいな。」


永久子は申し訳ないと静枝にお辞儀をした。


「ああ、良いのよわざわざ。そんな事より今から私の家に来ません?お茶もお菓子も用意するわ。ね?今から私の家で詩でも読みましょうよ。」


「今から?」


永久子はあまりの急な誘いに驚いた。


「そう、今からよ。駄目かしら?」


「駄目ではないけれど・・・随分急な話なのね。」


「ごめんなさいね。私思い立ったらすぐに動いちゃうの。じゃあ行きましょうか。」


静枝は永久子がはっきり返事をしない内にさっさと腰をあげ外に出ていってしまった。


「すぃあせん。静枝さんは昔からああ落ち着きがないもので。治せっち周りからいつも言われてるんでぁすが。」


梅は苦笑いを浮かべながら言った。


「仲が良いのね静枝さんと。良く知っているの?」


「えぇまあ。でも最近は用事がある時に少し話すだけですぁ。静枝さんは野本家に嫁ぐ前からうちと繋がっとりましてねぇ。ちいちい頃から重様に娘の様によう可愛がられとりゃした。私も暇があればままごとの相手させられましたなぁ。ただ、初五郎様と仲が悪くて。だから家の方にゃ寄りつかないんでぁすよ。」


そうなのか。永久子は静枝と梅の親しい理由を知って納得した。


「静枝さんとこ行きなさるんですか?御支度した方がよろしいでぁすか?」


「ええ、そうね。せっかく誘って頂いたしお邪魔してきます。向こうの家に何か持っていきたいから準備して頂戴。静枝さんが待ってらっしゃるから早くお願いよ。」


「かしこまりゃした。」


永久子は簡単には身支度を済ませ外に出た。そこには静枝が大きな欠伸をしながら気だるそうに立っていた。


「待ちくたびれちゃったわ永久子さん。」


今の欠伸のせいでうるんだ目を擦りながら静枝は言った。


「ごめんなさいね。支度してたものだから。」


静枝が大股でずんずん進むので、永久子は少し小走りになりながら返事を返す。

永久子が追い付くと静枝は手を後ろに組みながらくるりと横を向き、永久子の顔を覗き込む様に見た。

その仕草はまるで女学生の様だ。


「私の家ってここからとっても近いのよ。すぐ着くの。今日は八夜さんも家にいるはずだからちょっとお邪魔かもね。でもそうだわ、八夜さんも詩に興味があるみたいだから三人で一緒に遊びましょうか?」


下駄の音をからからと大きく立てながら静枝はますます目を細くしながら笑った。

同じ町に住む同い年の女。

これ程までに自由奔放に暮らしている静枝が永久子には別の世界の人間の様に思えた。

ようやく試験が終わったのでまた少しずつ更新しようと思います。よろしくお願いします。

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