80,真夏の夜の鬼火 8つ目
「まさか、中に何か居る?
ッ!!『スモールシールド』!!!」
「うっ・・・」
「に、臭いが・・・・・・」
『スモールシールド』で跳ねたヘドロは防げても、この悪意を詰め込んだ爆弾の様な異臭までは防げなかった。
何かが沼の中から出てきたせいで酷くなった異臭。
そのせいでついにルグが鼻を押さえ蹲ったまま動かなくなってしまった。
「ル、ルグ!?大丈夫か!!返事しろ!!」
「ダ、ダメ。ルグ君、気絶してる」
「チッ。やっぱこの臭いじゃ無理か」
やっぱりあの時無理にでもルグを帰しておくべきだった。
自分の軽率な判断につい舌打ちしてしまう。
他に気絶した人がいないか周りを見ると、皆立っているのもやっとって様子だ。
「取り敢えず・・・・・・・・・レモン君!
ルグを連れて離れて!!」
「わ、がった」
その中でも1番酷い、真っ青な顔で鼻を押さえた手の間からボロボロと涙を零すレモン君。
何時ルグの様に気絶するか分からないギリギリのレモン君にルグと共に避難する様に言う。
フラフラとルグを引きずりながら来た道を戻るレモン君を見送り、沼から出てきた奴を改めて見る。
それは白い大蛇に見える、信じられない程巨大なミミズだ。
ヘドロとゴミに塗れた、1部だけ他よりも大きい沢山の体節に分かれた体。
その体の何処にも目がなく、体の最先端にある丸い穴の様な口には細かい歯が並んでいる。
その巨大ミミズは俺達の方に口を向けユラユラと動く。
その度に沼から異臭が漏れ出した。
「これ・・・・・・もしかして、ミュドラ?」
「ヒュドラ?」
ヒュドラって言うと、悪役っぽい首が沢山ある黒いドラゴンの事だよな?
でも、目の前の生き物は黒くもないし首が沢山ある訳でもない。
そもそもドラゴンじゃなくミミズだ。
「違う、違う。ミュ・ド・ラ。ミュドラだよ」
「ミュドラ?」
「そう。
ポンドスネイルの様に陸でも水の中でも生きられる、どんなゴミでも食べて体内で浄化してとっても質の良い肥料にしてくれる動物だよ。
汚染された土や水も綺麗にしてくれるんだ」
ユマさんはこの巨大ミミズが『ゴミを食べる生き物』だと言う。
けど、とても信じられない。
俺の世界の普通のミミズも土地の改良に役立つ畑には欠かさない生き物だし、生ゴミを堆肥にする事位は出来ると聞いた事がある。
この世界なら生ゴミ以外のゴミも肥料に変えるミミズが居ても可笑しく無いだろう。
でも、このゴミとヘドロだらけの沼の様子からは到底信じられなかった。
「でも、可笑しいです」
「可笑しいって、このミュドラが・・・ですか?」
「はい。
本来ならミュドラが此処に居るはずは絶対にありえません。
ミュドラはヒヅル国にしか生息していない生き物です。
ヒヅル国以外の国に連れてきても体調を直ぐ崩してしまい、食べたゴミを吐き出してしまいます。
だからミュドラをヒヅル国外に連れてくのは法律で硬く禁じられているはずなのです」
なるほど。
ティツイアーノさんの言う通りなら、この沼の現状は体調を崩した巨大ミミズがゴミを吐いた為になったと言う事か。
だけど、この巨大ミミズは本来この国に野生で生息していない、人為的に連れてきた生き物。
それも法律を破ってまで。
「やはり、魔王が・・・」
「それは
「う、わぁああああああああああああああ!!!」
ッ!今のは、レモン君!!!?」
それは無いと言おうとした俺の言葉を掻き消す様に響いた悲鳴。
それはほんの少し前にルグと共に別れたレモン君の声だった。
その悲鳴に俺達は弾かれた様に森へ走る。
2人の元に向かう途中、そこまで早く走れず此処までの道中で体力が消耗していたらしいティツイアーノさんが息を切らし立ち止まってしまった。
「はぁー、はぁー・・・・・・」
「ティツイアーノさん、すみませんが先行きます!」
「わ、分かり・・・・・・ました。
す、直ぐ追い・・・付きます・・・ので・・・」
切れ切れに聞こえたティツイアーノさんの言葉を最後まで聞く時間すら惜しい。
俺とユマさんはそのままティツイアーノさんを置いて走り続けた。
思いの他2人は遠くに行っていたらしい。
中々2人の姿が見えない。
「離せ離せ!!この!離せよ!!」
「ルグ!レモン君!!」
「2人共何が・・・・・・・・・ルグ君!!!」
レモン君の声を頼りにやっと追いついたそこには、ルグとレモン君の他に5人の男が居た。
男達は皆ボロボロで汚れた着物みたいな服を着て、ボサボサの髪をしている。
傍から見ると落ち武者か盗賊の様な男達。
暴れるレモン君を羽交い絞めにしている男以外皆太い木の棒を持ち、その内の1人が未だ気絶して地面に倒れ込んでいるルグに向かって木の棒を振りかぶっていった。
「こっの!『プチライト』!!!」
「うわぁ!」
「ま、眩しい!」
練習の甲斐があって威力の弱い閃光弾として使えるようになった『プチライト』に男達が怯んだ。
その隙にレモン君を捕まえていた男に思いっきり体当たりし、レモン君を奪い返す。
「『スモールシールド』!」
そのままの勢いで倒れながらルグの周りに『スモールシールド』を何重にも掛ける。
そして何とか起き上がりレモン君の下に向かった。
「サ、サトウの兄ちゃん?」
「大丈夫、レモン君?怪我は?」
「だ、大丈夫。怪我も、してない」
「なら良かった。ごめんね、怖い思いさせて・・・」
怪我が無い事にホッとしたのも束の間。
視界が元に戻った男達に囲まれた。
『プチライト』の効果が切れた男達の目は血走っていってその上視点も定まっておらず、まるで何かに怯えている様だった。
「まだ、まだアレを見た奴がいたのか・・・・・・」
「アレ、ってミュドラの事か。
ミュドラを連れてきたのはお前達なんだな」
「違う!!!違う、俺達じゃない!
あれは、あれは事故だったんだ!!
俺達は悪くない!!!悪くないんだ!!!」
俺が巨大ミミズの事を言うと、男の1人が唾を飛ばす勢いで叫んだ。
その後はブツブツと、
「俺は悪くない。あれは事故だ」
と繰り返し呟くだけ。
月並みな表現だけど、その男の様子は何かヤバイ薬を使っているかの様だった。
「み、見られたからには、こ、殺さないと・・・
殺さないと・・・・・・
お、俺達が殺される!!!」
「落ち着け!
俺達は貴方達を殺すつもりは一切ない!!」
「嫌だ嫌だ嫌だ!
死にたくない!死にたくないッ!!
ああああああああああああああああああ!!!」
「ッ!」
俺の声が一切聞こえない様で男の1人が滅茶苦茶に木の棒を振り回し迫ってくる。
それに続く様に他の男達も、
「そうだ、殺される前に殺さないと・・・・・・」
「もう、帰れないんだ・・・・・・
やらなきゃ、やらなきゃ・・・・・・・・・」
「私達は悪くない、悪くない、悪くない・・・」
と呟きながら泣いてる様な笑ってる様な。
異様でグチャグチャの、もうどうしようもないと言ってる様な表情で木の棒を握り直す。
今から『スモールシールド』を唱えても間に合わないだろうな。
せめて、一切躊躇いの色の無い男達の攻撃からレモン君を守る盾位にはならなきゃ。
そう思ってレモン君を守る様に抱き込め、男達に背を向け衝撃に備えて硬く目を瞑る。
「させないよ」
叫んでる訳じゃないのに良く聞こえたユマさんのその一言と共に、男達の短い悲鳴と何か硬い物がぶつかる、カランッと言う音が微かに聞こえた。
何時までも来ない衝撃に恐る恐る目を開き男達を見る。
そこには一切光を通さない様な真っ黒な布の様な物に縛り上げられ暴れる男達の姿があった。
「あ、れ、ユマさんの・・・・・・」
「サトウ君!大丈夫!!?
ごめんね、魔法陣書くのに時間掛かって・・・」
「あ、あぁ。うん、大丈夫。
ありがとう、ユマさん。お陰で助かったよ」
『オンブラ』の魔法で操られた影に縛られた男達は自分達を縛り上げるこの影が、ちょっとやそっとの力じゃ引き千切れないと分かり、やっと大人しくなった。




