73,真夏の夜の鬼火 1つ目
全く以って、一体全体何が如何してこうなった!!?
お洒落なカフェの様な内装の酒場。
その奥の方の席に座り、俺達はギルド経由で待ち合わせした相手を待っていた。
ただ、その相手と言うのが問題で、ルグは落ち着き無くキョロキョロして、ちょっとした音でもビクビクするし。
ユマさんは何時も以上にフードを深く被り小さな体を更に小さくして極力隅に居ようとしている。
俺はと言うと、何回目になるか分からない溜息をついて、ギルド職員のボスに渡された依頼書を眺めた。
「・・・・・・はぁー。
本当の本当に、全く以って、一体全体何が如何してこうなった?」
また溜息と共に出た言葉。
今日俺は一体あと何回同じ言葉を言えば良いんだろうか?
ことの始まりは、今朝ギルドに行った時の事。
「お前等、ご指名で依頼だ」
とボスに言われた事だろう。
「指名?俺達にですか?」
「あぁ。これがその依頼書だ」
ボスに渡された依頼書。
そこには確かに『ユマパーティーの方に依頼します』と書かれていた。
依頼の内容は、大量発生したウィルオウィスプと言う名で呼ばれる、人魂だか鬼火だかを一緒に退治して欲しいと言うもの。
場所はアーサーベルから北に進んだ所にある『モリーノ』と言う村とその周辺。
詳しい話は直接会って話し合いたいと、待ち合わせの場所まで書かれていた。
そんな依頼の依頼主は、
「バレンシア・ティツイアーノ・・・・・・・・・
英勇教の神官・・・・・・」
ユマさんとルグが居るし、俺もDr.ネイビーに忠告されたばかりだと言うのに、今1番会いたくない英勇教の関係者に名指しで依頼されたんだ。
勿論、即行断った。
だけど、今俺達が此処に居ると言う事は断れなかったんだ。
ギルドのお偉いさんは一体どれだけの山吹色のお菓子を貰ったんだか。
ギルドのお偉いさんからの圧力により、俺達に最初から拒否権は無かった。
もし、断ったら冒険者としてやっていけなくなるし、最悪の場合無実の罪をでっち上げて収容後強制参加と言う事だ。
その上、良くして貰っている平職員のボスの生活まで賭けられてしまっては断れない。
渋々、本当の本当に渋々、俺達は依頼に承諾した。
「はぁー。
本当、全く以って、一体全体何が如何してこうなった?
はぁー・・・・・・」
一体俺達が何をしたって言うんだよ!?
犯罪になる様な事は、断じて!一切!してないぞ!
もしかして、勇者ダイスの真実を知った事が原因か?
それとも、ルグの本来の目的がバレて・・・・・・
いや、まさかユマさんの事がバレたのか!?
でも、依頼書もあの場に居た全員分書き換えたし、その3つの事がバレル様なヘマはしていないはず。
はっ!まさか、フード2人組みの邪魔をしたから?
でも、あれは自分達の身を守る為だし、正当防衛を主張する!
・・・・・・・・・あれ?
そう言えば、帰りの時あの2人組み見たっけ?
居なかった様な・・・・・・
いや、疲れ過ぎてよく周りを見ていなかっただけで、あの場にきっと居たんだ!!
もし、あの2人がどうにかなっていても正当防衛を主張するからな!!?
・・・・・・思い返してみると、英勇教の奴等に目を付けられる事してたな。
だからって、一緒に依頼をしようなんて・・・・・・
まさか、一緒に依頼しようと言って何処か人気の無い所で殺そうとしてるんじゃ・・・・・・・・・
そう思うと周りに居る全ての人が敵に見えてしまう。
「お待たせしました!!」
警戒しながらどの位待っただろう。
注文したまま手付かずだった、魔法でキンキンに冷やされたジュースが温くなる頃。
待ち合わせの時間を大幅に過ぎ、息を切らせながら現れたのは長い茶髪の同い年位の少女だ。
少女は息を整えると、左側の髪を耳の後ろに撫でる様にしてから俺達に声を掛けてきた。
この少女が依頼人のティツイアーノさんなんだろう。
神官って言うからもっと年上だと思っていたから驚いた。
「私から頼んだのに遅れてしまって、申し訳ありません。
ユマパーティーの皆さんですよね?」
「え、えぇ。そうです・・・・・・貴女が?」
「はい!
私が今回皆さんに依頼した、バレンシア・ティツイアーノです!
貴方が、ユマさんですか?」
「いいえ、彼女が俺達のリーダーのユマで、こっちに居るのがルグ。
俺はサトウって言います」
「あぁ!貴方が!!」
そう言ってパンッと手を叩いてニッコリ微笑むティツイアーノさん。
ティツイアーノさんが俺を知っているって事は、こうなったの俺のせい?
やっぱ、勇者ダイスの事かフード2人組みの事が原因か!?
そう内心ビクビクしっぱなしだけど、今こそ『フェイスマスク』のスキルを最大限に使う時!!
俺は自分が持てる中で最高の、人が良さそうと評価されそうな笑顔を浮かべ続けた。
その甲斐あってティツアーノさんは気にした様子も無く話を続ける。
その前にまた左側の髪を耳の後ろに撫で付けたから、多分何か話す前に髪を弄るのが癖なんだろうな。
「エスメラルダでのご活躍は、伺っていますよ」
「いいえ、俺は英勇教の神官さんのお耳に入る様な事は何もしていませんよ。
何方かとお間違えではありませか?」
「いえ、いえ。ユマパーティーのサトウさん。
貴方で間違いありません!
スペクトラ湖のおたまじゃくしに、街に居た姿を隠すクロッグ。
それに、暴走した魔法道具を見つけたのは貴方だと聞いています。
それ以前にも、コカトリスの生態や毒の解毒方法を見つけたのもサトウさんじゃないですか!
あんな方法でコカトリスの毒を解毒出来るなんて大発見です!!」
な、なるほど。
活躍ってその事か。
そう言えば、コカトリスの毒の治療って教会でもやっていた様な・・・・・・
ま、まさか、勝手に私達の仕事奪うな!
って目を付けられた!?
そう思っていたら、どうも違うようだ。
「今までコカトリスの毒を治すには『治癒』の魔法を使うしかありませんでした。
ですから、その魔法が使える者が近くに居なくて、長くコカトリスの毒に犯されていた者は、解毒出来ても体が上手く動かなくなってしまう。
その事に私達はどれ程自分の無力さを嘆いた事か。
どれ程、コカトリスの毒に苦しむ人をなくしたいと思ったか。
ですが、サトウさんが見つけた解毒方法は誰でも直ぐに解毒出来るのです!!
そして、ついに私達英勇教の者はある博士の協力の下、解毒剤を市販出来るまでにしました!!
完全に解毒する事はまだ出来ませんが、これで解毒出来ても体が動かなくなるって事はもうありません。
もう直ぐ販売されるのでサトウさんも是非!!」
「は、はぁ。分かりました。
経済的に余裕があればですけど・・・・・・」
一気に捲くし立てる様にそう言うティツイアーノさん。
ティツイアーノさんは『完全に解毒する事はまだ出来ません』と言っていたけど、永遠に完成する事は無いだろう。
完成してしまったら、英勇教の出番がなくなるからな。
そもそも、『コカトリスの毒に苦しむ人をなくしたいと思った』と本当に思ってるなら、出来るかどうかは兎も角、解毒剤を作るんじゃなく虫除けスプレーの様な予防薬を作る事を目指すはず。
それに、市販って事は売り上げの何割かは英勇教に入るんだろう?
言い商売をしている事で。
「ですから、そんな大発見をしているサトウさんがいるユマパーティーの方々に私は依頼をしたいのです。
ウィルオウィスプの退治と依頼書には書きましたが、正確に言えば亡くなった後ウィルオウィスプになってしまった方の説得を手伝って欲しいのです!
サトウさんの観察力と発想力なら彼等がどうしてそうなったのか、分かるはずです!!」
「ちょ、ちょっと!待って!ください!!」
『亡くなった後ウィルオウィスプになってしまった方』って事は、ウィルオウィスプってつまる所の幽霊?
「俺は今回初めてウィルオウィスプって存在を知りました。
一体ウィルオウィスプって何なんですか?
ティツイアーノさんの言い方だとまるで・・・」
「はい。
ウィルオウィスプは天に昇れず拠り所を求めて彷徨う死者の魂。
その成れの果てです」
依頼場所のモリーノの近くには癒しの実が生る木の森がある。
モリーノはその森から癒しの実を集め、風車を使った巨大な石臼で引いて傷薬や石鹸を作って生計を立てているそうだ。
だから、ほぼ毎日森に入っているそうなんだけど、ここ数ヶ月慣れ親しんだ森に入った者の何人かがなくなったと騒いでいるらしい。
人じゃなく、お昼のお弁当が。
「べ、弁当が・・・・・・ですか?」
「はい、お弁当がです」
ティツイアーノさんの言葉に脱力する。
確かに人のお弁当を取るのはどうかと思うけど。
多分、相当大食いな人が早弁したんだろ?
人が消えたのなら大事だけど、お弁当だけなら危険性は無いと思うんだ。
それと、どうウィルオウィスプが関係するんだ?
「まさか、弁当を盗んだ犯人がウィルオウィスプだとでも言うじゃないでしょうね?」
「はい、そうです」
森内には沼や川が幾つもあってその畔に置いておいた弁当が少し目を放した隙に消えてしまったらしい。
そして、弁当が消える様になってから元々森の奥の沼に集まっていたウィルオウィスプが、村の近くまで現れる様になった。
それも、今までに見た事無い程大量に。
「遥か昔、あの森は戦場でした。
その戦場で亡くなった者が今も天に昇る事が出来ず、戦が合った夏になるとあの森を彷徨いだすと言われています。
村では何者かがウィルオウィスプを怒らせ、仲間に引き込む代わりにお弁当を供物として奪っているのでは?と噂になっています。
今はお弁当で満足してくれていますが、もしこのままなら何時かお弁当だけでは満足できず、村の人間も差し出せと言うかもしれない。
と、村の方々は怯えているのです。
だから、村の方は森にも入れず困っています」
まるほど。
確かに相手が何十、何百年も彷徨っている悪霊なら、村人の代わりの供物として取られたって考えも仕方ないか。
それに、村の人が怯えて森に入れないとなると、何時かは傷薬が市場に出回らなくなる。
確かに、それは問題だな。
「それで、俺達に誰がどう言う理由でウィルオウィスプ達を怒らせ、どうしたら怒りを静めてくれるか調べて欲しいと?」
「はい」
まさかの幽霊退治。
ホラー要素は勇者ダイスの日記で十分です!!
「流石に俺じゃなくても幽霊の説得は無理だと・・・・・・」
「大丈夫です!!サトウさんなら出来ます!
ルチアナ様もサトウさんなら必ず解決出来ると仰っていましたよ!!!」
「・・・・・・・・・え?」
何を根拠にそんな事言うんだ!?
と言いそうになった言葉がティツイアーノさんから出た魔女の名前で引っ込んだ。
何で、魔女の名前が、出てくるんだ?
アイツが俺なら必ず解決出来るって?
何の冗談だよ!!!?
「あ、そうです!
ルチアナ様からサトウさんにお手紙を預かって来たんです!!」
「俺に・・・・・・・・・ですか?」
ティツイアーノさんが取り出したのは金で縁取りされた真っ赤なバラの絵が描かれた便箋。
真っ赤な封蝋にはローズ国の紋章だってマキリさんが言っていたバラと剣の印璽がされている。
中には、
『そろそろこの世界の生活にも慣れた事でしょう。
勇者様を呼び出す準備が整いだしているのですが、貴方達の世界の者がまともに戦えるか疑問に思う者が出てきました。
貴方達の世界の者がまともに戦えると証明する為に、彼女と共にモリーノの問題を解決してきなさい』
と言う文が書かれた封筒と同デザインの手紙が1枚。
えー、今更そう言う事言います?
まだ使えないけど、自力で安全に帰る術を手に入れたし、もう魔女達とは関わりたく無いんだけど・・・
でも、ユマさん達が無事に帰るまでは無闇に問題を起こしたくない。
俺が問題を起こしてユマさん達の正体がバレたら不味いだろう。
そもそも、拒否権が無いから此処に居るんだよなぁ。
「・・・・・・分かりました。
微力ながらも協力させていただきます」
「はい!よろしくお願いします!!!」
出そうになった溜息を何とか喉の奥に押し込めて、そうティツイアーノさんに答える。
「ごめん、ルグ、ユマさん。勝手に決めて・・・」
「ううん。大丈夫。
元々、受けないと・・・・・・・・・
言うつもり無かったから」
「オレも問題ないぞ」
「ありがとう、2人共」
受けないといけないって言いそうになりながらも、何とか普通に聞こえる様に言い直したユマさん。
ルグも頷いてくれたけど、2人とも少し棒読みな感じだった。
そりゃあ、今の今まであんなに怯えて警戒していた奴と一緒に仕事をするんだ。
その位は仕方ない。
幸いな事に、ティツイアーノさんは違和感を感じなかったのか、嬉しそうにニコニコしている。




