239,パレード
翌日の昼前。
予定よりも大分早くマリブサーフ島に着いた俺達は、無事何事もなく元気に目を覚ましたシェフに挨拶して念の為に船長と連絡先を交換して船を降りた。
「あ、わッ、わッ、わッ!!」
「マシロ、ジェイクさん、大丈夫?」
「ッ・・・なん、とか、ね」
「わ、私も大丈夫。ありがとう、キビ君」
「どういたしまして。
また逸れそうだしこのまま手、繋いだままでいいかな?」
「う、うん!大丈夫!!このままで大丈夫!!」
アクルが来た影響でほぼ同時に一気に船が来たのが理由だろう。
桃に似た小さなハート形の実が葡萄の様に房状に集まった果物を咥えた島ワタリ。
そんなマリブサーフ列島国のシンボルらしい絵が等間隔で描かれた連続旗が幾つもはためく港には予想よりも多い人達で溢れ返っていた。
その人の多さは東京のど真ん中のスクランブル交差点や大人気の遊園地よりも上な気がする。
そんな人達が端の方に避難出来る隙間を作る事なくドンドン騒がしい島の中心に向かってるから一種の激流が生まれ、その川に入りたいと思わなくても強制的に仲間入りさせられ流れに逆らう事が出来ない。
それどころか少しでも目を離したら直ぐ皆と離れ離れになってしまいそうだ。
実際流れる様に歩く人達にぶつかられ転びそうになったマシロとそのマシロと離れない様に手を繋いでいたジェイクさんが逸れそうになっていった。
咄嗟にルグが掴んでるのとは逆の手でマシロの腕を掴めたから2人と逸れずにすんだけど。
「・・・・・・なる程。皆コレが目的だったんだな」
「みたいだな」
電車の様に4人1列に手を繋いでたからルグ達とは逸れずに済んだ。
でもルグと一緒にマシロ達の方に意識を集中しているほんの少しの間にピコンさんとクエイさん、ザラさんの3人を見失ってしまった。
そのまま3人を見つけられないまま流されて辿り着いたのはかなり広い大通り。
その道の両脇には沢山の人達が集まっていて、その真ん中を独占する様に少し先の道の奥から陽気で騒がしい音を奏でた集団が近づいて来ている。
どうやら激流を作っていた人達はこのパレードが目当てだった様で、入港時間がズレたせいで見れないかと焦っていた様だ。
よくよく耳を澄ますとそこかしらから、
「間に合って良かったー」
って声が聞こえる。
そんなにこのパレードは良いものなんだろうか?
そもそも毎日何かしらのお祭りを開催してるならまた別の時間に同じ様なパレードがあるはずだろう。
こんなに焦らなくても大丈夫だったんじゃないか?
そう思ってキャラキャラ笑う周りの人達を見回すけど、観光客の人達の雰囲気的にそう言う問題じゃ無いらしい。
気合の入り方が何か違う。
「今日のパレードには8代目や9代目の勇者が伝えた縁起の良い『怪物』が出てくるんだ。
勇者達の世界の伝説の生き物が元で、その『怪物』は病気や穢れや悪夢。
そう言う人にとって悪い物を噛みついた頭から吸い取って幸福を招いてくれるって言われてるんだよ」
その怪物の姿をした人形がランダムに集まった人達の頭を悪い物を吸い取る演出で撫でていく。
実際伝説の通りの効果が在るかどうかは分からないけどその頭を撫でられた人は今年1年無病息災で幸福な1年を過ごせるらしい。
この怪物人形が登場するパレードは今日1日の中で数時間おきに何回も行われる。
けど頭を撫でられる運の良い人は集まった人達に比べほんの一握りしかいない。
だから幸運が訪れる可能性を出来るだけ増やそうと周りの人達は隙あらば前の方に行こうとしてるし、何度もパレードを見ようとしてるんだ。
そんなにがっついたら物欲センサーが働いて逆に運が逃げそうだけど、本人達が全力で観光を楽しんでるなら、まぁ、うん。
良いと思うけど興味の無い人を流れに巻き込む様な迷惑は掛けないで欲しい。
「えーと・・・・・・
獅子舞にバク、招き猫かな?混ざってるの」
「後、怪物の姿を見たら、サトウ君、驚くんじゃないかな?
サトウ君の家に有った物そっくりな姿してるんだから」
「えー、俺の家にある縁起物?
・・・・・・もしかしてだるまですか?」
「残念。不正解だよ。
そもそも見た目は縁起ものとは結び付きそうにない物なんだから」
「それだと候補が多過ぎるんですが・・・・・・」
パレードの説明の時からクスクスと抑えられない笑いを零していたジェイクさんの言葉に首を傾げる。
聞いた感じ色々混じってる事は分かった。
その上まだ何かの要素が混じっているらしい。
当てさせる気の無いヒントを出して更に笑みを深めるジェイクさんからも、事前にジェイクさんから話を聞いていたらしい悪戯が成功した子供の様に笑うルグとマシロからも答えを聞き出せそうにないけど。
それだけ俺の驚く顔が見たいと言う事か?
全く、中々に意地が悪い事してくれるよ。
何時からこの驚かせる計画を立ててたんだ?
まさか俺達の世界に居た時からとか言わないよな?
「ほら、答えが見えて来たよ」
「・・・・・・へぇ、掃除機ですか」
「あれ?意外と驚いて無いね?」
「まぁ、冷蔵庫やエアコンに比べたらそこまで違和感はないからね」
「えー。
オイラ達はサトウの家でソージキ見た時スッゴク驚いたんだぞ。
伝説の怪物が唯の道具だったって!
オイラ達があんなに驚いたんだからサトウも驚けよー!」
「そんな事言われても・・・・・・
あー、うん。
ごめんなぁ、期待通りの反応できなくて」
派手な衣装を着て踊ったり楽器を鳴らしたりしてる手前の集団の前に視界に入ったソレ。
魔法で動かしてるのかグネグネとひとりでに動いてるソレは巨大なキャニスター型の掃除機だった。
元気に尻尾を振るう様にコードを揺らし、陽気に鼻を振り回す様にホースを左右に動かす。
そんな元気に楽しくパレードに参加する象の様な動きをする掃除機を見て俺は、
『成る程な』
と納得して頷いた。
幸せの神様をお迎えする為の煤払いとして年末に大掃除する訳だし、数1000年の間に紆余曲折した結果掃除道具が沢山の縁起物と合体して『縁起の良い怪物』として伝わっても可笑しく無いだろう。
ゲームや漫画の要素も入ってるなら尚更他の家電に比べ違和感はない。
そう思って『へぇ』と言ったら期待した反応と違うと少しルグ達に拗ねられた。
悪いけど俺にリアクション芸人の様な反応は期待しないでくれ。
「まぁ、兎に角。
今回これだけこのパレードに人が集まったのは求水病が原因ですか?」
「たぶんね」
「・・・・・・それだけ既に各国で猛威を振るってるって事ですか?」
「それは大丈夫。
求水病が実際に流行ってるのはマリブサーフ列島国だけだし、他に未知の病気が流行ってる訳じゃ無いよ」
周りには各国から来たらしい多種多様な人達が居る。
その人達から放たれる異様な熱気に俺は思わずそう不安になって尋ねた。
そんな俺の質問にさっきまでの悪戯っ子の様な笑顔とは違う、安心で出来る様な優しい笑みを浮かべて答えてくれるジェイクさん。
そのジェイクさんの微笑みは言葉が続いていく内に段々と暗く崩れていった。
「ただ、求水病の話だけが不自然な程嫌に広まってるんだよ。
最低最悪な言いがかりと共に、ね」
「それは・・・・・・」
魔女や英勇宗信者達がユマさんのせいだと意図的に広めてると言う事か。
そう聞く必要はジェイクさんの顔を見れば一発でなくなった。
やっぱり船の中であの噂が広まったのは黒幕達の作戦の一環だったんだな。
そして俺が想像するよりもユマさん達に対するヘイトスピーチが広まってる、と。
大半の人がまだソレを根拠の無い与太話として認識してるけど、このまま起きた『悪い事』全部ユマさん達のせいにされていったらどうなるか・・・・・・
昨日の様に魔女達側に傾く人達が増えるかもしれない。
それは如何にかするべきなんだろうけど、正直言って今の俺達にはその手立てがない。
そう、『俺達には』無いんだ。
「こらこら、サトウ君。
折角のパレードなのにそう暗い顔しちゃダメだよ。
お祭りは明るく楽しまなくちゃ!ね?」
「そう、ですね。
楽しいお祭りの雰囲気を壊しちゃダメですね!」
唯の観光客1人だと言わんばかりの明るい言葉に隠されたサインの言葉。
アルさん達『レジスタンス』の人達やその協力者の人達が昨日知った寄生虫の事とか含め、黒幕達が流した噂を相殺する様な真実を広めてくれている。
そう教えられて俺はホッと息を吐いた。
どんなに頑張っても俺達7人だけじゃ世界中にジワジワ広まった噂を消す事は出来ない。
でも、裏で動いてる沢山の人達の力が合わさればそんな事実無根な噂を消し去る事は容易だろう。
だからこそ俺達は今まで通りで良い。
今まで通りナト達を追いかけて、
『蘇生薬』の素材を集めて、
その時知った話を随時伝える。
それだけで少しだけだけど裏で情報戦を繰り広げるアルさん達の役に立てられるんだ。
俺達の1番の目的を疎かにしてまで不利な情報戦にまで参加する必要は無い。




