探し物
真夜中の学校。
瓶の中で音楽に合わせて踊るカエルやヘビ。教卓の前では花子さんが踊り、赤マント、白マントは教室を自由に飛び回っている。
いつもの光景が理科室の中に広がっていると言うのに、俺はまだ来ないアイツを待つため廊下に立っていた。
アイツはいつも来るのが遅い。大体パーツが落ちて、それを拾っているうちに他のパーツが取れて、と言う事を繰り返しながらココまで歩いて来るんだから、多少時間はかかるのだろう。
にしたって、今日は遅過ぎる。
「キンジロさん、どうしたんです?」
プール娘とバスケ小僧がやって来る頃、俺の我慢も限界に来ていた。
「ちょっと人体模型迎えに行ってくるわ」
理科室から保健室はそう遠くないし1本道だ。それなのに、俺が保健室に着くまでにすれ違わなかった。
なにをしてるんだ?
特に気にもせずに保健室の戸を開けると、そこには不用品と書いた紙を額に張られた人体模型がいた。
どうしたのか?と聞くまでもない姿に、俺は言葉を失う。
何故?
「金次郎……皆にお別れを言いたいんだけど、コレじゃあビックリさせちゃうかな」
そう笑いながら額を指差す人体模型を見て、やっと硬直が解けた。
「笑ってる場合か!なんでや?急に何でこんな事になってんねん」
夜に動くから?だったら俺達全員漏れなく処分対象だろ?何故コイツだけがこんな事に?
「俺って古いしさ、よくパーツ落としてたでしょ?で……見て」
額を指していた指が徐々に移動し、胸の所へ。一緒に視線を移動させていくと、そこにあるべきパーツがなくて、ぽっかりと空いていた。
「また落としたん?」
「……古くて、パーツの欠けた俺はもう、人体模型じゃないよね」
何がなくなろうとも人体模型だろ!しっかりしろよ!
「パーツ欠けたんが処分対象なら、探したらえぇだけやん!」
「そうなんだけど、寝てる間になくなってたから、何処にあるのかも分からないんだ」
寝てる間にって事は昼間?持ち運び中に教師が落とした可能性が高い。そうなると廊下のどこかには落ちている筈だ!
「探してくる!お前はこれ以上パーツ落とさんようにココで待機な!」
急いで理科室に戻り、中で踊っていた皆に声をかけると、全員が快く捜索に協力してくれた。
目的は人体模型のパーツ。小さい部位ではなくて肺だから結構な大きさがある。だから、スグに見付かる。
廊下の隅、渡り廊下横にある植え込みの中、各教室の中まで細かく探し回るが、出てこない。
朝までになんとしても見付けなきゃならない……いや、見付かる筈だ。うん、絶対に見付けるんだ!それで、全員で探し回ったねーって……落し物記念日とか変な名前付けて笑い話にしてやるんだ。
もう一度廊下の端に注意しながら保健室から職員室までの道のりを歩くが、ない。
保健室から理科室までを歩くが、ない。
渡り廊下横の植え込み、中庭、グランドにまで足を伸ばして見ても、見付からない。
どこだ?何処にある?
何度も何度も廊下を行き来しているうちに、フワリとした朝の匂いが漂ってきた。
「キンジロさん、私達はそろそろ……」
スゥっと目の前に現れたのはプール娘とバスケ小僧。
実体のない2人は朝の光を全身に浴びてしまうと危険だから、仕方ない。
「スグに太陽出るから、気ぃ付けて戻るんやで」
声をかけると、花子さんや太郎も消えて行くのを感じた。後に残ったのは音楽室の肖像画と、理科室の標本達のみ。動けるのはもう、俺しかいない。
人間に見付かったって構うものか!俺しかいないんだから、諦める訳にはいかない!絶対に見付ける。絶対に!
「金次郎、もう良いよ。ありがとう」
保健室にいる筈の人体模型の声が聞こえて辺りを見渡してみても、誰もいない。外に出たのかと窓の外を見ると、僅かに太陽が顔を出していた。
「アカン……まだ、パーツ見付けてへんのに」
「早く持ち場に戻れよ。石のお前を元の場所に戻すのって大変そうだし」
あれ?なんか声が普通だ。もう夜が明け始めているのに、この余裕はなんだ?
あ、そうか、パーツは保健室の中に落ちてたんだな?そう言えば保健室の中は探してなかったわ。
んだよ、心配かけさせやがって。
「じゃ、また夜にな~」
「また夜に」
持ち場である台座に急いで向かい、その上に立っていつものポーズをとった直後、太陽の光が体に当たった。
強烈な眠気に襲われて、ガクンと意識が遠くなる。
また夜に。昨日遊べなかった分、今日遊ぼう……。
最終下校時間が過ぎる頃に目が覚め、校舎内から人の気配が消えるのを待ち、完全に暗くなる頃台座から下りる。
いつもならそのまま理科室に向かう所だが、今日は先に保健室に寄ろう。きっとまた人体模型が彼方此方のパーツを落としているに違いないんだ。
そう思って開けた保健室の扉。
中には人体模型と花子さんがいた。
けど、俺の知ってる人体模型じゃない。パーツが全部揃ってるし、妙に綺麗だし、なにより微動だにしないし。
昨日、肺を見付けたんじゃなかったのか?なんで……。
「お前も人体模型なんやろ?なぁ、返事しぃや!」
全く動く気配のない人体模型に掴みかかるが、まるでただの人形のようで何の手応えもない。
「私達幽体と違って、貴方達はナカに念が篭って始めて動けるようになるの。この子はまだ新しいから、何も宿っていないわ」
花子さんはポンと俺の肩を叩いて保健室から出て行ってしまった。
その後姿を見送り、もう1度人体模型を見つめる。
無表情のソレは目に光がなく、本当にただの人形だった。
「嘘やろ?」
なに勝手にいなくなってんだよ。なんで……また夜にって約束したじゃねーか!
何処にもぶつける事の出来ない怒りと悲しみで項垂れ、視界の中に人体模型が入らないようにと顔を背ける。すると丁度ベッドが見えた。
項垂れている事で視線が低くなり、ベッドの下も。
少しだけ見えたナニか。
立ち上がる事も出来ずに這ってベッドまで移動して、手を延ばして掴んだソレはかなり古くてボロボロになった肺だった。
昨日、必死に探して、探して……結局見付ける事が出来なかった肺だった。
「見付けたで……。遅いよな?ゴメン」
今日からこの肺を理科室に連れて行こう。
新しい模型と肺、反応がない事が同じでも、ちゃんとアイツだったこの肺の方がより人体模型だ。
けど、ちゃんと体に戻りたかったよな?こんなパーツだけの姿にされたままなんて、可哀想だ。
俺はただの模型に近付き、ソレの肺を外して人体模型の肺を押し込んでみたのだが、サイズが違うのかちゃんとは嵌らない。それでもグッと力を込めて押し込もうとしてツルッと手がすべった。
勢い良く床に落ちた肺は、まるでこの場になかったかのように欠片も残さず綺麗に消えてしまった。
「体に傷付けるなよ」
まさか、砕け散るなんて思わなくて……ん?
「はぁ!?」
意味が分からずに顔を上げると、真新しい肺を拾い上げた模型が大事そうにソレを胸に収めていた。
どういう事だ?念が篭らないと動けないんじゃないのか?
まさか、あの古い肺に残っていた人体模型自身の念が新しい人体模型に篭った……?
え?そんな簡単に模型が動くようになって良いのか!?
「今日、俺の誕生日にする」
さっきまでは無表情だった模型が、今では人体模型の顔をしている。
本当に、本当なのか?
「誕生日ったって……」
「金次郎、ただいま」
真剣な顔で何を言うかと思えば、ただいまって。
なんやねん、なんやねん。心配して損したわ!
「大袈裟な衣替えしよってからに」
泣きそうになる顔を無理矢理笑顔にする俺の横で、人体模型は「なにそれ」と笑っていた。