257,フジの魔物
「居た!!!」
比較的新しい方の黒い液体が落ちた跡を辿ってあの聖女キビ似の女性が通った跡以外獣道すらない森の中を走り続けて暫く。
病気になっていてもこんなに遠くまで来れる位、元々足が速かったんだろう。
ランナーズハイになってるのか苦痛すら感じなくなった頃、漸くその女性を見つけた。
「ね
行くな、四郎さん!!!」
大き過ぎる恐怖や混乱で一時的に感覚が麻痺してたんだろう。
それでも体が本調子じゃ無いのは変わらないんだ。
また体の限界が来たらしいその女性は、1本の木の根元に出来た黒い液体の水溜りの中で体を丸める様に倒れていた。
そんな女性の姿を見て更に足を速めようとした四郎さんを言葉ごと気合で止める。
「上ッ!!!ちゃんと見てッ!!!」
何すんだ!
どうして止めるんだ!!
そう脳内に響いた四郎さんの思いを恐怖で震える大声で打ち砕く。
女性しか見ていない四郎さんと違い、俺の視界にはその上のモノしか入っていなかった。
ポタリ、ポタリ、と藤の様な香りがする黒い液体が。
いや、生きたまま腐り崩れ液体となった血肉が、ぶら下がった木の枝から滴り落ち、女性が蹲る水溜りを作り上げている。
その光景に俺は、俺達は釘付けになっていた。
『あり得ない』
『何なんだ、コレは』
『コレは現実なのか?』
その言葉だけが無言で脳を侵食していく。
悪夢だ。
あぁ、そうだ。
コレはきっと気絶して見てしまった悪夢に違いない。
「う・・・あ・・・・・・
いぉお、ちょぉ・・・・・・・・・」
崩れ解け、糸の様になった首から下の体が新しく絡み合って弛んだ蜘蛛の巣の様になって低い位置にある木の枝に絡まっている。
人の形をギリギリ保っている蜘蛛の巣の中心にある見慣れた顔の頭の左側も黒い液体に濡れながら変質し始めてて、瞼を失った左目は複数の赤い目玉がビッチリ集まってまるで複眼の様だ。
そんな魔物や魔族とも明らかに違う、何も知らないド素人からしても、
『生き物として失敗している』
と分かる未知の黒い魔物の正体だろう、偶然見つけたソレ。
ソレが目尻から涙の様に黒い液体を流しながら糸の体を震わせ何かお言おうとしている。
その声すらどこか聞き覚えが有った。
有って当然だ。
だってソレの顔は、ほんの数年前まで見続けていた声変わり前の俺の顔と全く同じなんだから。
「・・・シュー・・・・・・あけあ・・・
・・・あけ、あ・・・あう・・・えて・・・
・・・しぉおぉおお・・・・・・」
あぁ、本当に気絶してしまいそうだ。
解け落ちた血肉の匂いと相まって視界がクラクラする。
そんな眩む視界と悪夢の様な現実に耐えられなくて瞑った瞼の裏で、此処に来るまでの出来事が走馬灯の様に流れた。
「・・・・・・い・・・や・・・・・・」
そんな長い走馬灯に支配された視界と脳がか細いマシロの声で現実に引き戻される。
「嫌・・・嫌、嫌・・・・・・」
「マシロ・・・?・・・ッ!?マシロ!!!」
「ダメだ、マシロッ!!!やめろッ!!!」
「いやぁあああああああああ!!!!」
段々大きくなるその尋常じゃないマシロの声にサビた機械の様にノロノロと振り返る。
そしてその先で見た光景に俺の息と心臓がまた一瞬止まった。
マシロが、光ってる。
光に、なってる。
オーラの様に光を纏ってるんじゃない。
まるでマシロの体がオレンジ色の光で作られてるかの様に異常な光り方をしてるんだ。
そんな異常な光景を止めようとルグがマシロに手を伸ばす。
けどその手がマシロの体に届く前に、見えない壁に弾かれる様に。
いや、あの『風の泉』で吹き飛ばされた時の様にルグの体がまともに受け身も取れない位激しく吹き飛ばされる。
それでもマシロのその異常行動を止めようとルグは叫ぶけど、意味がない。
俺の声も、ルグの声も、森の騒めきも。
全部全部掻き消す様な絶叫を上げて、その声に呼応する様にマシロの体が閃光弾の様に今までで1番輝いて辺り一帯を包み込んだ。
「今・・・のは・・・・・・一体・・・?」
「マシロ!!」
「ッ!!!」
咄嗟に硬く目を瞑って腕で顔を守る様に隠す。
その状態でどの位経っただろうか?
瞼と腕の奥で激しい光が収まったのを感じて恐る恐る目を開いて腕を緩める。
チカチカぼやける視界を数回の瞬きで戻して、ゆっくりゆっくり辺りを見回して。
ルグの悲痛な叫びにハッと顔を上げてそちらを見る。
あぁ、今日で何度目になるだろうか。
まるで巨大クロッグ事件の時のユマさんやミモザさんを思い起こさせる光景に心臓が止まりそうになる。
「マシロ!!!マシロッ!!!
しっかりしろッ!!!」
「マシロッ!!!ル・・・エド!!!」
そんな今にも死んじゃうんじゃ無いかと不安になるグッタリと意識の無いマシロを横抱きにする様に膝を着いたルグが支えている。
その体制のままルグは軽くマシロの体を揺すりながら何度も泣きそうな声で名前を呼び続けていた。
そんな2人に俺も慌てて声を掛けながら駆け寄る。
「エド!!マシロは!!!?
マシロは無事なの!!?」
「分からない・・・
分からないけど、息は安定してるから直ぐに死ぬとかそうゆう事は無いと思う・・・・・・」
「そう・・・・・・」
あの日のユマさん達の様にグッタリしてるけど、ルグの言う通り呼吸も顔色もあの時の2人よりは安定している。
その事にホッと息を吐く様に言葉が漏れた。
「『クリエイト』」
「効果あるかどうか分からないけど、念の為に一応」
「分かった」
人間のマシロに効果がるかどうか分からない。
それでも一応『クリエイト』で何か食べ物か飲み物を出すか聞いたら、念の為に出してくれと言われた。
「・・・・・・・・・今のって・・・」
「・・・・・・はぁ。予想ついてるだろう?
マシロの基礎魔法」
「『状態変化』・・・
いや、『生命創造』・・・だよな?」
「あぁ」
マシロが好みそうなフルーツジュースをペットボトルごと『クリエイト』で作り出し、ルグに渡しながらそう聞く。
ペットボトルを受け取ったルグは数秒視線をさ迷わせた後、諦めた様に短いため息を吐きながらペットボトルの蓋を開けた。
その視線がチラッとあの女性と蜘蛛の巣の様なナニカの方を。
いやその2人だった者の方を向いて直ぐ、俺の質問に答えつつもマシロに中身をゆっくり飲ませる事に集中しだした。
そんなルグの姿を暫くの間見守って、もう1度女性達を見る。
2人とその周りの光景はマシロの体が光る前と明らかに変わっていた。
まず女性の方。
顔や服装は殆ど変わって無いけど黒い液体が綺麗サッパリ消え、人間に非常に近い姿から一目で魔族だと分かる姿に変わっていた。
何十本もの蔓草に覆われたペール達フェノゼリーの手に似た鋭い爪を持った体に比べ巨大な腕と、黒髪の様な細い柳に似た植物で出来た髪、それと若葉を思わせる薄黄緑色に薄っすら染まった肌。
ヒツジやギンコーボムに近い生き物になってるんだろう。
パッと見は人の形をした植物と言った姿だ。
次に蜘蛛の巣の方。
こっちの方が物凄く変わってる。
枝から落ちて女性の側で目を閉じて倒れてるから左目がどうなってるか分からない。
けど変化前より元の声変わり前の俺の顔の形に整えられてるのは確かだ。
その顔を覆う位伸びた透き通る様な白髪の事含め、首から上の事はまだいい。
けど問題はその下なんだ。
上半身はほぼまな板と言って良い脂肪で出来た小ぶりな膨らみがある人間の体、下半身は真っ白な巨大クモ。
そんなゲームや漫画に出て来そうな絡新婦かアラクネの様な姿をしている。
・・・・・・それも全裸で。
色違いの数年前の自分の顔に女性と蜘蛛の体が合わさってる様な姿は別の意味で悪夢でしかない。
隣の女性以上に色んな意味で直視できないよ!!
「今のあの2人って新種の魔物・・・
いや、魔族になったって事?」
「いや。既存の魔族。
あっちがアルラウネで、こっちがアラクネだ」
「つまり、マシロの『生命創造』で作り替えられたって事か。
それだと、やっぱり、どちらかと言うと白悪魔達の方の魔法に近いのかもな」
「かもな」
『生命創造』と言われてるけど、マシロの魔法はユマさんの魔法とは少し違う様だ。
色々混じり合いながら進化してったユマさん達より、マシロの方が白悪魔本来の魔法にかなり近いんだと思う。
だから元々の瀕死の体を素材に新しく作り替え既存の魔族に進化させられた。
その結果女性の方はアルラウネに、蜘蛛の巣の方はアラクネに変わった様だ。
そう2人を殆ど見ないまま指さしたルグに俺はそう渋い顔で頷き返した。
「詳しい効果がなんにせよ、体を削ってる事に変わりないんだ。
この魔法を何度も使えばマシロの体が持たないってのに・・・・・・
クソッ!!何やってんだ、オレはッ!!
これじゃあマシロに『生命創造』の事を隠していた意味が無いじゃ無いかッ!!!」
「体を削る?それって・・・・・・」
「あッ・・・えーと、だ」
「・・・・・・・・・先祖代々順々に『生命創造』の魔法を受け継いで来て、その魔法に対する免疫と言うか耐性?
そう言う『生命創造』を使うのに適した体も受け継いできたユマさん達と違って、突然遠い遠い祖先から急に原始的な『生命創造』を受け継いだマシロの体にはこの強過ぎる魔法は『制御』の魔法陣を刻んでも耐えられないって事?」
「そう!そう言う事!!
あ、いや。
マシロに『制御』の魔法陣は刻まれてない。
体質的に刻めないんだ」
ティアレ家の魔族じゃないと『生命創造』を使う事が出来ない。
だからマシロは今こんな風になってしまってるんだ。
と上手く説明出来ず視線をさ迷わせる様に悩んでいたルグが俺の確認の様な言葉を聞いてそう頷いて直ぐに1部訂正した。
人間であるマシロにはユマさん達みたいに直接体に『制御』の魔法陣を刻んで基礎魔法を抑える事が出来ないらしい。
それはオーガンがある魔族だから出来る荒業なんだとか。
その上マシロはアレルギーなのか体質的に魔法道具を使って抑える事も難しいらしくて、比較的闇属性に分類されてる魔法を相殺出来る魔法が多くある光属性の魔法が得意だった事も相まって本人に基礎魔法の事を秘密にして意識的に使わない様にする事で抑えてきたらしい。
当然と言えば当然だけど、寝てる時に無意識に作り出した事が無いって事はユマさんより『生命創造』のランクが低かったんだろうな。
それか得意魔法の影響。
「チッ!!
もっと早くあいつ等に気づいてたらマシロのトラウマを刺激する様な物を見せなかったのに・・・・・・」
「流石にあんな状態の人を見て、冷静に行動出来る人はそうそう居ないって。
エドのせいじゃない。
寧ろ、エドのお陰で被害が最小限に抑えられたんだよ?
俺だけじゃ絶対もっとマシロを酷い状態にしていた。
していた上に、何もできずにオロオロして更に悪化させていた。
だから咄嗟にあそこまで動けたエドは自分の事を誇っていいよ」
「それでもッ!!!それでも・・・・・・
オレはまた、間に合わなかったかもしれなかったんだ・・・
また、取り返しのつかない事になってたかもしれないんだ・・・・・・」
深い深い意識の奥底ではずっとそのトラウマの元になった事件を無かった事にしたいと。
過去を変えたりその人を生き返らせたりしてその事実が起きなかった事にしたいと、すっとずっと願い続けていたんだろう。
だからフラッシュバックを起こしてしまったらしいマシロは、知らないはずの自分の本当の基礎魔法を本能的に使ってしまった。
そこまで説明してルグは自分を責めていた時と同じ、苦虫を潰した様なイライラ顔に戻って舌打ち1つ。
記憶喪失になる位のトラウマを刺激されてマシロが暴走するのを止められなかった事をまた責めだした。
そんなまともに『エド』の演技すら出来てないルグにそれ以上自分を責めるなって言うけど、多分ルグのトラウマも刺激されてしまったんだな。
明らかに顔色が悪いって分かる位、感情が不安定になってる。
色んな感情が渦巻いて泣きたいけど泣けない。
そんないっぱいいっぱいのルグにこれ以上、
「気にするな」
とか
「元気出せ!」
とか言うのは逆効果な気がする。
自分もトラウマ持ちとは言え、トラウマを刺激された人に対してどうするのが正解なのか良く分からない。
ただ、少しでも楽になって貰いたいってのは確かで、取り敢えず少しでも落ち着ける様にルグ好みのお茶やお菓子を出して兄さん達がしてくれたみたいにルグの背中を擦る事にした。
それしか出来ないけど、少しでもルグは楽になってくれるかな?




