一○三号室の住人、桐生由梨
「そういえば三日前だったか、岩壁さんとばったりお会いしたんです。この子、岩壁さんのことが大好きで、いつもなら自分から岩壁さんに声をかけるんですけど」
と言って、桐生由梨は裾にすがりついている保の頭を撫でた。武内義正は保を一瞥したが、視線は合わなかった。保はぎゅっと由梨の裾を掴んだまま、不安そうに俯いていた。
「でもそのときは、私の背中に隠れてしまって。いえ、隠れることは珍しくなかったんですけど、普段と違って照れ隠しじゃなくて、なんだか怯えてたみたいで。岩壁さんに話しかけられてもまったく返事しなかったんですよね。その前日か前々日に家の前でお会いしたときは、この子のほうから呼びかけて手を振ってたのに。私、そのときすごく不思議に感じたんですけど、ほら子供って敏感だから、この子にはわかってたのかなぁって」
武内は、価値のある証言ではないなと思ったが、念のために岩壁美千代に会ったときの日時を確認して、相棒の権藤衛巡査にメモを取っておくように命じた。
「やっぱりあのときの岩壁さんは変でしたよ。あんなにこの子のことを可愛がってくれてたのに、そのこの子に無視されても全然悲しそうじゃなくて。血の繋がった孫じゃないし、赤の他人の子に無視されてもなんとも思わないものなのかもしれないけど、でもやっぱり普通じゃないですよね?」