72,乾杯!! 後編
「あ!
そうそう、この町って『キビ』って名前の人多いから。
名前呼ばれたと思っても一々気にするなよ、サトウ?」
「そうなの?」
『キビ』ってのはこの町で流行った名前なのか?
そう思って尋ねると、
「ワインのぶどうと造り方を伝授してくれた聖女が、『キビ』って名前だったんだ。
ほら、あの石像の壷を持った女の人」
とユマさんが答えてくれた。
話している間に着いた目的の噴水は、学校のグラウンドよりも広い広場の半分を占める程大きな物だ。
この噴水は元は天然の泉だそうで、それを加工した噴水の縁には木製のバケツや柄杓が置かれ、普段は水飲み場としても利用されている事が窺えた。
けど今は、噴水の受け皿の池には壷に入らなかったコインが沢山沈んでいるせいなのか、誰も水を汲んでいない。
その噴水の中央にある水が溢れ出す丸い台座の1番上には、足元に座った普通より大きな猫と、壷を片手で掲げた髪の長い、表情が良く分からない人間の石像が置かれていた。
石像だからか、長い髪の人間は男か女かわからない。
けど、『聖女』と呼ばれているならあの石像の人間は女性なんだろう。
「此処がこの町の象徴、『キビの泉』。
それで、あの人が『キビ』。
足元に居るのが『キビ』と一緒に旅をしていたケット・シーで、名前はスティンガー・ブラウン。
オレのお袋の方の祖先に当たる奴なんだ!」
「あぁ、だから」
自分のご先祖様が関わった町だから、ルグのお袋さんは良くこの町の事ルグに話して聞かせていたんだろう。
「スティンガー・ブラウンは当時のアンジュ大陸の国王達に雇われた凄腕のアサシンだったんだけど、ある事件をきっかけに大怪我をして生まれたばかりの娘と共に今のジャックター国に来たんだ。
そこで何だかんだあって当時のグリーンス国王と親友同士になった」
「その事がきっかけで、ルグ君のお母さんの実家、ブラウン家はグリーンス国屈指の名家になったんだ」
「へ~」
父親は王家の分家、母親は国屈指の名家。
改めて思うけど、ルグは本当に良い所のお坊ちゃんなんだな。
普段一緒に生活していて、そんなお坊ちゃんぽさは微塵も感じないけど。
まぁ、それはユマさんにも言える事だよな。
2人とも魔女やおっさんみたいな偉そうな感じとか王様の威厳ぽさとか、全くしないもの。
人は見かけによらないって事だろう。
「それでスティンガー・ブラウンがジャックター国に来た切欠の事件ってのに、あの『キビ』が関わっているんだ」
「一緒に旅していたって事は、その事件で『キビ』と別れたり、その~。
・・・・・・『キビ』が亡くなったりしたのか?」
「あぁ。
今のオレと同じ様に勇者の噂を調べていたスティンガー・ブラウンは、偶然『キビ』と出合った」
勇者が『召喚』される少し前。
本にも書いてあった事だけど、当時ローズ国に飢饉が襲っていた。
これも魔王のせいにされているけど、実際はどうだったか。
兎に角、そのせいで兄弟の多い農家の娘だった『キビ』は口減らしの為村から捨てられ、魔物に襲われてしまった。
それを助けたのがスティンガー・ブラウン。
その出来事が切欠で帰る場所の無い『キビ』はスティンガー・ブラウンに着いて行く事を決め、2人は旅する様になったそうだ。
今までの流れ的にその話が本当に起きた事とは思えないけど、この町の事を考えると『キビ』とスティンガー・ブラウンが一緒に行動していたのは本当の事っぽいな。
「その旅の途中に2人が寄ったのがこの町。
魔族だからと言う理由から元々住んでいた場所を追われたこの町の住人は、人間に隠れひっそり暮らしていた。
だけど、しつこく魔族を滅ぼそうとするローズ国兵から逃げるのは困難で、この町が見つかるのも時間の問題だった。
そこでスティンガー・ブラウンと『キビ』はある作戦を思いついた!」
「それが、この町で作るワインを有益な名産品にする事?」
「そう!」
驚く事に『キビ』も俺の『ミドリの手』の様な魔法を基礎魔法で覚えていた。
名前だけじゃなく覚えている魔法も同じだとは・・・
凄い偶然もあるもんだ。
その『ミドリの手』の様な魔法で『キビ』は新種のぶどうを作り出し、自分の故郷のワイン造りの知識を伝授した。
「そして2人の目論みは成功し、今もこの町はローズ国にありながら魔族が普通に暮らせる、と」
「うん!
そうやって2人は勇者の情報を集める傍ら、この町の様に困っている人や魔族を助けて回った。
だから、『聖女』って呼ばれてるんだよ」
でも2人は当時のローズ国王、いや、『ローレルの鐘』の信者の逆鱗に触れた。
スティンガー・ブラウンの目的も理由の1つだけど、その行為が1番の理由だ。
物語の勇者の様に勇者ダイスにも町の小さな事件を解決してもらい、勇者や自分達の株を上げ様としていた『ローレルの鐘』の奴等。
奴等にとって、聖女と呼ばれだした『キビ』達の行動は邪魔だったんだ。
「ローズ国兵に見つかったスティンガー・ブラウンと『キビ』。
その時既に娘が生まれていたスティンガー・ブラウンを逃がす為、『キビ』は囮になってローズ国兵に捕まったんだ。
そのまま『キビ』がどうなったか分からない」
「一説によれば無実の罪を着せられ、魔女として処刑されたって・・・・・・・・・」
『キビ』のお陰で満身創痍になりながらもスティンガー・ブラウンは逃げ延び、ルグ達が生まれたんだ。
「その前にスティンガー・ブラウンは旦那とも死別してるって話だよ。
大切な人を次々に失って、本当酷い話だよね」
「え?旦那?
スティンガー・ブラウンって女の人だったの!?」
「うん。そうだよ」
『スティンガー』って名前だからてっきり男だと思っていた。
それで、『キビ』とそういう関係になったんだとばかり・・・
話の雰囲気的にそう言うのがベタな展開だと思ってたんだよ。
「お袋の実家に飾られたスティンガー・ブラウンの肖像画も、ドレス姿の奇麗な人の姿で描かれてるんだぜ?」
「スティンガー・ブラウンは当時存在したスラム街の生まれで、名前が無かった。
生みの親の顔も知らないまま1人で生きる為にスティンガー・ブラウンは、長い針の様な武器と毒針を使った暗殺技術で生きてきたんだ。
だから何時しか『スティンガー』って呼ばれる様になった」
だから女性には似合わないような『スティンガー』って名前なのか。
「ブラウンって苗字は国がある程度落ち着いた頃に当時のグリーンス国王から貰ったものなんだ!」
「なるほど・・・・・・
って、ユマさん?俺達の顔に何か付いてる?」
何故かユマさんは俺とルグの顔を面白そうに見ている。
気づかない内に風で何かが張り付きでもしたのかと、俺は自分の頭や顔を撫で回した。
だけど、顔のパーツと髪以外特に何も付いていない。
「ううん。
そうじゃなくて、『キビ』って名前の人と一緒に旅した魔族を祖先に持つルグ君が、同じ名前のサトウ君と一緒に居る。
それもルグ君はその祖先と同じ理由でこの国に来て、サトウ君と出合ったって言う事が面白くて」
「おぉ!言われて見れば凄い偶然!!」
「世の中にはこんなに面白くて凄い偶然もあるんだね!
これこそ運命って言うのかな?」
ユマさん、運命は大袈裟だって。
でも、偶然・・・・・・か。
確かに俺とルグが出会ったのは素晴らしい偶然だったな。
勿論ユマさんと出会えた事も。
それはこの世界に俺が呼ばれなかったら起きなかった事で、同じ様に異世界から来た勇者ダイスやDr.ネイビー、その妹。
バットエンドで終わった彼らも俺と同じ様に“素晴らしい出会い”って思えるものに出会えたんだろうか?
あの日記だけじゃ分からないけど、1つでもそう言うものに出会えていれば、あの日記を読んで未だに沈んだ俺達の気持ちも少しは晴れるんだけどな。
「よし、そろそろコイン投げようぜ!
代表してサトウが!」
「俺!?」
こういう時は全員でやるか、コントロールの良いルグの方が良いだろう?
そう思っていたらユマさんに、
「チャンスは1年で1回だけだからね。
同じ名前だから、私達の中で1番成功しそうだなって思って!」
と言われた。
同じ名前の縁・・・・・・か。
それで成功するとは思えないけど、2人の猛プッシュに反論できず俺がコインを投げる事になった。
投げるのは穴の開いた銅貨。
本当はご縁がありますように、と5円玉を投げたい所だけど、この世界の通貨じゃないからダメだろう。
穴の開いた硬貨は縁起が良いって聞いた事があるし、『どうか良いご縁が在りますように』って思いを込めて穴の開いた銅貨にした。
「落ち着いて投げれば、入るって!!」
「サトウ、ガンバレー!」
「失敗しても文句言うなよ?」
噴水の水で手を洗ってから、2人の声援を背に俺は噴水を見上げた。
良く噴水を見て入り易そうな場所を決める。
「よし、ここかな?・・・・・・・・・ホイッと」
一周して決めた場所は、石像の正面から左に少しずれた所。
そこから更に真後ろに少し離れる。
その場所から少し斜め上にコインを放り投げた。
コインは曲線を描く様にクルクルと落ちる。
落ちた先は・・・・・・・・・
チャポン―――
「・・・・・・・・・す、スゲー!!」
「ほ、本当に壷に入った!!」
暫く辺りが静まり返り、俺が壷にコインを入れたと分かったルグとユマさんの声でドッと周りの人だかりからも歓声が上がった。
自分で投げてなんだけど、1番投げた俺が驚いている。
元の世界じゃ失敗していただろうけど、日頃使い続けているパチンコや魔法のコントロールのお陰か。
コインはまるで吸い込まれる様に綺麗に壷に入った。
まさかここまで見事に入るとは。
「ほら、サトウ君!早くお願い事、言わなきゃ!!」
「え、えーと・・・・・・じゃぁ」
パンッ!パンッ!
俺は噴水の石像に2回お辞儀して手を二回打ち鳴らしもう1度お辞儀をしながら心の中で願い事を唱えた。
『無事に俺達が帰りたい場所に帰れます様に』
と。
願い事を心の中で言って顔を上げると、丁度日光が猫の石像に当たったのか、猫の目が光った気がした。
「よし!」
「今の何、サトウ君?」
「あー・・・
俺の故郷の神社やお寺にお参りに行った時にする作法?
少し違うけど」
咄嗟に神社でお参りする時の様な事をしたけど、この町の聖女様に届いたかな?
つい、こういう時は願い事を声に出しちゃいけないような気がして、心の中で言ったけど。
ダメだったか?
そう思っていたら、俺達が何もしていないのにメールが届いた。
慌ててスマホを見ると、
「・・・・・・早速、願いを叶えてくれたのか」
そこには、
『創造魔法“往復路の小さなお守り”を伝授したよ!』
の文字。
『往復路の小さなお守り』は声に出さずとも自動で発動する魔法の様だ。
効果は『行きたい、帰りたいと強く願った目的の場所まで必ず生きては着ける』と言うもの。
その上、俺自身を含め俺が目的の場所に着いて欲しいと願った相手に、願った時点で魔法が掛かる。
一見凄い魔法に見えるけど、魔法の効果は『生きては』なんだ。
ようはどんな姿、どんな状態でも心臓と脳が動いた状態で目的地に着けると言う事。
逆に言えば、目的地に着くまでに大怪我したり身包み剥がされたり、目的地に着いた途端死んでしまうという事だ。
だから、『往復路の“小さな”お守り』なんだろう。
聖女様、1番安い硬貨だからこの魔法なんですか?
まぁ、無いよりは安心出来るから良いよな。
「・・・・・・ありがとうございました!!!」
石像に向かいしっかりお辞儀をしながら大きな声でお礼を言う。
この魔法を伝授した時俺の願いが聞き届けられ、既に俺とルグとユマさんにはこの魔法が掛かっていた。
俺は元の世界に帰れるまで。
ユマさんはお迎えが来て国に帰るまで。
ルグはユマさんを無事お迎えの3人に預け、勇者関連の噂を集め終え国に帰るまで。
その間まで俺達の命の安全は保障された。
何も守ってくれない中、それだけでも守ってくれたのなら十分じゃないか!!
「さて、そろそろ行こうか。まずは何処に行く?」
「そうだな~」
「あ、なら・・・・・・」
俺の気持ちの問題なんだろうな。
ここに来た時とは違う、優しく微笑んでいる様に見える石像に背を向け、俺達は次の目的地の相談をしながら歩き出した。




