75,真夏の夜の鬼火 3つ目
「ようこそ、モリーノへ」
予定通り集まった俺達は馬車に乗って約3時間。
今俺達はモリーノの村の村長の家にお邪魔している。
「今回は私達の依頼を受けて頂き、ありがとうございます。
ただ、お弁当がなくなったと言うだけでは緊急性も低く、こんな辺鄙な村では大した報酬も出せません。
だから、今まで冒険者の方にも見向きもされていませんでした。
それなのに・・・本当にありがとうございます」
「いえ、困っている方を助けるのは当然の事です!」
そう言って、髪は真っ白なのに背筋がピンッとしてしっかりした雰囲気の村長であるお婆さんが頭を下げる。
そんな村長さんにティツイアーノさんがニッコリ微笑んでそうな声色で答えた。
今回、代表であるティツイアーノさんが椅子に座り、その後ろに俺達が立っている。
だから、俺達からはティツイアーノさんの表情は分からない。
「今回はウィルオウィスプの説得と言う話でしたが・・・・・・」
「はい。昨日もまた村の者のお弁当が消えました。
私達も暫くの間は森に入る事を禁止していたのです。
ですが一ヶ月前までは、見た事も無い赤紫色をしていたウィルオウィスプが私達の知る青緑色になっていたのを見た村の若者が、もうウィルオウィスプも怒って無いだろうと森に入り・・・・・・
これで分かりました。
彼らの怒りはまだ収まっていない、と。
あと2ヶ月もすれば癒しの実が実る時期です。 どうかそれまでに、彼らの怒りを静めて欲しいのです」
そう言ってもう1度頭を下げる村長さん。
「勿論です!私達に任せてください!!」
と、元気良く言うティツイアーノさんに村長さんはホッとした様に息を吐いた。
「ウィルオウィスプが現れるのは夜です。
それまで、ゆっくりしていて下さい」
「ありがとうございます」
「あの、問題がない様でしたら、俺、村を見学がてら村の方からもう少しお話を聞きたいんですが・・・
良いでしょうか?」
説得しろと言う割には情報が足りない。
村長さん以外にも話が聞きたかったんだ。
「そ言う事なら、孫に案内させます。
レモン!!ちょっと来て!!」
「何、祖母ちゃん?」
村長さんの呼び掛けで現れたのはレモンって名前通りの見た目をした、ルグやユマさんと同い年位の少年だ。
「孫のレモンです」
「どうも」
「レモン、依頼を受けた下さった冒険者の方が村の者達からも話を聞きたいそうなの。
案内してね?」
「分かった!えーと・・・・・・」
「あ、俺は佐藤って言います。
こっちが俺達のリーダのユマでこっちがルグ。
座ってるのが俺達の依頼人のティツイアーノさん」
困った様に俺達を見るレモン君の視線で名乗っていなったのを思い出し、俺はそう軽く自己紹介をした。
「よろしくな?」
「よろしく、サトウの兄ちゃん!
それじゃ、早速行こうぜ!!」
「あ、その前に。
聞き込みは俺とティツイアーノさんとレモン君で行くから、ルグとユマさんは休んでて?」
「えぇ!?何でだよ!!?」
「サトウ君、私達も一緒に行くよ?」
そう言ってレモン君を止め、一緒に家を出ようとした2人にそう声を掛ける。
2人とも不満そうけど、ティツイアーノさんと一緒に行動するストレスからか、かなり具合が悪そうなんだ。
何せ、あのルグが、昨日から飯を御代わりしない。
どころから残したんだ!
あのルグが食欲が無いなんて言ったんだぞ!?
異常だ。
ユマさんも普段よりも体温が高く、熱っぽい顔をしてるし。
2人にとっては何時殺されるか分からない危険人物と一緒に行動している様なものなんだ。
相当なストレスを感じてる事だろう。
俺としては出来るだけ、休んで貰いたいんだ。
「でも、2人共本調子じゃないだろ?
これからウィルオウィスプと戦う・・・・・・
かもしれないんだ。
少しでも体調良くしておかないと」
「もう、大丈夫だって!」
「私も平気!!もう、サトウ君は心配性なんだから」
そう言う2人の奥、家の中をチラリと覗く。
家の中ではティツイアーノさんと村長さんが話しこんでいた。
『聞き込みは俺とティツイアーノさんとレモン君で行く』と言ったけど、あの様子ならティツイアーノさんは聞き込みには参加しないだろう。
だったら、俺と一緒に行動した方が2人共安全か。
「分かった。一緒に行こうか。
でも、少しでも具合が悪くなったら言うんだぞ?」
「うん、分かった」
何処か、ホッとした様な感じで頷くルグとユマさん。
俺達3人はレモン君の案内の下、ティツイアーノさんを置いて村長さんの家を出た。
「レモン君、君にも話を聞きたいんだけど、良いかな?」
「勿論!」
俺達の聞き込みに村の人達は協力的だった。
レモン君が一緒だったと言うのもあるだろうけど、やっぱり早く解決して欲しいんだろうな。
出合った端から聞き込みをして、今は広場の隅で休憩中。
ルグとユマさんは少しでも体調を戻して貰おうと、お昼寝中だ。
俺は近くの木に背を預け竹筒の水筒に入れた水を飲みながら、レモン君にそう尋ねた。
「それで、聞きたいのは弁当を盗まれる前に何か無かったかって事と、どこ等辺でウィルオウィスプを見たかだろ?」
「それと、もう3つ。
盗まれる弁当の共通点と、元々ウィルオウィスプは何処に居たか。
後は、これは本当は村長さんに聞くべきだったんだろうね。
如何してウィルオウィスプを倒せって依頼じゃなく、説得なのか」
村の人に話を聞いて更に疑問が湧いた事。
村の誰もウィルオウィスプを消してくれとも成仏させてくれとも言わず、『説得』してくれと言うんだ。
怖いはずのウィルオウィスプに対して、村の人達は『ウィルオウィスプ自体』を怖がってると言うより、急に弁当を盗み出したと言う『行為』に対して怯えているよに見えた。
それどころか俺には村人の言い方がまるで、ウィルオウィスプに居て欲しい様に感じたんだ。
「他の村の事は知らないけどさ。
オイラ達モリーノの奴にとってウィルオウィスプは守護霊なんだ。
この木、見て」
「この木って、俺達が寄りかかってる?」
「うん」
レモン君に言われ、少し離れ寄り掛かっていた木を見る。
濃い緑色の大きく長細い葉に隠れる様に、先の方が薄っすら黄色みが入った白い花が咲いた木。
花は大分大きく、猫の様に丸めた大人の男の手よりも少し大きい位だ。
この木は銀杏やキウイフルーツの様な雄木と雌木に分かれている雌雄異株の様で、咲いた花はどれも雌しべしかなかった。
その花は上を向いたワイングラスの様な形で、中に水が溜まっている。
「これが癒し木。
オイラ達が作る傷薬の材料の癒しの実を付ける木だ」
「へぇ、これが・・・・・・」
「でも、この木は実をつけない。
ウィルオウィスプが居る森にある木にしか実は生らないんだ。
時々森の中になる癒しの木の花にウィルオウィスプが入って花が光ってる事があるんだけど、どういう訳かウィルオウィスプが中で休んだ花にしか実が生らないんだ。
だから昔からこの村では、ウィルオウィスプを守護霊として大切にしてるんだ!!」
なるほど、だから『説得』してくれなのか。
「それで、元々ウィルオウィスプが何処に居たかって言うと、ほら、森の方にデッカイ木が見えるだろ?」
「あぁ。あの目立つ奴か」
「あれはファザーツリーって昔から呼ばれる森で1番巨大な癒しの木なんだ」
遠くからだから分からないけど、森の中にデカイブロッコリーの上の部分が生えている様にしか見えない。
それが、レモン君の言うファザーツリーだと思う。
『ファザーツリー』って事はあれは癒しの木の雄木なんだろうな。
「あのファザーツリーの下には大きな沼があって、本当ならウィルオウィスプはそこに居るはずなんだ」
「・・・・・・その沼ってさ。
周りが草むらの土で出来ていて、近くに苔の生えた水の奇麗な所じゃないか?
それで、日当たりは良い方で、でも夜は暗い。
後は、巻貝が住んでるとか・・・・・・」
「凄い!
サトウの兄ちゃん、森に行ってないのによく分かったな!!
その沼ってサトウの兄ちゃんが言った通りの場所だぜ。
でも、あそこは神聖で危険な場所だから村の大人でも滅多には近づかないから、本当にそんな場所かオイラは知らないけど。
でも、昔からサトウの兄ちゃんが言った様な場所だって言われてるんだ!
ウィルオウィスプってあんなに燃えてるのに水の近くが好きなんだ。
大人達も言ってたけど、最近現れる場所もこの近くの川だしな!」
うん。
ウィルオウィスプの正体が分かった。
村の人達とレモン君の話を聞いて何となく予想はしていたけど、今ので確信出来たな。
勿論、幽霊じゃない。
だからこそ説得は不可能だけど、ウィルオウィスプが如何して沼から森に比べたら明るい村の近くまで来たのか。
その理由を如何にかすれば今回の事件は解決出来るはず。
それと、如何して弁当を奪うのかと言う事。
その理由によっては、危険度が増すだろう。
だから、それが分かるまでは情報収集を続けないとな。
「それで、えーと。
弁当に共通点がないかだよな?
共通点も何も、この村の弁当は1つだけだぜ?」
「皆、同じなの?
それは、村の人全員が同じ弁当屋で同じ弁当を買ってるって事?」
「ううん」
俺の質問にレモン君は首を横に振った。
「伝統?決まり?
オイラもよく知らないけど、森の中で何か食べるなら『ポンドスネイルの香草湯で』を食べるって決まってるんだ!
だから、同じ店で買った訳じゃないけど、どの家でもお弁当の中身は『ポンドスネイルの香草湯で』って決まってる」
「ポンドスネイル・・・・・・・・・」
元の世界で直訳すれば、『池カタツムリ』だろうか?
・・・・・・・・・俺、カタツムリもナメクジも大の苦手なんだよ。
昔からアレだけはダメだったけど、テレビであの寄生虫にやられた姿見てから益々ダメになった。
可愛くデフォルメされたイラストでもダメ!!
無理無理無理!!
鳥肌が収まらない!
だから、
「すっごく、美味いよ」
と言うレモン君に今、物凄く引いてる。
確かにさ、フランス料理にもエスカルゴってあるけどさ。
好き好んで食べたいとは思わない!!!
うぅ、想像しただけで吐き気が・・・・・・
その吐き気を押さえ込む為に気を紛らわせようと周りを見回せば、いつの間にか広場には大きな鍋が運ばれ、何人もの小母さん達が何かを調理しだしていた。
「上手く砂抜きが終わった」
と言いながら大きな桶から叔母さんが取り出したのはデッカな巻貝。
その巻貝から出ているのは、2本のニューッと伸びた目とウネウネヌルヌルした黒い体。
「レ、レモン君・・・・・・あれって・・・・・・」
「今日はサトウの兄ちゃん達が来たから、皆でポンドスネイルを料理するんだ!」
やっぱ、あれがポンドスネイルかよ!!!
うわー!キモい!怖い!
無理ぃいいいいいいいいいいいい!!!!!!
真っ青な俺とは正反対に、飯を食ってる時のルグの様な顔のレモン君。
鼻歌でも歌いそうな程ウキウキワクワクした気持ちが溢れ出た様に体を揺らしながら、レモン君は更に俺にとって絶望的な言葉を続けた。
「サトウの兄ちゃん。ご馳走だぜ、ご馳走!!
オイラが生まれて少ししてからドンドンポンドスネイルの数が減って、ああいうの祭りの時しか出ないんだ!!
だから、楽しみなんだー!」
「そ、そっか。良かったね。
俺は気持ちだけ受け取っておくよ」
「えー。
サトウの兄ちゃん、好き嫌いはいけないんだぞ?」
「・・・・・・・・・善処するよ」
一生出来る気がしないけど!
確かに、俺の地元ではイナゴや蜂の子を食べる文化があるし、スーパーに行けば普通にお惣菜コーナーにも売ってるから、ゲテモノ料理もある程度なら免疫が有る。
でも、アレはダメだ。
カタツムリってだけで食欲湧かないのに、小母さん達が調理するポンドスネイルを見て更に食欲が消えた。
貝の形はサザエっぽいけどさ。
よく考えてみろ。
貝殻だけでもバスケットボールの倍はありそうな、黒い色をしたカタツムリの貝の中に香草らしい草や野菜をギュウギュウに詰め込んで沸騰したお湯の中にポイッ。
アレを食えなんて無理です。
だから、俺は話をそらす!
「それより、俺はポンドスネイルの生態を知りたいな?
何処に住んでるとか、何を食べるとか。
逆にポンドスネイルを捕食する動物や魔物がいるかとか」
「うーと・・・・・・
サトウの兄ちゃんが言った巻貝がポンドスネイルの事なんだけど、オイラ達の村の人以外にも鳥とかが食べてるみたい。
たまに、殻だけが地面に転がってる事あるし」
「その殻って、川の中には落ちてない?」
「落ちてる落ちてる!
サトウの兄ちゃんって森に行かなくても何でも分かるスキルや魔法持ってるの!?」
そう言って目を輝かせるレモン君。
残念ながら、そんな便利なスキルも魔法も持っていません!
ただ、話を聞いて自分の知識と照らし合わせて推理してるだけ。
そう言うとレモン君は、
「サトウの兄ちゃんってシーフなの?」
と聞いてきた。
今の姿からは想像出来ないだろうけど、俺達のパーティーの職業探偵はルグなんだよな。
推理しているって言っても、俺じゃ名探偵にはなれないって。
せめて、迷探偵って言われない様にしたいな。
「それで、ポンドスネイルって水の中に住んでるんだよね?」
「ううん。
川や沼の中でも住めるけど、ジメジメした場所にも住んでるんだ。
水の中でも陸の上でも行動できて、川の中の苔や藻とか食べてるみたい。
ポンドスネイルが居た所の苔がなくなってる事あるから。
お腹の中見ると他にも色々食べてるみたいだけど・・・・・・」
水中も陸上も行動できるって事は、カエルの様な両生類なんだろうか?
いや、水陸両方で生きられる様に進化した貝って考えた方が良いかも。
たしか、ナメクジやカタツムリも大雑把に言えば貝の仲間だったはずだし。
そう考えると、貝も食べれなくなりそうだ。
元々、あの味と食感が苦手で貝も好きじゃないから喜んで食べた事ないけど。
カタツムリの仲間だと思うともっと嫌いになった。
「あと、癒しの木を食べる事もある」
「癒しの木を?」
「うん。
幹や根を食べて癒しの木を弱らせたり病気にしちゃう。
だから、ポンドスネイルを捕まえて退治してたんだけど、何時からかただ退治するだけじゃなく村で食べるようになったんだ。
美味いし、力が付くからって。
残った貝殻も色んなことに使えるし!
だから、見つけたら積極的に捕まえてるんだ!!
そのせいで村の近くで見なくなっちゃったらしいけど・・・・・・」
なるほど、そう言う事か。
ウィルオウィスプが弁当を盗む理由もこれで分かった気がする。
「ありがとう。
ポンドスネイルの事はもう、良いかな?
それで、レモン君は何かウィルオウィスプがこの近くに来る前に何か無かったか知らない?
どんな些細な事でも良いからさ」
「そう言われてもなー。
オイラも大人達と同じで、原因になりそうな事思いつかないや」
「そっか・・・じゃぁ・・・・・・
この近くで新しく工場や研究所・・・
あー、えっと。
新しく何かが建ったて話聞いてない?」
「村の近くに新しい建物?うーん・・・」
腕を組んで唸るレモン君。
レモン君の様子を見ると思い当たる節は無いみたいだ。
この様子だと俺の予想は外れかな?
森に村の人以外入った形跡がないのは村の人から聞いた話で分かってるし、後は・・・・・・
「森で普段見ない動物や魔物って見なかった?」
「それも・・・・・・・・・ないよ。
あ!でも、もしかしたらオイラ達が普段行かない森の奥なら居るかも知れない」
「そうなると、後は・・・・・・」
もう、他に村で情報を得るのは無理か。
後は、現場を見てだな。




