第一章 「列車」
初めて書かせていただきます。
ある歴史上の人物を参考に思うままに書いてみました。
かなり適当に思いつきで書いてるのでミスや時代錯誤があって意味不明になったりするかもしれませんが暖かい目で見てやってください(^^;)
ではどうぞ〜→→
第一章 「車窓」
汽車に揺られる―
もうかれこれ何時間そうしているだろうか。
窓際の席で重い溜息を漏らすのは、誰もが目を見張るほど美しい女性であった。
「永久子さん、何もそんな心配なさらんでももうすぐ着きますけぇ。」
梅という初老に近い女が、その女性を励ますように優しく話しかける。
「やはり早急に考えすぎたかしら・・・それとも何も考えてなかったのかもしれないわ」
口には出さなかったが永久子は、そんな事を頭の中で言った。
そう、こうしたひねくれた考えこそが自分をいくらか不幸にしている明確な理由であることを、永久子は知っている。だが、考えずにはいられない。そういう性格に生まれ育ってしまったのだ。
永久子は万人が美しいと称える美女である。
昔懐かしい奥ゆかしい美を備えつつ、最近にわかに世間が活気付いて「ハイカラ」と呼ばれる言葉が流行り、それらに踊らされる乙女達にも負けない程美しい。
真珠の様に白く光る美しい素肌も、如来の様に整った顔によく似合い、髪は女の命とばかりによく手入れされ結われた光る黒髪も、夏のはじめだと言うのに暑さを感じさせないきりりと締めた帯も高貴な風格を匂わせている。
永久子が通れば皆が振り返る。
そう比喩しても過言ではないくらいの美貌と品格を合わせ持つ。
実際永久子はかなり身分の高い女であった。
この世の中公家の没落は珍しくないが、永久子はその公家の中でも有数の佐原家の一人娘であった。
佐原家と言えば公家の中でも最高峰と言われ、天皇に触れるほど近く誇り高き血が流れる一族として知られている。
しかしその中に位置する永久子の存在は少しばかり陰ったものである。
何故なら永久子は正妻の子ではないからである。
永久子の父は正妻を愛さなかった。
決められた政略婚に不満を持ち正妻を相手にせず、長く付き合った妾との間に子を成した。それが永久子である。
一族により妾から幼くして引き離された永久子は、父の許で育てられた。
正妻の部屋の近くを通る時、いつも冷たい視線を感じた理由を知った時は大層いたたまれない気持になったものである。
その永久子が霧よりも深く重い溜息をついた理由は一つだ。
今日永久子は結婚するのである。
何とも急な話に聞こえるが色々な事情が折り重なりこの日となった。
せっかくの花嫁となる機会に何故永久子がこんな冷静でいられるかというと永久子は既に結婚を二回経験しているからである。
いくら人生の中の大きな行事の一つといえど、三回も行えばまるで法事のように手馴れてくるものだ。そして永久子の性格上それは本当に強く出ていた。
永久子の年は二十八歳である。
可憐な女学生としての華やかさは既に消えてしまっているが、まだまだ消えぬ若さと憂いをおびたたおやかさの間にいる彼女は、それ以上に不思議な魅力を放っている。
「私・・・少し疲れましたわ」
梅が心配そうに見る。
「大丈夫ですか?ほんにもうすぐ着きますけぇ、我慢してくだしぁ」
もうすぐ着くから疲れるのだ―
そう永久子は言い返したいが、梅の心配そうな顔をみてこれ以上動揺させるのは悪い気がし愚痴をいいそうになる口をつぐむ。
梅は大層気が利く女である。
永久子の傍女中として仕事を任された日から、この列車に乗るまで散々に世話を焼いてくれた。
朝は、静かに起こしてくれるし何も話さずとも欲しいものを運んできてくれる。
疑り深く思案深い永久子でもこれだけ良く接してもらうと悪い気はしない。
(梅は恐らく本当に良心のある女なのだろう。)
完璧とまではいえないが、数日共に過ごした永久子はかなり強い確信があった。
緑が生い茂る山々が段々と近づいてくる。
朝方駅を出たときは、人混みと窓から見える工場の煙で顔をしかめたのに、今見ている景色は何とも清清しい。
緑は心を洗う色だと永久子は思う。
結婚などという半ば強制じみた行事に参加するのは億劫であるが、この緑の美しさだけは本当に見にきてよかったと心から思う。
汽車がもうじき駅に着く。
永久子はここしばらくのこの数奇な過去を振り替える。
「私はどうしてこの地へ来ることになったのだろう?」
去年の暮れの時点で永久子は過去に二回の結婚・離婚を経験していた。
一度目は父による政略婚だった。
十七だった永久子は父の勝手に決めた相手が嫌で嫌で仕方がなく毎日泣きはらしていた。
実の母親と離されはしたものの我が娘よと可愛がってくれたのに何故愛してもいない男と添い遂げよと命じるのかと永久子は涙ながらに訴えたものだ。
自分も同じ様に不幸な結婚をしたではないか。
散々義母を悲しませたではないか。
そう抗議する永久子に父は叱咤を浴びせた。とうとう結婚させられた永久子は大人とは何と理不尽な生き物なのだと恨みながら嫁いでいった。
そしてやはりそんな無理強いされた結婚は長続きせず夫婦生活は二年と言う短い時間に幕を閉じた。
二度目の結婚は永久子が夢見た結婚そのものだった。
自分を愛してくれる男との幸せな結婚に少女の様に舞い上がり式を挙げた記憶はまだ新しい。
しかし永久子の夢はやはり夢と終わる。
自分を桜咲き乱れる華の女学校時代に戻してくれたはずの夫はとんでもない好色で永久子と契りを結ぶ前から何人もの女を囲っていたのだ。
自分の他に一人二人ならず数えきれない女を抱いていたという嫌悪感とそれに気付かずただ阿呆の様に薄っぺらい幸せに騙されながら暮らしていた恥ずかしさは永久子の行き過ぎた自尊心を傷付けるのに十分だった。
出戻った永久子を見て父は激しく怒り、屈辱的な侮蔑を述べた。
「ほれ見たことか。女が見る夢の最後などせいぜいこんなものだ。これなら最初の結婚で止めおいた方がいくらましだったかもわからん。何の為にお前を連れてきてやったと思ってるんだこの阿呆め。」
愛を与え育ててくれたはずの父の心ない一言に永久子はひどく傷付いた。
―全ては金の為だったのか。私を妾から引き取り育てたのも全ては結婚相手の金欲しさだったと言うわけか―
今まで育ててくれた父が一度も自分に愛情を注がなかったわけでないのはわかる。
だが、自分を育てた理由に金が絡む思惑があったという事実でただただ永久子は悲しくなった。
思えば結局今回の結婚も金が目当てなのだ。
全盛期佐原の血筋であるというだけで名を馳せた学のない一族達が没落させたこの家に残る資産はわずかである。
このまま行けば永久子自身もいずれどうなるか先行不安の身だ。
そこで父はまたも愛のない結婚を強いてきた。
相手は九州・長崎の造船業社長の嫡男だという。
年は永久子と同じ二十八で既に父の会社を手伝い順調に成金としての道を歩んでいる大金持ちだ。
東京にいた頃に少しの間だけ顔を合わせた事があったが、何だか神経質そうな男だったのを微かに覚えている。
こんな男といると気が滅入りそうだな・・・と他人事に考えてたあの時父が既にその男との縁談を進めていたなどと誰が予想できただろう。
向こうは公家と結び付き名が欲しい。こちらは向こうの資金が目当てだ。
とても理にかなった結婚だと一族は喜んでいた。
永久子にしてみれば冗談じゃないとはねのけたくなる様な縁談だがやはり強くは出れない。
自分に落ち度がなくただの一度も人生をつまづいてないあの頃とは違う。永久子は自分の無知により離婚を経験しているのだ。もはや永久子に逆らう権利はない。
自分が権利を得た結婚も見事に失敗してしまった。
これ以上どんな方法で結婚したとしてももう満足のいくものはないだろう。
ならば仕方がないではないか。自分は一度機会を与えられたのだ。それに失敗したのだ。
幼い頃から自分は優れていると思っていた―
他人とは違う特別な何かがあると思っていた―
実際周りの人間の数段上の能力を持っていることは自負できる―
しかし蓋を開けてみればこのザマだ。ただの未熟な一人の女に過ぎない―
永久子は含み笑いをした。
それを見た梅はようやく永久子が表情を変えたので嬉しそうだ。
「・・・ほんに、いい所ですけぇねぇ。」
「ふふ、そうだといいけれど。」
駅が近づいて列車の速度が落ちていく。
緑の色も濃くなっていく。
あの駅に着いたところでいい事が待っているはずがない。
自分の勘がそう言っているのだ。
永久子はまた同じような含み笑いをした。
それは己の呪われた運命を少しでも軽くしようと自分を嘲る為の笑いであった。
中々ひねくれた主人公ですいません↓↓
これからどんどん内面描写を深くしていけたらいいな〜と思ってますのでどうぞよろしくです☆