52,跳ねかえる巨大クロッグ 9匹目
釣りを始めて暫く。
ルグがヒュドラキスの群れが集まっている所を見つけてくれたお陰で何とか俺も1匹釣る事が出来た。
だけど・・・・・・
「ぎゃぁあああああッ!!!
ルグー!ルーグー!!!
これ!これ、どうやって針外せば良いんだよ!!
と言うか、こいつ暴れすぎぃいいいいい!!!」
「サトウ、少し落ち着けよ。
集まった魚が逃げちまうだろ?」
ヒョイ、ヒョイと釣っていくルグと正反対に、俺は何とか釣れたヒュドラキスを針から外せず悪戦苦闘していた。
湖から釣り上げたにも関わらず、元気良過ぎる程暴れるヒュドラキス。
そのヒュドラキスがついたままの釣竿を振り回しながら、俺はギャアギャア騒いでいた。
思いの他釣る事自体は難しくなかったけど、まさか魚を針から外せず苦労するとは・・・・・・
「ほら、取れたぞ」
「ありがとう、ルグ。助かった」
「ルグくーん!また、餌だけ盗られたー」
「ユマ、今行くからちょっと待ってくれ!!」
俺がどうにか落ち着こうと深呼吸している内に、さっさとヒュドラキスから針を外してくれたルグ。
ルグが掴んだ途端、恐ろしい程暴れていたヒュドラキスが嘘の様に大人しくなったのや、何度も餌を盗られたユマさんにタイミングを教える姿とかを見るに、本当にルグは手馴れているな、と実感する。
「やった!初めては釣れたよ!!」
「よしッ!
全員最低1匹は釣れた事だし、この位で良いよな?」
「うん。必要なのは鱗だし、寧ろ多い位だな」
『クリエイト』で出した大きなバケツ。
肉眼では分からないけど湖で汲んだ水の魔元素がちゃんと入っているらしく、その中には十匹以上ルグが釣ったヒュドラキスが泳いでいる。
「それで、この後どうするんだ?
このまま持って帰れば良いのか?」
「でも、馬車凄く揺れるよ?」
ユマさんの言葉に行きの馬車を思い出す。
殆どの道はそこまで揺れは酷くなかった。
けど、一箇所盛大にガタガタ揺れている場所があったんだ。
持って帰ろうにもそこを通った途端、きっと間違いなく途中で倒れると思う。
それに鞄に入れるのも、多分やめた方が良い。
俺達が持ってる鞄はどれも生きた状態の生き物を入れられないし、この特殊な湖に生息している事を考えると死体でも躊躇われるんだ。
「えーと。
魔法道具屋のお兄さんから貰ったメモによると・・・」
餌と無音石の粉を買った時に一緒に渡されたヒュドラキスの処理方法のメモを見る。
それによると、生きたまま湖の水の魔元素の中で1枚1枚手で鱗を抜いて、乾燥させるらしい。
注意しないといけない事は、必ず湖の水の魔元素の中で作業する事と、湖の水の魔元素以外の水の魔元素や普通の水の中で作業しない事。
そうしないと鱗が抜けないそうだ。
「後、ヒュドラキスの肉は食えるらしい」
「本当か!?」
そう言うと同時に、グーとルグの腹が鳴った。
真上に来た太陽からも分かる通り、もうお昼だ。
おにぎりを作って持ってきてあるけど、折角だしこの場で調理してもう一品増やすか。
こんな事もあろうかと調理器具や調味料を鞄に入れておいて良かった。
釣り立てだから刺身・・・・・・
いや、寄生虫とか心配だし火を通した方が良いな。
それならシンプルに塩焼きかムニエルかな?
「まずはヒュドラキスから鱗を採らないと。
そしたら、ヒュドラキスを調理してお昼で良いよな?」
「うん。私はいいよ。ルグ君は?」
「腹は減ってるけど、オレも良いぜ。
ヒュドラキスがどんな味か気になるし!
だから、早く鱗採っちゃおうぜ?」
そう言いつつ早速始めてるルグ。
それに習って俺とユマさんも自分が釣ったヒュドラキスから鱗を取り始める。
鱗は何の抵抗も無く、それどころか気持ち良い位にスルリと抜けていった。
抜いた鱗を見ると、摘める厚さがあるものの普通の魚の鱗と変わらず薄っぺらく、店でみた小瓶の様に膨らんでいない。
本当にこの魚がヒュドラキスか心配になるけど、『教えて!キビ君』で調べると間違いなくこの魚はヒュドラキスだと出る。
それなら大丈夫だろう、と俺は黙々と作業に集中した。
1匹終わった所で乾燥用の『プチライト』を出し、ヒュドラキスの鱗採りはルグとユマさんに任せ、俺はヒュドラキスの調理を始める。
調理法は素材そのままの味を知る為に、塩焼きに。
折角だからキャンプとかでやるあの串に刺した方法でやろうか。
鱗は取ったから、まずは内臓を取り除こう。
取っとかないと生臭く、カリッと焼けなくて美味しくない。
それにヒュドラキスが普段何を食べているか分からないから、安全の為にも内臓は取っておくべきだ。
後は内臓を取った腹を『アイスボール』を溶かした水で良く洗う。
こういう時、元の世界の魚ならアニサキスに寄生されてないか見るんだよな。
寄生されている所は他の身と色が違うんだ。
まぁ、この世界にアニサキスが居るかどうか分からないけど。
次に口から串を入れて頭から背骨を絡める様にと言うか、巻き付けると言うか。
そんな風にジグザグと尻尾に向かって串を打つ。
そのままグサッと真っ直ぐ刺すと魚が串に引っかからず、こう、魚がクルクル勝手に回るせいで美味しく焼けないんだ。
それに、魚が串から抜けやすくもなるし。
焦げやすいヒレには見た目が良くなるように塩塗れになる位たっぷりと。
全体にはパッパと塩を振りかけて。
『ファイヤーボール』で作った焚き火の近くに串を斜めに刺して焼いていく。
普段、フライパンやグリルで焼く時は盛り付ける時表になる方から焼いてくけど、今回はサバイバル感溢れる焚き火。
という事で、今回は昔から言われる方法で焼いていく。
川魚はぬめりや臭みが強い皮から、海魚は皮から焼くと皮が縮んで身が割れるかも知れないから腹から。
そうやって焼くと美味しく焼けると俺は教わった。
その事を教えてくれた伯母さんは、
「地域によってはそこでよく食べられる魚によって、逆に言われてる場合もある」
とも言ってた。
ヒュドラキスは湖にいたし、たぶん川魚で良いんだよな?
だと皮目、つまり背中側から焼いていく。
強火位の遠火で皮がパリッとするまで焼いたら次に両側の面、最後にお腹をこんがりと。
こういう風に魚を焼く時は、
「お腹からポタポタと水が出なくなるまで遠火で皮目からじっくり時間をかけて、短くても30分は焼いていくのがコツだ」
と聞いた事がある。
普段魚を焼くときは、
『魚は殿様に焼かせよ、餅は乞食に焼かせよ』
って言う諺がある位、殿様の様なおっとりした人に焼かせるのが良い程弱火でじっくり、じっくり、焼くものだ。
何度もひっくり返すと身が崩れるし、ホクホクと美味しくなくなる。
でも串に刺して焼く今回みたいな時は皮を香ばしくパリッとさせる為に、最初に強火で全体を焼いてから火を弱くしてもう1度皮目かじっくり焼いても良いかもしれない。
「うん、良い色だ。・・・・・・よし、出来た」
初めて実際に焚き火で魚を焼いたにしては良い出来じゃないかな?
香ばしく美味しそうな焦げ茶色に焼けた魚を『クリエイト』で出した紙皿に乗せ、作業が終わった2人の元に持っていく。
「お待たせ!焼けたぞ」
「よっしゃ!!待ってました!」
既に梅、昆布、菜っ葉の混ぜ込みお握り3種が広げられ、水筒に入れたお茶も準備済み。
そこに焼きたてあっつあつ、ホクッホクのヒュドラキスの塩焼き。
1品増えるだけで少し豪勢になった気がするな。
そのヒュドラキスに背中から思いっきり齧り付く。
脂も少なく、味も薄いけど秋刀魚ぽい味がする。
でも俺が買えるこの世界の魚の中では上位5位に入る位には、噛めば噛むほど旨味が口に広がり美味しい!
「サトウ、おかわり!」
「ん。少し待ってて。
もう少ししたら焼ける・・・・・・から。あれ?」
ルグに答えながら、俺は焚き火がある湖の方を向いた。
「どうしたの、サトウ君?」
「いや・・・・・・
何時の間に霧なんて出てたんだ?」
「本当だ。気づかなかった・・・」
何時の間にか湖が霧に覆われていた。
何も見えない真っ白な濃い霧。
ほんの数十分前まで見晴らしが良かったのに・・・
「あ、もしかして、湖が消え始めた?」
「え!
・・・・・・でも、目では見えないけど、まだ水の魔元素の感触はするぞ?」
ユマさんは水の魔元素が結合する事で霧になり、湖が消えだしたのだと思ったんだろう。
でもその意見は、躊躇い無く湖に手を入れたルグによって否定された。
ルグに倣って俺も湖に手を入れると、確かに感じるあの熱い様な冷たい様な水の魔元素の触感。
そこまで深く手を入れなくても水の魔元素を感じる事から、この穴の中にまだかなりの水の魔元素が溜まっている事が分かる。
見えない以上もしかしたら少しずつ減ってるのかもしれないけど。
「ルグ君?どうしたの!?顔色悪いよ!!」
「・・・・・・・・・・・・ユマ、サトウ」
ユマさんの声で湖からルグの方を見る。
ルグはさっきまで元気に飯を食っていたのが嘘の様に、耳を塞いで真っ青な顔で蹲っていた。
「大丈夫か、ルグ?」
「・・・あの霧。
・・・・・・あの霧の、奥、から・・・
何か、聞こえる・・・・・・」
「え?」
ルグの途切れ途切れ掠れた言葉に俺とユマさんは耳を澄ました。
微かに湖の方から歯医者に行った時に響く、あのキュイーンキュイーンと言う機械音に近い音が聞こえる。
聞いていて不愉快な気分になる音だ。
「・・・・・・この音・・・・・・・・・嫌だ」
「ユマさん、ルグ連れて先に馬車の方に行ってて貰える?
あそこなら此処から遠いし、音も聞こえないだろうから」
「サトウ君は?」
「俺は此処を片付けてから行くよ」
「うん、分かった。ルグ君、歩ける?」
話す事すらきついんだろう。
ルグは無言で頷くとフラフラと立ち上がり、ユマさんに支えられながら歩いていった。
「さて、俺も此処をさっさと片付けて追いかけないとな」
結局何も掛らなかったセルビンも回収して焚き火を消して、広げた昼飯を片付ける。
乾燥させたお陰か、ヒュドラキスの鱗は薄っぺら鱗から店で見たあの小瓶の様な形に変わっていた。
それを急いで集め鞄に仕舞う。
さっきからあの機械音がドンドン大きくなっている。
それに霧の奥から何か魚の頭の様な影が近づいてきているんだよな。
この機械音はあの魚頭の鳴き声なんだろう。
鳴き声の大きさから考えて大分遠くにいるはずなのに、あの影の大きさだ。
影の主は相当大きいんだろうな。
「・・・・・・・・・よし、忘れ物はないな!!
『フライ』!!」
自分の声すら良く聞こえない位大きくなった鳴き声。
魚頭の影は1つだけど響く鳴き声1匹の物じゃない。
何十匹もが一斉に鳴いている様に聞こえる。
そんな数の巨大生物に襲われたら俺は終わりだ。
その前に昼飯用に広げたレンジャーシートに『フライ』を掛け急いで湖から離れる。
少し離れて後ろを振り返るとさっきまで俺達がいた場所に、背中に亀の甲羅を背負ったイルカの群れが湖から這い上がって来る所だった。
「あ・・・・・・ヤバイ・・・」
その奇妙なイルカの1匹と目が合った。
前を向いてレンジャーシートを操作す事に集中する。
大きさは普通のイルカと同じ位だし、見た目も甲羅を背負っている以外は普通のイルカと変わらない。
けどあのイルカと目が合った瞬間、脳内に警戒音が鳴り響いた。
アレに追いつかれたら一巻の終わりだ!
と。
けど、俺の思いと裏腹に、イルカは追いかけてこなかった。
陸に上がれてもイルカだからか、湖からそんなに離れられないのかも知れない。
「あ、サトウ君!!」
「ここに居たのか!
乗って。馬車乗り場まで飛んでくから」
此処からアーサーベルまで飛ぶのは流石に無理だからと、途中でルグとユマさんを拾い、馬車乗り場まで飛ぶ。
そこまで戻ればルグも音が聞こえず、体調が戻ったみたいだ。
その証拠に、残った昼飯をモリモリ食っている。
その後俺達は湖に戻る事なく馬車に乗りアーサーベルに戻った。
戻ってから屋敷の本やギルドのボスに尋ねても結局あの生き物の正体は解らないまま。
だけど、当初の目的の鱗は十分集まった。
それで良しとしよう。




