59,跳ねかえる巨大クロッグ 16匹目
「あれ?」
「ルグ?」
小さな疑問の声を出しルグが一点を見つめたまま固まった。
その様子はまるで何も無い所を見つめる猫そのものだ。
周りを見回すとミモザさんも同じ状態で固まっている。
まさか、この部屋に無音石が効かない進化を遂げたクロッグが!?
「おい、ルグ!大丈夫か!?」
「サトウ、大丈夫だからちょっと静かにして。
何か聞こえる」
どうやら固まっていたんじゃなくて、俺に聞こえない音を聞き取る事に集中していただけの様だ。
その事に少しホッとするけど、その音が聞き間違いじゃ無ければ別の危険が迫っているのかも知れない。
そう思ってパチンコを握り直し、何時でも打てる様に構える。
振り返るとフード2人組みが直ぐにでも攻撃出来るよう、剣を振りかぶって固まって居た。
「・・・・・・・部屋の外に何か・・・・・
クロッグか?」
「でも、跳ねる様な音じゃなくて引きずる様な音だよ?」
「なら、大きすぎて跳ねられないのかも知れないな」
ミモザさん達の言葉に全員武器を構え、慎重に廊下に出る。
見える範囲ではまだ何も居ない。
けど、念の為に『スモールシールド』を張る。
形はルグ達を囲む箱の様な形で。
けど、真上の『スモールシールド』を張り終える前に正面と真後ろのシールドがほぼ同時に壊された。
パリンッと前後同時にガラスの割れる様な音がして、少し遅れてまたパリンと2つの音が重なった音が鳴る。
正面と後ろのシールドが壊されたせいで、少し遅れて横2つの『スモールシールド』も消えてしまった。
「今何処から!!?」
「実験室の方だ!何か居る!!」
遠くの暗がりから俺達に向かってピンク色の何かが飛んでくる。
それと共に何か引きずる様な音も聞こえた。
『スモールシールド』は間に合わなかったけど、ミモザさんが斧でピンク色の物をガードする。
それはテラテラした細長い、
「これ、舌!?」
「グッ!」
「ミィ!!?」
「大丈夫だ、ルグ。心配するな」
その舌はとても強いらしく、ミモザさんが弾き飛ばされた。
直ぐ様マキリさんがクナイを投げるけどギリギリ当たらない。
ルグがミモザさんに駆け寄ると、ミモザさんはなんでもない様に返事をして直ぐに体勢を立て直した。
見た感じ、それ程ミモザさんはダメージを負っている訳では無さそうだ。
その事に少し安心しつつ、もう1度魔法を掛ける。
「とりあえず『プチライト』!!
と『スモールシールド』!」
「ニュゲロッ」
暗がりに向かい『プチライト』を投げると舌が引っ込み変な鳴き声と共に、廊下にピッタリ収まる位の大きなカエルが現れた。
そのカエルは闇に溶ける様な真っ黒な体をし、普通のクロッグの様に鳴かずにカメレオンの様に舌を伸ばしてくる。
サイズと言い色形と言い。
もうあれをクロッグと言って良いものか。
「チッ!あの舌が厄介だな」
「これが暴走した魔道具の結果か。
厄介なモノが生まれたものだ」
どうやらあの舌は相当頑丈らしく、ミモザさんやバトラーさんが切ってもロアさんが魔法を放っても一切効いてない様だ。
それに舌が凄いスピードで連撃して来る。
俺にはそれが鞭と言うより、槍の様に思えた。
「何だよあの舌!?異常に硬いし、速いし!!」
「・・・・・・ユマさん。
霧の魔方陣書いておいて。念の為に端の方で。
あいつをこれで止めるぞ!」
「分かった!!」
「ルグは準備する間、こっちに攻撃が来ない様にしててくれ!」
「了解!!」
俺は硬化毒の小瓶を取り出しながら2人そう言う。
あの巨大だから止めるにはかなりの量が必要だ。
両手で抱えられない位大きなバケツにデビノスさん達を解毒した様に、何本もの硬化毒が入った水を用意する。
『クリエイト』で出したバケツはとんでもなく歪でバランスも悪く、慎重に運ばないと直ぐ倒れてしまいそうだ。
けど、穴が開いてないから良しとしよう!
「ユマさん!こっちの準備出来たよ!!」
「私の方も準備万端!何時でも出来るよ!!」
ユマさんの書いた魔法陣の所まで中身が零れない様にバケツを押していく。
無事魔方陣の中心にバケツを置くと、直ぐにユマさんが黄色い霧をドンドン作り出し、カエルを包み込んだ。
それを確認した俺は、
「じゃ、後は任せた」
「え、サトウ君!?何処行くの!!?」
「お前、ここに来て逃げるとはどう言うつもりだぁ!!」
ユマさんの驚愕の叫びとミモザさんの怒鳴り声が聞こえるが気にしない。
俺はそのまま全力で来た道を戻る。
走って、走って。
俺を馬鹿にした様な笑みを浮かべるフード2人組の横をすり抜けてもまだ走る。
そして、
「なーんってなッ!!おりゃぁあああああ!!!」
「うわぁ!」
「な、なに!?」
フード二人組みから少し離れた所で止まった俺は助走をつけて、こっそりと『フライ』を掛け少しずつ浮かせたフード2人組に向かって体当たりをした。
湖でおたまじゃくしに襲われた時の事を思い返さば分かる事だけど、思った以上に勢いが付いたみたいだ。
『フライ』で浮いた2人は風圧でフードが脱げる程の速さで。
そう、まるでキャスターを着けたかの様に勢い良く硬化毒の霧を纏ったカエルに向かっていく。
それを見届けた俺はと言うと、体当たりした勢いが余って顔から地面にぶつかっていた。
何とか痛みを堪え慌てて顔を上げると、
「ぎゃぁあああああああああ!!!
生首が飛んできたぁああああああああ!!!?」
と言うルグの叫びと共にルグ達全員が左右に退いていた。
それにしても、ルグ達の反射神経凄いなぁ。
そのお陰でフード2人組みは霧を纏ったままのカエルとぶつかり、霧が晴れる頃にはカエルと同じ様に2人はピクリとも動かない程固まっていた。
思いっ切り顔面をぶつけたから、鼻血は出て無いけど物凄く痛い。
だから、俺は急いで自分に『ヒール』を掛けながら2人の元に向かう。
まずは、剣とフードを脱がすか。
「なんだったんだ、今のは・・・・・・・・・」
「生首、いや、そいつ等はいったい・・・
私達以外の音も匂いもしなかったのに、何時から居たんだ?」
「船に乗った時から俺達と一緒に居ましたよ。
ユマさん、このフードに透明になれる魔法が掛かってるよな?」
「う、うん!
確かにこれ、『クラールハイト』と同じ様に透明になれる魔法道具だよ」
俺は2人から剥ぎ取ったフードをユマさんに見せながら尋ねた。
思った通り、このフードは着た者を見えなくさせる効果があったみたいだ。
だから俺は最初、皆も2人組みが見えていると思っていた。
だけど、よく考えると2人組みが見えていると仮定すると可笑しな事があるんだ。
1つ目、何度か各パーティーの代表が集まったけど、その中に2人組みのどちらかが居なかった事。
俺達の様子から分かる様に、分担は個人個人じゃなくパーティー毎に分かれている。
だから2人組み以外の仲間は居ないはずなんだ。
なのにどっちもあの場に集まらなかった。
何より気になったのが、その事を疑問に思う人が誰も居なかった事だろう。
2つ目、2人組みは俺達と行動している間一切喋らなかった事。
それだけならただ異常に無口な2人組みと言う事も考えられる。
それでもせめて頷くとか首を振るとかのアクションをするだろ?
一緒の分担なんだから必要最低限のコミュニケーションは必要だ。
それなのに、それすら2人組みはしなかった。
その2つを踏まえて3つ目。
バトラーさんが2人組みを徹底的に無視した事。
バトラーさんはこのチームのリーダーだ。
だから何だかんだで全員に声を掛けている。
それは作戦を正しく理解しているかの確認の意味もあるんだろう。
そのバトラーさんがあの2人だけを無視するのは可笑しいだろ?
そんな事したらチームの足並みが揃わなくなる。
だから、隊列を決める時に俺達には声を掛けていながら、あの2人組みとは何も喋らずに決める訳がないんだ。
なのにバトラーさんは2人組みを無視して決めた。
4つ目、これが1番の理由なんだけど、バトラーさん達の本来の目的は魔道書の回収だ。
それなのに事情を知らない人と一緒に行動するか?
人によってはカモフラージュの為に一緒に行動するだろうけど、多分バトラーさん達はしない。
それが分かるのは初めて俺達が会った時。
今思うとルグとユマさんの事はミモザさんから聞いて知っていたんだろう。
だから2人には魔道書の事を話しても大丈夫だと思ったんだと思う。
けど、最初バトラーさんは俺を帰そうとした。
それは俺が全く魔道書の事を知らない『部外者』だからだ。
それを考えるとバトラーさんはどちらかと言うと、無関係な人をカモフラージュに使う様な人じゃなと思う。
そして5つ目。
俺が2人組みをこうした理由。
この2人は俺達を攻撃してきた。
カエルの舌が襲った時、後ろからルグ達を攻撃してきたんだ。
勿論、カエルじゃ無く俺達を確り狙って。
カエルと俺達、俺達と2人組みの間にカエルと2人組みから俺達を守る様に張った『スモールシールド』。
あの舌は正面の『スモールシールド』で止まった。
なのに攻撃されていないはずの後ろの『スモールシールド』も正面と同時に消えたんだ。
攻撃されていないなら真横と同じタイミングで消えるはずだろ?
で、攻撃したのは案の定あの2人だった訳だ。
まぁ、その前に未遂で終わったけど所長室で襲おうとしていたから、念の為にあの形で『スモールシールド』を張ったんだよ。
2人組みだけは警戒の為に武器を手に取っていた訳じゃなく、今にも俺達を殺そうとするかの様に振りかぶった状態で止まっていた。
所長室で俺が2人組の方を向いてパチンコを構えたから、念の為に襲うのを辞めたみたいだけど。
で、問題はそん奴等が直ぐ近くに居るのに相当な実力者のミモザさん達が気づかなかった事。
臨戦状態の敵が居るのに、何の行動も起こさないのは可笑しいだろ?
以上の事から俺はあの2人が皆に見えないんじゃないのか、と思ったんだ。
まぁ、他にも理由はあるけど、それはたまたま死角になっていたからって可能性も有るから根拠にはちょっと弱いかな?
「え~と、後は・・・・・・・・・
俺じゃ分からないよな。
ルグ、こいつ等が外部と連絡出来る道具持ってないか念入りに調べてくれるか?
持ってたら没収しといてくれ」
「え、あ、わ、分かった」
「軟化毒の水を作るからユマさんはこいつ等が喋る事だけ出来る様に解毒してくれる?」
「う、うん」
「バトラーさん達は、今の内にこのカエルを何とかしていて貰えますか?」
「あ、あぁ。勿論だ」
戸惑いながらも皆言った事をやってくれた。
いや、戸惑ってるからやってくれたのか。
じゃなきゃこんな状態で唯の人間の子供の頼みなんて聞かないもんな。
冷静になってから文句を言われる事だけは覚悟しておこう。
そう考えつつ俺は軟化毒の水を作るのと同時に鉄で出来た鎖も『クリエイト』で出し、ルグのチェックが終わった2人をその鎖でグルグル巻きにした。
体が動かないのは分かっているけど、念には念を。
鎖で簀巻きにした所でユマさんに1部だけ解毒して貰う。




