86,スライムパニック! 5体目
「可哀相だと思うか?
だが、それが元々クリスタルスライムの作られた理由なのだ」
自宅として使われている建物の中に入った俺達をそんな言葉で迎えたのは背の曲がった白髪の男性。
ここの所長でクレマンさんとピノさんの父親でもあるヴァンさんだ。
「作られたって事はクリスタルスライム達も1万年前にアンジュ大陸国王に作られたキメラと言う事ですよね?」
「あぁ、そうだ。
だがこいつ等は『兵器』では無く、強力な魔法道具の素材を採取する為に作られた『家畜』であり、この宝石の輝きで魔族を楽しませる『ペット』だった可能性が高い」
「家畜に、ペットって・・・・・・」
クリスタルスライムは悪魔の祖先だったんだろ?
たったの1万年でスライムから人の姿に進化したのか?
そう思いチラリとユマさんを見る。
ユマさんはやはり眉を顰めていた。
「ペットとしての需要から1部のクリスタルスライムは人の姿にされ、今の悪魔が生まれた。
これがその証拠だ」
「これは・・・・・・石?じゃなくて化石かな?」
そう言ってヴァンさんが取り出したのは人の頭蓋骨の様な物。
『人の頭蓋骨の様な』と言うのはその頭蓋骨には角が生えているからだ。
ヴァンさんがその頭蓋骨を魔方陣が書かれた机に置くと、頭蓋骨の上にスキル玉や魔法玉を使った時に出た画面が出てきた。
その画面にはズラーと文字が浮かび上がり、最終的には良く分からない模様が浮かび上がる。
「これは1万年前の地層から発掘した悪魔の頭の化石だ。
そして・・・・・・」
ヴァンさんはいつの間にかクレマンさんが連れてきた紫色の水晶を生やしたクリスタルスライムを化石が置いてある机とは違う机に置いた。
その机にも化石の置いてある机と同じ魔法陣が書かれている。
当然クリスタルスライムの上にも画面が出た。
その画面に映し出された模様は化石の上の模様と全く同じ物に見える。
いや、実際全く同じ物でヴァンさんが操作し重なった2つの画面の模様はピッタリ一致した。
「今画面に映っているのはクリスタルスライムと悪魔の体を構成するマナの配列を解り易く図にした物だ」
つまりDNAとか遺伝子の様な物が映し出されているって事で良いんだよな?
「この図は種族ごとに違う。
・・・・・・・・・この様に人間であるワシとゼクトの図は同じ物だろ?」
一端化石とスライムを退かしヴァンさんとクレマンさんは抜き取った自分達の髪を置いた。
その髪の上の画像はさっきの化石とスライムの画像の時の様にピッタリ一致する。
その後も幾つかの生き物の一部、羽とか角とか爪とかを置き画像の違いを話すヴァンさん。
その生き物によって模様は大分違い、同じ種族で無いと模様が一致しない事が良く分かった。
「つまり、模様が一致したこの化石とスライムは同じ種族の生き物って事ですよね?」
「そう。
そしてこれは実際に今生きている悪魔の髪の毛なのだが・・・・・・・・・
見ての通りクリスタルスライムと90%以上一致している。
これは悪魔がクリスタルスライムから進化した他ならぬ証拠なのだ」
ヴァンさんの言う通り、スライムと悪魔の髪の模様はほんの少し微妙に違うだけで殆ど同じ物だった。
それに、あのプリズムスライムがユマさんに似てるってのは俺達も思った事だしな。
クリスタルスライムが悪魔の祖先だと信じても良いだろう。
ただ、俺が信じたくなかったのは悪魔の祖先が元々『家畜』や『ペット』だったって事で、どうもヴァンさんは俺達が『クリスタルスライムが悪魔の祖先だ』って事を疑っていると思ったらしい。
「じゃあ、人間のご先祖様も『家畜』や『ペット』だったんだな」
「ん?」
「ん?って悪魔と人間のご先祖様は同じなんだろ?
オレはそう習ったぞ?」
少し皮肉っぽくそう言ったルグにヴァンさんとクレマンさんが首を傾げ、ルグの次の言葉に納得した様に頷いた。
「あぁ、そう言う事か。
そう言えば、まだ世間には広まってなかったね。
研究の結果最近解った事なんだけど、今悪魔と呼ばれる種族と人間と同じ祖先を持つ悪魔は別の種族なんだ」
「えーと、さっきのコカトリスとバジリスクの様な?」
「いや。
『人間と同じ祖先を持つ悪魔』、世間一般が認識する悪魔と区別する為に僕達は出現した時代からとって白悪魔と呼んでいるんだけど。
彼らは約1000年前の勇者に滅ぼされた今は存在しない種族であり、1万年前の魔王もその種族であるんだ」
クレマンさんによると、1000年前まで悪魔と呼ばれていた種族と今悪魔と呼ばれている種族は別物だったらしい。
白悪魔は見た目や骨格などでは人間と区別がつかず、人間との唯一の違いは管器官型のオーガンが有るかどうかだけ。
『状態変化』とユマさんの持つ『生命創造』の2つの基礎魔法を持ち、魔元素で作り出した翼を羽ばたかせ飛び回っていたらしい。
因みに悪魔は鳥や蝙蝠の様には飛べないけど、その翼でムササビやモモンガ、グライダーの様に滑空する事なら出来るそうだ。
これはクリスタルスライムやプリズムスライムも出来る事で、これも進化の名残の1つと言っても良いだろう。
現にクレマンさんに連れてこられたスライムの体から生えた水晶が光ったと思ったら背中の翼が何倍も大きくなり、机から飛び降りると滑る様に離れた場所に落ちた。
スライムはそのまま逃げようとしたみたいだ。
残念ながら直ぐにスピリッツさんに捕まってしまったけど。
「『生命創造』で新たな生き物を作り出し『状態変化』で作り出した生き物を一気に進化させる」
「そうやって1万年前の魔王は兵器生物を作り出したと考えられるんだ」
「はぁ・・・・・・・・・」
俺が持つ『状態保持S』とは正反対に『状態変化』は氷を水にしたり、生き物の免疫を活性化させたり化学変化を進めたり、逆に元に戻したり出来る魔法らしい。
本来は治癒系の魔法や毒系の魔法を活性化させる補助系の魔法らしいけど、1万年前のアンジュ大陸国王はそれを生き物を進化させたり退化させる事に使っていた様だ。
だからこそクリスタルスライムは一気にスライムから人型になったんだろう。
「長い歴史の中でいつの間にか同じ様に人に近い姿で羽を持つ2つの種族が混合されてしまったのだろう。
現に悪魔達には伝説の中の様な生き物を作り出す『技』はない。
それは現魔王も例外では無いだろう。
他の者達は未だに伝説に描かれた内容を信じ込んで怯えているが、現魔王には伝説に描かれた様な生物を作り出すような芸当は到底無理だろうな!」
「そ、そうですか・・・」
そう言って豪快に笑うヴァンさん。
俺は見た事無いけどユマさんは『生命創造』の基礎魔法を持っている。
と言う事はユマさんの祖先には白悪魔がいたと言う事だろう。
いや、恐らく『弱虫ジャックターと不思議な仲間達』に出てきた『悪魔のプリンストン』がその白悪魔だったんだろうな。
絵本の中で『プリンストンは頑張る皆のために毎日美味しいご飯を作ったり、見たことも無い生き物を作り出し喜ばせました』と書かれたし、ルグの話では『ジャックター国王家はジャックターとプリンストンの子孫』とも言っていた。
その話が本当なら、かなり薄くなっているだろうけど、ユマさん達には確かに白悪魔の血が入っているはず。
まぁ、馬鹿正直にその事をこの場で言うつもりはないけど。
「と、言う訳で現代の悪魔や魔王は白悪魔によって作られた存在だったと言う訳だ。
ただ、兵器と言うには悪魔は強力な『技』を使えない。
確かに現代の悪魔はどんな属性の魔法でも使えるし、魔法道具の扱いにも長けている。
けどそれは1万年の間で進化した結果身に付けた物。
元々のクリスタルスライムにはそんな能力は無い。
だが、クリスタルスライムが数多く作られていたと言う事はそれだけ需要があったと言う事。
その理由としてクリスタルスライムの能力や見た目を考えると家畜やペットとして作られたと考えるのが1番納得できるんだよ」
「なるほど。あ、それと・・・」
俺達の表情で察したのかクレマンさんがそう解説してくれる。
俺は納得しつつもその解説の中で気になった事を聞いた。
「『数多く作られていた』って言うのはそれだけ沢山のクリスタルスライムや悪魔の化石が見つかったからですか?」
「それもあるけど、生き物が長い間存在し続けるには最低でも1000体以上の固体が存在していないといけないと言われているんだ。
それはキメラを祖先に持つ生き物も同じだし、キメラと言え1万年間生きられる訳じゃないからね。
キメラを祖先に持つ生き物達が今も存在していると言う事は、それだけの数が造られたと言う事。
それより少なければ1万年もの間に絶滅してしまっているはずさ」
「そんなに必要なんですか!?」
予想以上に大きい数字に本気で驚いた。
最低でも1000。
と言う事は実際はもっと沢山造られていたと言う事なんだろう。
「うん。
近い種族との配合もあっただろうから実際はもう少し少なくても残った生き物も居ただろうけどね。
言い方は悪いけど、恐らく残ったキメラは少ない材料と費用で作り出せる様な下級兵の様な生き物達だったんだろうね。
強いキメラはそんなに作れなかっただろうし・・・」
「それだけの数の『兵器』と呼ばれる生き物が作られたのに、1万年前魔族側は負けたんですね」
あのミモザさんですら、低コストで大量生産できるキメラだと言うのなら、最終兵器的なキメラはどんだけ恐ろしい性能を持った生き物だったんだろうか?
そんな生き物達が攻守するアンジュ大陸軍にギリギリ勝った1万年前の人間達も普通じゃないだろう。
「そうなんだよね。
かなりの数の兵器生物が居たのに魔族に比べ非力な人間が勝った。
僕達学者の間では魔族側で予想外の出来事、例えば地震や火山の噴火などの自然災害によって大打撃を受けその隙に人間側が攻めて来たんじゃないかって言われてるんだ」
「あぁ、なるほど」
「英勇教では勇者の魔法によって星が落ちた為なんて言われてるけどね」
「星?」
クレマンさんの言葉に皆胡散臭そうに窓から見える空を見る。
そんな中俺だけが青い顔をしていただろう。
『星が落ちた』って・・・・・・・・・
え、まさか、1万年前の人間には隕石を自分の意思で落とせる魔法を持っていた奴が居たのか?
現在もそんな魔法を覚えてる奴なんて居ないよな?
流石にそんな最終奥義出されたら四天王の息子や魔王でも敵わないよな。
あと周りの被害もヤバイだろし。
「父さん、兄さん。準備できたよ」
「あぁ。ありがとう、ピノ」
マンティコアやバジリスク、その他のキメラの話を聞いていると、いつの間にか居なくなっていったピノさんがそう声を掛けながら部屋に入ってきた。
準備って、もう帰りの準備が出来たんだろうか?
「ずっと話しているだけと言うのも飽きたでしょう?
スライムの飼育館の準備が終わりました」
あぁ、準備ってそう言う・・・・・・・・・
話してる間にすっかり忘れていたけど、依頼書にも『是非我が研究所を見て貰いたい』って書いてあったな。
「さぁ、こちらです!!」
俺達は上機嫌のピノさんに案内され建物の外に出た。




