87,スライムパニック! 6体目
ピノさんに連れて来られたガラス張りの建物。
その中は予想していたケージの中に沢山のスライムが押し込められている光景ではなく、まるで植物園の様だった。
ガラス越しに降り注ぐ太陽のお陰か春の様に暖かな室内に、芝生の道を挟む様に多種多様の見た事の無い草木が植えられていて、所々池や小川が流れている。
奥にはガラスの壁に隔たれ雪が降っている部屋や砂漠の様に砂だらけの部屋も見え、スピリッツさんが言った『環境ごとに分けて飼育されている』と言う意味が良く分かった。
まさかここまで環境を整えて飼育しているとは思わなかったな。
実際スライム達にはとっても住み易い環境なんだろう。
木々の間から見えるスライム達は何となく安心した様にノビノビと暮らしている様に見えた。
いや、スライムの表情なんて全く分からないけど、そんな雰囲気を出している様に思えたんだ。
何の警戒もする様子もなく俺達の前をスライムが横切ったし。
「安心してください。
先ほどエサをあげたばかりですからこの子達が襲ってくる事はありませんよ」
「ノンス。
そもそも此処のスライムはこの研究所の大切な研究対象です。
傷つけてはいけません」
「・・・・・・そうか」
目の前を横切ったスライムを警戒したんだろうブルドックさんが鞘から抜いた剣を握る。
それを見たピノさんがオロオロし、デビノスさんがブルドックさんをたしなめた。
デビノスさんに言われ剣から手を離しはしたけど、ブルドックさんの警戒は解けそうにない。
ブルドックさんも頭では分かっているんだろうけど、今まで野生のスライムとも数多く戦ってきた経験から警戒してしまうのは仕方がない事だ。
「そう言う事だから、ルグ君もそんなにスライムを突いちゃダメだよ?」
「・・・・・・・・・はぁい」
興味津々と言った感じに近くに居たスライムをプニプニと押さえつける様に突っついていたルグに、ユマさんがそう言う。
逆にルグは警戒しなさ過ぎじゃないか?
「此処がクリスタルスライムの飼育場所です。
今、クリスタルスライム達は眠っていますので出来るだけ静かに」
「此処に?
でも、何処にもクリスタルスライム居ませんよ?」
クリスタルスライムの飼育場所は分厚く土と石を敷き詰めた洞窟の様な薄暗い場所だった。
赤に青、黄色に緑、オレンジ、紫、それら全部を混ぜた様な虹色。
床や壁から淡く光る拳よりも小さな蓮の花の様な形の色とりどりの水晶が生えていて幻想的だ。
だけど、肝心のクリスタルスライムは1匹も見当たらない。
隅の暗がりに隠れているのか?
「いいえ、目の前に居ますよ。
この水晶の花はクリスタルスライムやプリズムスライムが擬態した姿なんです」
「これが?」
そう言われもう1度水晶の花を見るけど、あのクリスタルスライムと一致する所が見当たらない。
だから疑いの目をスピリッツさんとピノさんに向けると、スピリッツさんは近くに生えた緑色の水晶の花をポンポンと軽く叩いた。
「ごめんな?ちょっと起きてくれるか?」
スピリッツさんがそう声を掛け何回か叩くと水晶の花がルグが変身する時の様に白い光に包まれ、水晶の花があった場所には緑色の水晶を生やしたクリスタルスライムが居た。
本当に寝ていたんだろう。
クリスタルスライムはこっちまで眠くなりそうなゆっくりな動きで俺達を見てきた。
そのまま数回瞬きすると、少し移動して空気が抜けたように少しペチャっと垂れて目を瞑り水晶の花に戻る。
緑色のクリスタルスライムが移動した事で空いた隙間に、説明の為に連れてこられ今までスピリッツさんに抱えられていた紫色のクリスタルスライムが入り込み、同じ様な紫色の水晶の花に変わってしまった。
「・・・・・・本当にクリスタルスライムだったんですか」
「驚いたでしょ?
悪魔は眠る時花にはならないから、私達も始めてこの姿を見た時は驚きました」
「眠っている時に敵に襲われない為か、其れとも白悪魔達がこの姿を楽しむ為か。
理由はまだ分かりませんが、クリスタルスライムは眠る時この花の姿になるんです」
このクリスタルスライムの姿を見て漸く俺はヴァンさんがああ言った理由が分かった。
確かにこの姿ならペットとして需要がありそうだ。
水晶の花の姿のクリスタルスライムは1匹だけでも十分観賞する価値があるだろう。
「それにしても、凄い数のクリスタルスライムですね。
こんなにスライムの化石って取れるものなんですか?」
簡単には数えられない位の沢山の水晶の花。
化石ってそうやすやすと見つかる様な物じゃないってイメージがあるし、見つかっても1つ1つがとっても高価で中々手に入らない物だと思う。
『生き物が長い間存在し続けるには最低でも1000体以上の固体が存在していない』とクレマンさんが言っていたとは言え、この水晶の花の数だけクリスタルスライムの化石があったんだろうか?
そう思いスピリッツさんさんに尋ねると、
「いいえ、復元したのはクリスタルスライムとプリズムスライム1匹づつだけですよ。
此処に居るクリスタルスライムのほとんどが1匹のクリスタルスライムから分裂した固体なんです。
クリスタルスライムに限らずスライム種はある程度大きくなると分離するんです」
と答えてくれた。
「でもそれにしては体から生えた水晶の色が違いますよね?
1匹から分離したのなら水晶の色は全部同じなんじゃないんですか?」
「そこがクリスタルスライムの面白い所なんです!
クリスタルスライムの水晶の色は親となる分裂元のクリスタルスライムの住んでる環境や食べた物で決まってくるんです。
例えば火山の様な火属性のマナの多い場所に住むクリスタルスライムが親なら赤い水晶のクリスタルスライムが、水を沢山飲ませたクリスタルスライムからは青色の水晶のクリスタルスライムが生まれます」
火属性なら赤。
水属性なら青。
地属性なら黄色。
風属性なら緑。
光属性ならオレンジ。
闇属性なら紫のクリスタルスライムが生まれるらしい。
その中で全ての属性のマナを大量に満遍なく取り込んだ親から生まれてくるのがプリズムスライム。
本来、1匹のクリスタルスライムが取り込むマナの種類は1種類だけ。
だから全部のマナを取り込む雑食のクリスタルスライムは珍しいし、そこから生まれるプリズムスライムもとても希少なのだそうだ。
「なるほど。
だから親と違う水晶のクリスタルスライムも居るんですね」
「はい。
それと、クリスタルスライムの好むマナの属性と水晶の色は一致しない事が殆どなんですよね。
例えば水晶が火属性の赤でもそのクリスタルスライムは水辺が好きとかですかね?
後は1度分離すると親の好みが変わる事もあるんですよ」
「へぇ。それは面白いですね」
そうやってスピリッツさんとピノさんとクリスタルスライムの話で盛り上がってると、ついでにスピリッツさんが面白いスライムの生態を教えてくれた。
なんとこの世界のスライムはほぼ不老不死なんだそうだ!
外傷や病気で死ぬ事はあっても俺達が考える様な寿命が無く、見た目の変化も粗無い。
あえてスライムの老化と呼べるものがあるとすれば、それはスライムの分裂の回数。
スライムも無限に分離できる訳じゃなく、1固体5~10回の分離が限界らしい。
それ以上は分離できず、段々小さくなり最終的には他のスライムに吸収されてしまう。
他のスライムに吸収された時がスライムの寿命とも言えるだろうな。
だけど稀に核と少しの細胞質だけのすっごく小さい状態になっても他のスライムに吸収されない固体が居るらしい。
その固体はベニクラゲの様に若返る事が出来るそうだ。
繭の様な特殊な姿で岩や木の陰に張り付き何年もジッと動かず、周りの魔元素を取り込み大きくなっていく。
そうするとまた分離が出来る若い固体に戻るらしい。
「けど、そういう固体は本当に少ないんですよ。
殆どの固体は分裂回数の限界が来る前に他の動物や魔物に襲われたり、餓死したりして死んでしまいますから。
『スライムの若返り』も人が飼育しなければ分からなかった事ですから、野生で起きる事は殆ど無いと思っていいでしょう」
「確かに野生ではそこまで長生きできなさそうですものね」
動物や魔物だけじゃなく俺達冒険者もスライムを倒しているし。
じゃないと俺達がスライムに殺されてしまうんだからしかたない。
「あ、そうだ。
スピリッツさん、1つ確認したいんですが、スライム1匹の分裂回数は最大で10回なんですよね?
じゃあ、そのスライムをナイフで11回切ったらナイフでもスライムを倒せるんですか?」
『切ったり叩いたりすると分裂する事があり、スライムを倒すときは基本的に燃やすしか倒せない』と、初めて依頼を受けた時ユマさんが言っていた。
でも、分裂できる限界以上の回数切ったり叩いたりすれば燃やさずともスライムを倒せるんじゃないのだろうか?
スピリッツさんの話しを聞いてそう思った俺は、こんなにスライムについて詳しい何か分かるんじゃないかと尋ねた。
だけどスピリッツさんの答えは予想外なもので、
「そんな事しなくても、スライムは核を取り除いたり、傷つければ死んでしまいますよ?」
と言われた。
「スライムを良く見ると薄っすらと体の中心に色の違う丸い物があるでしょう?
触ってみるともっと分かり易いですが、一部だけ固い場所があります。それが核です」
「・・・・・・・・・あ、本当だ」
スピッツさんに許可を貰い起きたクリスタルスライムを強めに掴むと、確かに体の中に他の部分と違いかなりの硬さを持つ丸い物体があるのが分かった。
触った大きさとしてはビー玉位だろうか?
「体ごと切り裂けばスライムは分離してしまいますが、的確に核だけを衝いたりナイフで切り裂ければ分離する前にスライムを倒せます。
成功するにはそれ相応の技術が必要ですが。
あ、だからと言って此処で試そうとしないで下さいね?」
「しません!!」
ピノさんにそう言われ俺は慌ててクリスタルスライムを下ろした。
クリスタルスライムは直ぐに俺から離れ奥に行って眠ってしまう。
「・・・・・・・・・え?1匹足りない?」
「足りないって、クリスタルスライムがですか?」
そんなクリスタルスライムを見ていたスピリッツさんの言葉にもう1度クリスタルスライム達を見た。
疎らではあるけどこのエリアには軽く見回しただけでは数えられない程沢山の水晶の花が咲いている。
俺達はこの洞窟エリアの奥までまだ行ってないし、スピリッツさんもピノさんもずっと俺達と一緒に居た。
それなのに1匹足りないなんて分かるんだろうか?
そう思って尋ねるとピノさんは首を振って、
「いいえ。居ないのはプリズムスライムです。
今いるプリズムスライムは4匹なんですが・・・
ほら、虹色の花。あれがプリズムスライムです。
私が此処を離れた時には4匹共近くに居たはずなんです・・・・・・」
と言った。
確かにかなり近い場所に虹色をした水晶の花が3つ咲いている。
だけど、見回せる範囲には最後の虹色の水晶の花も、その花の正体であるプリズムスライムも見当たらない。
「ピノさんが俺達を呼びに来ている間に移動したのでは?」
「そう・・・・・ですよね。少し探してきます!!」
「こんなに広いんだ。俺達もさがそうか?」
「えーと・・・・・お願いします!」
ブルドックさんの提案に乗り、俺達はプリズムスライムを探し始めた。
俺とスピリッツさんはこのまま洞窟エリアを探し、ルグ達は念の為に他のエリアを探しに行く事になったんだけど・・・・・・・・・
「ダメだ。こっちには居なかった」
「私達の方も居ませんでした」
結局俺達だけじゃ見つからず、クレマンさんとヴァンさん、そしてヴァンさんとクレマンさんの奥さん達にも手伝って貰い、捜索の範囲を広げたけど一切その姿が見えない。
此処まで大事になったのは大切な研究対象が居なくなったって事の他にもう1つ。
「あそこに残ってるのはキング、クイーン、エース。
居なくなったのはジャックか・・・・・・・」
「あんな事が在ったから、皆さんが帰るまで眠らせていたはずなのに・・・
どうして・・・・・・」
そう、居なくなったのは此処に来た時襲ってきたあのプリズムスライムなんだ。
また急に暴れない様に魔法で眠らせていたそうなんだけど、消えてしまった。
ピノさんはかなり強力な魔法を掛けたらしく、本来ならそんなに簡単に目を覚ますはずが無い。
もしかしたら、誰かに盗まれたのか?
勿論、この研究所の誰かと必ず一緒に居た俺達にはアリバイがあるから犯人じゃないぞ?
そんな暇なかったのは俺達が全員が互いに知っている。
そもそも、俺達の行動は依頼書に記録されているんだ。
例え盗んだとしても直ぐバレる。
普通に考えてそんな無駄な事誰もしないだろ?
と言う事は可能性があるのは外からの侵入者。
「兎に角、プリズムスライムが研究所の中に居ない可能性が高くなってきました。
何人か念の為に中に残って外を探しに行きましょう!」
「そう、だね。
ユマパーティーとノンスノーパーティーの皆さんは僕とラム君と一緒に外を探そう」
「あぁ」
「はい。分かりました」
「父さん達は中を頼む」
「ゼクトもラムも無理はするなよ?」
「分かってるよ」
クレマンさんが決めた通り、俺達は急いで外に出た。
いや、実際は1歩も外に踏み出す事はなったんだけど。
その前に俺達は目の前に広がる異様な景色に出ようとして慌てて入り口で止まってしまったのだ。
いつの間にこうなったのか。
この研究所は色とりどり多種多様なスライム達に包囲されていた。
 




