91,襲撃の毛玉 後編
「・・・・・・・・・なぁ、ルグ、ユマさん。
ケト・シーの生え変わった子供の毛って魔元素が残ってるの?」
「え?
うん、抜けて直ぐなら貴重な素材になる位魔元素が残ってるけど・・・・・・」
「そっか!
じゃあ、ルグの抜け毛が勝手に集まり出したのもそのせいなんだな!」
「え?」
何気なく見たベットの上。
誰も触っていないのにルグの抜け毛が集まり出し、両手に乗る位の茶色の玉になった。
きっと魔元素が残っているから自動で集まったんだな。
ハハ、流石魔法道具の素材にもなる毛だ。
自動で集まってくれるなんて掃除が楽だなー。
「何故か目と爪と口が生えたのも、毛玉が明らかに俺達を見て涎をたらしてるのも、普通の事なんだな」
ルグの抜け毛で出来た毛玉には、素材が毛しかないのに目と口と爪が生えていた。
まるでガラス玉をはめ込んだ様な透き通る大きなギョロッとした1つ目は、ルグと同じ猫らしさを感じる瞳の色が黒色でその周りの部分が薄っすら金色ぽくなっている。
フクロウやペンギンの様に体の下から足の様に生えた爪は、よく研いだ包丁よりも切れ味が良さそうだ。
エヴィンヴラウデンススライムの牙の様な鋭い歯が何重にも生えた口は、口裂け女もビックリする位裂けていて体が半分開く程。
ルグの要素を少しだけ残した毛玉は、俺達の姿をその大きな目で捉えると裂けた口からダラダラと涎を垂らし出した。
「アハハ、流石ルグから生まれた毛玉だ。
食欲旺盛だなー」
「いや、明らかに普通じゃないからな!
普通、こんな事起きないからな!
現実を見ろって、サトウ!!」
「ごめんなさい!!どう見ても私が原因です!!
寝起きでサトウ君の悲鳴聞いて驚いて、無意識で『生命創造』使っちゃったあああああああああ!!!」
ユマさんがそう言って謝っている間、毛玉が襲い掛かって来る。
何とかルグとユマさんは避けれたけど、俺は少し毛玉の爪が掠ってしまった。
掠った頬がジンジンと熱い。
触れてみると、手にはベッタリと真っ赤な血が・・・
ほんの少し掠っただけなのに俺の頬はパックリ切れ、ダラダラと血が流れ出していた。
「ヒィ!
ス、ススススッス、『スモールシールド』!!!」
「と、兎に角部屋の外へ!!!」
血に驚いてる暇も与えず毛玉が襲ってくる。
条件反射の様に『スモールシールド』を張り、転がる様に部屋を出て戸を閉め体全体を使って戸を押さえる。
勿論、念の為の『スモールシールド』を何重にも掛けるのも忘れない。
暫くの間、ドンッドンッと毛玉が扉を壊そうとしている音が続いていた。
けど、唯の木の扉でも小さな毛玉は壊す事が出来ず、諦めたのか漸く音が止んだ。
スズメのおかげで戸と窓を締め切っている間ならどの部屋でもどんな敵も寄せ付けない砦になる。
だから、見た目は唯の薄い木の扉でも実際は鉄の扉の様に頑丈だ。
自分達を守る砦にもなるし、敵を閉じ込める檻にもなる。
毛玉の鋭い爪でも壊す事は多分不可能だ。
「大人しくなった?」
「た、ぶん・・・」
「そっか・・・・・・2人共怪我は?」
部屋を出る前は怪我をしている様には見えなかったけど、念の為に扉を押さえつつ俺はルグとユマさんにそう聞いた。
確認して貰った所、部屋を出る前にチラッと見た時と変わらず2人共怪我はしていない様だ。
唯一の負傷者は頬を切られた俺だけ。
本当、2人共運動神経や反射神経良いよな。
これが住む世界の違いなのか?
「取り敢えず、ルグ。
俺とユマさんで此処押さえて置くから、今の内に急いで俺の部屋にある鞄と『クリエイト』袋、取ってきて貰えるか?」
「分かった!」
ユマさんと戸を押さえたままルグに頼む。
咄嗟の事で部屋に杖を置いたままルグの部屋に来たユマさんは魔法が使えない。
いや、使う事が出来るけど何が起きるか分からないから使って欲しくない、が正しいのか。
兎に角、今結界系の魔法が直ぐに使えるのは俺だけ。
鍵を掛けていない以上押さえていないと直ぐ戸は開いてしまう。
今は大人しいけど何時毛玉がまた暴れ出すか分かったものじゃない。
だから、もしこの扉が開けられた時、直ぐ『スモールシールド』を張り直せるように俺は此処を離れられないんだ。
けど、けどな!
こんな状況だけど、一緒に住んでいると言ってもユマさんにまだ掃除をしていない部屋を見られるのは恥ずかしいんだよ!
他人からしたら馬鹿馬鹿しいかも知れないけど、女の子には良い所見せたい、カッコイイって思われたいって言う年頃の男のプライドなんだよ!!
だから同性のルグに頼んだ。
そんな俺の心情を察してくれたルグが俺の部屋に入ったのを見届けて深く息を吐き出し、痛み出した切られた頬に『ヒール』を掛ける。
痕は残ったものの血は流れなくなった。
「はぁ、驚いた・・・・・・」
「ごめんね、サトウ君。大丈夫?」
「大丈夫だよ。
『ヒール』掛けたから、ほら、ちゃんと治ってるでしょ?」
「うん・・・・・・・・・」
かなり落ち込んでいるみたいでユマさんの表情は暗い。
それに目元が赤く潤んで今にも泣きそうだ。
俺は出来るだけユマさんが傷つかない様に明るく声を掛けた。
「この怪我はユマさんのせいじゃないよ。
それにユマさん、『コントロールが下手』って前言ってただろ?
思わず出ちゃったんなら仕方ないって。
ユマさんだって態とあの毛玉を作ったんじゃないんだから。
ほら、元後言えば俺が騒いだのが原因みたいなものだしさ。
だからユマさん、気にしないで」
「・・・うん・・・・・・ありがとう、サトウ君」
まだ暗さはあるけど少しだけユマさんは笑って頷いた。
「サトウ、持ってきたぞ!」
「ありがとう、ルグ。少しの間、交代してくれ」
ルグと扉を押さえる役を交代し、急いで『クリエイト』で木の板と釘、トンカチを出す。
それで扉が開かない様に木の板を打ち付けた。
「よし!これで大丈夫だと思うけど・・・・・・」
「かなりガッチリしてるけど、これ、後でちゃんと外せるよな?」
「バールと釘抜きも『クリエイト』で出してあるから大丈夫・・・だと思う」
バールはゲームで見たのを思い出して作ったし、釘抜きは中学の技術の授業で使ったきりでおぼろげだけど、多分使えるはず。
「あ、でも、壁の痕は残っちゃうな」
「ちゃんと入れるなら、その位はオレ気にしないぞ」
「ならいいけど・・・
うーん、そうだなー・・・・・・
あまりに酷い様ならポスターか絵で隠すか」
それにしても、アレが『生命創造』の威力か。
何も無い所から新たな生き物を作り出すだけじゃなく、今ある物を生き物に変える事も出来るみたいだな。
この力で1万年前の魔王はキメラを作ってきた。
制御されているユマさんでもあれ程強い生き物を作り出せたんだ。
全く制限の無い1万年前の魔王ならどんな生き物でも作り出せたのも頷ける。
実際にユマさんが無意識に作り出したあの毛玉を見て俺はそう思いつつ、ユマさんと初めて会った日の事を思い出していた。
「確か・・・・・・
今のユマさんが『生命創造』で作った生き物は知識が無くて、『1時間程で空気中の魔元素に溶けてしまう』んだよな?」
「うん、そうだよ。
想像だけで創ったモノも、あの毛玉みたいに素材を、物を生き物に変えた場合も1時間位で消えるか、元の素材に戻っちゃうんだ」
「それなら後1時間、俺はここ見張っとくから、2人はスズメとジャックと一緒に先にご飯食べてて?」
あの毛玉が生まれて、暫くドタバタしていたから1時間も掛からないだろうけど。
「いいの?」
「うん。俺は作ってる間味見してたから大丈夫。
それより、いざって時2人がお腹空いていて逃げる事も戦う事もできないって状況の方が困るから」
「それなら、先食べてるな。
サトウも何かあったら直ぐ逃げて来いよ?」
「分かってるよ」
ルグとユマさんが1階に下りたのを確認し、もう1度ルグの部屋の戸を見る。
毛玉が暴れている音はしない。
と言う事は、もしかしてもう唯の毛に戻った?
それともスズメの力で外に音が漏れていないだけ?
いや、それは無いか。
部屋の外から声を掛けた時、戸が閉まっていても部屋の中に居たルグとユマさんの声が聞こえた。
屋敷の外に声や音が聞こえない様になっていても、屋敷内なら各部屋の戸や窓が締め切られていても中の音は聞こえるはず。
だから、窓や壁を壊して他の場所に逃げたのらその音も聞こえるはずだ。
なら毛玉は大人しくしているだけで、まだ中に居るんだ。
そう思って扉に耳を当てるけど、案の定何も聞こえない。
「音、しないな・・・・・・」
体感的には後20分位は生きてるはずだけど・・・
戸はピクリとも動かないし、音も聞こえない。
毛玉が今どんな常態かサッパリ分からないってのも逆に不安になる。
いっそうの事、『フライ』を使って窓から中を伺おうか?
と、そう考えていると、扉がカタカタ音を立て出した。
警戒しながら少し扉から離れ様子を伺う。
確かに扉は小さく小刻みに動いてるけど、さっきみたいに扉を壊そうとする動きにしては大人し過ぎないか?
「ゲッ!嘘だろ!?」
よくよく扉を観察していると、戸の下の僅かな隙間から毛が溢れ出てきていた。
どうもあの毛玉は扉が壊せないと知って狭い隙間から外に出ようとしているみたいだ。
「ちょっ!出てくるな!!
『スモールシールド』、『スモールシールド』、
『スモールシールド』!!!」
ギュムギュム、カタカタ、と音を発てて隙間から出ようとしている毛玉の前に『スモールシールド』を張りこれ以上出てこない様にする。
『スモールシールド』が壊されれば、直ぐに張り直す。
毛玉とその攻防を続けどの位経っただろう?
突然毛玉からパッンと言う風船が割れた様な音がした。
「なななななななな!?な、なん、に!?
何だ今の音!!!?」
「サトウ!?」
「サトウ君、無事!?」
「え、あ・・・お、俺は大丈夫!!けど・・・」
慌てて階段を駆け上がってきたルグとユマさんに俺はそうどうにか答えた。
そして慌てて隙間から出ようとしていた毛玉を見る。
毛玉は戸の隙間に挟まったまま、ピクリとも動かなくなっていた。
「コレって・・・・・・」
「魔法が、解けたんだよ」
「じゃあ、もう開けても大丈夫って事?」
「うん」
何とか使えた釘抜きで木の板を外し、恐る恐るルグの部屋に入る。
「特に・・・・・・壊された物は無い、な」
「よ、良かった~」
ルグの部屋は特に何かが壊れている様には見えなかった。
それどころか、毛玉が動き回った事で埃が集まり、戸の前で小さな山を作ったお陰で、寧ろ朝起こしに来た時よりも何となく綺麗になっている。
後は、この毛と埃で出来た山を片付ければ元通りだ。
そう思って入ってきた戸の方を見て俺は絶句した。
「・・・・・・・・・酷いな、これは・・・」
「よく壊れなかったな・・・・・・
ロックバードのお陰でこの位で済んだんだな」
「うん。
ロックバードが居なかったら、直ぐにでもこの戸は壊れてたよ」
どれだけの力を込めたらこうなるのか。
閉めた事で気づいたルグの部屋の戸の内側は、殆ど表面がささくれてボロボロ。
そんな中にあと少しで貫通しそうなほど太く深い、上の方から段々下の方に行くにつれて細くなる。
そんなニュースで見た熊の爪痕か、細いナイフを突き立てた様な線みたいな傷が幾つも刻まれていた。
ロックバードが鍵を掛けた物は『どんな攻撃でも壊せない』って聞いていたけど、これ程だったとは・・・
唯の木の扉をこんなに頑丈にするスズメも凄いけど、そんな扉にここまで傷を作るユマさんが創った生き物も凄い。
今日は、一緒に住んでいるのに今まで話に聞いただけで、ちゃんと知らなかった2人と1羽の能力や新たな生態を知る事の出来た休日だった。
その代償にルグの部屋の戸の修理代と言う思わぬ出費がある事は、それ以外の被害がなかったから良かったと思う事する。
最悪誰かあの毛玉にルグの部屋の戸の様に切り刻まれていたかも知れないからな。
因みに、ルグの部屋の戸は雑貨屋工房に頼んで後日直して貰った。
そう言えば、この世界に来てから休日なのにゆっくり休めた記憶が無いのは気のせいだよな?




