95,草原のバイオリニスト 4曲目
サマースノー村はアーサーベルからデイスカバリー山脈沿いに東に向かって、ヤドカリネズミの馬車で1時間程。
ディスカバリー山脈が見えるエヴィン草原地帯にポツンとある村だ。
村の入り口にはグネグネした1本の道が続き、その両端に柵が張り巡らされた牧場が広がっている。
牧場には俺が知っている牛や羊の姿はなく、遠くに動く白い点が見えるだけ。
遠過ぎてよく分からないけど、多分あの白いのがこの世界のヒツジなんだと思う。
今居る道からは白い点にしか見えないけど。
更に道を進むとポツポツ家と小さな畑が見えてきた。
家の数はだいたい30軒位だろうか?
村自体の面積は広いけど、住んでいる村人は少なそうだ。
多分、モリーノ村よりも少ないんじゃないかな?
その家が集まった村の中心部には、家と畑以外に鐘楼らしき塔があった。
平屋の家が並ぶ町並みのなか、3倍位高い塔は遠くからも良く見える。
「すみません。依頼で来た冒険者なんですが・・・」
殆どの人が牧場にでも行ってるのか、家の近くには誰も居ない。
暫く村を散策して漸く見つけたのは、塔の入り口に居たスキンヘッドでゴリマッチョの男性。
その見た目と、手に持った鉈の様な厚く幅の広い剣から、多分この男性は村の護衛の冒険者なんじゃないかな?と思った。
もう何回か念の為に周りを見回しても、他に村人らしき人は1人も居ない。
だから仕方無くその男性に声を掛けると、どこか馬鹿にした様な目で男性は俺達を見てきた。
「あぁ?お前等が追加の冒険者かよ。
ガキが何の役に立つ。
お前等みたいなヒョロいガキがオオカミ退治なんって出来るのかよ」
「あ、いえ。
俺達、ヒツジの紙の収穫の手伝いの依頼で来たんです。
村の護衛の依頼を受けた方はもう少し先じゃないでしょうか?
俺達がこの依頼を受けた時にはまだ掲示板に張り出されたままでしたから」
「なんだ追加じゃないのか」
俺達が別の依頼で来た事を伝えると、男性は俺達から一切の興味をなくしてしまった様で、ペロリと何でも飲み込みそうな程大きな欠伸を1つ。
そのままそっぽを向いてしまった。
依頼人の場所が分からず尋ねようとしたのに、男性はまるで野良犬でも追い払うかの様にシッシッと手を振るだけで取り合ってくれない。
追加の冒険者じゃないから興味がなくなったってだけじゃなく、どうも男性は他人に気を掛けれる余裕がないみたいだ。
オオカミ退治が忙しくて疲れきっているのが苛立って眉が中心によった男性の横顔から見て取れる。
今は休憩中らしい男性の邪魔をしちゃ悪いし、効率が悪いけど1件1件家を訪ねてみようか?
そう考えていた時、微かに何処からか不思議な音が聞こえてきた。
複数の高い音が重なり合った様な複雑な、けどずっと聞いていられる、嫌にならない不思議な音。
音楽に詳しい訳じゃないけど、何となくバイオリンに似ている気がする。
その音で作り出した曲は明るいけどのんびり穏やかな気分にさせてくれた。
「何だろう、この音?甲高いのに綺麗な音・・・」
「聞いた事無い楽器の音だよな。
弦楽器だと思うけど、高くて、低くて、凄くゴチャゴチャしてる」
「一体、何処で誰が?」
音が小さすぎて音の発生源が何処か分からない。
でも、誰かが演奏しているって事はそこに人が必ず居るはず。
さっきの男性はダメだったけど、その人に依頼人の事を尋ねよう。
その方が1件1件家を訪ねるよりよっぽどいい。
そう思って俺達の中で1番耳の良いルグを頼りに、音の発生源らしい場所に向かった。
「あ、あの人だ」
「おわぁ。何か凄い事になってるな」
他の家から少しはなれた場所にある、華やかに色んな花が咲き誇るファンシーな家の裏。
そこから音が聞こえてきていた。
他の牧場に比べ小さめな牧場の真ん中当たり。
そこには目を瞑り水色のバイオリンを弾く背の低い女性と、その女性の足元に集まる沢山の謎の白い生き物が居た。
紙に埋もれた逆三角形みたいな顔に緑色の点みたいな目。
形は角が無いデフォルメされた羊。
けど、体の殆どが幾つものトイレットペーパーの様なロール状の紙の塊に包まれ、顔や手足が黒っぽい木で出来ていた。
大きさは人が上に乗れる位、だいたい小柄な馬位はあるだろう。
「あの女の人の足元に居るのがこの世界のヒツジ?」
「うん、そうだよ」
「あれ、本当に生きてるの?
どう見ても、植物で作った置物に見えるんだけど・・・・・・」
「生きてる生きてる。
見た目は植物っぽくても、中は他の魔物と変わらないって。
内臓もオーガンもちゃんとあるし、エサも食べるし、子供も産む」
本当に生きているか疑いたくなる姿に思わずルグとユマさんに尋ねてしまった。
どうも、見た目は植物でも中にはちゃんと内臓が入っているらしい。
それに、水と光合成だけで生きている訳じゃなく、エサも食べるし水も飲む。
生態的には動物みたいだ。
「すみませーん!
道を尋ねたいんですが、いいですかー?」
「あ、はい。大丈夫ですよー」
バイオリンを弾いていて聞こえないかも知れないと、柵越しに少し大きな声で俺はそう尋ねた。
女の人は驚いた様にバイオリンを弾くのをやめ、辺りをキョロキョロ見回している。
そして、少し離れた場所に居る俺達の姿を見つけると微笑みながら近づいて答えてくれた。
「ヒツジの紙の収穫の手伝いの依頼で来たんですけど、ラム・ルディさんのお宅は何処でしょうか?」
「わぁ。
君達が私の依頼を受けてくれた冒険者さん!?
始めまして!
私が依頼した牧場主のラム・ルディです!」
何と、凄い偶然だな。
まさか、この女の人が依頼人だったとは。
ルディさんの恰好は青いオーバーオールに頭に巻いたバンダナと、作業し易い恰好だ。
背はユマさんより少し高い位で、さくらんぼを連想させる大きな丸い目と丸っぽい顔立ちから幼い、守ってあげたくなる様な可愛らしい少女と言う印象を受ける。
牧場を運営出来てるんだから多分成人はしてると思うけど、その恰好と見た目から牧場主と言うより、漫画に出てきそうな牧場主の父親を手伝ってる働き者の娘にしか見えない。
俺の中で牧場主って言われると小父さんのイメージなんだよな。
この世界ではこんなに若い女性が牧場主でも普通なのかも知れないけど、ちょっと驚いた。
「始めまして。
私はこのパーティーのリーダーを勤めているユマです。
こっちが仲間のルグ君とサトウ君。
今日はよろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくね!
あ、ちょっと待っててね。
もう1人いるから、呼んでくるね!
ピコンー!!
依頼受けてくれた冒険者さんが来てくれたよー!!」
そう言いながらルディさんは家の方に叫びながら走っていった。
ルディさんの声に応えて家から出て来たのは、高橋がもう少し大人になったらこうなるだろな、って見た目の茶髪のイケメン。
シャープな輪郭にハッキリした顔立の大人びた顔と、俺より高く自販機位はありそうな背丈から大人の男性に見える。
でも、ルディさんに引っ張られて来る姿は子供っぽくて、そんな2人の姿はどこか仲の良い姉と弟の様に見えた。
「この子はピコン」
「どうも」
「普段は私達2人で牧場を経営していて、収穫の時期には村の人に手伝って貰っているんだけど・・・」
「えっと、確かオオカミのせいで人手不足なんですよね?」
「うん・・・・・・」
ボスも言っていたけど、ここ数年このサマースノー村はオオカミに狙われている。
元々オオカミ自体、デイスカバリー山脈とその周辺の森に昔から住んでいたらしい。
だけど、今までオオカミ達は山や森よりも食料になりそうな物が豊富にある村には一切興味を示さなかった。
「それなのに、急に襲ってくる様になったの」
「罰が当たったんだ。
村が襲われる様になったのは、ラムの親父さんが爺さんから牧場と村長の立場を奪ってラムと爺さんをこんな村の端っこに追いやってからだろう!
ウチは襲われないのに、襲われるのはラムの親父さんが所有する牧場だけじゃないか!!」
「ピコン!!そんな事言わないで!!!」
吐き捨てる様にそう言うピコンさんにルディさんが叱る。
でも、ピコンさんは止まらない。
まるで、他所から来た俺達に訴える様に言葉を続けた。
「実際そうだろ!
村の奴等、2人の事何にも分かって無いくせにラムと爺さんの事馬鹿にして!!
いい気味だ!ざま見ろ!!!」
「ピコン!やめて!!!
・・・お願いだから・・・やめて・・・・・・」
「・・・・・・・・・ふん!」
ヒートアップした2人の喧嘩に俺達3人、置いてけぼりです。
今にも泣きそうなルディさんと、怒って拗ねてしまったピコンさん。
来てそうそう悪い雰囲気になってしまったこの状況、どうすればいいんだよ!?
「えーと・・・・・・・・・」
「ごめんなさい。
嫌な気分にさせちゃったよね・・・・・・」
「い、いえ。大丈夫ですよ。御気になさらず。
寧ろ、俺が嫌な話題振ったのが原因みたいなもので。
えーと・・・すみません・・・・・・」
「ううん、そんな事無いよ!
こっちこそ、本当にごめんね。
さ、早く終わらせちゃおう!
ピコンも早く準備して!!」
場の雰囲気を変える為に態と明るく言うルディさん。
でも、それが無理して言ってる事は表情を見れば一目瞭然だ。
赤くなった目の周りと鼻。
喋らない時はへの字に結ばれた口と、下がった眉。
今にも泣きそうなその表情で言われても、逆に不安になる。
ピコンさんもそっぽ向いてルディさんから隠そうとしてるけど、ルディさんと同じ表情をしていた。
「僕、先に倉庫の方行ってるから!」
「うん・・・・・・」
泣きそうになってるのを隠す為か、ピコンさんは怒鳴る様にそう言って鐘楼の方に走って行ってしまった。
そんなピコンさんの背中を見送るルディさんは、ピコンさんに待って欲しいと訴える様に右手を伸ばしている。
でも慌てて左手で押さえ、ピコンさんから小さく目を逸らした。
「ルディさん・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・ピコンはおじいちゃんが好きだったから・・・・・・
だから、おじいちゃんと仲が悪かったお父さんが嫌いなんだ・・・・・・」
溜め込むのが辛くて俺達に聞いて欲しいのか、それともただ口から溢れてくるのか。
バイオリンを摩りながら、ポツリポツリとルディさんは語り出した。
「おじいちゃんは、音楽家で毎日倉庫の塔の上でバイオリンを弾いていた。
バイオリンの音が町中に響いて、何処からでもおじちゃんのバイオリンの音が聞こえた。
私ね、『音色』って言う音が見えるスキルを持ってるんだ。
おじいちゃんがバイオリンを弾くと、何時も綺麗な音に合わせて虹色の雨が降って来て、それがすっごく綺麗で、好きだったな」
懐かしそうな声でお爺さんの事を語るルディさん。
きっとルディさんの頭の中には塔の上でバイオリンを弾くお爺さんの姿と、そのお爺さんから降り注ぐ虹色の音の雨が鮮やかに映し出されているんだろう。
ルディさんの目はその思い出が大切で、大切で、仕方が無いと言わんばかりに。
まるで綺麗な箱に仕舞った宝石でも見ているみたいに、ウットリと遠くを眺めていた。
でも、それと同時にその顔はどこか悲しげに雲ってもいる。
「そんなおじいちゃんが私もピコンも好きで、そんなおじいちゃんみたいになりたくてバイオリンを教えて貰って。
でも、お父さんはそんな私やおじいちゃんを嫌ってた」
お父さんは真面目な人だから・・・・・・
とルディさんは苦笑いを浮かべる。
律儀で規則的で真面目な、堅実を現した様なルディさんのお父さんと、感情や感覚、直感なんかの主観で動く自由奔放なルディさんのお爺さん。
反面教師にして全く正反対な性格に成った親子は、しょっちゅう喧嘩をしていたらしい。
特にルディさんの将来についての話では他に例のない大喧嘩をしたそうだ。
「真面目に牧場を手伝って、何時かその牧場を任せられる人と結婚して、家庭を守っていく。
そんな模範的な人生が、お父さんが私に求めた事で、でも、私にはそれが苦痛だった。
それ以外の道を認めてくれない家族が・・・・・・
嫌いになりそうだった」
父親の所有物として縛られ、望まない将来を決定付けられる。
この世界では普通の、当たり前の事でも、何も感じない訳じゃない。
嫌な事は嫌だし、辛い事は辛い。
この世界では変わり者と言われる感性の持ち主で、その事で悩んでいたルディさんは、最終的に自分の跡取りを探していたお爺さんに本格的に弟子入りして家を出たそうだ。
その際、お父さんから勘当されてしまったらしい。
ルディさんはそれからずっと、お爺さんが亡くなる時までピコンさんと3人で小さな牧場を経営しながら毎日お爺さんと一緒にバイオリンの練習を続けていた。
「おじちゃんが病気で亡くなる時、本当は毎日2回、塔の上でバイオリンを弾いてくれって言われていたんだ。
ずっと守ってきた伝統だからって。
でも、おじいちゃんが病気で倒れた後、村長になったお父さんが許してくれなかった。
だから、毎日此処で弾いてるんだ」
「そうなんですか。
俺は音楽に詳しくないけど、いい演奏だったと思います。
ずっと聞いていたいと思える位凄く綺麗でした」
「ありがとう!
そう言って貰えるなら、嬉しいな。
普段はピコンとヒツジ位しか聞いてくれないから、他所の人にどう思われてるか心配だったんだ」
そう言ってバイオリンを持ち直すルディさん。
そのルディさんの姿を見て、ルディさんとピコンさんの喧嘩の声でバラバラになったヒツジ達がまた集まってくる。
ググググ、ググググゥ、と鳴いてルディさんの服を引っ張る姿は、まるでお菓子を強請る子供みたいだ。
それ位ヒツジもルディさんの演奏が好きなんだろう。
「こら、もうお終い!
また後で弾いてあげるから。今は我慢してね?」
「はぁ。凄い催促してきますね、ヒツジ達」
「何時もこうなんだ。
私がバイオリンを持って来ると、早く演奏してって。
おじいちゃんの頃からずっとそうなんだよ。
産まれたばかりの子でもバイオリンの音が好きみたいで・・・・・・」
ルデイさんが演奏してくれないと分かると、シュンとした悲しそうな雰囲気を出すヒツジ達。
所々ブーイングみたいに鳴き続けるヒツジも居るし。
デフォルメされた姿も合間って、何かちょっと可愛いかも。
鳴き声は力を込めて木の板を引っかいた様な音で可愛くないけど。
「あ、ごめんね。変な昔話に付き合わせちゃって」
「いいえ、貴重なお話、ありがとうございます」
「さぁ、のんびりしてたらピコンに怒られちゃう。
早速始めようか!」
苦笑いを浮かべ、そう言うルディさん。
着いて来て、とヒツジ達を連れたルディさんに言われ、俺達は素直にルディさんの後に続いた。
 




