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サンプル・ヒーロー  作者: ヨモギノコ
第 1 章 体験版編
73/498

71,乾杯!! 前編


「確かに、依頼の品だな。

これで今年も無事祭りのメインイベントが行えるよ。

お疲れさん、依頼完了だ」

「はい、ありがとうございます」


クロッグ事件から数日。

俺達は事件前と変わらない日々を送っている。

そう、今日も今日とて依頼を受けてそれを解決する毎日。


勿論、ルグとユマさん監修の下魔法の修行も欠かさず行っている。


今日も鞄に『フライ』を掛け、常に浮かせてこの町まで来た。

今日の依頼は『サルー』と言う町のギルドまである品を届ける依頼だ。

早い話がお使いである。


「う~ん!

此処に来るまで盗賊とかに襲われるかとビクビクしていたけど、そんな事なかったし、思いの他簡単な依頼だったな」


俺は物が物だけに道中警戒し続けて固まった体を伸ばしながらそう言った。

大きな入道雲とサンサン輝く太陽が浮かぶ夏らしい真っ青な空。

こんなに天気が良いなら直ぐ帰るのは勿体無い気がする。


「なぁ、少し町見て回らないか?」

「いいね!

この町ってローズ国有数の観光地でもあるんだよ。

特に今は、年に1度の感謝祭が行われてるから何時もより色んな露天が出てるんだ!」

「中には普段よりもかなり安い値段でワインが飲み放題になる所も在るんだ!

此処のワインはどれも美味しい事で有名なんだぜ!

楽しみだな~。

この町の事は良くお袋に聞いていたから、1度此処のワイン飲み比べてみたかったんだ!」


そう言って賛成してくれたルグとユマさん。

そんな2人は街中なのに元の魔族の姿をしていた。

それはサルーで作られたワインがローズ国の輸出品の大半を占める程の名産品で、そのワインを造る為の町の8割を占めるブドウ畑を主体にしたローズ国有数の観光地。

そして、そのワインを造っているのが人間では無く、農業が得意なオークと酒造りにおいて右に出る者はいないと言われる種族であるゴブリン。

つまり魔族だからだ。


サルーは勇者ダイスが現れるずっとずっと昔から、ローズ国において唯一魔族が住む町だったらしい。

豚の魔族だから『オーク』、緑色の肌の小さな魔族だから『ゴブリン』と翻訳されているけど、


オークは奇麗好きで総じて頭の良い、ミニブタが擬人化した様な種族で、


ゴブリンは肌が薄っすら緑色をした、耳の尖った大人でも非常に可愛らしい子供の姿をした種族だ。


因みに、この世界の『ブタ』はウサギの様な垂れた長い耳を持つ、アルマジロみたいな動物だった。


まぁ、そんなゲームの雑魚モンスターとかけ離れたオークとゴブリンだけど、1つだけ同じ所が在る。

それは数の多さ。

この2種族はこの世界のどの国にも居る、世界で2,3番目に多い種族なんだそうだ。

因みに、1番は多い種族は『人間』らしい。

その数の多さからローズ国にも沢山オークとゴブリンが住んでいて、勇者が現れた事で迫害されこの街しか居場所が無くなった。


「なら何でこの街が滅ぼされなかったのか?

ってサトウ、思ってるだろ?」

「うん」

「それこそ、この街の作るワインのお陰なんだ!」


ドヤ顔でそう言うルグ。

同じ土と水と気候でぶどうを育てて、同じ様にワインを発酵させても、人間だけの力ではこの街で作る味の豊かなワインはどう足掻いても作り出せない。

2種族の力が無いと完成しないんだ。


飲む方でも調理用としても人気が高くて、王族貴族がこぞって買い求めるワイン。

世界各地にファンを持つこのワインが作り出せないとなると、ローズ国としても損しかない。

だからこそ、おっさん達は迂闊にサルーの町に手が出せないんだ。


「この町の住人はワインのお陰で生きていけてるんだ」

「だから、このワインと約1000年前、『聖女』って呼ばれるワイン用のぶどうとワインの造り方を伝授してくれた人に感謝を込めてこのお祭りが行われるんだよ」


正にワイン様々って事だな。


祭りは3日間行われ、今日はその最終日。

俺達がさっきギルドに届けたのはアーサーベルの鍛冶屋でメンテナンスして貰った、今日行われる祭り最大のイベントに使う杯らしい。

盗賊に襲われるって事もそうだけど、何かあって杯が壊れないかと心配で心配で。

無事届けられてホッとしたのは言うまでも無いだろ?

今日の夕方そのイベントが行われるそうで、俺達はそのイベントを見てから帰る事にした。


と、その前に。


「ルグ。お前、今12歳か13歳だよな?」

「13だぜ。それがどうしたんだよ?」

「いや、どうしたって・・・

未成年がお酒飲んじゃダメだろ?」


無視出来るはずの無い、『1度飲み比べてみたかったんだ!』と言ったルグの言葉。

元の世界には18、16でお酒が飲め国が在ると聞いた事があるけど、流石に13は早い。

俺の世界で言えば中学生のルグがお酒を飲むのは問題だと思うんだ。

そう思っていたんだけどなぁ。


「この世界だと何歳からでも飲めるぞ?」


なー、とユマさんと顔を合わせコテンッと首を傾げるルグ。

ユマさんも頷くし。


ルグ達がちゃんと成長出来なかったり、悪影響を受けたり、アルコール依存症になったらどうするんだよ!

依存症の治療は難しいんだぞ!


あー、もう!

流石異世界。

本当、半端無い。

思わず顔文字の様に膝を着いて項垂れてしまった。


「サトウ君の世界だとダメなの?」

「ダメ、絶対!

タバコもそうだけど、お酒を買うのも飲むのも20歳から!

未成年に売るのもダメ!」

「えー」


えー、って・・・・・・

えー、って・・・・・・

ルグ、そんな口を尖らせるのはやめろ。


「この世界に俺の世界の法律を持ち込むのはどうかと思う。

だけど、ルグ、ユマさん。これだけは言わせて。

このまま飲み続ければ、ミモザさんよりも背が高くならないだろう。

それでも良いなら、俺はもう止めない」

「だったら、我慢する」


即答だった。

そんなにミモザさんより小さい事気にしてたのか、ルグ。

大丈夫、今ルグは成長期真っ最中だ。

適度に運動と睡眠をとって、ちゃんと飯も食ってる。

心配しなくてもルグならドンドンデカくなるだろう。


「でも折角サルーに来たんだから、ワイン買わないのは勿体無いよ?」

「そうだな・・・・・・調理に1、2本買うか?」


『ミドリの手』でも作り出せるけど、折角だから記念に、な。

ローズ国では魚より肉が多く取れ、それ故に肉の方が値段も安い。

だから俺も良く風見鳥の肉を買っているんだけど。

さて、どんなワインが良いかな?

露天に並べられたワインはどれも同じに見えるけど、実際はかなり味が違うんだろう。

何時も料理用の日本酒やワインはナトの家に注文しているから、実際何が良いのか分からないんだよな。


一昔前までは『肉には赤ワイン、魚には白ワイン』と言われていた。

今はどんな食材でも調理法によってガラリと合うワインも変わってくるそうで、叔母さん曰く『ワインは料理の色に合わせる』と言うのが主流らしい。

それと共に色んな種類のワインを、合う調理法と共に紹介された。

けれど、そこまでワインの種類に拘っていない俺にはチンプンカンプンで、最終的に叔母さんは、


「とりあえず、こってりした料理には赤ワイン、淡白な料理には白ワインと覚えておけ」


と言っていたな。

癖のない白身の肉故に様々なバリエーションの調理法で作れる鶏肉に近い風見鳥の肉も、こってりした揚げ物やサッパリした茹でる物まで色んな調理法が使える。

だから、赤白どっちのワインも合うはず。

お店の人にお勧めを聞いて、白ワインは日本酒で代用出来るから、赤ワインを買おうかな?


「あ、その前にまずはあの場所に行かない?」

「あぁ!噴水か!」

「噴水?また何でそんな場所に?」


この世界では、お祭りに来たらまず最初に噴水に行くのがマナーなのか?


「『ワインのぶどうと造り方を伝授してくれた人』が居るって言ったでしょ?

この町の中心にある噴水にはその人の石像が建ってるんだ。

お祭りの間、その石像の持つ壷にコインを入れられると願いが叶うって言われてるの!」

「噴水に投げられたコインは祭りの後回収されて町に寄付されるけどな!」


えーと、イタリアにあるって言うトレヴィの泉みたいな物かな?

とりあえず、その場所に行こうと歩き出した俺達。


しかし後ろから聞こえたある一言によって、俺は1歩もその場から動けなくなった。


「キビー!!」


そう突然後ろからこの世界の誰にも教えていないはずの、誰も知らないはずの俺の名前が呼ばれたんだ。

それも一切聞き覚えの無い女性の声で。

あまりの驚きにその場から動け無くなった。

頭の中は、


『何で?

誰にも言ってない筈なのに、何処で漏れたんだ?』


って言葉で埋め尽くされる。


「・・・・・・・・・え、何で・・・・・・」

「サトウ?」


ルグの呼ぶ声が嫌に遠くから聞こえる程激しく脈打つ、今にもはち切れそうな俺の心臓は、その女性が次に言った言葉によって静まった。


「キビ!こんな所で走ったら危ないでしょ!?」

「はーい!!」


俺の名前を呼んだと思っていた女性は、キャッキャと笑いながら俺の隣を走り抜けた無地のワンピースを着たゴブリンの女の子に向かってそう言った。

・・・・・・・・・はぁ。

何だ、あの女の子に言ったのか。

本当に驚いた。


「サトウ君?どうしたの?大丈夫?」


いつの間にか止めていた息を吐き出した俺を、怪訝そうな顔でルグとユマさんが見てくる。

確かに隣に居た奴が何の前触れもなく行き成り立ち止まって、オロオロしだしたんだから、そんな顔するのも当然か。

そう冷静に思う反面、内心は未だ驚きと不安と恐怖でグチャグチャで、直ぐに2人に答える事が出来なかった。


「落ち着け、落ち着け」


と心の中で唱えながら自分の中のそんな気持ちを全部吐き出す様に深く、深く、息を吐いて。

それから俺は2人にやっと答える事が出来た。


「あー、いや。何も・・・・・・・・・」


歩きながら何でもないと言おうとして、自分の態度がそれを許さない事に気がついた。

あんなに動揺して何も無いなんてありえないよな。

数秒悩んでから2人なら言っても良いかと思い直し、俺は正直に答えた。


「唯、知らない人に名前、呼ばれたのかと思ってビックリしただけだよ」

「それって・・・・・・あの親子?」


俺達の視線の先には女の子に追いついたゴブリンの女性が、女の子と手を繋いで歩いている姿が映る。


「そ。俺の名前も・・・・・・キビって言うんだ。

佐藤ってのが苗字で、『佐藤 貴弥』ってのが俺のフルネーム」

「そうなんだ。私は可愛くて良いと思うけどな?」

「ユマ~。男に可愛いは無いって。

それに『キビ』って女に付ける名前だろ?」

「あ!サトウ君、ごめんね・・・・・・」

「大丈夫。気にしてないから」


どうやら、この世界では『キビ』って名前は『花子』とか『陽菜』とかの様な、女の子に付ける名前らしい。

どうも2人は俺の世界でもそうで、俺がその事を気にしてると勘違いしたみたいだ。

確かにこの見た目で女の子に付ける様な名前だったら、コンプレックスになるだろうな。

けど実際は、珍しい読み方の名前では有るけど、俺自身この自分の名前を嫌ってはいない。


2人に名前を教えていなかったのはあのまま言う機会を逃して今までズルズルきてただけで、元々家族や親戚以外に名前で呼ばれた事がほぼないから違和感があるだけなんだ。

けど、2人なら名前で呼ばれる事にそこまで抵抗は無いんだよなぁ。

他の人とか、特に魔女達には呼ばれたら虫唾が走るだろうけど。


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