60,跳ねかえる巨大クロッグ 17匹目
「さて、もう喋れるだろ?」
「グッ!何時から俺達に気づいていた!?」
「昨日の夕飯の時から。そりゃぁ、驚いたぜ。
いきなり目の前でよく分かんないヤバそうな薬を鍋に入れられて。
驚き過ぎてあんた等を止める事が出来ずに鍋を1つ無駄にした」
「な!我々が見えていた、だと!?」
「このフードがあるから誰にも見えないと思っていたんだろ?
残念。俺にはそう言うのは効かないみたいだぜ?
お陰で、鍋のやつが失敗してあんた等が寝ている間に皆に何かするんじゃないかと、心配で心配で。
結局、徹夜したんだぞ?」
朝食を1人で作ったのは鍋を台無しにした責任ってのもあるけど、もう1つ。
フード2人組みを警戒したからってのも有る。
食材から準備して、あの2人が近づかないか常に周囲に気を張って。
まぁ、朝食では何も無かったけど。
問題はその後だ。
あいつ等は俺が作ったサンドイッチの残りを使って、おたまじゃくしを呼びよ寄せたんだ。
ボートからサンドイッチを湖に落として。
そんな事の為に俺はサンドイッチを作った訳じゃない!!
皆のご飯の為に作ったんだ!!
その上、この研究所に来てからはもっと酷い。
確実に殺しに来ているからな?
「おい!
そんなに早く気づいていたなら、何故もっと早く言わなかった!!?」
「ヒィ!」
俺と2人組の会話を聞いてミモザさんが耐え切れないと言わんばかりに俺に掴みかかる。
怖い怖い怖い!
確かに俺もミモザさんと逆の立場だったら少しムッとする。
こんな時だからこそホウレンソウが大切なのも良く分かっている。
でも!
「仕方ないでしょ!
俺はこの2人に気づかれずにミモザさん達にこの事を伝える技術なんて持っていない!!
俺が皆に言った事が分かったらこの2人は形振り構わず襲ってきたはずだ!
見えない、聞こえない、匂いもしない相手とまともに戦えますか!!?」
「それは・・・・・・」
「無理ですよね?
どんなにミモザさん達が強くても攻撃が当たらないなら意味がない。
適当に振り回してもそんな攻撃じゃ避けられるだけだ。
見えている俺1人じゃどう考えても敵わない!
そしたらただ全滅するのを待つだけだ!!」
まず1番最初にやられるのは俺だ。
見えている俺が居なくなったらルグ達は一切2人組みに気づく事なく、気づいた時にはやられているだろう。
それに、見えない相手に攻撃されるってのは相当怖い事だ。
戦いに慣れた人でも絶対にパニックを起こさない保証はない。
それが更に本来の力を出せなくさせる。
それは、2人組の思う壺で、それこそ全滅ルートまっしぐらだろう。
「黙っていた事は謝ります。
申し訳ありませんでした。
だけど、俺はタイミングを計ってたんです。
せめて、ペンキでもぶっ掛けて姿が誰にでも見える様にしようと。
そうすれば全員で相手に出来るはずだし、逃げる事も捕まえる事も可能だ。
人数で言えばこっちの方が勝っていますし」
倉庫でペンキでも見つけて、転んだ振りをして2組みにぶっ掛けようと思っていた。
今までの倉庫には残念ながら無かったけど。
そもそも、『クリエイト』でカラーボールでも出せれば1番良かったんだけど、1時的に何度やっても『クリエイト』から物を取り出せなくなっていたんだ。
もし上手く作れても2人組に当てられず、2人組に俺が見えている事がバレて、皆に伝える前に襲ってきたら・・・・・・
きっとそんな不安や恐怖で上手くイメージ出来なくなっていたのが原因なんだと思う。
直ぐ俺を殺そうとしていなかった魔女達にはまだ反論できる位の余裕があった。
けど、思ったより自分と同じ人間が今直ぐにも自分達を殺そうとしているって状況は、魔物や動物を相手にするよりも怖い事だったんだ。
ニュースで話題の殺人鬼に偶然会った時って、きっとこんな感じなんだろう。
正直言って直前まで頭の中グチャグチャしたままだったし、カエルとの戦闘で何とか使える範囲のバケツが出せた事に自分でも驚いている位だ。
きっとカエルに驚いて考えていた事が1時的にリッセットされたからなんだろうな。
その上咄嗟の作戦で、何とか2人組みを行動不能にまで出来たのは奇跡と言って良いんじゃないか?
俺がその事を言うとミモザさんは舌打ちをして手を離してくれた。
「ゲホッ。と、兎に角、お前達の目的は何んだ!?
街に来る前に薬を盛った事を考えると、報酬の独占じゃないだろ?
それが目的なら終わった後にやるだろうからな!」
「・・・・・・・・・」
2人組みは何も言わない。
「なら、此処に見つかっちゃいけないモノがあるからそれを回収しに来たのか?
だから俺達が邪魔だったからこっそり襲ってきたのか?」
「・・・・・・・・・ハッ」
やはり、2人組みは何も言わない。
それどころか鼻で笑われた。
唯の高校生の俺に尋問の技術なんて無いんだよ!
正直言って俺の方が2人組みに対してビビリまくっている。
けど、これでも頑張って泣いて逃げ出そうと震える体を必死に抑えて、大きな声出して怖そうな感じで尋ねてるんだよ!!
そう思ってうー、うー唸っていると、今まで俺達の成り行きを見守っていたバトラーさんが声を掛けたてきた。
「それともこれは、『派手な見た目で実力もないくせに威張り散らす』とか、『依頼を受けたら最後までやり遂げる、安心と信頼の冒険者と木偶の兵士』って言う悪評を挽回させる為の準備だったのかい?
なぁ、ローズ国の兵士さん」
「え!?」
「チッ!!?気づいたか・・・・・・」
「え?え?あ、そうだ!
何処かで見た事ある顔だと思ったら、雑貨屋工房の!!」
確かに、魔女達が雑貨屋工房を襲撃した時に居た兵士達だ。
顔はあんまり覚えてないけど、雑貨屋工房にした事は忘れてないからな!!
思い出した怒りで少し2人組みに対する恐怖心が薄れた。
だからってバトラーさん達が尋問を始めた今の俺には2人組みを睨む事しか出来ないけど。
せめてさっきよりも怖そうに睨みつけてやる!
「剣に巻きついたバラの紋章。
これはローズ国のモノで、この紋章が刻まれたこの剣と通信鏡は現役のローズ国兵に支給される物です」
そう言ってマキリさんは俺達が取り上げた通信鏡と剣を俺達に見せる。
取る時はちゃんと見ていなかったから気づかなかったけど、確かにバラの花と剣が書かれた紋章が刻まれていた。
通信鏡は蓋の所に堂々と。
剣には柄の尻の部分に。
「この依頼が来た時から疑問に思っていた。
あの王様が嫌っていた冒険者に依頼なんてするのかと」
「嫌っていた?それってどういう事ですか?
この国の冒険者って国の役にとっても立ってるんですよね?
嫌う理由が無いじゃないですか?」
過大評価かもしれないけど、
『確実に、早く解決してくれる』とか、
『どんな依頼でも受けたら最後までやり遂げる』とかって言ってたし。
それにギルドには毎日沢山の依頼が張り出されていた。
あの様子からしても、冒険者ってかなり国民から頼りにされてるんだと思う。
「だからですよ。
この国の冒険者が優秀過ぎたんです。
他国でも注目させる程優秀な人材が、報酬をしっかり払えば誰にでも着く冒険者になっているんです。
そして兵士は忠義心はあるがその冒険者に比べたら才能で劣る」
「どの国でもそうだけど、兵を動かすべき事件じゃない場合や、色々な事情から兵を動かせない場合の解決の為に身内を冒険者にする場合がある。
そう言う場合の冒険者じゃない、極々普通の一般の冒険者は自分の命を何より大切にする。
つまり、何かあればその冒険者達は簡単に国を裏切って有利な国に着いてしまうんだ」
ルグやミモザさんがその身内の冒険者に当たる。
今回の魔道書の様に表立って兵を動かせない場合や、スパイの様に情報収集する時に依頼を受けたと言う形でその場所に堂々と入る場合。
冒険者と言う立場は便利なんだそうだ。
「実力がある者程、仕えるべき相手を選ぶ目は鋭い。
だから、そんな者達が仕えたがらない王と言う事は禄でもない者だと言う事です。
嘗てのある勇者の活躍で、今ではどの国でも奴隷を持つ事は禁止されています。
だから、例え王でも無理矢理仕えさせる事は出来ません」
「ローズ国はその勇者を祭る宗派を国教にしているから、特に厳しいんだ」
勿論、アンジュ大陸国の各国でも奴隷はいない。
それは、今の国を作った中心人物達が元々身分の低い人達ばかりだったからだ。
という事は、この世界ではラノベである様な『奴隷の少女を助けて~』な展開は期待出来ないと言う事。
いや、元々俺は期待して無いけど。
と言うか、無理、無理。
現代日本に暮らす極々普通の高校生に他人の人生や命を責任持って背負うなんて荷が重過ぎるって!!
背負える命の責任なんってペットの動物が限界だ。
そのペットすらそう言う事が怖くて飼えない俺に、同じ人間の命と人生なんて重過ぎるって。
ストレスで内臓が壊れて発狂する未来しか想像出来ない・・・・・・・・・
「だからこそ、自分を認めない。
信用できない冒険者を王様は嫌っていた。
そんな王様が更に冒険者達の株を上げる様な依頼を出すかい?
寧ろ大々的に兵を動かすはずだ。
他国や国民に自分が持つ兵力を見せつけ株を上げる為に。
だから可笑しいと思ったんだよ。
けど、きっとこれはチャンスだったんだろうね。
シナリオとしてはこうかな?
『そんな優秀な冒険者達が全滅した恐ろしい魔物を兵士達がいとも簡単に倒して見せた。
だから、冒険者よりもローズ国の兵は優秀なんだ』」
「ハッ!子供が考えそうな陳腐な話だな」
「・・・・・・・・・なら、それを行うのはこの国のお姫様や英勇教の神官か?
鍋に盛ろうとした薬も死ぬ様な毒じゃなくて、軟化毒や硬化毒の様な暫く動けなくなる様な毒で、冒険者が全滅しそうなピンチのとき颯爽と現れクロッグを倒し、冒険者も助ける」
「ッ・・・・・・・・・」
あ、軽く反応した。
英勇教は今、イメージ回復と信者増加を図っているよな。
ベタだけど、そういうヒーローが現れる様な展開ってかなり有効だ。
死と言う人間が持つ本能的な恐怖から助けられたら、誰だってコロッと助けてくれた奴に良い印象持つし、180°とまでは行かないけど見方が変わると思う。
上手くいってたら、
『支持率UPは目に見えた!!』
ってなってたんだろうな。
「それこそ陳腐な話だね。
この作戦を考えた人は小説家を目指すべきだ。
きっと子供に人気の本になるよ」
「黙れ!!」
あからさまに挑発したバトラーさんの言葉に二人組みの1人が怒鳴る。
怒りで顔が真っ赤だ。
バトラーさんの思う壺だたと分かっているはずなのに、その怒りに任せ余計な事まで2人組みは叫ぶ。
「これは世界を救う為の行動だ!!
魔族共を滅ぼす神聖な活動だ!
それが分からないお前達は、低能ゆえに魔族の味方をするヒヅル国の馬鹿殿と同じ罪人だ!!」
「・・・・・・あらあら」
「最近ではチボリ国もマリブサーフ列島国もヒヅル国の様に魔族の味方をする様な動言が目立つ!!
これまでの歴史でどれ程我が国が助けてきたと思っているんだ。
その恩を忘れるとは、どの国の王も欲に溺れ愚かになったものだ!!
やはり、姫様のお力で早急に正気に戻さなくてはな!」
「・・・・・・・・・へぇ」
「・・・・・・あはは。あははははは!!
中々面白い話だ!!笑いが止まらないよ!」
挑発した以上2人組みがこう言う事言うと分かっていた筈なのに、バトラーさん達が滅茶苦茶怖い。
さっき掴みかかってきたミモザさんよりも怖い!
怒りに我を忘れちょっとした情報をポロッと落とす事を期待したんだろうけど、きっと2人組みはバトラーさん達が予想した以上の大きな地雷を見事に踏み抜いたんだろう。
あそこだけ、温度が低いと言うより、既に異世界になっている気がする。
今、一応同じパーティーのメンバーのミモザさんは、2人組みが怒鳴った辺りでルグとユマさんの目と耳を塞ぐのに手も体もいっぱいだ。
確かに子供にとってはトラウマものだろう。
2人組みの言葉もそうだけど、バトラーさん達が。
「もう少しその愉快な話を聞きたい所だけど、僕達は『どんな依頼でも受けたら最後までやり遂げ、確実に、早く解決する』冒険者だからね。
何時までも君達に構っている暇はないんだよ。
それでも、マキリちゃん達はまだまだ聞きたい事がありそうだけどね」
「ええ、ええ。とーても。
私達はあちらでゆっくりお話していますので」
「僕も一緒に良いかな?」
「えぇ、勿論。
では、魔法道具の事は暫くの間お任せします。
終わり次第、私達も向かいますので、くれぐれも慎重にお願いしますね?」
「安心して、ゆっくりしてくると良いよ」
そう言ってマキリさんとロアさんは2人組みを引きずって応接室に入っていった。
2人組みはバトラーさんに挑発された時、
「誰がそんな安い挑発に乗るか。
我々の忠義心はその程度で揺るがない!!」
とでも格好良く言っていれば良かったんだろう。
キジも鳴かずば撃たれまいに。
流石に今の流れでは2人組みに雀の涙位の同情はするな。
だから、心の中で2人組に合掌しておく。
実際にやったらバトラーさんに・・・・・・・・・
「・・・・・・ロアさんとマキリさんに軟化毒渡しておくべきでしたか?」
「心配ないよ。必要ないから」
あの、バトラーさん。
それはどう言う意味で仰ったのでしょうか?
「さぁ、僕達は僕達のやるべき事をしよう!
サトウ君も何時までも座ってないで」
「え・・・あ・・・・・・すみません。
ちょっと立てそうにありません・・・・・・」
何時の間にか俺は地面にへたり込んでいた。
その上、体が震えて上手く足に力が入らない。
元々2人組みの事で俺の恐怖ゲージは満杯だったのにあの3人の雰囲気で振り切れてしまったらしい。
あまりの恐怖で気絶も出来なかったんだろう。
その分、体が言う事聞いてくれません!!
俺ちゃんと生きてる?
心臓動いてる?
実を言うと幽霊でした、って落ちは無い?
「まったく、最後まで締まらない奴だ。
まだ、全てが終わった訳じゃないんだぞ?」
「すみません、ミモザさん」
『全てが終わった訳じゃない』。
それは俺も解っている。
解っていたから頑張っていたんだけどな。
まだ、原因の魔法道具も魔道書も見つけていないし、街と湖には巨大クロッグが溢れている。
だから、2人組みと対峙している時に気絶したりへたり込んだりしない様踏ん張っていたんだ。
じゃなきゃとっくの昔に夢の世界に旅立っている。
その努力も今は無駄になっているけど。
「もう、ミィはサトウにきつ過ぎ!」
「大丈夫、サトウ君?」
「今は大丈夫じゃないけど、もう少ししたら収まると思う。多分」
「う~ん、そっか」
そう言うとルグがヒョイっと俵を担ぐ様に俺を持ち上げた。
「ずっと此処に居る訳にも行かないし、サトウは俺が運ぶな!」
「え~と、よろしくお願いします?」




