256,そっくりさん 後編
「兎に角!!
コイツがマンイーターじゃないって事は分かった」
「うん。
それにこの様子からして船を襲った・・・・・・
あッ」
通信鏡を取り返してもまだ顔を真っ赤にしてるルグが話題を変える様に木霊する程の大声でそう叫ぶ。
きっとその声に起こされたんだろうな。
ルグに頷き返して直ぐ女性が目を覚ました。
「大丈夫ですか?」
「・・・・・・・・・あ・・・・・・・・・ッ!!」
まずその女性が見たのは声を掛けた俺じゃ無く、直ぐ側で様子を伺っていたルグだった。
ノロノロとルグの姿を朧げな視界の中心に収めた女性は、嬉しそうにも安心した様にも泣きそうにも見える。
まるで幼い頃に別れずっと探していた大切な人を見つけた様な表情で小さく息を吐いた。
そして漸く俺に気づいたのだろう。
視界の端の異物に気づいたと言わんばかりの動きで俺の方を見た女性が目を見開いた。
「どうして・・・・・・どうしてッ!!!」
「グッ・・・ア・・・・・・」
「サトウッ!!!」
「キビ君ッ!!!」
あり得ないモノを見た様な驚愕一色だったその目が一気に憎悪に染まる。
その悲しい憎悪が目だけじゃなく顔全体を染め切ると同時に、今まで死にそうな程苦しんでいたとは思えない程の勢いと力で女性が俺を押し倒してきた。
そして腕代わりの蔓草が俺の首に巻き付く。
その力加減は両手を使って俺の首を絞めて殺そうって感じじゃ無く、怒りに任せて胸倉を掴んでる様な感じだ。
その証拠に女性は壊れた機械の様に『どうして』と繰り返しボロボロ涙を流して怒り泣いている。
それでも首が締まってる事には変わりなくて、上手く息が出来ない。
「このッ!!!いい加減サトウを離せ!!!」
流石のルグも特別好みな女性には下手に手が出せないんだろう。
何時もなら直ぐにでも攻撃しそうなのに、今直ぐにも割れそうな繊細過ぎるガラス細工を扱ってるみたいにマシロと一緒に優しく丁寧に女性を俺から引き剥がそうとしてくれている。
あまりに優し過ぎてマシロの方が力が強そうだ。
美人や可愛い幼馴染達に囲まれても花より団子を地で行くルグにも思春期の男の子らしい一面があったんだなぁ。
と段々新鮮な酸素が吸えなくなって遠のきだした頭がそう現実逃避の様な余計な事を考え始める。
あ、本当にヤバい。
これ以上意識を保てられない・・・・・・
そう意識も視界も薄れていく中、遂にルグが攻撃してしまったんだろう。
激しい打撃音とほぼ同時に体が楽になって、酸素が一気に肺に入って。
現状が良く分からないままそのせいで咽る事しか出来ない俺をマシロが何度も声を掛けて介抱してくれる。
「これ以上やる気なら本当に容赦しないからな?」
「・・・・・・・・・何で・・・
何で、どうして、スティー!!!
どうしてアナタが所長の味方をするの!!?」
「スティー?所長?誰だ、それ?
そう呼ばれる奴なんか、オイラ達の中には居ないぞ?
お前、誰とオイラ達を勘違いしてるんだ?」
「ッ!!」
「あっ!!!待って!!!」
「姉さんッ!!!」
マシロのお陰である程度落ち着いて顔を上げれば、まず目に入る俺達を守る様に構えるルグの背中。
そのルグの体の端から見えるのは、座り込んだまま裏切られたと言わんばかりのクシャクシャな顔をルグに向ける女性の姿。
突然意識を失ったせいで女性も大分混乱していた様だ。
俺を襲ったのもルグにそんな顔を向けるのも、その言葉から察するに誰かと俺達を見間違えてたから。
それだけ俺達がその相手に似ていたのか、上手く働かない頭が背格好だけでその人達だと判断したのか。
ルグに勘違いだと言われた女性が漸く現実を認識出来たらしく、一瞬の停止の後顔を恐怖一色に染めマシロと俺の口を借りた四郎さんの静止の言葉も聞かず森の方に走り去ってしまったからそれは分からない。
「姉さんって・・・
あの人、聖女キビにそっくりだったんですか?」
『うん。顔だけ見ればね』
「だと、あの船で来たのはDr.ネイビーの子孫の人達だったて事か」
「多分?」
謎の黒い液体濡れで体の1部が植物になっている事から目を背ければ、この世界に召喚された当時の姉と全く同じだった。
そう少し落ち着いて躊躇い気味にメールを返す四郎さん。
その四郎さんのメールを見てルグが眉をひそめて小さく呟いた声にマシロが首を傾げて答える。
「取り敢えず、あの人追いかけない?
と言うか四郎さんが追いかけたくて凄くウズウズしてる。
多分このままだとまた俺の体の主導権奪って1人で追いかけるよ?」
『ダメって言われても行くから』
今は酸欠に陥りかけた俺の体の事を気にしてくれて大人しくしてくれているけど、それが何時まで持つか。
四郎さんの強い思いに引っ張られて俺の意思とは関係なく体が森に向かおうとしてるからそれが長く持たないのは間違いないだろう。
まぁ、四郎さんの目的を思えばそう強く思い焦るのもしかたない。
この広い世界で運良く出会えたお兄さん達の最後やお墓を知ってるかもしれない人なんだ。
正気に戻って直ぐあんな風に逃げ出した事を考えると、あの人を今ここで見失ったらもう2度とその真実が分からないかもしれない。
だからまだ追いつけるだろう内に追いかけたいんだ。
「・・・襲ってきた奴だぞ?」
『それでも行く。
兄さん達の事を知ってるかもしれない人なんだ。
ここで逃したくない』
「・・・・・・・・・はぁあああ。
分かった。追いかけよう」
「エド君もタイプの人が病気っぽいのにどっか行っちゃって気になってるんだね」
「そこは関係ない!!」
見た目のせいで正しく判断出来なくなっているだろうけど、あの人は俺を襲った人なんだ。
混乱していたとは言え、あぁも直ぐに手を出すって事は元々喧嘩っ早い人かもしれない。
病気や体調の事が気にならない訳じゃ無いけど、そんな人が恐怖で逃げてるのに追いかけたら更に混乱して危険なんじゃないか。
そう俺と同じ様な事を思ったんだろう。
メールを見たルグがそう不満そうに言葉を返す。
流石自他共に認める石頭って言うのか・・・
それでも四郎さんの思いは変わらない様で、頑なに追いかけるとメールを返した。
こうなった四郎さんが梃でも動かないって異世界の同一人物の俺で良く分かってるんだろう。
恨めしそうに一瞬俺の方を見てため息1つ。
ルグから許可が下りた。
と言う事で、ルグは四郎さんの思いを汲んで追いかけようって言ってくれただけで、マシロが思う様な意図は無いからね?
流石に可哀そうだからそうキラキラした野次馬顔を向けないであげて、マシロ。
「はぁ・・・
四郎さん、行動が早過ぎ・・・です・・・
・・・もう少し・・・はぁ、はぁ・・・・・・
エド達の、準備・・・整うの・・・
・・・ゼ、ハ、ぁあー・・・待って。
無理。
・・・はい」
そうマシロに伝えたかったけど無理なんだ。
ルグが追いかけようと言った瞬間、四郎さんに主導権を奪われた体が既に走り出してたんだから。
俺達を追いかけながら交わされる真後ろの会話に参加したいけど、四郎さんが全力疾走を続けてるから上手く言葉が出ない。
どうにか上がり切った息の合間に出せた四郎さんへの懇願も、俺の口を使った短い1言で無下にされてしまうし・・・・・・
もうこうなったらあの人が見つかるまで四郎さんは止まらないんだろうなぁ。




