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第二章 「下車」

東京から長崎に嫁ぐ事になった永久子。

目的の駅に降り立ったそこには喜一という男が迎えに出ていた。

汽車が駅に着いた。

汽笛の音が鳴り響き、目的地に着いたことを知らせる。


「さぁさぁようやく着きましたよ奥様。」


「梅…」


「ぁ…」


梅が小さく声を漏らす。

二人でいる時は「永久子さん」と呼ぶように言いつけてあるからだ。

永久子は奥様と呼ばれるのが好きじゃない。奥様と呼ばれて幸せだった時期は一度もなかったからだ。「奥様」と大人しそうに呼ぶ女中が、実は夫の妾だったという皮肉を何度味わった事だろう。


「すぃあせん永久子さん。以後気をつけますけぇ勘弁してくだしぁ。」


梅は申し訳なさそうに頭を下げた。


「良いのよ梅。さぁ、荷物を運んで頂戴。もう降りなくては。」


「はい、永久子さん。」


久し振りに外に出た永久子は、着物の帯がきつく締められた範囲で大きく呼吸する。

あぁ、都会の空気とは全てが違う。懐かしい里のかほりだ…


永久子は自然が好きだ。小さい頃よく旅行に行った先の山や川でブナや杉林の中を歩いたり、川魚を眺めた懐かしい思い出が蘇る。

大きく吸った息を静かに吐いた時誰かが永久子に話しかけた。


「東京からはるばるとようこそおいでくださいました。奥様。」


そこには五十くらいの痩せ気味の男がお付きを従えて立っていた。白い半袖のシャツを来て紺のスラックスに上等の革靴だ。

恐らく夫(となるであろう男が)それなりに信用をおいてよこした人物のようだ。

ただ、パリッとノリをきかせたシャツをあまり着こなせてないところを見るといつも着ているわけではなくこの日のために着せられたものらしい。


「さぞお疲れのことと存じますがこれから少し歩きますけぇ。着いたらゆっくり休めますからお願いしますぁ。」


東京よりの丁寧な言葉を話そうと頑張ってはいるが、中々この地方の奇妙な訛りが抜けないらしい。更に変わった方言で男は話し続ける。


「良いところでそう。何度か東京に行きゃしたが空気が苦しくて大変でした。やはりこういう場所にいると厳しい所です東京は。あぁ、申し訳なぁ。私の名前は喜一きいちです。どうぞ呼び捨ててくだしぁ。」


喜一と呼べというその男は、額や鼻の頭にじわじわと汗の水滴を作っている。

夏のはじめで暑がってるにしては少し多い量だ。

初めて永久子と話すので緊張しているのだろう。喜一だけではない。

その後ろからついてくる付き人達もどことなく緊張している。

恐らく彼等がこの様な態度を取る理由は一つだろう。


永久子は皇族の血に近い公家の身分を持つ。近いといっても、その近さは他の公家とは比べ物にならない。

母親こそ妾だが、父親は天皇の従兄弟である。

天皇と言えば生き神様と呼ばれ、日本中から崇められる存在だ。

実際に見る機会があっても直視はできずお辞儀をして見送らねばならないし、天皇のお顔が載っている新聞記事は決して雑事に使ってはならない。

皇后のお顔が写った新聞で大根でも包もうものならどんな恐ろしい事が待ち受けているか分からない。

そんな天皇の存在を神格化する周りの人間の反応を、永久子は心の底から馬鹿にしていた。

天皇が何だと言うのか―

私達と同じ容姿をしたただの人間ではないか。

私達と同じ様に老い、私達と同じ様に死ぬのにどこが神なのだろう。

いつの間にか表れて崇められているだけで、特別どうといった力を持ち合わせているわけではない。

現に天皇の血が混じっていると言われているこの躰に流れている血は赤い。

光るわけでもない、特別美しい色と言うわけでもない、畑を耕し疲労の汗を流す農民と同じ赤だ。赤いのだ。

こんな事を口に出せばたちまちつまはじきにあい父に罰せられるであろう事は容易に想像がつく。そんな苦境に立たされるのを知りながら熱弁を振るうほど永久子は馬鹿ではない。

ただただ押し黙りそしらぬ振りをするのが一番いい方法だ。

周りもちやほやと勝手にもてなすだけだから適当にあしらっておけばいい。

慣れた作り笑いで永久子は対応する。


「色々とお気遣い感謝します。」


喜一の顔から汗が吹き出る。ただそれだけで美しい永久子なのに、天皇との血の繋がりが喜一の体を一層強張らせる。長崎の田舎に住む喜一にしてみれば大変な出来事なのだろう。

永久子は表情一つ崩さずただ新しい住処すみかへと向かう。カラコロと美しい紅色の鼻緒の下駄だけが音を立てる。

その下駄の持ち主の表情は暗いがその周りの人間の呼吸は明るい。


永久子の下駄が音を立てるたびに鉛のようにその下駄は重くなっていった―

暗いですか??暗いですかね??;(知らんがな


どんどん明るくなってくと思います。。。多分。。。

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