96,草原のバイオリニスト 5曲目
ルディさんは2台の大きな荷車が置かれた牧場の隅に来ると、連れてきたヒツジの足を押さえ座らせ、ポケットから取り出したナイフでお腹の紙を刈り出した。
「直ぐ終わるから、大人しくしててねー」
「・・・・・・・・・ヒツジの紙刈りって始めて見たけど、こんな感じなのかー」
「フフ、驚いた?」
手際よく紙を刈っていくルディさんの姿にルグが驚いた様に言葉を零す。
ユマさんはジーッとヒツジを見たまま動かない。
そんな興味津々と言った感じの2人に、嬉しそうに笑って尋ねるルディさん。
目はヒツジに向いたまま、ルグとユマさんはコクコク頷いた。
まるで動物園や水族館のショーを見ている子供みたいだ。
確かにドンドンヒツジが紙を刈られて細くなる姿は一種のショーの様だけど。
「はい、終わり!戻っていいよー」
腹の紙を刈り終わったルディさんは次にヒツジを寝かせ、体の半分ずつ紙を刈っていく。
最後にお尻の辺りの紙を刈り、ヒツジから手を離した。
15分も掛からず全身の紙を刈られたヒツジは、真っ白な短い毛の様なものに覆われた姿に。
その短い毛の間から茶色くツルンとした木で出来た地肌が薄っすら見えている。
ジックリ観察された後ルディさんに起こされ、他のヒツジの元に戻った紙を刈られたヒツジはとても寒そうだ。
「ヒツジの紙って秋頃に刈るんですね。
ヒツジ達は寒くないんですか?」
確か、俺の世界の羊は春頃毛を刈られるはず。
暑くなる前に毛を刈って、寒い冬はモコモコ。
そして1年後の春にまた刈られると聞いた事がある。
その事を思い出し、刈った紙を荷車に運ぶルディさんを手伝いながら尋ねた。
「大丈夫。ヒツジは寒さに強いのよ?
木で出来た肌は体の中の熱を逃げにくくする様に出来てるし、寧ろ紙が無い方いいの。
ほら、刈ったばかりの紙は湿ってるでしょ?」
「・・・・・・・・・本当だ。確かに、湿ってる」
『フライ』で浮かせて運んでいたロールした紙の塊を少し触ると、確かにウエットティッシュの様に湿っていた。
もっとカラッカラに乾いているかと思ったけど、もしかして外で飼ってるから雨に濡れたのか?
「雨やヒツジの汗なんかでヒツジの紙は基本濡れているの。
だから、寒くなって紙が凍るとヒツジは病気になっちゃう」
「だから、夏が終わった頃に刈るんですね」
「うーん、この時期だからって訳じゃないのよ。
確かにこの時期に刈るのが一般的だけどね。
紙を伸ばしっぱなしにしてもヒツジは病気になっちゃうから、大体3ヶ月に1回は紙を刈らなくちゃいけないの」
元々ヒツジは丈夫な生き物らしいけど、ヒツジの紙を伸ばしっぱなしにしていると木の肌が腐る病気に掛かってしまうらしい。
確か、木そのものはとっても腐りにくい物だって聞いた事がある。
でも、湿気が多いとキノコの仲間の菌が繁殖して腐ってしまうらしい。
この世界でもその菌みたいのが居るんだろう。
菌は適度な温度と水分、酸素、栄養があるとドンドン繁殖するし。
だから、濡れた紙に覆われた温かいヒツジの木の肌は菌にとって、とっても住み心地が良いんだろう。
「じゃあ、これを村共有の倉庫、あの塔に運んで貰える?
中に居るピコンに渡して貰えれば、後はピコンが何とかしてくれるから」
「はい、分かりました」
1頭分の紙を荷車に載せたルディさんがそう頼んでくる。
湿っているせいか紙1本でも思いの外重くて、それが約10本。
大体、大人1人分位の重さだ。
ルグとユマさんはまだヒツジの紙刈りを見ていたいらしく、ルディさんと共に残った。
負担を減らす為に荷車に『フライ』を掛けたし、いざとなったら空を飛べばいい。
この位なら1人で大丈夫だろう。
そう思って鐘楼だと思っていた塔に向かった。
「あ、こんにちは」
「あら、こんにちは」
「こんにちは。
村で見た事無いけど、何処の子かしら?」
途中、向かいから空の荷車を押しながらおしゃべりに花を咲かせる小母さん2人と擦れ違った。
無視も出来ず軽く挨拶をすると、2人の小母さんは立ち止まって不思議そうに俺を見る。
まぁ、そりゃあ、村人全員顔見知りって言いそうな小さな村に知らない奴が居たら驚くか。
「えっと、俺は仲間と一緒にルディさんの牧場のお手伝いの依頼で来た冒険者です」
「あら、そうなの!
なら、ラムちゃんとピコン君に今年は手伝えなくてごめんねって伝えて貰えるかしら?」
「はい、分かりました」
ピコンさんは『村の奴等、2人の事何にも分かって無いくせにラムと爺さんの事馬鹿にして!!』って怒ってたけど、小母さん達を見てるとそんなに仲が悪いようには見えない。
2人の牧場を普段手伝ってくれているなら、どちらかと言えば心配してくれる良い人だと思うけど。
この小母さん達が村の中では特殊って事なんだろうか?
そう思うけど、村の人に殆ど会っていないから分からない。
「そうそう!
それと、ラムちゃんがどんなに可愛くて好きになっても手を出しちゃダメよ?
ラムちゃんにはピコン君が居るんだから!
無理矢理なんてもってのほか!!!」
「・・・・・・・・・へ?」
そんな事を考えていると小母さんの1人が変な事を言ってきた。
俺から見てもルディさんとピコンさんはお互いに憎からず思っていると思う。
やけに2人の距離が近かったし。
さっき会ったばかりの俺でもそう思う位2人の仲は本来良い筈。
ただ、ある話題に関しては喧嘩してしまうだけで。
それなのに、小母さん達は何言ってるんだ?
冗談だと思うけど、俺は簡単に一目ぼれして人を襲う様に見えるのか!?
でも、笑っている小母さん達の目は真剣そのものだ。
「心配しなくても、出しませんよ。
確かにルディさんは可愛らしい方ですが、俺は他に好きな人が居るので」
今までの経験で知っている。
こういうグイグイ来る小母さんの機嫌を損なったら恐ろしいと。
大体の小母さんは怖い生き物なんだよ!
好きな人が居るってのは勿論嘘だけど、嘘も方便って言葉の通り小母さん達の機嫌を損なわない様にこう言ったんだ。
雰囲気的に唯手を出さないと言っても、
「ラムちゃんに魅力がないと言うのか!!」
って怒られそうだったし。
相手の推しの人物に魅力があるのは認めつつ、小母さんが危惧する事はしない事を宣言する。
それが上手くいった様で、小母さん達の雰囲気が少し和らいだ。
「あら、そうなの?
最近、村の護衛で来る冒険者達が皆してラムちゃんにしつこく言い寄るんですもの。
小母ちゃん達心配してたのよ!!」
「そうなんですか?すみません。
同業者の方がご迷惑をお掛けしている様で・・・」
いや、俺に他の冒険者の事どうこういう権利も責任も無いのは分かってるけどさ。
素で言ってるなら生意気過ぎるだろう。
何様だ、俺は。
そうは思うけど、でも、小母さん達の視線に耐え切れず、つい口からそんな言葉が出てしまったんだ。
さっさと謝れって空気がおばさん達から出てたんだよ!
異世界じゃ無くても小母さんの圧力、マジ怖い。
でも、良かった。
見た目で判断された訳じゃないみたいで。
それにしても、今この村に居る冒険者達はガラが悪いらしい。
あの塔の前に居た冒険者も好感持てなかったけど。
追加の冒険者を頼むくらいオオカミ退治が上手くいかないから、その腹いせに村の人にセクハラしてるのか?
思う様に仕事が進まずイライラするのは分かるけど、セクハラはダメだろ。
「いいの、いいの!
アンタが気にする事じゃないでしょ!!」
「えっと、ありがとうございます。
あ、あの、1つ聞きたいんですが、もしかしてルディさんとピコンさんってご夫婦なんですか?
兄弟とか従兄弟とかだと思ってたんですけど・・・」
確かにルディさんとピコンさんは兄弟っぽい所があったけど、2人共お互いに恋愛感情の様なものは少なからず抱いていると思う。
でも、ピコンさんは『ラムの親父さんが』って言っていたから、兄弟や夫婦と言うのは考え難い。
兄弟や夫婦ならルディさんの父親の事を『親父』とか『お義父さん』とか呼ぶんじゃないかな?
でも、ルディさんのお爺さんとピコンさんが一緒に住んでいた。
それらの事を考えると、俺は従兄弟って線が1番しっくり来るんだよな。
俺とナトも小さい頃から一緒に居て兄弟みたいだって言われるし。
「そうねー?兄弟って言えなくもないわよね?」
「そうね。
ピコン君は20年位前に、ラムちゃんのお爺さんが拾ってきた子なのよ!」
俺がルディさんとピコンさんの事を尋ねると、小母さん達は待ってましたと言わんばかりに食いついてきた。
困った様な顔をしているけど、段々上がっていく口角と楽しくて堪らないと言ったギラギラした光を宿す目。
話の内容に意味なんて全く無いんじゃないかって思う程、同じ様な話を何時間もグルグル喋り続ける。
世の中の女性の大体がそうだと思うけど、小母さん達の顔にはおしゃべりと噂話自体が好きだとハッキリ現れていた。
これ、質問の答えが返ってこないタイプだな。
自分から吹っ掛けておいてなんだけど、ある程度聞いたら切り上げないと何時までもおしゃべりに付き合わされるぞ。
「ある日、山の方でオオカミに襲われている夫婦が見つかってね?
唯一生き残ったのが赤ちゃんだったピコン君なのよ!」
「きっとお父さんとお母さんが命懸で守ってくれたのねー。
親子3人誰も身元も分からなくて、当時の村長だったラムちゃんのお爺さんが引き取って育てたのよ」
「他に歳の近い子がいないラムちゃんも同い年のピコン君とは昔から仲が良くてねー。
本当あの2人はお似合いよねー」
「でも、お父さんのルディさんは2人の仲を認めてないのよ!!
だから、まだ付き合ってすら居ないのよ!
酷いと思わない!?
ラムちゃんを追い出した上に、あんな冒険者ばかり雇って!!
本当、酷い人よ!!!」
「私達の給料も低いし、休みも少ないし。
それなのに、無理な指示ばっかり!!
もっと職場の環境を如何にかして欲しいわよねー?」
「あ、あの!
早く、収穫した紙を倉庫で待っているピコンさんに届けないといけないので、これで失礼します!!」
最終的に、ルディさんのお父さんの愚痴を言い出した小母さん達。
流石に付き合いきれなくて、俺は小母さん達に一言断りを入れて、荷車を引いて離れた。
元々俺の事なんか特に気にしてなかったんだろう。
俺の後ろからは直ぐに小母さん達の楽しそうなおしゃべりの大声が聞こえてきた。
次擦れ違っても早々に離れよう。




