93,草原のバイオリニスト 2曲目
「この国の条件は4つだ」
1つは、個人で作られたお金が国で作られたお金と変わらない形、素材、模様をしている事。
これは法律で条件が揃えば使ってもいいと言われているとはいえ、あからさまに国で作ったお金と違うお金が出回るのを阻止する為。
それと、1度回収した時国の許可が下りた正式なお金として使える物であるかどうかという事。
2つ目、他に生活を支援してくれる者が居ない場合。
3つ目、魔法やスキルで出したお金を使わないと普通の生活が送れないくらい貧しい者。
仕送りをしてくれる親や親戚、親しい友人が居なくてその日のご飯すらまともに食べれない。
それどころか住む所だって無くて、薄い布1枚で野宿。
魔法やスキルで出したお金を使わないとそんなホームレスの様な生活をしなくてはいけない場合。
4つ目は本人や家族が重い病気に掛かり、至急大金が必要な時。
ローズ国には日本やジャックター国の様に保険の類が一切無いから病気の治療費は全額個人持ちで、どうしても大金が必要になる。
そう言えば、デビノスさんとブルドックさんがコカトリスに襲われ、2人がよく利用するって言ってた病院に連れて行った時、2人がお医者さんにズッシリと重そうな小袋を渡していたな。
まさか、アレの中身全部お金だったのか?
「今言った4つの内、絶対条件の1つ目以外にどれか1つの条件、最低2つの条件を満たした者に許可が下りる。
お前さんの場合3つの条件が揃っていたから許可が下りた」
「えっと、病気はしていないので、それ以外ですよね?」
「あぁ」
俺の場合、この世界に来た当初、異世界から来た為に無一文で、ボスに紹介して貰わなければ住む所もなく、当然助けてくれる親しい人なんて居ない。
魔女に言われた冒険者業は初心者で仲間も居なかった。
その上、魔女もおっさんも助けようと言う気持ちは一欠けらも無いと。
「それにお前さんの場合、未成年て言う事と
「「えぇ!!?」」
「え?」
ボスの話を聞いていると、突然ルグとユマさんが驚きの声を上げた。
何処に驚く要素があったんだ?
と、2人の方を見ると目を見開いたルグが俺を指さして叫んだ。
「未成年って、サトウ、今何歳だよ!!?」
「えっと、言ってなかったけ?15だよ。
11月になれば16だけど」
「嘘ぉ!?」
「嘘って・・・
俺の事何歳だと思ってたんだよ・・・・・・」
「30手前」
「ごめんね、サトウ君。
私も20代後半は行ってるかなって思ってた・・・」
ルグとユマさんの言葉に思わず俺は崩れ落ちた。
嘘だろ?
10歳以上だぞ?
そんなに俺、老けて見えるのか?
「えーと・・・・・・
サトウ君、ヒヅル国の大人の男の人よりも頭1つ分位大きいから、サトウ君ももう大人なんだと思ってたんだ」
「嘘だろ!?ヒヅル国の人背小さ過ぎないか!?」
俺は今170cmだから頭1つ分低いって150cm後半って事だろ!?
大の大人の男でも中学1、2年位の背しかいない事になるぞ。
あ、そう言えばあのワープ系の魔法道具の研究員達、今思い返すと皆小柄だったな。
『プチライト』で怯んでいたとはいえ、『フライ』を掛けていないのに特にタックルの練習なんてしていない俺の体当たりで突き飛ばせたんだ。
見た目と行動のインパクトがでか過ぎて背の事は気にしてなかった。
「見た目はでかくても異世界から来たガキだったからな。
普通より回収するのを遅くしていたんだ。
けど、お前さんこの間ネコが悪戯して扉壊したとかで屋敷工事しただろ?」
「・・・・・・・・・はい」
本当はユマさんの『生命創造』で生まれた毛玉がやったんだけどな。
そんな事バカ正直に言う訳も無く、ルグの部屋の扉が壊れたのはルグが化けたネコが爪とぎしたからと誤魔化した。
元々あの屋敷に住む危険なネコとロックバードの話は広まってたんだ。
念の為にルグにはネコに化けて工事に来た職人さん達の前に現れて貰ったし、ユマさんにもルグのアリバイを作って貰っている。
俺とルグが工事に来た職人さんを対応している間、ユマさんには『生命創造』を使って簡単な会話位なら出来る、見た目だけ人間に化けたルグそっくりの生き物と2人で買い物に行って貰ったんだ。
幻術系の魔法だと、もし俺みたいに効かない人に見られたらアリバイ工作だと一発でバレてしまうからな。
これだけやったんだから万が一にもルグがネコに化けているとは思われないだろうし、ユマさんの正体もバレないだろう。
魔女達に正体がバレてユマさんが殺されない為にしかたなかったとは言え、無関係の人に怖い思いさせたり騙したり。
自分で提案した事だけど、やっぱり罪悪感が拭えない。
ミステリー物の犯人もこんな気分なのかな?
ボスに工事の事を言われ、胸の奥に仕舞い込んだ罪悪感が少し出てきてチクチクと痛む。
ボスが目の前に居るから顔に出さない様気をつけてるけど、そのせいで返事をするのが遅れてしまった。
「お前さん、その工事代で大量にスキルで作った金を使っただろ。
アレでもう回収しても生活に支障が無いと上が判断したんだよ」
「そうだったんですか。
すみません、知らない間に色々して貰って。
本当にありがとうございます・・・・・・あれ?」
ボスにお礼を言って俺は首をかしげた。
あれ?俺、ボスに異世界人だって言ってたっけ?
いや、言ってないはずだ。
「あの、俺、自分が異世界から来たって言ってないはずですが・・・・・・」
「あぁ。
お前さんの書類に可笑しな所があってな、ヒヅル国のギルドに確認したんだ。
そしたら、」
「タカヤ・サトウなんて人物、居ないと言われたんですね」
「あぁ、そうだ。
可笑しかったのは入国の書類だ。
どんなに探しても、お前さんがこの国に入ったと言う記録が出てこないんだよ。
密入国としてヒヅル国に確認したらそもそもそんな奴居ないって言われるし」
まぁ、ある意味不法滞在してるよな、俺。
本当は魔女に世界を超えて誘拐されたんだけど。
だから実際1度もヒヅル国に足を踏み入れた事が無い、どころか本来俺はこの世界に存在しない人物だ。
あの日ここで登録して貰った事以外、書類上で俺の事を確認出来ないのは当然の事だろう。
「で、ある信用出来る筋からお前さんが異世界から来た奴だって連絡が来たんだよ」
「えっと。
その話、悪戯だって思わなかったんですか?」
「いいや。
元々、お偉いさん方が異世界から勇者を呼ぼうとしているって噂が広まってたからな。
逆に納得した位だ。
まぁ、それ以前にお前さん可笑しかったしな。
この国に永住する訳でもないのに住民登録をしたんだから。
後、お前さん、ヒヅル国出身ってなってるのに、さっき『ヒヅル国の人』って言ってただろ?」
「あ・・・・・・」
そう言えば、うっかり『ヒヅル国の人背小さ過ぎないか』ってボスの前で言ってたな。
もし、俺が本当にヒヅル国の出身ならそんな事言わない。
「そう言えばそうだな。
俺、周りの人より背が高いんだよ」
とか言うはず。
遠まわしにおっさんって言われたショックでそこまで気が回ってなかった。
その事を指摘したボスはと言うと、なぜか俺を値踏みする様に上から下までジロジロと見ている。
「それにしても・・・お前さんが噂の勇者ねー」
「あ、違います。
俺はどの世界の勇者を選ぶか決める為のサンプルとして『召喚』された一般人です」
「はぁ?なんだそりゃあ?」
いぶかしげに俺を見るボス。
そんな顔されても事実なんだからしょうがない。
それにしても、ルグもボスも直ぐ俺が異世界人だって事信じたよな。
それだけ勇者の噂って有名なのか?
確かに、市場に買い物に行くとチラホラ噂してる人が居るけど、そんな簡単に信じられるものなのか?
1000年に1度、毎回勇者が呼ばれているってのも理由なんだろうけど。
俺がこの世界の人から見て変人過ぎるってのが1番の理由だったらどうしよう・・・・・・・・・
そんな今更ながらの不安を頭の隅に追いやる為に、俺はボスに何でも無い事の様に答えた。
「今、この国の姫様達が俺の世界に居るだろう勇者を呼ぶ準備してるんですよ。
俺はその前に、元の世界に帰れる魔法が使える様になったら、いや、使える様になってユマさんの家族が迎えに来たら帰ります」
少し考えて俺はそういい直した。
初めてコカトリスを倒した時、ルグと約束したからな。
『コカトリスの肉と卵はユマさんの迎えが来た時使う』って。
勇者ダイスの日記やDr.ネイビーとスイセン姫の手記を読んで受けたショックから、冷静じゃなくなっていたあの時。
あの時の俺の脳内は直ぐに帰りたいって思いでいっぱいだった。
けど、暫く経って落ち着いて、思い出したあの約束。
お迎えの3人を労う料理を作るって俺から言い出したんだ。
楽しみにしてるルグとユマさんを前に、その約束を破る訳には行かないだろ?
「帰れるなら早めに帰りな。
1000年前と違ってこの時代を生きる、この世界の殆どの奴が異世界人も勇者も必要としていないからな。
変な夢や希望や期待をこの世界に持つんじゃないぞ?」
「はい・・・・・・」
住めば都なんって言葉があるけど、やっぱ俺は故郷が1番。
ラノベや漫画やアニメの主人公みたいな活躍が出来るなんって幻想は、とっくの昔、この世界に来てそうそうぶっ壊されました。
どーせ俺なんて、死んでも廃人になってもどうでもいいサンプルですよー。
でも、『必要ない』って言われても、俺の方が依頼をこなして稼がないとまともに生活出来ないんだよ。
贅沢言わなければ住む場所と食べる物は確かに今のままでも困らないけど、『ドロップ』で出たお金の回収の話が出たばかりで、何かあってもまた直ぐ『ドロップ』で出たお金を使う許可が出るか分からないし。
お金はあって困る事は無いだろ?
だからって、誰かがポンッと出した使ったら後で確実に酷い目に会いそうな、危険な香りがプンプンしてるお金には絶対手を出したくないけど。
きっと俺なら無意識でも何とか自分も周りも納得出来そうな理由を色々つけて、他の人に回すと思う。
と言うかボスに言われるまで全くこれっぽちも自覚してなかったけど、ジュエルワームや巨大クロッグ事件の報酬の事がまさにそうだったじゃないか。
あの時は自分自身でも意識してなかったけど、あのおっさんが用意したお金と言う俺の中でトップクラスの危険な物を雑貨屋工房にパスしたり、そもそも受け取る事すらしてないんだよな。
当時は危機回避する事に必死過ぎて気づかなかったけど、今思い返すと酷い事してるよな、俺。
そう思ってもまた同じ状況になったら、俺は同じ事するんだろうな。
今みたいに、この前のルグの部屋の戸の修理代で貯金が殆ど無いって状況でもきっと変わらない。
そりゃあ、何かあって俺の『ヒール』や『ドロップ』で出た薬で対処出来ない怪我や病気に掛かっても治療費も薬代も払えません、じゃダメだと思うけどさ。
でも、今この時のピンチを回避しても、その後地獄の生活が待っているってのもダメだと思う。
そう言うのは他にどうしても方法が無い時の本当に本当の最終手段で、だから異世界人だってバレて仕事を紹介して貰えないのは非常に困るんだ。
「まぁ、この世界に居る間は今まで通り仕事は紹介してやるから安心しろ」
「はい!ありがとうございます!!」
「だが、まずはスキルで出した金の回収だ」
「・・・・・・・・・はい・・・・・・
あ、『ドロップ』で出た以外のお金も混ざってるんですけど、大丈夫ですか?」
とりあえず、今もっている分だけボスに渡しながら俺はそう尋ねた。
こんな事になるとは思わず、『ドロップ』で出たお金も依頼の報酬のお金も全部一緒に保管していたんだ。
それに対しボスは、片眼鏡型のサングラスを掛けながら、
「問題ない。
この魔法道具で国で出した金とスキルで出した金を分けるからな」
そう言って、目にも留まらぬ速さでお金を仕分け出した。
本当に分けれてるか心配になる程パッパ、パッパとお金を2種類に分けていく。
分けられたお金を見ても違いが俺には分からない。
あえて言うなら、分けられた片方はもう片方に比べくすんだ色の物が多いって事位か?
それも些細な違いだけど。
「よし。こっちが国で出した金だ」
ボスから元々の半分より少し多い位のくすんだ物が多い方のお金と、『ドロップ』で出たお金の1割位の国で正式に出しているお金を返して貰った。
ギルドが回収した魔法やスキルで出たお金は、保証や仲介料など色々差し引いた約1割分の国の許可が下りたお金が出した人に渡される。
ちょっと不満があるけど、硬貨偽造の罪を犯した犯罪者として捕まるよりは何十倍もましだ。
そこら辺は自身の安全を買ったと思って納得する事にしよう。




