240,人海攻防
自分達じゃどうしようもない事は心中の奥にしまい込んで、唯の1観光客の様に振舞いながら俺達は人混みの後ろの方に移動した。
そのまま楽しそうにおしゃべりしながら更に移動する。
「他にも勇者達が伝えた縁起の良い怪物の話が有ってね。
それ関連のお土産の出店もこの時期沢山並ぶんだ。
お守りとか木彫りの像とか。あ、お菓子も有名だね」
「へぇ、それは楽しみですねー。
・・・・・・なぁ、ナト?」
「なッ!!?キビ!!!?」
そうニコニコ笑って1人キョロキョロ辺りを見回すナトに近づいてガッシリ腕を掴む。
いやー、今日ほどナトの方向音痴に感謝した日は無いよ。
『レーダー』とルグ達が渡した盗聴器の情報で分かってた事だけど、同じくアクルの影響で俺達とほぼ同時にこの島に着いたナト達はこれまた同じく人の波に流され離れ離れになってしまったらしい。
俺達と違いこうなる事を事前に予想していたから離れ離れになった時の集合場所をちゃんと決めていたらしいけど、そこで発動するのがナトの方向音痴。
観光客の波に邪魔された事もあって完全に迷ってしまったらしい。
そのお陰でその後ろ姿を鋭いルグの目が捉え、こうして確保出来たと言う訳だ。
「心配したんだぞ、ナト。
お前、迷子になり易いんだから1人で勝手に動くなよ」
「キビ?何・・・」
「こんな人が多い所で戦う訳にはいかないだろう?」
「・・・・・・話を合わせて付いて来いって事か」
漸く捕まえられたんだ。
絶対に離さないと言う思いでナトの腕を強く握って笑顔でそう言いつつ自分達の方に引き寄せる。
その行為に真黒に染まった目に困惑の色を差したナトの耳元に口を寄せ、周りの人達に聞こえない様に、
『お互い無関係の人達を大勢巻き込んで戦うのは本意じゃ無いだろう?』
と言えば、ナトに舌打ちされた。
ナト達を誘拐され、洗脳した上で連れ回されてるのはこっちなんだ。
それなのに何も知らない周りの人達はきっと今の状況だけ見て俺達がナトを誘拐しようとしてるなんって甚だしい程の勘違いをしてしまうだろう。
そんな不名誉な事は心底ごめんだね。
そう言う思いもあってナトが舌打ちしようと関係なく満面の笑みで演技を続ける。
「兎に角手を離せ。
この年になってまで男同士で仲良く手を繋いでるのは恥ずかしんだ」
「嫌だ」
「何でだよ。別にこの状況で離れたりしないぞ?」
「いや、そう言う問題以前にナトは素でまた迷子になるから・・・・・・
その手の信用、今までどれだけ築いてきたと思ってるの?」
「・・・・・・・・・・・・」
ルグ達がそれぞれ拳や剣、影を周りの人達に気づかれない様ナトに向けて構えてるからだろう。
周りを巻き込むから下手に戦えない以上4対1のこの状況じゃ流石に逃げ切れないと理解して、逃げないから手を離せと言うナトに俺は首を横に振って答えた。
逃げる逃げないの問題じゃ無いんだよ。
ただでさえ迷子になり易い状況で迷子癖のある奴の手を離せる訳無いじゃないか。
今手を離したらナトが逃げようと思わなくても間違いなくどっか行っちゃう。
誰かと逸れて1人になったら大人しくその場に留まって電話してくれ、と何度口を酸っぱくして言ってもやらずにどっか行っちゃうし・・・・・・
今まで何度そう言う経験をしてきたと思ってるんだ!
と手短に言ったら思いっ切り目を逸らされた。
迷子癖の自覚症状あるなら頼むから大人しくしててくれ。
「取り敢えず港の方に戻ろうか。
今なら人も少ないだろうし集まるならそっちの方が良いでしょ?」
「・・・・・・分かった」
この島の地理をちゃんと把握してないからナト達の集合場所が何処か詳しく分からないけど、ナトが此処に居たって事は魔女達もまだこの近くに居るんだろう。
それにこんな人が大勢いる場所で『ゲート』を開く訳にもいかない。
だから何時までも此処に居る訳に行かないんだ。
観光客の波も落ち着いてきたみたいだしさっさと人の少ない港の方に行こう。
そうジェイクさんも思った様で、港の方に戻ろうと後ろから抱く様にナトの肩を右手で叩いた。
それと同時に周りの人達の視界に入らない様に注意しつつ、操った影と後ろ手に回した左手を使って流れる様に太ももに巻かれたポーチごとナトのスマホや他の通信手段を奪う。
此方としては当然なその事も含めて少し不服そうに頷いたナトが足を進め、それに従う様に俺達も辺りを警戒しつつ歩き出す。
周りに・・・高橋も、魔女も・・・
英勇宗信者らしい不審な人影も無し。
うん、暫くは不用意に騒がれる心配はないな。
「・・・・・・此処なら良いかな?」
「此処で『ゲート』を?」
「いや。
こんな普段から人の多い所で使うのは危険だからね。
使うなら人のあまり寄り付かない小島をリストアップして貰ってるからその何処かで」
周りに細心の注意を払いつつ人気が全くない港側の倉庫らしい建物の陰まで来たけど、此処で『ゲート』を使ってナトを送り返す訳じゃ無い様だ。
此処で『ゲート』を使ったら管理するのも誤魔化すのも大変だから使うなら事前に聞いてあった『ゲート』を使っても問題ない場所に行こうと言われた。
まぁ、ルディさんとキャラさんの事を考えると何も考えずに『ゲート』にナトを放り込む事は出来ないんだけど。
ナトと高橋、『勇者』2人が揃ってないと自殺するって設定にされてたら無意味に2人を傷つけてしまう事になる。
ミルちゃんもジンさんも居なくて直ぐに来て貰えない状況だからこそ、そこ等辺は慎重過ぎる程慎重に動かないと。
だから口ではあぁ言ってるけど運よくナトを捕まえられた今回もナトを連れ帰るのを諦めるしか無いんだ。
いや、ルグ達がどう思ってるか分からないけど俺はルディさん達の安全が保障されてるって情報が少しでも入ったら直ぐにでも『ゲート』を開いてナトを放り込むつもりなんだけど。
それはそうと何も考えて無さそうに今直ぐナトを連れ帰りたいって会話はする。
どんなルートで魔女や黒幕達にこの会話が伝わっても良い様に、作戦もクソもなくどうにもならないと分かっていても我武者羅にそうするしかないと思わせる為に。
「取り敢えず、ナト。はい、コレ。サインして」
「何だ?白紙の依頼書?」
「そう、依頼書。
ナトが想像してる様な改造は一切してない極々普通の唯の依頼書だよ。
心配なら調べてくれて構わないから」
こんな面倒くさい会話をする位なら何で最初から人の多さを理由にナトを無視しなかったのか。
その理由は、当然『無視するのが俺の行動として物凄く不自然だから』って言うのが1つ。
もう1つはナトを仲間に引き込んだ上で念の為の保険を掛けようと思ったからだ。
その保険がこの2枚の依頼書。
「ローズ姫達に。
ううん、誰にも言わず隠し持っていて。
それで暫く経ったら1枚を開いて自分達が本当は誰に会ってどんな会話をしたのか確認して欲しい」
「自分の行動を?」
念入りに調べた後漸くサインしてちゃんと丸まって青いリボンが巻かれた2枚の依頼書。
それをナトがカバンに仕舞ったのを確認してそう口を開いてアルさんから送って貰った依頼書を開く為の魔法道具を渡す。
ナトはそんな俺の言動に首を傾げてるけどちゃんと魔法道具を受け取ってくれた。
「それも時が来るまで隠し持っていて」
と言う俺の言葉に従って素直に依頼書と同じ様にカバンに魔法道具の鋏を隠すナト。
そう仕方なさそうに息を吐きつつ隠しながらナトは皮肉めいた感じに目を細めて口を開いた。
「まるで俺の記憶が書き換えられてるみたいな言い方だな」
「書き換えられてるんだよ。
もう、何回も。ローズ姫達によって」
そしてまた間違いなく書き換えられる。
そう俺の方がユマさん達の手によって記憶を書き換えられてると言いたげな目をしたナトに言う。
「証拠は?」
「これ読んで」
そう言って海月茸農園でナト達と会った時や、チボリ国でルディさんやキャラさんを一時期連れ戻せた時。
そこ等辺の事が書かれた監視目的の俺や紺之助兄さんの依頼書を見せる。
このチャンスを逃すかとついでに俺達の世界から持ってきた魔女達のせいで起きた事件の諸々も。
それを見て目を開かせていくナトの顔色がドンドン悪くなっていく。
「出せる証拠はまだあるけど?」
「・・・・・・改造」
「してない」
吐き気を抑える様に体を折り、掻き毟ろうとした左手を守る様に俺に抑え込まれ。
そんな状態で漸く絞り出したのはそう祈る様な呟きだった。
そんなナトの縋る様な言葉を俺は心を鬼にしてスッパリ遮って、
「信じられないならそれも調べればいい」
と言う視線を送る。
まぁ、送った所でこの状態じゃ出来ないだろうけど。
普段ならそんなナトを心配して暫く待つんだろうけど、今の俺は鬼だ。
残酷な空想上の悪魔なんだ。
だからナトが落ち着くのを待たずに話を進める!




