85,スライムパニック! 4体目
安全の為か草原の中にポツンと建った研究所以外、他の建物もなく町からもかなり遠い、そんな場所。
そこにエスペラント研究所は、石造りの1番小さな建物と丈夫そうな1番大きな建物、3軒の温室の様なガラス張りの建物が集まって出来ていた。
馬車を降りて案内されたのはその中の1番小さな建物。
クレマンさんによるとその建物はクレマンさん達一家の自宅らしい。
「さぁ、どうぞ」
「あ!待って!!今は開けちゃダメ!!」
クレマンさんが自宅の扉を開けた瞬間、中から若い女性の制止する声が響いた。
クレマンさんが慌てて扉を閉めようとしたけど、その僅かな隙間から黒いナニカが猛スピードで飛び出してくる。
「っ!?」
「う、えぁ!?ス、『スモールシールド』!!」
急いで『スモールシールド』を唱えるけど、その前にルグの瞬間移動で俺とユマさんは後ろに引っ張られた。
気がつくとデビノスさん達の驚く顔が辛うじて見える程の距離が離れていたのに、飛び出してきたナニカは真っ直ぐ俺達に向かってくる。
飛び出してきたナニカと突然ルグに引っ張られた事。
その事に驚いてだいぶ脆くても一応張られた『スモールシールド』は、飛び出してきたナニカに簡単に破られてしまった。
もう一度『スモールシールド』を張る事は、もう既にナニカが目前に迫って来ていて出来そうにない。
それでも一応『スモールシールド』でナニカのスピードを殺せた様で、俺はそれをキャッチ出来た。
「い、って・・・・・・
イタッ!ちょッ、ま!暴れんな!!」
キャッチ出来たとは言え、それが腹にぶつかった衝撃とその衝撃で着いた尻餅で腹と尻が物凄く痛い。
あのクロッグの舌に吹っ飛ばされた時よりマシだけど。
ソイツは俺に捕まりながらも激しく暴れてゴツゴツしたソイツの体が腹や腕にぶつかる。
それがまた痛いの何のって。
「何だ、コイツ!?・・・・・・ユマ、さん?」
ソイツは両手で持てる位の大きさのプニプニした丸っこい体に、幾つも宝石の様な綺麗な石と1対の黒い蝙蝠の様な羽の生えた生き物だった。
額らへんから生えた2本の小さな角と、体から生えた石と同じ様に光の加減でコロコロ色が変わる小さな点の様な目。
人の姿をしていないけど体の部分部分がユマさんぽさのある生き物。
「これ、悪魔に似てるけど・・・・・・スライム?」
「・・・この目は・・・・・・
ディアプリズム、だよ、ね?何で、スライムに!?」
ルグとユマさんもこの生き物がユマさん、と言うか悪魔に似ていると思ったんだろう。
俺の腕の中の生き物を見た2人も目を見開いている。
そんな俺達の下に行き成りの事に反応が遅れたデビノスさんとブルドックさん、クレマンさん、そして扉越しに叫んでいた女性だと思われる人が来た。
「すみません!お怪我は!?」
「大丈夫ですよ。えーと・・・・・・」
「あ、私はゼクトの妹で研究員のピノ・スピリッツです」
この人が馬車で聞いたクレマンさんの妹さんで御者をしてくれたスピリッツさんの奥さんか。
確かにピノさんは兄弟と言われれば納得できる位クレマンさんに似ている。
俺達は軽く自己紹介しつつ馬車を置いて来た為に少し遅れて来たスピリッツさんに捕まえた生き物を引き渡した。
「コラ!大人しくしろって!!」
「えっと、その・・・・・・すみません。
何時もは大人しいプリズムスライムが突然暴れだして・・・・・・」
何時もは大人しいと言うピノさんの言葉が一切信じられない位、今にもケージを壊しそうな程中でスライムが暴れる音が響く。
「あの、そのプリズムスライムって・・・・・・」
「はい!この子はプリズムスライム。
ずっと昔に絶滅したあの魔王のご先祖様なんです」
あぁ、だからユマさんに似ていると思ったのか。
遠い遠いご先祖様って言うのなら納得だ。
そりゃあ人間だってサルっぽい生き物に進化する何億年前の姿は魚やクラゲっぽい生き物だったらしいし、何億年も掛けてスライムから人型に進化したって事もあるだろう。
ただ、そんな大昔の生き物が今でも生きているんだ?
あとピノさん、俺の聞き間違いじゃ無ければ今『ずっと昔に絶滅した』って言ったよな?
「えっと、そのスライムは絶滅した生き物なんですよね?
何で今此処に?」
「この子は化石から復元した古代の魔物なんです。
私達は化石から復元した生き物を飼育してその生態を調べているんですよ!」
「化石の復元!?」
流石にそれは予想の斜め上を行き過ぎていた。
この世界の魔法はそんな事まで出来るのか。
まるで、某ネズミでお馴染みのゲームみたいだな。
「と言っても、今復元出来るのはスライムだけなんですけどね。
他の生き物はまだ・・・・・・
復元は出来るんだけど、突然苦しみだしたり、病気にかかって治療しても直ぐ死んでしまうの」
・・・・・・・・・あぁ、そうか。
何万年も前の生き物が突然この世界に来たら、そりゃあ生きられないよな。
1万年前と今じゃ環境がガラッと変わっている。
ずっと住んでいる街でも10年経てば別の町に見えるし、100年も経てば別の国だ。
1000年、1万年も経てばもうそれは異世界と言っても良いだろう。
それは見た目だけじゃなく、目に見えない、ウイルスや菌、空気を構成する気体の割合の変化や新たに生まれた有毒なガスや空気自体が汚染された、と言う様な環境の変化。
大昔の過去から突然連れてこられたら、進化する中で現代の生き物なら持っている、新しく生まれた病気に対する免疫も無い。
色々新しいものが作られているから大昔に比べて空気も汚れて、大昔の生き物にしたら世界中毒の霧に包まれている様な状態かも知れない。
気温だって寒くなり過ぎたり暑くなり過ぎてたりするだろう。
そう言う所を考えても1000年、1万年前と言う時間の差は同じ星に生きていながらも、連れてこられた者には『異世界』と言えるんだろうな。
だから俺の前のサンプル達の様に復元した生き物は死んでしまった。
スライムだけが何で無事なのかは分からないけど、この世界のスライムってほぼ不死身だし、大昔からどんな環境でも生きられている体をしていたのかも知れないな。
「いえ、それでも凄い事だと思いますよ」
「ありがとうございます。
そう言って貰えると研究していたかいがあります!」
スピリッツさんの話によると、あのガラス張りの建物の中で化石から復元したスライムが環境ごとに分けて飼育されているらしい。
俺達がスライムに興味を持ったからか、それとも見学も依頼に入っている事を考えると元々そのつもりだったのか。
後でガラス張りの建物の中も見学させて貰える事にもなった。
そのスライムの中で今メインで研究しているのが未だに暴れているプリズムスライムと悪魔の祖先であるクリスタルスライム。
正確に言えばクリスタルスライムの内ちょっと特殊で強い個体がプリズムスライムと呼ばれているらしい。
プリズムスライムやクリスタルスライムは空気中の魔元素を取り込み表面上に水晶体として生やすことが出来るそうだ。
つまりあの宝石の様な石がそれで、ユマさん達の目はその結晶体の名残。
だからこそ魔法道具の媒体として相当の価値があるし、純粋な宝石としての価値も高い。
「その事が分かってからと言うものの、クリスタルスライムの大量生産方法を研究させられてるの。
英勇教とその信者のローズ国の王様の命令でね」
「・・・・・・・・・」
あぁ、やっぱり。
あの石に価値があると聞いた瞬間その可能性は直ぐ出てきた。
これ、絶対エスメラルダ研究所の二の舞になるぞ。




