66,魔道書・・・? 前編
エスメラルダから戻ってギルドに依頼完了の報告をしてから早3日。
俺達はバトラーさん達が泊まっているホテルに来ていた。
目的は勿論、俺が今も持っている魔道書について。
直ぐに渡さなかったのは、全員傷だらけで疲れ切っていて、もしあの場で渡してまた盗まれても取り返せなかったから。
それと俺が、
「ちょっと待って欲しい」
と頼み込んだからだ。
そう言う色々な理由から、日を改めた今日、俺達は此処に来た訳だ。
「すみません。
今日、此処に泊まっているレット・バトラーと言う方のパーティーと会う約束をしているユマパーティーの者ですが・・・・・・」
今回はちゃんと事前に来る事は伝えてある。
だからだろう、受付の人も笑顔のままだ。
「はい、バトラー様から伺っております。
ご案内します」
「お願いします」
前、此処に来た時と同じ様に従業員さんの後を着いて行く。
同じ様に階段を上がり、同じ様に最上階の奥の部屋へ。
「バトラー様、ユマパーティーの方がいらっしゃいました」
「ありがとう。3人共、いらっしゃい。どうぞ」
あの時と同じ様に従業員さんがノックした戸をロアさんが開る。
バトラーさん達を含め部屋の中も変わっていない。
違う事はあの日居なかったミモザさんが居る事と、マキリさんが入れてくれた紅茶の中身とカップの数位だろう。
カップの数は全部で7つ。
俺達が来る前にバトラーさん達が飲んで待っていたのだろう。
マキリさんが継ぎ足している縁が微かに濡れ、目に見える程中身の量がまちまちなカップが4つと、ほぼ同じ量が入ったカップが3つ。
中身の紅茶はこの前来た時よりも色が濃く、どちらかと言えば明るい赤色をしている。
ペットボトルで売っているストレートティーをもう少し濃くした感じだ。
そして、香りが大分違う。
今日はこの前よりも香りが大分強いのに、全く甘い香りがしないんだ。
「どうぞ。
マキリちゃんが紅茶入れてくれたから、ゆっくり飲みながら話そうか!
さ、座って座って!
話が長くなりそうだから、ルグ君とサトウ君も座りなよ」
「・・・・・・失礼します」
バトラーさんに促され俺達3人は長いソファーに一緒に座った。
流石スイートルーム。
ソファーは3人座ってもかなり余裕があるし、フカフカして座り心地が良い。
今回は俺がメインで喋るから俺が1番フカフカしていそうな真ん中で、右にユマさん、左にルグが座っている。
「3人共、疲れは取れたかい?」
「はい、お陰様で。
バトラーさん達もお元気そうで安心しました」
特にミモザさん。
別れた時はちゃんと意識があったものの、まだ顔色も悪くマキリさんに支えられないと歩けない程フラフラしていた。
けど、今は顔色も良く確り1人で立てている。
同じ様にダウンしていたユマさんも2日間ゆっくり休んで元気になったから、ミモザさんも元気になっているだろうとは思ったけど、やっぱり直接見ないと安心できないよな。
特に実の弟のルグは。
朝からルグは落ち着きがなく、口に出さなかったけど、ミモザさんの事が心配で心配で堪らなかったんだろう。
部屋に入ってミモザさんの姿を見て、誰でも分かる位ホッとした顔をしたのも当然だよな。
「見ての通り元気いっぱいさ。
傷ももう完全に治ったしね」
「それなら良かったです。
・・・・・・そろそろ本題に入りましょうか?」
早く本題に入れ、と言わんばかりの視線をミモザさんから向けられる。
ミモザさんとしては早く魔道書を持って国に帰りたいんだよな。
魔道書を盗まれた国の中ではグリーンス国が1番遠いし、行き帰りが面倒くさいんだから当然か。
だけど、申し訳ないけど直ぐに渡せないんだよ。
ミモザさん達にはもう少し待って貰おう。
「これが件の魔道書です」
「・・・・・・・・・待ってくれ。これが?」
「はい。
ルグに魔道書の詳細を聞いて確認したから間違いありませんよ」
「これ、どっからどう見ても・・・・・・
『媚態の花』、だよ・・・ね?」
俺が魔道書だと言って出したのはエスメラルダ研究所の社員食堂の本棚に在った、あの不人気すぎる『媚態の花』だ。
それも全巻。
本を出した途端、ありえないものを見る目で見られる。
特に女性陣からの視線は厳しいが、まぁ良い。
「はい。そうですよ、『媚態の花』。
但し表向きは、と付きますが。
まぁ、口で説明するより実際見て貰った方が分かりやすいですね」
漫画やアニメだったら俺以外の全員の頭の上に『?』が浮かんでいただろ。
皆其々少しずつ違うけど、不思議そうな顔で『媚態の花』を見る。
その視線が集まる中、俺は『媚態の花』の2巻をケースから取り出した。
傍から見れば、本自体は何処からどう見ても普通の本だ。
いや、A4サイズで辞書の様に分厚い本と言うのは俺の世界では珍しいと思うけど。
少し豪華な装飾が施された革張りの表紙もそこに書かれた文字もこの世界では一般的な物だろう。
けして、『今のこの世界の技術では再現不可能』と言われる様な、『見た事も無い素材で出来ていている』訳じゃないし、装飾も銀やガラスじゃなく金だし、どの時代のどの国の言葉とも違う、不思議な文字で書かれてる訳でもない。
見た目はユマさん達が言った魔道所と全く一致していなかった。
だけど、
「この小口の所、よく見ていてください」
「・・・・・・・・・え!嘘!」
「何だこれ!?剥がれた!?」
本の地の方の小口の端を爪で引っかき、摘める様になった端を引っ張ると何枚もの紙が重なっているはずの小口は、テープの様にペリッと剥がれた。
まぁ実際、幅の広い紙テープだったんだけど。
そのテープを剥がした先から現れた本当のページ数は、テープに書かれた紙の束の数の半分にも満たない薄い物だった。
「このテープに書かれた小口は、研究所の会議室前の隠し扉に描かれた絵と同じ様な物です。
影の濃淡なんかでパッと見、本当に実在するかの様に錯覚する。
このテープだって本から外した今でも、これだけの厚さがある様に思ってしまうでしょ?」
「あ、あぁ。
会議室のあれも驚いたが、こんな物にまで・・・
凄い技法だ」
それは俺も驚いた。
美術館の期間限定イベント展示やネットで見た事はあったから、こう言うトリックアート自体には凄いとは思っても驚かない。
ただ、異世界でも見るとは思わなかったんだ。
会議室前のアレは典型的なトリックアートの1つだったけど、異世界に来てまで見れるとは普通思わないだろ?
いや、でも、トリックアートってかなり古い技法だって美術の授業で習ったな。
中世ヨーロッパ風のこの世界で使われていても可笑しくないか。
ゲームやラノベでも早々出てこないし、俺の中ではやっぱり『異世界とトリックアート』って組み合わせが珍しいのは変わらないし、この世界でも珍しい事には変わりない。
現にルグ達は本から剥いだテープに興味津々だ。
「あの、テープも良いですけど、そろそろ本題に戻りましょ?」
「あ。ごめん、サトウ。
オレ達の国って認識を誤魔化す魔法やスキルがあるから、こう言う技術って無いんだよ。
だから、つい珍しくて・・・・・・」
あぁ、なるほど!
そっか、魔法が在るなら、態々時間をかけてこんな絵を描かなくても良いもんな。
そう思い、ルグの言葉に内心頷く。
でも、だからこそこう言うトリックアートって有効なんだろうな。
魔法がある故の意外性ってのもあるけど、目の錯覚でこう見えるだけだから俺の『状態保持S』の様なスキルの対象外になる。
だから、ユマさんの目やあの2人組みの姿が正しく見える俺でも騙されてしまうんだ。
魔法やスキルが在る世界だからこそ、トリックアートは俺が居た世界よりも何かを隠し欺くのに有効なのかもしれない。
だけど、今はその話に花を咲かせている時じゃないんだって。
「気持ちは分からなくもないけどね。
詳しく見るのはまた後で。今はこっち」
気分を変える為にか、それともトリックアートに興奮した気持ちを落ち着ける為にか。
紅茶をゆっくり飲んでるルグ達の目の前で俺は、ナイフを使い本を更に分解していく。
傷つけない様に、丁寧に、丁寧に。
表紙や表紙の中の物が破けない様、細心の注意を払って。
その為、切れ味が良すぎるクロッグナイフじゃなく、『クリエイト』で出したナイフを使っている。
べ、別にまだクロッグナイフを使うのを躊躇ってる訳じゃないからな!
クロッグパチンコと一緒に鞄には入ってるからな!!
そんな事を思っているなんておくびにも出さず、本を分解して出てきたソレをルグ達に見せる。
「魔道書、これであってますよね?」
「・・・・・・間違いない。
聞いていた特徴と全く同じだ!」
「まさか、こんな方法で隠していたとは・・・」
2巻と同じように3巻、5巻、6巻も分解し、中の魔道書を出す。
上手く分解でき、魔道書も表紙も傷1つ付いていない。
少しでも傷ついたら何言われるか分かったもんじゃないからな!
「でも、良くこんな方法で今まで誰にも見つからなかったな。
意外な方法ではあるけど、研究員の誰かが『媚態の花』を読もうとしたら一発で分かってしまうだろう?」
「確かに。
サトウ君もあの時『媚態の花』を読んだから分かったんだよね?」
「いや、1番最初に社員食堂に行った時は気づかなかったよ。
見ての通り、俺が手に取った1巻はそのままだったからな」
「じゃぁ、何で・・・・・・」
俺が思うに、見つからなかった理由は2つの『場所』が関係していると思うんだ。
1つは『媚態の花』が置かれていた場所。
もう1つは魔道書が隠されていた巻。
「まず、社員食堂の本棚を思い出して欲しい。
本棚の前に立った時、まず目に入った本は何だった?
俺の予想が合っていれば、何度も読みたくなる様な本や、普通なら人気過ぎて中々手に入らない珍しい本だったんじゃないかな?」
「う、うん。そう、そうだよ!
そう言う本ばっかり目が行って『媚態の花』が在る事に、ミィさんに言われるまで全く気がつかなかったもん!!」
「それが、魔道書に気がつかなかった1つ目の理由だと思う」
今まで会った人達を思い出すに、この世界の人の平均身長は大体女性ならマキリさん、男性ならロアさん位だろう。
その位の身長の人の目線の高さで尚且つ本を取り出しやすい高さ。
大体上から2段目から下3段位には、ユマさんやマキリさんが大はしゃぎする様な本が並べられていた。
逆に『媚態の花』は1番下の段の隅。
取り出すには一々しゃがまないといけないんだ。
「そして『媚態の花』は悪い意味で有名な、女性の人気が非常に無い本。
短い休み時間に本を読むとしたら、態々しゃがんでまで不人気な本を読もうとは思わない。
丁度目の前にある取り易い人気の本を選ぶはずだ」
「・・・・・・うん。確かに、そうだね。
僕も、そういう状況なら目の前の本を選ぶよ」
「もう1つ、魔道書を隠していた巻も見つからなかった理由だと思います。
もし、始めて見るシリーズ物の本が置いてあったら、まず1巻から手に取りませんか?」
人によっては最終巻から見る人も居るかも知れないけど、大体の人は1巻から見ていくんじゃないかな?
全巻揃っているのに、真ん中の巻から読む人は少ないと思う。
もし、『媚態の花』を知らなくて偶々手に取った人が居ても、内容的に1巻を少し読んだだけで戻してしまうと思う。
男の俺でも数ページで気持ち悪くなったんだから、女性なら尚の事。
興味を持った男性職員が居たとしても、女性職員が居る社員食堂で堂々と読む事は無いだろう。
もし堂々と読んでいたら女性職員からの印象は最悪だ。
なにより、集まった女性の団結力は怖い。
物理的な暴力がない分、休みなく放たれる援護射撃が付いたガトリングの様な言葉の暴力がどれ程恐ろしい事か・・・・・・
それに、エスメラルダ研究所は重役の殆どが女性で権力もある。
そんな恐ろしい場所で『媚態の花』の様な本を読める奴は、心臓が分厚い剛毛に覆われた奴位だろう。
もし読むとしたら他に誰も居ない家に帰って読むはず。
だからこそ魔道書が隠されていたのが2,3,5,6と言う半端な巻だったんだ。
「何かあって中身がケースから飛び出ても、あのテープのお陰で魔道書が隠されている事に気づかなかった思います。
普通の本だと何も疑問に思わず戻してしまう」
「はぁ。なるほどね。これは一本取られたよ」
「寧ろ、今まで捨てられなくて良かったと言うべきですね。
魔道書が隠されているなんて思わず、今頃灰になっていたかもしれないんですから」
「確かにな。
あの時もう少し私の機嫌が悪かったら、燃やしていた所だったからな!」
そう笑顔でマキリさんに返すミモザさん。
良かった、1番最初に食堂に行って。
逆周りで行ってたら、魔道書は今頃この世になかったかもしれない。
いや、なくても世の中にとっては問題ないだろうけど。
バトラーさん達は任務失敗って事で上に人に何言われてたか分からないぞ!
「けど、サトウ君。
何で態々全部の巻を持ってきたんだい?
これなら、魔道書が隠された巻だけ持って来れば良かったのに」
「最初はそう思っていたんですけどね。
魔道書が隠された巻だけ抜き取ったら違和感が凄くて」
1,4,7巻だけ本棚に置いてあったら誰かが本を持って行った事が直ぐに分かってしまう。
なら一層の事全部持っていった方がバレないかなぁ?
と、思ったんだ。
「確かに、そんな中途半端な巻だけ残っていたら可笑しいね」
「やっぱり、そうですよね」
違和感が少なくなる様に他にも少し細工して来た。
と言っても大した事はしていないけど。
ただ、他の本棚がギュウギュウ摘めであの段だけ間が空いていたら、それはそれで違和感があるだろうから、少し本を移動させただけだ。
多分あれでバレないはず。
多分・・・・・・きっと・・・・・・
 




