便よ、私はお前を一生恨む。
小説家になろう
「なんで、よりにもよって、こんな日に…」
失敗という二文字は、この世で私から一番遠い言葉だ。
広告代理店勤務だった父は、まだ幼かった私に言い聞かせる。
失敗を恐れるな。
バイリンガル幼稚園の白髪園長は、物心がつき始めた私に言い聞かせる。
失敗は経験だ。
ロイヤルカレッジオブアートの白髪の教授は、主席をとった私に言い聞かせる。
君は失敗をしらないね。
団塊世代の高給上司たちは、その後退した頭髪を魅せつけるかのように私に言い聞かせる。
若いうちに失敗しろ。
失敗なんて、してたまるものですか。
私には才能がある。大きな失敗をせず、人に迷惑をかけず、全ての物事をそつなくこなし、平均の上をゆき、そして少し努力をすれば、トップをとれるのだ。完璧をとれるのだ。
いままでも。そして、これからも。
なのに。そう思っていたのに。
「なんで、よりにもよって、こんな日に…」
私は道端でウンコを踏んだ。
ランバンのドレスを着て、アレクサワグナーのヒールを履き、ロベルトコインのブレスレットを巻いた。
今日は、人生で一番失敗していはいけない日だったのに。
遅刻も欠席も許されない。私には完璧が求められている。
臭いがひどい。
ウンコとは、踏んだだけでここまで臭うものなのだろうか。不潔だ。
しかし、私は会場までの歩みを止めない。遅れるわけにはいかないのだ。
無駄な待ち時間が嫌いな私は、時間ピッタリに行動する癖があった。
今日だけは、もっと早く家を出ておくべきだったのかもしれない。
臭いがひどい。
しかし、私は会場までの歩みを止めない。
群衆が私を見ている。
いつもの事なのだが、今日だけは、いつもの事ではない。
地面にウンコをなすりつけながら優雅に歩いてみせた。
群衆から声が漏れる。
「マジかよ」
やはり気づかれているのだろうか。
ヒールが挿入されたウンコは、取れる気配が無い。
それどころか、ゴリゴリと地面との摩擦音を鳴り響かせて一層私の醜態を群集に見せびらかしているだけだ。
だめだ。歩く速度がとても遅くなっている。走らなければ会場に間に合わない。
ハイブランドでめかし込んだ美女がヒールにこびりついたウンコの臭いをまき散らしながら、足を引きずって歩いている。ありえない光景だと思う。
しかし、失敗は許されないのだ。なにか索はあるはずだ。
ゴリゴリと音を立てながら、私は思考を巡らせる。
ゴッ!
その時、ヒールが溝にハマった。
いくら力を入れても抜けようとしないヒールが、私の額に汗をにじませる。
「おわった」
この状況から自体を好転させるのは不可能だ。
時間も無い。身動きもとれない。人に助けも、呼べない。
失敗を恐れるな。
失敗は経験だ。
君は失敗をしらないね。
若いうちに失敗しろ。
握りしめた拳が震える。
もうどうしようもない。
このままでは自己嫌悪が自尊心を飲み込んでしまう。
携帯電話を取り出し、先方に遅刻する旨を…
伝えなかった。
私はタクシーを読んだ。
最高に面白いお話がかけたと思います。