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第十六章 「強制」

激しく初五郎に折檻を受けた永久子。

衰弱した永久子は―

身体中が痛む・・・

何時間折檻のような夜伽を受けただろうか?

自分でもしくじったと恥ずかしくなる。


昨夜初五郎は永久子が詠んだ自分に対する愚痴を詠った詩を見て激怒し一晩中永久子に暴力を振るった。

永久子の艶のある真っ白な素肌は初五郎の怒りの傷痕で所々赤黒く変色している。

初五郎は永久子の想像以上に理性をなくすと手のつけられない人間だった。

あの男は危険すぎる。昨夜の仕打を思いだし永久子は大きく身震いする。

その身震いでさえ永久子の弱り切った身体に鋭い痛みを走らせる。


「・・・・っ」


永久子が身体中に走る痛みに堪えながらゆっくりと起き上がると(ふすまが勢い良く開いた。


「ぐずぐずするな、早く着替えろ。」


昨日の怒りに満ち赤い顔をした初五郎は消えていたが、代わりにいつもより更に冷たく青い顔で此方こちらを睨む初五郎と目が合った。

既にきっちりとした背広に着替えている。いつもと同じ仕事に行く様な服装だ。

永久子をさげずんだ様な目で見ると、初五郎は無言で襖を勢いよく閉めて出て行った。


「はい・・・」


いなくなった襖に向かって永久子は小さく返事を返した。

どうすれば良いのだろう、この男から逃げるには・・・

今までどれだけ事態が険悪になっても何とかそれを避ける事が出来ていた。

「自分さえ我慢すれば良い」と言い聞かせて怒りや恐怖に満ちた感情を抑えてきた。

だが、もう駄目だ・・・このまま事を荒立てずにやり過ごすなど、自分の気持ちを知られてしまった永久子には耐えられない。

詩心ししんを見た事によって、これで初五郎はいくらでも永久子に折檻する事が出来る権利を与えられたのだ。

玩具を与えられて子供の様に喜ぶ初五郎の姿が目に浮かぶ。

また昨夜の様な拷問が起こったら今度こそ命を取られかねない。

今の永久子にはいつもの様な自身が消え失せただ恐怖のみが支配している。


だが、こうしている場合ではない。早く全てを隠さなければ。

梅に気付かれないように永久子はさっと身支度を整えて上等な着物を選ぶ。

さて、どれにするか。

ずきずきと痛む身体を引きずりながら永久子は着物を選び始めた。

よりによって今日は初五郎の仕事関係の集まりに妻として一緒に出なければならないのだ。

親しい者達だけの会だと聞いているが、店はかなり豪華な所を選んでいるらしい。

それなりの格好をしていかなければ富田家の者として恥をかく事になるだろう。

永久子は昨日選んでおいた数着の着物を一着ずつ手に取り確かめる。


紺色か桜色がいいと思っていた。

どちらも斬新であるし、特に紺色の着物の方は濃く藍色に近い紗綾形さやがたが彩られ落ち着きがある中に

しっかりとした印象を残せる中々の着物だ。

だが、今の永久子の身体はそこかしこに傷がある。

しかし、初五郎もわかっていたのだろう。見える部分に目立つ傷はない。


でももし袖がめくれてうっかり赤く腫れた腕など見えようものなら大事おおごとになるだろう。

それでなくとも絶大な権力を誇る富田と古くから名を知られた佐原家の結婚で注目を浴びているのだ。

いくら普段の集まりより人が少ないからといっても噂はどこから立つのかわからない。十二分に注意すべきだ。


永久子は濃い朱色の着物を選んだ。ここの女中がいつも着せられているような朱色ではなく、もっと深くもっと上品な朱色だ。

朱色というよりは寧ろ茜色に近いだろうか?透き通りそうな緋の色の入った着物は薄い金色の上品な雪輪模様が入っている。

これなら痣が見えても隠せそうだ。

永久子が手早く着物を着つけ、髪を梳いていると、梅の声がした。


「失礼しゃす。」


梅が襖越しに挨拶をしてきた。

いつもより気分が良いのか襖ががらっと勢いよく開いた。


「おはようございぁす。永久子さん、そろそろお出かけの支度をして頂きたいのでぁすが。」


梅が何も知らない無垢な顔で此方を見る。

その顔を見た永久子は何故かただただ子供の様に泣きじゃくりたいという絶望的な感情に襲われた。

だが、駄目だ。きっと梅は自分以上に激しく落ち込んでしまう事だろう。

何も悪くはないのに泣いて自分を責めるに違いない。梅は優しすぎるから。

梅とて辛いだろう。好きな男と籍を入れる事もできずだが近くに身を置かなければならない。

恋い慕う男の息子には忌み嫌われ、おまけに私の様な人間の世話まですることになったのだ。

永久子は自分らしくもないと思いながらも悲観的になる。

梅はきっと優しく弱い人間だ。自分の事でさえ耐え切れず折れてしまいそうな繊細な心を持っているのに私の問題まで抱えてしまっては梅の心労は更に重くなってしまうだろう。

梅にはこの先自分がどんな目にあおうと黙っていようと思った。


しかし、今これだけ可哀想な人間が自分を置いて他にいるのだろうか―


いつもは意志の強さで多少の荒波を切り抜けてきた永久子だったが、昨夜の仕打ちで相当心が弱っている。

こういう時に自分はやはり女なのだな、と思い知らされる。

しかし、その素振りを見せるわけにはいかない。結局は今までどおりに過ごしているのが一番いい方法なのだ。


「えぇ、今しているわ。髪を結うのを手伝って頂戴。」


永久子は微笑む元気すらなかったのだが、梅は勘が良く、少しの演技ではすぐばれてしまうので、

いつもより更に笑顔の皮を被り永久子はにっこりと笑った。

永久子の黒く艶めく髪が梅の手によって綺麗に結われていく。


「今日は色々お偉方えらがたがいらさるそうですねぇ。」


「そのようね。わたくしはまだお会いしたことがないけれど・・・野本八夜(のもとはちやさんがいらっしゃるとか。」


「野本八夜!それはそれは・・・私でも知っておりゃす。有名な学者様で論文いくつもだしとるとか。ここいらの者は字が読める人間が少なぁですから何の勉強だか知りゃあせんが。」


「野本八夜さんはね。とっても偉い生物学者の方よ。私もあまりそういうのは詳しくないのだけれど全国の学会で発表なさったり論文で幾つも賞を頂いてる方なの。一度あの方の本を読んだ事があるけれど、真面目に勉強してらして、素人の私でもとてもわかりやすかったわ。お会いできるといいわね。」


野本八夜の父親もまた有名な学者だ。

八夜の父、幹成みきなりと重造は昔からの友人であると言う。

利口な学者と金を生む天才の縁がどこから始まったかは知らないが、野本八夜はその関係で今日の会に出席するらしい。


永久子は知識を持つ人間が大好きだ。

野本八夜の本は理学の事を知らない永久子でも何かくすぐられる魅力を秘めていた。

実際にあったらこの男はどの様な事を話すのだろう?どの様な知識を持っているのだろう?

それは永久子の知識に対する意欲を満たしてくれるだろうか?

久しぶりに学の交換が出来る相手を見つける事ができるかもしれない・・・

そう考えると今日の沈みきった気分も少し晴れてくる。


ぼろぼろになった体を綺麗な着物と飾りで装いいつもと変わらぬ美しさで永久子は梅と共に初五郎と重造の待つ門へと向かった。

また随分更新が開いてしまってすいません↓↓

友人に催促されまくったので更新です。

ただ書いてないだけで、話が行き詰ってるわけではないのでどうぞご安心を(笑

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