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夏がいなくなる方法  作者: 吉原 ソノ
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翌日、風でカタカタと窓が震える音で目が覚めた。

窓の外では、強い風とともに雨が降っている。


携帯を見ると、まだ7時だ。


目覚ましが鳴るまであと30分程あるが、次に目覚ましの不快な音で目覚めるのが嫌なので、このまま起きることにした。




私は制服に着替え、下の階へ降りた。


リビングではお母さんが消し忘れたのか、テレビが付けっぱなしになっている。

「関東では朝から雨、午後には雷を伴って激しく降る恐れがありますーー…」

新人のアナウンサーなのか、声遣がたどたどしい様に見える。


今年の梅雨明けは早いらしく、雨はこれきりに7月に入れば猛暑が続くそうだ。



ちゃぶ台には水筒と一緒にお弁当が置かれている。


私が長野から引っ越して来たのは、両親の離婚がきっかけだった。

お父さんは長野に残り、私は神奈川にあるお母さんの実家で、おばあちゃんとお母さんとで暮らす事となった。


今ではお母さんは私よりも朝早く働きに出て、おばあちゃんは2年前に他界している。


高校になってからは、起きるとこうしてお弁当が用意されている。





水筒に氷と麦茶を入れ、お弁当と一緒にかばんに詰め、この短くも長くもない髪をサっととかす。



この前の台風で傘が壊れたまま新しい傘を買っていなかったので、折りたたみの傘をさして学校へ向かった。









雨の日は、林は足元がぬかるんでいるから、大通りを通るようにしている。

その為か、昨日より早めに学校に着いた。




「ええっと、今日は雨なので、女子の体育は体育館に変更だそうです」


朝のHRは、小人先生の雨の音に今にもかき消されそうな声で始まった。

今日は運がいいのか、ソフトボールは中止になり、さらに体育を受け持っている先生が休みらしく、体育館で自習と伝えられた。


朝のニュースの占いで、確か1位だったおかげか。


雨は嫌いだが、今日に限っては好きになれそうだった。




---------------------------------------------




私と奈津は、お昼を済ませ、教室へ戻るところだった。


「そういえば志恵のクラス、雨だから体育館なんでしょ?」

「うん。自習だって。代わりの先生いるかな」

「先生はいるかもねー。だけど、自習だからサボりやすそう」


一応は、生徒達の風紀を正していく立場の奈津が、冗談か本気か分からない口ぶりで言い出す。


「えー。生徒会の人がそんな事言っていいんですか~」


一応こんな風に言ってみたが、それもそうだな。と心の中では賛成していた。







こんな雨の中、中庭でお昼をすませた人はさすがにいないらしく、下駄箱付近にはあまり人がいない。


しかし、下駄箱から離れるとすぐに人だかりが出来ていた。

そこでは、校内新聞の貼られた掲示板を、生徒達が囲んでいる。


「うそ。副会長?」「らしいよ」「まじ?てかどんな人だっけ」



噂が回るのも早いものだった。

「もう噂になってるんだ」

「でも昨日集まった時の様子だと、先生は表沙汰にはしなさそうだよ」


生徒会役員には先生から、今井先輩の件については、あまり騒ぎ立てないようにと伝えられたという。


それでも噂は噂を呼ぶように、一件は飛火を続ているようだった。




ざわめきに聞き耳を立てていると、「副会長が行方不明」以上の情報は今のところ知られていないようだ。


他には、よほど会長の印象が強いのか、生徒会は会長だけで成り立っているのでは。という声も聞こえてくる。

副会長だけでなく他の役員共々、会長の圧倒的迫力に負けているように見える。




「なんかすごいね。会長」

私達は休み時間が無くなってきたので、そのざわめきに入り込むことなくその場を離れた。











「今日は聞いたと思うけど、角田先生がお休みなので自習となります」



去年建替工事が終わったばかりの新しい体育館は、ほのかに薬くさい。


学校説明会で訪れた当時は、蹴飛ばしたら崩れそうなくらい年季が入ったたたずまいだったのを覚えている。

カビ臭いけど、ノスタルジックな雰囲気が無くなってしまったのはうら寂しい気もする。



「先生も少しずつ様子は見に来るけど、他の授業もあるので、終わる時にはちゃんと片づけをして帰ってください」


体育は2クラス合同で行われる。


いつもは男女別だが、今日は2クラス分の男女が体育館に納まっている。

その分湿度が増しているのか、湿気を含んだぬるい空気は息がしづらい。



「バドするー?」


自習でやる事は決められておらず、おのおの自由に取り組んでいる。


バスケやバドミントンをしている人達もいれば、先生がいないのを利用して座って喋っている人もいる。


私もみたいなのも当然のように出てくる。


これは学校だけでなく組織があればどこでもありうる、自然現象であり、やむおえない事実だ。

見て見ぬふりなど、もはや無意識にしているであろうから、どうしようもない。





長野に住んでいた頃には人並みに友達はいた。


だが、神奈川に来てから一気に環境が変わったせいなのか、途端にひどい人見知りになってしまった。


そんな私に奈津は積極的に話しかけ、いつしか奈津が唯一の友達となり、親友となった。



人見知りのおかげで、話しかけられてもそっけない返事になってしまい、そのうち自然と人が寄り付かなくなっていた。

クラス替えがあるたび、今度こそはうまくやろうと自分に言い聞かせていたものの、むなしい努力となってしまった。



友達らしい友達はいないが、今の状態に不便は無いからこれでいいと思っている。




(外のほうが涼しそうだけど、見つかるとめんどうだなぁ。)




友達として意識するとダメなのか。


やっぱり無理にでも部活に入れば良かったのかもしれない。

どうせ馴染めなくて退部すると自覚していたから、入らなくていいと思った。




頭も並、運動もそこそこ。


何もしていないと、自分の嫌な所を見つめ返してしまう。




(本気で帰ろっかな。奈津も珍しいこと言ってたし、まあいっか。)



私は体育館の入り口にあるベンチに座って、先生が来るのを待つことにした。

蒸し暑さから開放され、たまに吹く風が心地よい。



成績に影響出ない程度に、サボった事は何回かある。

お母さんは夜まで帰って来ないから、家で鉢合わせることも無い。


かと言って、サボって何することも無いけれど。






言い訳を考えていると、代理の先生が渡り廊下からこちらに向かってきた。


「先生、頭痛いので保健室行って来ていいですか?」

「はい、分かりました。あ、無理に戻って来なくても大丈夫だからね」


先生は最後に、高野さんね。とジャージの名前を確認した。





ガランとした教室へ戻り、制服に着替える。

静かすぎる教室は、時計の秒針の進む音が大きく聞こえる。


(早く帰ろ)


帰りの仕度が整い、私は早足で昇降口を出た。


雨が朝より強まっている。

やはり折りたたみの傘では雨が防ぎにくく、カバンは犠牲にするしかない。

風が強くないのが、いくらかマシだった。



それでも出来るだけ教科書の入ったカバンは濡らしたくないので、どうにか駆使しながら歩き始める。




「あの」

突然、後ろから声が聞こえた。


雨の音と自分の足音しか聞こえなかったから、心臓がビックリして鼓動を速める。


「えっ」


振り向くと、そこには私よりも驚いた表情の男の人が立っていた。


「いや、あの」

焦っているのか、困っているのか定かではないが、私より確実に慌てている。


目に付いた胸の校章は、青色で3年の先輩だ。



「私ですか?」

念のため確認してみる。


同級生とさえ上手くやれていない私が、先輩と仲良い訳がなく、そもそもかかわる事も少ない。


「うん。あ、君って高野さんだよね?」

「はい」

反射的に返事をしたが、なぜ私の名前を知っているのだろう。



先輩相手になかなか顔を直視出来ないが、彼は下を見たりこちらを見たりしているようだ。

彼は何か考えているのか、黙りこくってしまった。


湿った生ぬるい風が横切り、私のカバンを一層濡らす。




「話、聞いてもらってもいいですか?」

「話ですか?」


初対面の先輩にいきなり声を掛けられ、話しを聞いてくれと言われ、頭の中が渦を巻いてくる。



忘れん坊の私だから、とうとう会ったことのある人まで忘れてしまったのかと、必死になって思い出す。

が、思い出す事無く彼が話し始めた。



「さっきはごめん、急に。でも、高野さんだけが頼りなんだ」


(頼り?)


私に話しがあるなんて、今だに思えない。

疑問が増えてばかりだが、何を聞いていいのかも分からない。


だんまりしている私に釣られたのか、彼も無口になってしまった。


彼は話を続ける気配は無く、このままの沈黙で家に着いてしまいそうな勢いだ。

私は徐々に不安になってきて、何か言わなくてはと口を開いた。




「それで…私に話があるんですよね?」


聞いたはいいものの、彼は黙ったまま隣で歩き続け、周りの景色だけがどんどん過ぎてゆく。


大通りから離れ、車通りが一段と少なくなってきた。

その頃には、足の先が湿ってきていた。


「あのう…?」


着々と私の住む家へと近づく。




晴れた日には緑が眩しい林は、今日はこのどんよりした天気のせいか、どんと暗く見える。

いつも気にせず見ているはずの風景だが、なんだか怪しげで吸い込まれそうな雰囲気に、少し怖くなる。



すると、彼は眠りから覚めたかのように、いきなり立ち止まる。


私は少し遅れて歩きを止め、振り返る。

その時初めて、彼としっかり目を合わせた気がした。



「俺、記憶が無いみたいなんだ」


私は聞こえなかったか、聞き取りにくかった振りをするか迷った。


ただ、目の前には気まずそうな顔をした彼の姿があった。





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