58,跳ねかえる巨大クロッグ 15匹目
エスメラルダ研究所の中は病院の様に白を基調として、回路になった廊下や部屋に所々観賞植物や奇麗な絵や壷が飾られ、お洒落なランプが等間隔で設置されていた。
その絵や壷も逃げ出す時の騒動でなのか、クロッグが逃げ出した時に揺れたのか。
殆どが地面に落ちてしまっている。
廊下の外側は崖にくっ付いている所以外、大きな窓が並んでいるだけで部屋は1つしか無く、内側に集中して並んでいた。
その外側唯一の部屋は外から見ると、丁度崖と湖が交わる辺りにあるみたいだ。
この研究所が建てられた当時から入り口近くに張られているらしいプレート型の見取り図によると、その部屋は湖から水を汲み上げたり、その水をろ過する装置。
と言うか、魔法道具が置かれた部屋らしい。
見取り図によるとその部屋や研究室の他に、
所長室、
応接室、
大小2つの会議室、
仮眠室、
社員食堂、
倉庫がある。
研究室と同じ様に倉庫は幾つもあるようだ。
2階や地下は無く、唯一ある階段は屋上に行く為の社員食堂の隅に在る物のみ。
屋上の所には貯水槽の文字も書かれている。
外で見たあれはやっぱ貯水槽で合っていた様だ。
後はこのなかで異彩を放つ1番小さな部屋。
そこには赤い文字で、
『開かずの間。
関係者以外絶対立ち入り禁止!
この部屋開けるべからず!!』
の文字。
何というか、胡散臭い。
取り敢えず『開かずの間』の事は置いといて、端から1つ1つ部屋を丁寧に調べていく事にした。
まずは、社員食堂。
思っていたよりも狭い調理場と机と椅子が並んだ広々とした部屋だ。
階段の近くの壁には、
『ご自由にお読みください。
だたし、食堂からの持ち出し禁止!』
と黒地に黄色い字で書かれた紙が各段に貼られた本棚が置かれ、ギッシリと本が詰まっている。
その本の中にはケースに入った高級そうな物まであった。
「凄い!
此処にある本、殆どが人気過ぎて中々手に入らない物ばかりだよ!
コレとか人気だったのにもう発売されてなくて、オークションに出したら凄い値段が着くんだから!
あ、こっちは初回限定版のだ!」
「この本、私の国では手に入らないんですが、何度も読みたくなる本だと有名でした。
ですから私も1度読んでみたかったんです」
「これもそうだね。
こんな時じゃなかったらゆっくり読みたい位だ」
そう言ってロアさんとマキリさんは目の前の、本棚の真ん中らへんにあった本を取る。
ロアさんはマキリさんが取った段の1つ上の段から取り出していたけど。
2人の口元は何処と無く嬉しそうで、本当に余裕があったら読みたい事が分かる。
ユマさんも魔法道具を見た時の様なキラキラした目をしているし、他の人達も此処にある本に興味津々だ。
俺にはサッパリ分からないけど、ルグ達の様子を見るに、此処にある本達は本当にこの世界で相当人気な本ばかりなんだろうな。
「ただの研究者がここまで買い集められる訳ないし、もしかして此処に有るのはどっかから寄付された本なのかもな」
「だとしたら、コレを送った奴は相当良い趣味をしている様だ」
そう言ってミモザさんがチラリと見たのは、地面から数センチ高くなった1番下の段の端に置かれた本。
『媚態の花』と書かれた全7巻のシリーズもので、A4より少し大きいサイズの確りしたケースに入った分厚い本だ。
「そんなに有名な本なんですか?」
「あー、うん。悪い意味でね」
試しに1巻を手に取りパラパラ捲る様に読む。
少し読んで俺はその本を閉じ元に戻した。
題名からして碌な内容ではなさそうだと思ったけど、これ程とは・・・
本の内容は男尊女卑って言葉を濃縮した様な、女性に失礼極まりない内容だった。
よくこんな内容の物が7巻分も続いたな。
いや、俺からしたら信じられない事だけど、この世界ではこう言うのが普通なのか?
「よく、この本を女性職員が多く居る所に贈れたものだよ。
本当、どんな神経しているのやら」
「寄付された本は簡単には捨てられませんから、他の素晴らしい本と一緒に1リラの価値も無いこんな物を置かなくてはいけなかった所長には同情します」
そう言ってミモザさんは汚物を見る様な目で『媚態の花』を見ると、さっさと食堂を出て行った。
後を着いて行ったマキリさんも前髪で顔が良く見えないけど同じ目をしていたんだろうな。
そのまま次の部屋、いくつか並んだ倉庫に向う。
倉庫には色んな物がそれぞれ奇麗に分別され仕舞われていた。
例えば何も入っていない大量の鳥かごが置かれただけの部屋や、水が入った状態の大きな貯水晶が所狭しと並べられた部屋。
いったい何の為の道具なのか、全く分からない物が置かれた部屋まであった。
食堂以上に丹念に調べたけど、此処等辺の倉庫には魔法道具も魔道書も置いていないみたいだ。
その次に入った研究室にも沢山の空の水槽が置いてあるだけで、此処にも無い。
その次の仮眠室も会議室も同じだ。
ただ、今までと違う事があった。
この廊下は崖にくっ付いている場所だからか、窓が一切無い。
その為外側の壁にも絵や壷が飾られているんだ。
その中で丁度、2つの会議室の間位の向かいの壁に飾られた絵と壷が倒れていなかった。
今の所無事なのは此処位だろう。
水を汲んだりろ過する装置が置いてある部屋も覗いたけど、部屋中には止まった大きな水車と何本ものパイプがついた装置。
それと、貯水晶が数え切れない程敷き詰められた透明な装置が置いてあるだけだった。
「凄い魔法道具だけど、これは見取り図に書かれてた通り水を自動で汲めるのと、ろ過しか出来ないね。
それに、今は止まっている。
原因の魔法道具は今も動いてるはずだから、そう言う意味でもこれは原因の魔法道具じゃないよ」
「う~ん、そっか。此処も違うのか」
何度もスキルを使ったユマさんが言うんだから間違いない。
だけど、調べれば調べれる程この魔法道具達がハイスペックだと分かり、ユマさんのテンションが上がりまくってしまった。
放って置いたら此処に住んでまで調べる勢いすらある程だ。
此処に原因の魔法道具が無い以上、早く次に行かないといけない。
名残惜しそうに何度も振り返るユマさんを引っ張って俺達は先に進んだ。
「半分以上来たけど、中々見つからないね」
「この先には所長室や1番大きい研究室も有る。
手掛かりがあるとしたらそこだろうね」
「・・・・・・此処が所長室ですね」
『開かずの間』を通り過ぎ、豪華な応接室を調べ、残るのは所長室と1番大きな第1研究室と2番目に大きな第2研究室。
あとは倉庫が4つ。
所長室は大半が難しそうな本と研究の成果が書かれた紙の束が並んだ棚に埋め尽くされていた。
本棚にはある1箇所を除いてこれまたギッシリと本が敷き詰められている。
読んでいる途中だったのだろう、応接室側の本棚に開いたその1箇所に入っていただろう本は机の上に置いてあった。
机の後ろの壁の上の方には、ゴリラやフランケンシュタインって言われそうな大柄で強面の男性と、男性と正反対に可憐な女性の肖像が飾られている。
男性の方が前所長らしい。
「うん。この男性、サトウ君に似ているね」
「・・・・・・そうですか?」
バトラーさんが俺と前所長の肖像画を見比べて言う。
それを聞いてミモザさんが、
「た、確かに似ているな!」
と笑いながら言ってくる。
それはつまり、俺がゴリラみたいと言う事ですか?
確かに小さい頃から父さんの手伝いをしているからか、どちらかと言えば筋肉質な体をしているし、人並み以上の力はある。
けど、それは元の世界の話で、この世界の人達よりも体力も腕力も劣るし戦闘力皆無だ!!
更に言えば一般的な冒険者達に比べたら冒険者に向いてないって言われる程ヒョロヒョロだぞ!?
ルグの様に軍服を着ている訳でもなさそうなのに、あんな大きな斧を軽々しく扱うミモザさんの方が俺よりも力があると思う。
今は少し背の高い女性の姿だけど本来の姿なら・・・
この先は考えない方が身の為だな。
女性のミモザさんにそんな事考えてると知れたら、何されるか分かったもんじゃない!!!
「見た目も似てますが、雰囲気や考え方が似てますよね」
「考え方、がですか?」
「えぇ。
前所長はとても用心深く慎重な性格で、戦うなら逃げる方を選ぶ様な、争い事も好まい方だったそうです」
はい、確かに俺も基本逃げる方を選択してますね!
マキリさん、もしかして湖で逃げた事、根に持ってます?
見た目に反して意外と戦闘狂なんだろうか?
だけど、その答えを聞く事なく俺達は部屋の詮索に入った。
所長室と言う事で手分けして更に念入りに調べだけど、手掛かり1つ見つからない。
魔道書は此処にあると思ったんだけど、予想が外れた。




