97,草原のバイオリニスト 6曲目
最初来た時は確り見なかった灰色の塔は、多分石だと思う四角く加工された物を円柱状に積み重ねて作られていた。
途中途中に窓だと思われる四角い穴が開けられ、最上階にはバルコニーが作られている。
周りには花壇もあり、赤や白、ピンク、水色の花が咲いていた。
コスモスの様な針状の葉っぱに、カーネーションの様なフワフワした花。
女の子が好みそうな可愛らしい見た目と色で、灰色一色の塔を彩っていた。
でも、此処よりも日当たりの悪いルディさんの家の花よりも元気が無い様に見える。
めいいっぱい太陽を浴びているのに、花も葉も薄くおぼろげな色をして背も低い。
ルディさんの家の堂々と胸を張って咲いている花達に比べ、同じ花とは思えない程後ろ向きな、今にも消えそうな儚い印象を受ける。
時間帯によっては塔の影でそんなに日の光が浴びれないのかな?
ポツポツ生えてる周りの木も、塔の入り口に居た冒険者でも簡単に折れそうにない程太く逞しい幹を裏切る様に、まばらにしか葉っぱが生えていない。
枯れ出して落ちたと言う訳じゃなく、まだ緑色の瑞々しい葉っぱなのに大きさも数も幹に合っていないと感じる。
1本だけなら寿命でもうそんなに葉を生やせ無いって事も考えられるけど、周りの木全部がこんな常態だからそれは無いよな。
病気が原因なら、今度はなんでルディさんの所周辺は丸々無事だったのかって疑問が残る。
病気だったらルディさんの所もその痕位残ってそうだけど、ざっと見た感じなかったんだよな。
もしかしたら、ルディさんかピコンさんが『ミドリの手』の様な植物関係の魔法やスキルでも持ってるのかもしれない。
後で時間があったら聞いてみよう。
まぁ兎に角、そんな華やかとは言いがたい花に囲まれた塔の中。
そこには最上階に行くための梯子と、いくつもの紙の束が立て掛けられ乾かされていた。
乾いて縮んだのかな?
さっきルディさんが刈った紙の束に比べ塔にある紙の束は細い気がする。
それで肝心のピコンさんは紙がない壁に背を預け、体育座りで待っていた。
「すみません、ピコンさん!遅くなりました!!
・・・・・・ピコンさん?」
いつの間にかスキンヘッドの冒険者が居なくなった塔の入り口からピコンさんに声を掛けるも、返事が無い。
よくよく見るとピコンさんは一心不乱にノートらしき紙の束に何かを書いていた。
俺の声が聞こえない程齧り付く様にノートに向かうその姿は何か鬼気迫るものを感じる。
だけど、思う様に書けていないんだろう。
消しゴムや修正機がないのか、納得いかないと別の紙に新しく書き出しては微かに、
「クソッ」
とか、
「こうじゃない」
とかの悪態を吐いている。
「あのー、ピコンさん?」
「うわぁああああああああああああああ!!!?」
「うわぁ!!」
声を掛けただけじゃ気づかないと思い、肩を叩きながら声を掛ける。
その瞬間、全く俺の存在に気づいてなかったピコンさんは、地面が揺れてるんじゃないかと思う程の悲鳴を上げた。
その声につい俺も驚いてしまう。
「な、な、な、な、なんだ。お前か・・・・・・」
「すみません。驚かせてしまって」
「いや、別に。・・・・・・・・・見てないよな?」
「書いてた物は見て無いですよ?」
慌てて背中にノートを隠すピコンさん。
そんなに人に見られたくない物って、絵とか漫画とか小説とかか?
まぁ、こんなに必死に隠してるんだ。
無理に聞きだすのは良くないよな。
俺が見ていないって言ったら心底ホッとしていたし。
「遅くなってすみません。
途中で小母さん達と話していて・・・・・・
あ、その小母さん達からルディさんとピコンさんに『今年は手伝えなくてごめんね』って伝言を預かりました」
「・・・・・・・・・あぁ、井戸端小母さん達か」
『フライ』で紙の束を浮かせピコンさんに渡しながら、小母さん達からの伝言を伝える。
ピコンさんは少し考えた後、少しウンザリした顔で分かったと言った。
ピコンさんも小母さん達の長い井戸端会議に巻き込まれた事があるのかも知れない。
「そう言えば、ピコンさんかルディさんって植物に関係ある魔法かスキルを持ってるんですか?」
「え?いや、持ってないけど・・・・・・
何だよ急に・・・」
「この塔の周りの木や花は元気がないのにルディさんの家の周りは凄く元気だったので、どちらかの魔法かスキルのお陰なのかなって思ったんです」
「・・・・・・そう言えば、オオカミに襲われる様になってから此処等辺の植物も育たなくなってきたな」
ピコンさんによると、元々此処等辺一体の土地はデイスカバリー山脈とその手前の森に養分を取られ、基本的に植物が育ち難い土地だったらしい。
唯一育つのはヒツジのエサでもある、エヴィン草原地帯全体に生えている生命力の強い背の低い草だけ。
森や山には色んな意味で食えないオオカミがいるせいで狩りも上手くいかない。
農業も狩猟も出来ないからこの村はヒツジの飼育で生計を立てているんだそうだ。
それでも何世代も住んでいれば土地の改良はされる訳で、ルディさん達が生まれる頃には普通に農業が出来る位に良くなったらしい。
それがオオカミに襲われる様になった頃。
正確に言えばルディさんのお爺さんがこの塔の上でバイオリンを演奏しなくなった頃から元の植物が育ち難い土地に戻ってきているそうだ。
「それも爺さんとラムを馬鹿にした罰が当たったんだろ。
代々村で大切にされてきた音楽家の爺さんとその後継者のラムを見下して伝統を蔑ろにしたから、ご先祖様が怒ってるのさ」
「この村は元々音楽を大切にする村だったんですか?」
「大切って言うか、爺さんの話だと昔は村長の一族が弾くバイオリン位しかこの村に娯楽がなかったんだ。
信じられないけど馬車が頻繁に走る様になったのは結構最近の事らしくて、それまでは気軽に近くの町にも行けなかったんだって」
電車や高速バスみたいに各村行きのヤドカリネズミ馬車が日に何本も走っている。
お金が相当掛かるらしいけど、個人でも馬車を借りれるし、村同士の行き来は結構楽なんだよな。
でも、ユマさん達の話では『ほんの数十年前まで魔法道具の技術を中心に色んな物が発展する事が禁止されていた』って話だ。
ならヤドカリネズミ馬車もここ数十年で生まれた物なのかも知れない。
ヤドカリネズミは俺の世界の馬みたいな扱いで、大昔からヤドカリネズミに乗って爆走する騎士とかが居たそうだ。
でも、人を乗せて走る荷馬車の部分が普及していなかったんだと思う。
もし馬車があっても貴族や王族が乗るもので、サマースノー村の様な小さな村には殆ど来なかったんじゃないかな?
だから、数少ない楽しみや癒しが代々の村長が弾くバイオリンだけだったんだろう。
「でも、ならなんで他の家の方はバイオリンを弾かなかったんですか?
昔の娯楽が少ない時代なら、凄く流行って上手い下手は兎も角、村人全員弾く事は出来る。
ってなりそうですけど」
「何言ってんだ?
基本的に楽器って基礎魔法や固有スキルを使う為の物だろ?」
「そうなんですか!?」
流石に信じられないけど、ピコンさんの話が本当ならこの世界の楽器は誰でも弾ける物じゃないらしい。
この世界だと音楽がどんなに好きでも魔法やスキルがなければ聞く事しか出来ないんだろうか。
誰かに憧れて音楽家を目指してもスキルが無いから成れないってのはどうなんだ?
この世界ではそれが普通でも、やっぱ俺は目指す事すら出来ないってのは何か納得出来ない。
「え?違うのか?」
「え、いや・・・
俺、音楽の事は良く分からなくて・・・・・・
俺は誰でも弾ける物だと思ってましたけど・・・」
「ラムのバイオリンは『音色』ってスキルがある奴専用の道具だから、僕が同じ様に弾いても全く音が出ないんだよ。
家にある爺さんが魔法使う時に使ってたバイオリはラムでも音が出ないし。
楽器って皆そんな感じじゃないの?」
流石に同じ様に弾いたら少し位音は出るだろう。
全くの無音と考えると、俺のスマホの様に持ち主以外使えない様に制限が掛かってるって事だよな。
「どう、なんでしょう?
後でこう言うのに詳しいルグとユマさんに聞いてみます」
「分かったら僕にも教えてくれよ?
もし、僕でも弾けるのがあったらラムと・・・・・・
あ!いや!ほ、ほら!!
終わったから、早く次の持って来てッ!!!」
何を考えていたのか、耳まで真っ赤にしたピコンさんが慌てて俺を塔の外に追い出した。
音楽家のお爺さんに育てられたなら、仲の良い人と一緒に演奏してみたいなって発想になるのは分かる。
でも、なんでそこでこうまで恥ずかしそうにしてるんだ、ピコンさんは?
この世界では男女で何か演奏する事すら恥ずかしい事なのか?
気になるけど、聞かない方がいいのは確かだ。
また、せっつかれるのも嫌だし、俺は急いでルディさんの牧場に戻った。
「あ、サトウ君!」
「遅いぞ、サトウ。何やってたんだよ?」
牧場に戻る途中、山盛りの紙を乗せて荷車を引くルグとユマさんと会った。
どうも俺が思っている以上に遅くなってしまったらしい。
「ごめん。思いの他話し込んでいたみたい・・・」
「次から気をつけろよ?」
「うん。本当、ごめんな?」
ルディさんが待っているから急いでと、ユマさんに言われ俺は『フライ』で飛んで戻った。
楽器の事は今聞けそうにないし、また後で聞こう。




