266,黒い試練 6回戦目
挨拶もマナーも、覚悟を決める時間すら全部無視して唐突に始まった試練を受けるに相応しいかどうかの面接。
希望的観測で今の所コラル・リーフが望んでいた本物の『緑の勇者』に近い事を言ってると思い込んでるだけで本当に現在進行形で『正解』を導き出せてるのかとか、初めてニャニャさんに会った時シュガーさんが居なかったから同名の俺が暫定『緑の勇者』候補になっただけで、そもそも俺に『緑の勇者』候補になる資格が本当にあるかどうか分からないとか、だから本当にシュガーさんじゃなくて俺で良いのかとか。
色々不安や恐怖に支配された考えが溢れてくるけど、ここまで面接が進んでしまった以上今更やめる事は出来ない。
そんな不安だからなんて言う俺の我儘でここまで頑張って来た全部、全部水の泡にする訳にはいかないんだ!!
だから気づいて溢れた不安と相まってもう堂々と何か言う事は出来そうにないけど、それでも少しでも自信もってシャキッとしてる様に見える様に男性の目から視線を反らす事だけは絶対にしない。
その思いで自分を奮い立たせ男性の質問に変わらず噓偽りなく本心で答えていく。
「理由は?理由もなくそう思ってるのかな?」
「理由はちゃんとあります。
ただその理由をちゃんとした形に、言葉に出来ない・・・」
「それでも構わないよ。その理由を聞かせて?」
「・・・・・・・・・人は、生き物は、死んだらそれまでだから・・・
死んだってその罪が、正しく罰せられる、保証はどこにもない」
本当にこの世界にあの世があって閻魔様が居るかどうか分からない。
仮に居たとしても人間が思い描く様な裁判をしてくれて、人間が望む様な刑罰を与えてくれるかどうか分からないんだ。
そもそも俺達が知ってる、想像しうる神様も閻魔様も全部誰かにとって都合が良い唯の偶像でしかないんだぞ?
本物の『神様』や『閻魔様』が本当に居たとして想像通りの存在な訳無いじゃないか。
何千、何万人とただ平穏に暮らしてる命を自分の快楽の為だけに殺し続けた人が居たとして、その人を気にいってるからって理由で無罪放免にするかもしれないし、寧ろその人を自身の良心と正義感に従って非難する人の方を極悪人としてその身に余る罰を受けさせるかもしれない。
何より人間を他の生き物の上位にしたいのは人間のエゴでしか無くて、そもそも神様からしたら人間なんて他の生命体に比べたら下から数えた方が早い存在かもしれないんだ。
そう思ってしまう位、どんな世界だろうとこの世は不公平で、理不尽で、残酷で。
そう言うモノで溢れていて、ならそんな世界を作ったって言われる神様が最上級で究極のエゴイストなのは当然な事なんだと思う。
逆にそう言う存在も場所も存在しないとしたら、死んだらそれまでって事になる。
何の苦痛もなくその心は消えてなくなって、残るのはただのモノ言わない死体だけ。
その死体を痛めつけた所で、その尊厳を徹底的に破壊する様な悪名を後世まで刻み続けた所で、本当にそれが罰になるのか?
本当に被害者達の心が少しでも救われるのか?
多分、罰にならないし、救いにもならない、と思う。
ほんの少しの関係すらない画面の向こうの赤の他人の一時的な正義感や自尊心、暇を満たす娯楽と言う名の甘い甘い蜜にしかならなくて、寧ろ加害者の家族とかの『他人』が新たな被害者になるだけだ。
もし仮に四郎さん達の様な幽霊として残ったとしてもそれは変わらないと思う。
幽霊としてその魂がこの世に残っても四郎さん達の様子からして生前と全く同じ精神状態で居る事は不可能だ。
今の四郎さん達の状態が奇跡的なだけで、普通はこうはいかない。
壊れ、変質し、生前の自分が誰だったかも、今の自分がナニかも分からない罪人に罰を与えた所で意味はない、と思う。
だから『死』は罰にならない。
何よりグリシナさんが証明してくれた。
ただ『生きる事』が一層殺してくれと思う程の重い重い罰になる事があるって。
その重い罪とその罪を意識する心が重く圧し掛かって、ただ息をするだけで辛いと思う。
胸が痛くて、苦しくて、掻き毟って、喘いで。
どんなに楽になろうと足掻いてもちっとも楽になってくれない。
知らない事は耐える事が出来ると言わんばかりに、少しでも誰かに救われたと思ったら、それは直ぐに別の誰かに奪われ、壊され、踏みにじられ、新たな苦痛として上乗せられる。
新たな苦痛の下準備として教え込まされるだけで本当の意味で楽になれない、救われない。
そんな寝ても覚めても地獄の様な生き方が、何十年と続く苦行だらけの人生が、ある。
そう、俺はこの世界に来て知ったんだ。
「故郷にある宗教の教えを信じてる訳じゃ無いですけど・・・・・・
そう言うの関係なく元々漠然とそう言う考えが俺の中に有ったのかもしれませんね。
俺は此処に来て、生きる事が罰だと思ったんです。
・・・思ってしまったんです」
「だから彼等にも『生ある罰を』って思った訳か。
大切な人だと言う割に容赦がないね」
「大切だからこそ、ですね。
大切だからこそ、自分を許せなくてもその罪をちゃんと償って改めて新しく前に進んで欲しいんです。
大切だから、そいう事含めて、側に居たい。
最後まで、進めると、直ぐ側で信じていたいんです」
支えるとか、守るとか、引っ張るとか、応援してるとか。
そう言うんじゃ無くて、そう言うのは俺のこの細くて小さな体じゃ無理で。
でもナトの事大切に思ってるのも本当で。
だからこそ微弱でも出来る事はしたいと思うんだ。
直ぐにそう言う事が出来る様にちゃんと最後まで側に居たいと思う。
お互いの人生の最後までじゃなくても、せめて自分の人生の最後までナトの事を支えて、守って、引っ張って、応援したいと思ってくれて、ナトもその相手に同じ思いを抱ける。
安心して背中預けられるって思える位側に居たいと思うそんな人と出会えるまでは、何時か現れるそんな人の代わりに今は俺がその役割を担いたいと思ってる。
ちゃんと出来てるかどうかは別として極々自然にそう思える位には、ナトの事を家族として大切に思ってるんだ。
「俺のこの考えが絶対正しいとは、誰もが称賛する素晴らしい考えだとは言いません。
言えません。
世間的には、多数の人からしたら間違ってるかもしれない。
鼻で笑う一動作すらもったいないと思う位馬鹿にされ、完膚なきまでに否定されるべき考えかもしれない。
だから俺のこの考えを押し付ける気もありません。
この考えが正しいと、素晴らしいと、押し付ける気はない。
あくまで、俺一個人の考えでしかない。
けど、だけど、これが俺のエゴで我儘だと分かっている!
分かり切ってるけど、それでも俺はッ!!」
「「それを押し通して、押し付けてでも叶えたい願いがあるから今ココに居る!!!」」
「ッ!!」
必死過ぎて上がっていく俺の声と悪戯っぽく確信めいた落ち着いた男性の声が途中で重なる。
その男性の言葉に息と共に勢いで言ったその言葉の続きが詰まった。
詰まった勢いで続きの言葉が霧散して幾ら経っても何も言う事が出来ない。
俺は、俺は何を言うべきだったんだ?
何を言いたかった?
「・・・で、合ってるかな?」
「・・・・・・・・・はい」
数秒の沈黙の後愉快そうに響いた男性の言葉に言うべき言葉を忘れた俺はただ頷く事しか出来なかった。
それでも言いたい事の大半は言えた気がする。
上手く言葉に出来ずつっかえつっかえグチャグチャになりながらもどうにか今の素直な本心を伝えた。
だからだろう。
喉の奥で遂に抑えきれなくなった笑いを漏らしながら男性が満足そうに笑顔で頷いた。
「ククク・・・・・・アハハハッ!!!
まさかここまで一語一句予言の通りに言ってくれるとは思わなかったよ!
ここまで来て否定するから期待していたけど、予想以上だ!!!」
「それって・・・・・・」
「おめでとう!!合格だ!!!
名前だけじゃなく、確かに君はコラル様が待っていた『緑の勇者』の意思を持っている!!!」
ドラク族の人達もそれだけ真剣に『緑の勇者』を待っていたのか、それとも少し前に来たナト達が期待外れ過ぎた反動か。
今まで1番近いと顔を赤らめるほど歓喜に満ちた男性の大声が痛い程静かに俺達の様子を見守っていた村中に響く。
その声を聞いて数秒。
テレビで見た大人気アーティストのライブの様に村中が沸き上がった。
ニャニャさんと部外者の俺達を抜かしたその盛り上がりようは異常で、この場に居る信心深いドラク族の人達の数はそこまで多く無い筈なのにもう耳と心臓が痛い。
まるで直ぐ近くで吹奏楽部の演奏を聞いた時の様だ。
「改めて自己紹介しよう。
私は現在この一族を率いているチャドだ。
ドラク族の長として君達を正式に『緑の勇者』候補とその仲間として歓迎しよう」
無事合格を貰えた俺か、翻訳する事も忘れ静かに成り行きを見守っていたルグ達か。
暫くたってドラク族の人達の盛り上がりと一緒にゆっくり落ち着いて来たチャドさんのその優しく微笑みながら言われた言葉に誰かが息を飲んでゆっくり吐いた。
その後、背後から感じたのは隠しようの無い困惑。
「ちょっ!何時から値踏みされてたんだよ!?」
「うーん・・・・・・多分、此処に来た時から?」
「いや、ニャニャさんのお母さんに会った時からだと思うよ」
「えぇ、そうよ。
若様に会わせるかどうか少しだけ観察させて貰ったわ」
何時から面接が始まっていたのかと慌てて聞いてくるルグに此処に来た時からだと言うシュガーさん。
そのシュガーさんの言葉を否定して俺はチラリとニャニャさんのお母さんの方を見てそう答えた。
冷静に思い返して気づいた通り、ニャニャさんが俺達を『緑の勇者』候補として紹介した時点で面接が始まっていたらしい。
きっとその第1面接で不合格だったらニャニャさんが何と言おうと俺達は今頃海の藻屑になっていただろう。
その事をルグ達も察した様で、口元が明らかに引きつっている。
「さて。
長の座を継いだと言え、私はまだまだ未熟者なんだ。
だからこの手の事の大半はまだ父が担当しててね?
試練の事とか詳しい事は父が居る所じゃないと話せないんだ」
そう言って何故か何もしてないし何も言ってないジェイクさんの方を一瞥してから苦笑いを浮かべるチャドさん。
その視線の動きに一瞬の疑問が浮かぶけど、その次のチャドさんの言葉でその疑問は簡単に霧散してしまった。
まだ試練関係はチャドさんのお父さんが担当って、まさか第3面接が始まるとか言わないよな?
流石に今の行き成り行われた面接で緊張だらけの俺の心臓は爆発寸前なんだけど!?
これ以上こんな面接されたら本当に俺の心臓爆発するからな!!
あぁ、その前にお腹の方がダメになりそうだ。
痛いし吐きそう・・・
「大丈夫、キビ君?顔色悪いよ?
吐きそうなら向う行く?」
「だ、大丈夫・・・
今更だけど、少し緊張してきただけだから・・・」
「相変わらず締まらねぇ奴だな」
「すみません・・・・・・」
そう優しく声を掛けてくれるマシロと、飽きれた様に煙を吐くクエイさん。
その2人の言葉に情けなさと罪悪感。
別方向から来るチクチクとした痛みが胸を突き刺す。
「最後までさっきみたいに堂々としてたらカッコ良かったのにね」
「いいんじゃないかな、その方がサトウ君らしくて」
「そうそう。
それにこういう感じの方が下手にモテる心配も無くて安心出来るでしょ?」
「あぁ、確かに」
どーせ、俺は元々モテませんよー。
クスクス、ニヤニヤとそう話すピコンさんとジェイクさん、シュガーさんの言葉に俺の心は更に傷つきました。
本当踏んだり蹴ったりじゃん。
特にシュガーさんに『確かに』って力ずよく頷かれたのは結構効いた。
まだピコンさんとジェイクさんの言葉だけだったら冗談として受け止めれたけど、シュガーさんのアレは本気で言ってるって分かって辛い。
苦手意識のある『タスクニ所長』のそっくりさんだからってその言葉は流石にあんまりだ!
八つ当たりが過ぎる!!
実年齢不明の『タスクニ所長』と違って俺は健全な男子高校生なんだからな!
人並みに異性にモテたい願望はあるんだからそう分かり切った現実を突きつけないでくれ!!
そう嘆きたかったけどその前にチャドさんが話を進めて俺は嘆く事すら出来なかった。
「と言う事でまずは私達の家に行こう。こっちだ」
「あ、はい。お願いします。
あ、ニャニャさん!
此処までありがとうございました!!」
「え、あ、おう!!
何か困った事があったまた言えよ。
試練の手伝いは流石に出来ないけど、それ以外の大抵の事ならどうにかしてやれるから」
「はい!本当にありがとうございます」
「頑張れよー」
そうニャニャさんと別れてチャドさんの後を付いて行く。
チャドさんに案内されたのは村の1番奥。
一目で村長の家だと分かる村で1番大きく豪華な家だった。




