92,草原のバイオリニスト 1曲目
「おい!お前達、ちょっとこっち着てくれ!!」
「はい、何でしょう?」
何時も通りギルドで掲示板を見ていたらボスに呼ばれた。
また、名指しで依頼でも来たのか?
「お前さん、スキルで金作れたよな?」
「え?えぇ、はい。
『ドロップ』のスキルで魔物を倒した時に出ますけど・・・・・・」
「今日からそのスキルで出た金はギルドで回収するからな」
「・・・・・・え?え!?
ええええええええええええええええええ!!!?」
ボスの突然の宣言に俺は心底驚いた。
今までそんな素振り無かったのに突然なんで!?
そんな俺を見てルグとユマさんは不思議そうな顔でこう言ってきた。
「どうしたんだよ、そんなに驚いて。
サトウ、エスメラルダに行く日の朝ギルドに『ドロップ』で出た金、渡しに行ってたよな?」
「もしかして、サトウ君聞いてなかったの?
許可を持った人や施設で作られた以外の、個人の魔法やスキルで作られたお金は全部ギルドが回収するんだよ」
「えっと、巨大クロッグの時のあれは別の理由で・・・・・・
でも、本当に?」
巨大クロッグの事件でエスメラルダに行く日の朝、俺がルグとユマさんより早く出た理由。
それは報酬の前金10万をギルドに返しに行く事だった。
無音石の粉や光苔の実、釣竿の代金に使った分は『ドロップ』で出たお金で補って、ちょっきり10万耳を揃えて。
あの時点でおっさんが求める働きは出来そうになかったし、なんか借金しているみたいで嫌だったんだよ。
だから返した。
その時の事を思い出しつつルグとユマさんの疑問に答える俺に、前金を返す時も対応してくれたボスがガシガシと頭を掻きながら呆れた様に溜息を吐いて言ってきた。
「報酬の前金を返された時も、ジュエルワームの糸の時も思ったが、お前さんちょっと国王様から渡された物に警戒し過ぎじゃないか?
何言っても結局、巨大クロッグの報酬も全く受け取らんかったし。
もう少し素直に貰おうと思わんのか」
「・・・・・・・・・すみません。
もう、条件反射みたいなものなので、直せそうにないです。
それで、何で『ドロップ』で出たお金が回収されるんですか?」
俺は全くその辺気にしていなかったけど、俺が『ドロップ』で出したお金は偽造硬貨になるらしい。
本来国が正式に作ったお金以外が市場に出回るのは困る事。
誰でもお金を作れてしまうならお金自体の価値がドンドン下がってしまう。
そして、許可の無いお金が大量に市場に出回ればお金自体の信用も下がり、誰も使わなくなり、国の経済活動が止まってしまうそうだ。
店で買い物してお金を払う時やお釣りを貰う時、一々本物かどうか確認しなきゃいけないなら誰だって使いたいとは思わないよな。
下手したら大昔の様にお金がなくなって物々交換に逆戻りだ。
だからこそ、この世界でも硬貨偽造は大犯罪。
「そ、そんな・・・・・・
俺、『ドロップ』で出たお金結構使っちゃった・・・・・」
事の重大さに気づき、俺は血の気が引いた。
そんな俺にボスは、なんて事ないと言った感じでこう言ってくる。
「安心しろ。
今の所お前さんがしょっ引かれる事はないぞ。
大体、依頼書でお前の行動は筒抜けなんだ。
お前がスキルで金を作れる事は前々から知れ渡っているし、その金を使ってる事も知っている」
「え、じゃぁ何で今まで・・・・・・」
「珍しくはあるけど、お前さん以外にもスキルや魔法で金を作れる奴はいるんだよ。
そういう奴等は今の時代貴重なんだ。
だから、多少は優遇される」
「貴重で、優遇?」
確かにお金を無限に作り出せる魔法やスキルは珍しいし凄いと思う。
雑誌の裏表紙にでも載ってるインチキ開運アイテムの写真の様に、お金のお風呂やシャワーなんって事だって出来るだろう。
でも、出したお金は全部偽物って判断されるんだろ?
優遇される理由が分からない。
「うーん・・・・・・うん、そうだね。
ねぇ、サトウ君。
何でお金だけが世界共有なのか分かる?
この世界には沢山の文化も、言葉も、文字も、環境も、考え方も、人種も違う国があるのに、其々の国で其々の国のお金を作らないのか。
何でか分かる?」
「え?えーと・・・・・・・・・何でだろう?」
俺の元居た世界でも国毎にお金の種類が違った。
日本の円にアメリカのドル、中国の元。
よくよく考えると文化も言葉も違うんだから、国毎に通貨も単位も違うのが普通なんだよな。
なのに俺の元々居た世界と同じ様に、多種多様な違いがある国が幾つもあるこの世界のお金はアリーラ硬貨1つだけ。
「あー、えー、うーん・・・・・・・・・
為替とかそう言うのを考えない分、その方が楽だから?」
「残念、不正解だよ。
正解は、信用出来るお金を作る技術が今の時代無くなってるから」
ユマさんの話によると、1000年前の勇者ダイス達が起こした戦争によりこの世界からお金を作る魔法道具の技術が失われてしまったらしい。
辛うじて少しだけ残った情報で作られたお金は、技術の低下により簡単に偽造硬貨が大量に作られ、ドンドン信用を落としていった。
結果唯一まともに技術が残っていたアリーラ硬貨のみ今も残り、世界共有の信用出来るお金となったそうだ。
「アリーラ硬貨は元々チボリ国の金なんだ。
チボリ国は砂漠を少し掘ると鉄でも銅でも金でもゴロゴロ塊で出てきて、金属類に困る事が無いし、魔法も発展してるからな。
元々硬貨を作る技術も当時の他の国よりも発展してたんだ」
「あ、でも、今のチボリ国は一般人が気軽に行ける範囲は堀尽くしちゃって、冒険者を雇って危険な所から採取してるんですよね。
だから、金に関しては冒険者の雇用費を抜いた分ヒヅル国の方がお得なんですよ?
ヒヅル国には手付かずの鉱山になりそうな山が沢山ありますからね」
「そうなのか?」
ユマさんとボスは政治的な話で盛り上がってるけどついていけない。
それにしても、この世界は砂漠からも金属が採れるのか。
そう言えば、『採掘業が盛んで、領地内で採掘された金属を使った鍛冶で国を支えてる』って、ルグにこの世界の事を教えて貰った時言われたな。
てっきりディスカバリー山脈から採ってると思っていたけど、違ったらしい。
砂漠から金属って、砂鉄なら少しイメージ出来るけど、塊で出てくるとなるとあんまり想像できないな。
あ、でも、実はその金属は砂漠に埋もれた超文明を築いた古代人の遺産とかなら冒険物の映画やゲームでありそうだ。
ルグも『殆ど砂漠に埋もれている』、『昔は沢山の大都市があった』って言ってたし。
「あ、それと、これはDr.ネイビーの影響なんだけど。
この世界ではほんの数十年前まで魔法道具の技術を中心に色んな物が発展する事が禁止されていたんだ」
魔族と人間との戦いで大ダメージを負った国が回復する前に襲ったDr.ネイビーの脅威は、人々に恐怖を与え生き残った人々から技術や産業を発展させたいと言う気持ちを奪っていった。
徹底的な保守を続けたこの世界は、1000年前から殆ど変わっていないそうだ。
「誰かが新しい物を作っても、周りの人や国が責めたり難癖つけてそれ以上研究出来ない様に、発展しないように追い込んできたんだ。
だから、500年近く研究職自体冷遇されていたしな」
「でも数十年前から、そんなんじゃいけないって思う人が増えて、ここ最近ドンドン変わってきてるんだよ。
飛行船とか、ワープの研究とか、巨大クロッグの件もそうだし」
町の見た目はゲームでお馴染み中世ヨーロッパ風なのに、文明や生活のレベルは俺が居た世界とほぼ変わらないと思う。
テレビやクーラー、車は無いけど洗濯機も冷蔵庫も水洗トイレもあるし。
いや、寧ろ時間を止められる時間結晶や空間を好きに広げられる空間結晶、インターネットに繋がらない携帯電話と言ってもいい通信鏡。
ワープ系の魔法道具も問題はあるものの使う事が出来る事を考えると俺が居た世界よりも上じゃないかな?
見た目が中世ヨーロッパ風のままなのは、あれだ。
京都と同じ。
石畳の道に木造の建物、電柱が殆ど無くて看板もレトロチック。
日本有数の観光名所としてそういう町並みを残そうとしているけど、でもその建物の中にはちゃんと電化製品があって、住んでいる人達が町並みと同じ昔のままの生活だけをしてる訳じゃない。
そんな見た目と違って俺の居た世界よりも便利な生活しているこの世界は、どうやら今産業革命が起き始めているらしい。
今まで保守的だったのが、ドンドン新しい事に意欲的になっている。
それでもまだ消極的な人が多いのも事実で、エスペラント研究所がコカトリスの事を発表した時、他の研究所が馬鹿にしたのはプライドや嫉妬心の他に、その保守的な考えが根本にあったのも理由なんだろうな。
研究者がそれじゃいけないと思うけど。
「そんな訳で、金を大量に作る技術が無いって言う事と、チボリ国以外の国は金や銅の金属自体が貴重で、採掘した金属を使わずにお金を作れる魔法やスキルを持っている奴は大切にされるんだ」
「なるほど」
お金を作り出す魔法やスキルを持っているその全員がお金の製造にだけ関わってる訳じゃない。
殆どの人が他の仕事の合間にお金を作り、定期的にギルドに渡しに来るそうだ。
もしくはギルドの職員が回収しに行くか。
それでボスの話では幾つかの条件が揃った場合のみ、魔法やスキルで作った金をギルドに渡す前に使ってもお咎めが無い場合があるそうだ。
その条件は国毎に少しずつ違うみたいだけど。
 




