47,跳ねかえる巨大クロッグ 4匹目
俺達の呼吸音だけが微かにするこの空気が、痛い程恐ろしい。
その空気が和らいだのはロアさんとマキリさんが微かに動いた時だ。
ふっと体が軽くなる様な感覚と共に、バトラーさん達3人の警戒心が緩んだ様に思う。
「・・・・・・嘘は言ってないみたいだね。
新米冒険者なら個人的に情報屋を利用出来ないだろうに、良く少ない情報でそこまでの可能性を思いついたよ」
ただ、小説や漫画で起きそうな展開を上げて言っただけなんですけどね。
とは流石に言えない。
ユマさんがどう誤魔化してくれるか・・・・・・
「私達はゴリ押し出来るだけの実力がありません。
だから頭を捻って予想外の事態に対処出来る様に事前に出来る事を。
起きる可能性を、その事件が起きた原因を考えてるんです。
冒険者なら用心するに越した事は無いでしょ?」
「全く、その通りだね・・・・・・
うん、君達の質問に答えると、今回暴れているのは巨大クロッグで間違いないよ。
勿論、他に暴れている魔物も動物も居ない。
原因も事件では無く事故」
「詳しく聞いても?」
「うん、大丈夫だよ。
マキリちゃん、アレ何処だっけ?」
「はい、ここに」
マキリさんにお礼を言いつつ、バトラーさんはマキリさんが別の部屋から取って来て机に置いた分厚い紙の束を持ち上げた。
それをペラペラと捲りつつバトラーさんは俺達の疑問に答えていく。
「まず、自然災害が起きていたかどうか。
これは問題ないよ。
元々研究所は自然災害が起き難い場所、または舗装すれば起きない場所を事前に調べつくしてから、あの場所に建てた。
何より、今年エスレラルダでは雨が例年より降らず、こないだ降った雨のお陰で普段通りの水位になったくらい湖の水位が低くなっていたんだ。
1番近い山がはるか遠く見えるディスカバリー山脈だから土砂崩れの心配も無い」
「この時期ですから食べ物が無く、魔物や動物が街に来る事もありません。
エスメラルダ周辺の生態系が崩れたと言う話や、連れて来た巨大な魔物や動物が今回の事件が起きる前にエスメラルダ周辺で逃げ出したと言う話も聞かないですね」
バトラーさんを補足する様にそうマキリさんが口を開いた。
「『街の配置が魔方陣になっていて何かの切欠で発動したり、街の真下や湖の底に何か巨大な魔物が封印されていたり』と言う問題ですが・・・・・・」
「うん。
エスメラルダは確かに古い街だけど、数十年前チボリ国で起きた『王都遺跡事件』の様な魔法の跡は無い。
自然災害の事だけじゃなく、チボリ国の事件を配慮してちゃんとそこ等辺も事前調査済みだったみたいだね」
『王都遺跡事件』と言うのは40年近く前、チボリ国で起きた事件だそうだ。
後々分かった事だけど、街や王宮の配置が魔法陣になったある巨大な都市の跡地に入った冒険者が、誤って遺跡に残った魔法陣を復活させてしまった。
その魔法陣は遺跡の地下に封じられた超巨大な古代生物。
西洋ドラゴンの様な姿の生き物を起こし使役出来る魔方陣だったらしい。
その魔方陣の効果で魔方陣を作り出した者にしか使役出来ない様になったその古代生物。
但し、魔法陣になった街や王宮を建てさせた奴はとっくの昔にあの世に旅立っている。
自分を使役出来る者がいないのに復活してしまった古代生物は、本能の赴くまま暴れまわったらしい。
最後は当時最強と謳われた冒険者達に倒されたとは言えチボリ国に僅かな、魔法学や考古学には壮大な被害を齎した事件。
古代生物が人気の無い砂漠の真ん中で復活したから、討伐に向かった冒険者以外の死傷者が殆ど居なかったのは不幸中の幸いだっただろう。
これが人間が多く住む街のど真ん中だったら・・・
その思いから世界中で古い街の調査が行われたらしい。
ローズ国でもアーサーベルやエスメラルダを含めた幾つかの街が念の為調査が行われていた。
その結果、意外と魔方陣やら何やらが残っている街が在った事や、その上現代魔法学では解明出来ない技術や魔法も複数有った事は今は関係ない話だ。
兎に角、俺が思っている以上に確り調査してから研究所を建てた様だな。
「研究所の職員は怨まれる様な事をしていないし、『研究所の職員や頻繁に出入りしていた者の中に行方の分からなくなった犯罪者や秘密裏に動いているテロ組織の一員が紛れている可能性』も無いよ。
新聞に乗る位だからね。
働く職員の素性も徹底的に調べられ、審査の結果選ばれた者だけが働いている。
それに、ウンディーネ対策にエスメラルダ研究所の職員の大半は女性だ。
勿論、重役に就いているのも殆どが女性。
特殊な生まれでも無い限りウンディーネは男性しか『魅了』出来ないからね」
その重役の女性も他の職員以上に調べられてから就いている。
所長の徹底振りにより、俺達が危惧した様な犯罪者が紛れ込むどころか、産業スパイすら入り込めない程厳重な警戒がされている様だ。
どうやら、エスメラルダ研究所の所長は優秀で用心深い人らしい。
「『研究所が出した廃棄物のせいで突然変異した魔物や動物の可能性』や『クロッグ以外を密かに研究している場合。その研究に使っていた生き物を違法に逃がし野生化している可能性』。
それと『単純に巨大化したクロッグ以外のクロッグが居るかも知れない』と言う事と、『研究の副産物で生まれた新種の生き物や薬品等があるかも知れない』と言う可能性。
これはエスメラルダ研究所の研究内容から否定出来る」
「年齢のせいで最近、研究所を辞めた職員から話が聞けたんだ。
最初は話すのを渋っていたけど、今回の事件が起きた事で話してくれたよ」
俺達が出した可能性を否定したロアさんに頷きながらバトラーさんは話を続けた。
「クロッグを巨大化させる方法だけど、何十匹と居るクロッグの中から体やオーガンが大きい者、体が丈夫な者、繁殖しやすい者。
そう言った望む要素を持ったクロッグだけを選び配合させ続ける。
そして研究所で産まれたクロッグからまた望むクロッグだけを配合する。
それを30年近く毎日繰り返していたんだ。
だから廃棄する様な魔法道具や魔法薬もないし、クロッグ以外の魔物や動物はいない・・・・・・
いや、金庫代わりにロックバードは何羽かいたけど、研究用の魔物や動物はクロッグだけだ。
何より20年位前からは他の地域からクロッグを連れて来る事も無かった。
研究所に居るクロッグだけしか使ってないみたいだね」
「この方法だったからか有益な副産物や新種の生き物、薬品等は出来なかったそうだ」
うん、俺が居た世界でもやっている方法だ。
多分、今あるお米とかこの方法で作られていった物が多いと思う。
地道に作業していって10年で両腕で抱える位の大きさになったのか。
毎日コツコツ研究していった成果だろう。
・・・・・・ん?
ちょっと待て、『毎日』?
「あの、質問しても良いですか?」
「どうぞ」
「はい、ありがとうございます。
えーと、それじゃぁ。
エスメラルダ研究所では『毎日』クロッグの配合が行われていたんですよね?
『ほぼ毎日』じゃなくて、きっかり『毎日』?
俺、魔物に詳しくないので知らなかったんですけど、クロッグってそんなに頻繁に卵を産んで『毎日』配合出来る位の速さで成長する魔物なんですか?」
野生のクロッグを連れて来てたならまだ分かる。
けど、研究所で産まれたクロッグだけで毎日配合させ続けるのは不可能じゃないか?
俺が知っている蛙を思い出すとそんな急成長しないし、卵を産むのだって年に1回位だろう?
それに蛙なら冬眠するだろうし。
いや、冬眠に関しては魔法道具や魔法を使って環境を整えれば何とかなるだろうけど。
成長や産卵に関しては時期をずらしても限度がある。
その疑問をバトラーさんに言うと、バトラーさんは予想していたのか笑みを深め頷いた。
「流石と言うべきかな。
それこそが、今回の巨大クロッグ事件の原因だ」
「原因・・・・・・・・・」
「本来、クロッグが卵から孵り成体になるまでには半年以上の時間が掛かる。
それに卵を産むのも年に1度だけだ。
だからこそ、魔法道具を使いそのクロッグの成長を早めた。
今回の事件はその魔法道具が暴走した事による事故だ」
満足のいく大きさまでクロッグを巨大化させ、安定して巨大なクロッグが産まれる様になった。
今はそのクロッグを増やす為にクロッグが孵化から産卵までのサイクルを魔法道具を使い早めている所だったらしい。
その矢先魔法道具が暴走し制限無く巨大化したクロッグを生み出し、その結果生まれた巨大クロッグは研究所から溢れ出し街や湖にまで広がった。
それが今回の巨大クロッグ事件だそうだ。
「ちょ、ちょっと待ってください!!
そんな・・・そんな事が・・・・・・
植物なら未だしも生物の成長を早める魔法道具なんて今の技術では作れるはずありませんッ!!!!」
もう、バトラーさんに聞く事も無いかと思っていると、ユマさんが慌ててそう叫んだ。
ユマさんが言う事が本当なら、本来は作られるはずが無い物が存在している事になる。
「最近辞めた職員の話では、数ヶ月前亡くなった前所長が研究所を建設する時に、ローズ国王から渡された相当古い魔道書に設計図が書かれていたそうだ。
殆ど解読出来ない魔道書の内容と偶然の重なり合いにより奇跡的に1つだけ作られたのが、今回の事件の原因の魔法道具さ」
そこでバトラーさんは一呼吸置いてソファーに座りなおし、改めてユマさんを見ながら話を続けた。
「さっき君は『ほぼ故障した機材を無理矢理使い続けていた』可能性をだしたね。
君の予想通りだ。
ただ、故障した魔法道具を使い続けていたのは、奇跡的に作られた魔法道具故に直せる者も直す為の素材も術もなかった為だ。
元職員にはエスメラルダ研究所自体はとても清く正しい職場だったと言われたよ。
言わされての事じゃなく、本当にそう思って心の底から言っていた様に思えた」
「だからって・・・・・・・そんな。
でも・・・・・・・・・『相当古い魔道書』?
・・・・・・もしかして・・・・・・・・・」
バトラーさんの話しに、ユマさんは相当動揺している様だった。
ユマさんの後ろにいるせいで表情が分からないけど、その声音だけで分かる。
きっと今ユマさんは、心底驚いた顔をしているんだろう。
「バトラーさん。
その魔法道具の設計図が書かれた魔道書と言うのは、表紙が見た事も無い素材で出来ていて、銀やガラスの装飾がある物ではありませんでしたか?
それで、内容はどんな時代のどの国の言葉とも違う、不思議な文字で書かれてる・・・・・・」
「あぁ、その通りだよ。
その4冊全てがエスメラルダ研究所にある」
「やっぱり・・・・・・」
そう言って体を動かした僅かな隙間から苦虫を潰した様な顔を晒すユマさん。
隣をチラッと見ると、ルグも今のユマさんの質問で、その魔導書がどんな物か分かった様だ。
怒った様で困った様な。
でも納得した様な複雑な表情をしてる。
と言うか、俺以外の5人は確実にその魔導書が何なのか分かってるよな。
絶対、間違いなく。
ただ、何も知らない俺でもこれだけは分かる。
ユマさん達の様子を見るに、その魔道書はとんでもない物なんだろうな、って事だけは。
「・・・・・・今日は、ありがとうございました。
私達はこれで失礼させて頂きます」
「うん。お互い頑張ろうね」
「はい、ありがとうございます。
それではお邪魔しました」
そう言って何処と無く慌しく部屋を出るユマさんとルグ。
俺はバトラーさん達に、
「失礼しました」
と声を掛け、中身の全く減っていない4つのティーカップをそのままに、そんな2人を追いかけた。
 




