258,ホムンクルス 前編
依頼書に記録されてる事を考えての嘘交じりのマシロに関するルグの説明。
その中で現状確かに『本当』の事だと分かるのは、マシロが『生命創造』の基礎魔法を使うと命に関わるって事と、真実含めたそれ関連の事でルグにもトラウマがあり、ずっと後悔しているって事だろう。
取り敢えず俺が分かるのは2人は今日これ以上動けないって事だけだ。
だからまだあの小島でやるべき事や助けられる命が有ったかもしれないけど、全部無視して早急に宿屋に帰る事にした。
「ぅ・・・ん・・・・・・」
「あ。気づきました?」
気絶したまま一向に目を覚まさないマシロと、そのまま放置出来なかった魔族に変わった2人を俺達が借りてる部屋のベッドに寝かせて数時間。
日も大分沈みかけてきた頃、無理を言って戻って来て貰ったクエイさんの処置のお陰で蜘蛛の巣の人が漸く目を覚ました。
女性の方はまだ目を覚まさないけど、1人でも目が覚めて良かったよ。
・・・・・・本人達にとってそれが本当に良かったかどうか分からないけど。
「気分は?何処か痛い所や苦しい所はあります?」
「・・・・・・・・・タスクニ所長?
何でそんなに優しいんですか?
と言うか、何で敬語?」
「あー。その、俺はその所長って人じゃないですよ」
「・・・・・・・・・え?・・・えッ!?」
女性だけじゃなく意識のシッカリしだした蜘蛛の巣の人までも勘違いしたんだ。
よっぽど俺はその『タスクニ所長』って人に似ているらしい。
横になったまま顔だけ俺の方に向けた蜘蛛の巣の人が気持ち悪い物を見た様な顰め顔でそう言ってくる。
そんな初めて会った数時間前とは違い、シッカリ会話が出来る蜘蛛の巣の人に勘違いだとハッキリ伝えれば、蜘蛛の巣の人が勢いよく飛び起きた。
「な、な、なッ!!!?」
「何だコレ、って事ですか。
気持ちは分かりますが、落ち着いてください。
まだ寝てる彼女に悪影響を与えてしまいますし、落ち着いて貰えませんと此方も順を追ってちゃんと説明できませんので」
当然と言えば当然だけど、飛び起きた瞬間体に違和感を感じたんだろう。
飛び起きた体制のまま数秒固まって、ソロリソロリ恐る恐る自分の体を見回して。
顔を青くしたり赤くしたりしながら蜘蛛の巣の人は声にならない悲鳴を上げた。
特に赤くなる率が高い。
そりゃあ、下半身丸出しだからな。
上はどうにか『クリエイト』で作り出したジャージを着せれたけど、蜘蛛そのものの下半身は無理だったんだ。
そんな掛布団で体を必死に隠そうとする蜘蛛の巣の人が落ち着ける様に冷たい麦茶が入ったコップを渡しながら出来るだけ落ち着いた声音で声を掛ける。
掛け布団の隙間からちゃんとした手つきでコップを受け取ってくれたけど、それだけじゃ落ち着く事は出来なかったんだろう。
蜘蛛の巣の人は暫くの間目を見開いたまコクコク頷く事しか出来なかった。
「・・・・・・はぁああああああ」
「多少は落ち着けました?」
「えぇ、まぁ、はい。
・・・えーと。それで・・・・・・」
「俺は佐藤って言います。一応、冒険者です」
「佐藤、さん?貴方は・・・・・・
いえ、その前に自己紹介ですね」
ゆっくり、ゆっくり、お茶を飲んで漸く落ち着いた蜘蛛の巣の人に自己紹介する。
そんな俺の何時も通りの自己紹介を聞いて驚いたらしい蜘蛛の巣の人は、小さく目を見開いて同じ部屋に居る残り3人。
ほんの少し前に起きたばかりで蜘蛛の巣の人の向かいのベッドの上で上半身を起こして休んでる、フラッシュバックしたトラウマごと『生命創造』を使った事をすっかり忘れてしまったマシロと、
大分落ち着いてきたとは言えまだ少し昼間の事を引きずって、そんなマシロを守る様に側に居て警戒心を露わにするルグ。
そして未だに目を覚まさない隣のベッドの聖女キビに似た女性。
その3人の顔をそれぞれ順番に見回した。
その後何か察した様に1度目を瞑って俺を見た蜘蛛の巣の人の口から出た予想通りの単語。
それに俺は少しの恐怖と、計り知れない切なさを感じていた。
「此処に運んでくれた時見たと思いますが・・・」
「・・・やはり、その番号が名前なんですか?」
「はい。
此処に刻まれてる通り、僕の本名はSS 853 - 22。
『佐藤 四郎』モデル853世代目22号です。
研究所ではグリシナと呼ばれていました。
彼女はKS 1097 - 03。愛称はシュガー。
出来れば僕達の事は本名じゃ無くて愛称で呼んでもらえると助かります」
本名で呼ばれるのは嫌いなんですよ。
と、俺達に見せる様に捻っていた左腕に刻まれた名前をなぞりながら暗い微笑みで返すグリシナさん。
小島から帰ろうとグリシナさん達を運ぼうとしていた時から。
初めてその体に刻まれた数字を見た時から予想してたけど、実際にそれが名前だと言われると息と鼓動が上がる。
荒くなりだした息が苦しくて、それに合わせる様に目の前がグルグルして。
音さえ消えてしまいそうな程だけどどうにか耐え、そんなグリシナさんにどうにか小さく頷き返し覚悟を決め質問を続ける。
「その・・・研究所って・・・・・・」
「キール氷河にあるタスクニフジって言う研究所です。
僕達はその一員です。いえ、一員でした」
その『タスクニフジ研究所』の言葉に、覚悟していても更に息と鼓動が上がった気がした。
それを深呼吸で無理矢理抑え込む。
「その様子では、貴方達は既に知ってるんですよね?
ですが、改めて。
僕は・・・僕達は『ホムンクルス』と呼ばれる、ある人物に作られた改造人間です。
その、失敗作」
その体に刻まれた名前が物語ってる。
きっとあの『帰らずの洞窟』の奥に在った研究所に居た頃から既にその道に進んでしまっていたんだろう。
そしてあの時四郎さんが聞いた声の主と言うのも・・・
あの後グリシナさん達を撮影して分かった事。
既存の魔族に変わっても変わらなかったその情報によると、
『彼等は遥か昔にDr.ネイビーに作られた、失った兄弟の代わりの存在。
簡単に死なない丈夫な存在になる様に、この世界の動植物と混ぜ合わせた兄弟達の改造クローン』
だと言う事が分かった。
グリシナさんも詳しい事を知らないらしいけど、結局兄弟を助けられなかったDr.ネイビーは完全に壊れてしまったのか。
完全に亡くなってしまった兄弟達の遺体からクローンを作り出し、そのクローンを改造して兄弟を『生き返らせる』。
医療行為で助けるんじゃなく、そんな禁忌と言える様なオカルトじみた方法に舵を切ってしまったんだ。
「亡くなった兄弟達だけではなく、彼は故郷の世界に置いて来た家族までも作り出そうとした。
・・・この世界で取り戻そうとした」
「その結果生まれたのが、グリシナさん達ですか」
「はい。そう、タスクニ所長から聞いています」
そんな事出来る訳ない。
そんな方法で『兄弟』を作ってもそれは望んだ兄弟とは別の生き物だ。
別の生き物にしかならない。
と何時かのユマさんそっくりな、諦めにも似た呆れ顔で呟くマシロの方を見てグリシナさんが苦笑いを浮かべる。
あそこまで嫌悪していた『ローレルの鐘』と同じ様な事をしているんだ。
きっと、そんな当たり前の事も分からない位、Dr.ネイビーは狂い切ってしまったんだろうな。
「兄弟と全く同じ姿、同じ性格、同じ思考回路。
そして『兄弟』の記憶を受け継いだホムンクルスをあの人は求めていた。
それ以外要らなかった。
だから、その条件に合わない失敗作の僕達は外に捨てられ、集まったんです。
それが元々僕達が居たタスクニフジ研究所です」
そのグリシナさんの言葉にルグが隠し持った通信鏡の1つからガタッと音がした。
きっとタスクニフジ研究所ファンのクエイさんがこの事実を受け入れられず叫んだんだろう。
まぁ、そんな通信鏡の先の事は置いといて。
どうにかルグと一緒に誤魔化し話を促す。
「物心つく前に失敗作だと分かって捨てられた僕達はこれ以上の事は分からないんですけど・・・・・・」
そう前置きしたグリシナさんの話によると、『タスクニ所長』は初期に作り出された『佐藤 四郎』のホムンクルスの生き残りらしい。
『タスクニ所長』も花なり病に侵されているのか、それとも改造の影響で元々そう言う配色で生まれて来たのか。
一体何が遭ったのかグリシナさんは一切知らないらしいけど、年齢の事含め見た目は花なり病の影響を受けた今の『俺』と全く同じ姿をしているそうだ。
だからグリシナさんもシュガーさんも俺を『タスクニ所長』だと勘違いしたのか。
そんな『タスクニ所長』を中心に作られた運よく生き残れた『失敗作』のホムンクルスの集まりがタスクニフジ研究所。
だからタスクニフジ研究所にはグリシナさん以外にも沢山俺達の『そっくりさん』が居るらしい。
「・・・・・・・・・タスクニ所長はずっと、僕達に死にたくないなら研究所から離れるな、キール氷河から出るなって言ってきていました」
もう2度と『兄弟』が死ぬ姿を見たくなかったんだろう。
『闇の実』の影響か、普通の人間より丈夫なだけじゃなくキール氷河に居る限りホムンクルス達は成長しないし寿命も存在しないらしい。
誰かに殺されるまで何十年、何百年と生き続ける。
実際グリシナさんはこう見えて今年で150歳近くになるし、シュガーさんも見た目と実年齢が一致してないらしい。
「同じ場所に閉じ込められ何十年、何百年、殆ど変わり映えのしない毎日繰り返して生きる。
外の世界には面白いモノも不思議なモノも沢山あるのに、僕達はそれを知る事すら許されず、飽きるまで同じ日々を繰り返させられる。
・・・・・・それに耐えれず心を擦り減らし過ぎて、自らその人生を終わらせた仲間達も何人も居た。
それの姿を見続けるのも、同じ様に終わるのも、嫌で、納得出来なくて・・・」
「家出したんですね?」
「・・・はい。
・・・・・・タスクニ所長は、分かってたんですね。
僕達ホムンクルスがキール氷河の外に出たらどうなるか」
キール氷河の中なら『何百年と生きられる』んじゃ無い。
『タスクニ所長』に隠されてきたけど本当は、ホムンクルスは、
『キール氷河の中でしか生きられない』
んだ。
きっとグリシナさん達の前にもキール氷河を出て行こうとした人達が居たんだろう。
その人達は皆、『化け物』に変わりながら最後は黒い液体になって死んでいった。
グリシナさん達と一緒に家出した他のホムンクルス達の様に。
頑なに外に出さない様にしていた『タスクニ所長』とその賛同者達の目を盗んで長い長い時間を掛けて船を作って、外に憧れるメンバーで集まってキール氷河を飛び出して。
最初の内は良かった。
けどキール氷河を離れていく内に1人、1人、と少しづつ体が『化け物』に変わっていって、マリブサーフ列島国にどうにか着いた頃には理性が残ってるメンバーの方が少なかったらしい。
理性を失ったホムンクルス達が我武者羅に暴れていた。
それが未知の黒い魔物事件の真相。
そしてもう2度とその事件は起きないだろう。
何せ、もう、グリシナさんとシュガーさん以外家出したメンバーは生きてないんだから。
あの船の惨状はグリシナさん達と一緒に最後まで生き残ったホムンクルスが亡くなった跡だったんだ。
最後まで理性の残っていた3人の内の1人が今朝亡くなって、それに呼応する様にグリシナさん達の体の崩壊も急激に進んでいた。
そしてどうにか助かりたい一心で森まで我武者羅に逃げて、俺達に会った訳だ。
「だから、僕達は『ホムンクルス』。
キール氷河って言うフラスコの中でしか生きられないから、『ホムンクルス』って種族名だったんですよ!!」
そのまま改造クローンとか、記憶や細胞まで同じにするならスワンプマンとか?
そう言う種族名の候補が幾つも有ったのに、その事実を知っていたから『タスクニ所長』は敢えて自分達に皮肉めいたその種族名を付けたんだ。
その事に漸く気づいたグリシナさんが自分自身を嘲笑う様にそう吐き捨てる。
そんな涙も出ない程俯くグリシナさんに俺は何も言う事が出来ない。
ただ視線をさ迷わせ、口をパクパク動かす事しか出来なくて、空になったその手の中のコップにお茶を注ぐ事も出来なかったんだ。




