259,ホムンクルス 中編
「・・・・・・・・・これが貴方達の知りたい事の全てです。
これ以上は何もない。
だから・・・
何時までもそんな盗み聞く様な事せず、中に入ってきたらどうです?」
「え?」
小さく震え続ける体からふと息と共に力を抜いて、ゆっくりゆっくり無理矢理作り上げた笑みを浮かべた顔を上げて。
俺を通り過ぎその真後ろにある扉を見てそう言うグリシナさん。
そのグリシナさんの言葉が締め切られた扉の向こうに居る人達に放たれて数秒。
その相手が入って来た。
「態とじゃ無いんだけどなぁ。
中々タイミングを掴めなくてね。
気づいてたならもう少し早く声を掛けて欲しかったな」
「それはすみません」
色々忙しくてほんの少しの時間も惜しい位マリブサーフ列島国中を飛び回ってるって言ってたけど、今回は意外と近場に居たのかな?
グリシナさんが起きそうになってルグが戻って来るよう連絡してからそんなに経ってないはずだけど、結構長い間扉の前に居た様だ。
そう苦笑いを浮かべながら開いた通信鏡を持ったまま入って来たのは、予想通りグリシナさん達が目を覚ますまで席を外していたバトラーさん達だった。
それだけ相性が良かったのか、最初はあんなに警戒しあっていたのにあの後それぞれの用事を終わらせたバトラーさん達4人は、また集まって一緒に行動しているらしい。
その内移動する予定みたいだけど、今はリーダーのバトラーさんの故郷であるマリブサーフ列島国を中心に仕事をしているそうだ。
そして今回の表向きの仕事は今話題の黒い魔物事件の調査。
その裏にある本当の目的は今回深く関れないから詳しく教えて貰ってないけど、その態度的にまた国を跨いだ厄介で面倒臭い事を頼まれたのは間違いないと思う。
それで、前回この方法で結構上手くいったからなのかな?
またバトラーさん達は巨大クロッグの事件の時の様に、黒い魔物事件に深く関る事を決めた冒険者達のまとめ役をやってるらしい。
だから提出した俺達の依頼書を見たギルドの職員さんは真っ先にバトラーさん達に連絡した訳だ。
そのお陰で思わぬ再会をしてしまった訳だけど、ちょっとルグが気まずそうだった。
やっぱり思春期男子としては家族に落ち込んで弱ってる姿を見せたく無かったのかな?
それともコロナさんの様に正体を見破られたくなかった?
「それで?君はどこまで気づいてるのかな?」
「貴方方がギルドからの通報を受け派遣された、『黒い魔物』と呼ばれる様になってしまった僕達の仲間の調査をしてる人達だって事位しか」
「へぇ・・・起きてたのか」
「いいえ、気絶してましたよ。
ただ、混ざった動植物の影響でレム睡眠中の周りの様子を夢を通して知る事が出来るんです。
脳さえ働いてたら起きていても寝ていても周りの様子が分かる。
この体になる前からずっと、ね」
そう言う固有スキルがあると思ってくれればいい。
そう言って微笑むグリシナさんにバトラーさんの顔が困った様に歪む。
それを見てミモザさんが爆笑して呼吸困難に陥ったのは放置の方向でいいんだろうか?
ルグが、
『放って置け、放って置け』
って何度もサインを出してるから多分良いんだろう。
「ハハッ!!
お前、顔はそこの人間に似てるけど面白いな!
どうだ?行く所が無いなら、私達の国に来るか?
勿論、そっちの子も一緒に」
「ミモザちゃん!!
また勝手に女の子引き抜こうとしないで!!」
「そもそも、まだ彼女達の処遇も決まってませんよ」
「別に良いだろう?
もう答えは分かり切ってるんだ。
彼女達も態と暴れてた訳じゃ無い。無罪だ、無罪」
実年齢と元々の性別は兎も角、今の見た目が幼い魔族の女の子だからだろう。
比較的優しくグリシナさん達を誘うミモザさん。
そんな何度もそんな事をしているらしいミモザさんをバトラーさんとマキリさんが慣れてしまった感じでそう注意する。
ちょっとしたじゃれ合いの様な日常会話って思ってしまう位、本当に慣れてしまったんだろうな。
それを聞いてもどこ吹く風な態度でニコニコグリシナさんを見るミモザさんに、ルグとロアさんは呆れた様なため息交じりに顔を見合わせ首を横に振った。
「・・・貴女の、国?」
「お、興味出てきたか?
私達の国はグリーンス国って言うだ。
アンジュ大陸にある、魔族の国の1つだ。
アラクネもアルラウネも昔から住んでるから、今のお前達でも住み易い筈だぞ?」
「グリーンス国・・・・・・
そう、グリーンス国の方なんですね」
「グリシナさん?」
ルグ達の故郷の事を聞いたグリシナさんは揺れる目を一瞬見開き、直ぐに閉じた。
そのまま何か覚悟を決める様に目を閉じたまま深い呼吸を繰り返して、数十秒。
グリシナさんは開いた目を真っ直ぐミモザさんに向け綺麗な程優しい笑みも浮かべた。
「ありがとうございます。
そう言って貰えてとても嬉しかった」
「なら、私達の国に移住で決定だな」
「えぇ、是非。
シュガーは連れて行ってあげて下さい。
彼女はずっとグリーンス国に行きたがってましたから。
それが理由で僕達と一緒に飛び出す位、彼女は貴女達の国に憧れを抱いている。
それはこんな事になっても変わらないはずですよ」
「シュガーは、って・・・
グリシナさんは行かないんですか?」
「行かない。行けない」
あぁ、外側から見た1面だけを元に作られた存在でもグリシナさんも『佐藤 四郎』なんだな。
行かないとキッパリ断るグリシナさんの目には硬い硬い、梃でも動かないだろう頑固な覚悟の色が宿っていた。
「皆が理性を失ってこの国で暴れたのは僕のせいだ。
僕がキール氷河から出ようと誘ったから皆は望まず誰かを傷つけ死んでいった。
僕はその罪を償わなければいけないんだ」
そう言ってグリシナさんは体ごとバトラーさんに向き直って両手を差し出した。
まるでその態度は逮捕してくれと自首してる様な。
いや、様なじゃない。
グリシナさんは自首してるんだ。
「今回の事件の全責任は僕にある。
だから、今回の事件の罪は全部僕のモノだ」
「・・・だから、彼女だけは見逃せって?」
「違う。シュガーは最初から罪なんか犯してない。
この国に来る前から潔白の身だ。
彼女が受ける罰は存在しないし、彼女を犯罪者として縛る事は出来ない」
身動き1つしないままそう言い合って睨み合うバトラーさんとグリシナさん。
その2人の間から漂った緊迫感が部屋全体を包んだ。
その雰囲気に圧され、俺達は言葉1つ放つ事も出来ない。
「自分達の体の事、分かってるのかな?
今安定してるからって何時また理性の無い『怪物』になるか分からないのに、他の国に押し付けろって君は言うのかい?」
「そうならないって分かってるから、貴方達は武器も構えず僕達の前に居るんでしょう?
貴方達の態度は何時理性を失うか分からない『怪物』に対する態度じゃない」
こう見えて年だけは貴方の5倍以上は確実に食っているんですよ?
とグリシナさんは何時かの父さんに似た人が好さそうで優しそうな、でも何処か口元と目元に人の悪さがあるニッコリ笑顔を浮かべた。
そんなグリシナさんを見てルグとマシロが俺や父さんに似てるとヒソヒソ話し合ってる。
父さんは兎も角、俺、こんな悪い表情した事あるのか?
自覚してる限り無いと思うんだけど?
「何があったか分かり・・・いいえ。
あの時最後に見た光景から考えて、彼女の魔法が理由でしょ?
彼女が僕達を崩壊の危機から救ってくれた。
姿が変わってしまいましたけど、今は楽なんです。
だからきっと、僕達が崩れる事はもう無い」
「・・・・・ごめん、意地悪な鎌掛けだったね。
君の言う通り、君達は魔族として安定した姿を手に入れてるよ。
この国に居ても今直ぐ崩れ消えて死ぬ事も無い。
マシロちゃんの方が重症な位、今の君達は健康的な極々普通の魔族だ。
腕の良いお医者様のお墨付きだからね。
そこは安心して良いよ」
「そうですか・・・・・・」
「安心出来た?それとも・・・・・・残念だった?」
「ッ!!!」
笑ってるのに目が笑ってないバトラーさんの言葉を受けてグリシナさんの笑顔が泣きそうに崩れる。
サイバーズ・ギルド。
家族同然の仲間達が1人1人『化け物』になって死にゆく中、運良く奇跡的な力でたった2人だけでも生き残れた。
それは本来喜ぶべき事なんだろうけど、その事実が罪悪感としてグリシナさんを蝕んでるんだ。
それは自ら罰せられる事を望む位に。
遠回しに死を望む位に、グリシナさんの心を蝕んでる。
きっと一緒に生き残ったシュガーさんが居なければグリシナさんはもっと酷い事になっていただろう。
その事にバトラーさん達も気づいていた。
だからこそここまで静かに怒ってるし、遠回しな程さり気無くグリシナさんの自殺を止めようとしてるんだ。
そんなバトラーさんの視線がミモザさんからグリシナさんに移る時、一瞬だけだけど俺に向いた気がした。
「ミモザちゃん。賭けは君の勝ちみたいだね」
「だから言っただろう?答えは分かり切ってるって」
「そうだね。・・・・・・・・・グリシナちゃん」
「・・・・・・・・・はい」
「生きろ。それがこの国から君に科す罰だ」
「それは・・・・・・
とても重くて、辛い、罰ですね」
「罰だからね」
生きる事が。
『生かされる』んじゃなく、『生き続ける』事自体が罰。
罪を犯した当人にとって不利益や不快な事を罰と言うなら、確かにそれは今のグリシナさんにとって1番キツイ罰だろう。
この罰が終わるのが。
グリシナさんが心の底から『生きてて良かった』って思える様になるのは何時になるんだろうか。
それは分からないけど、出会って1日も経っていない赤の他人の俺達に出来るのはきっと、そう思える日が1日でも早く訪れる様に祈る事だけだ。




