238,求水病 カルテ4
「取り敢えず・・・
取り敢えず、えーと・・・・・・」
「落ち着けよ、サトウ。
今この場に専門家が居る訳でもないんだし、今のオイラ達じゃどうしようもないこの寄生虫に関しては国の専門機関に任せるとして。
オイラ達にはもっと他に気にするべき身近な問題があるだろう?」
「身近な問題?
船のルートを変える程では無いと思いますが・・・」
「違う違う。そうじゃなくてだな?
料理長は倒れて、厨房は荒れ放題・・・・・・」
「あー・・・・・・
今日の夕飯や明日の朝食、どうしましょう?」
「あ・・・」
あぁ、そんなに無表情だったのは単純にお腹が減っていたからだったんだなぁ。
そう怪獣の鳴き声の様なお腹の音を響かせながら首を傾げる船長に答えるルグの姿に俺はそう察して今日明日の食事をどうするべきか船長に聞いた。
いや、でも、本当にどうしよう。
シェフが求水病に倒れた事もそうだけど、寄生虫をどうにかしようとして厨房自体が滅茶苦茶になってるんだよなぁ。
厨房を手分けして綺麗にして寄生虫駆除用の薬を散布して。
それで厨房が使える様になってもこんな状態じゃどんなにルグの言葉に同調する様にお腹を鳴らしていてもメインの魚を食べる気には誰もなれないだろう。
いや、生理的嫌悪云々かんぬん関係なく魚以外の海藻や貝類、タコとかも駄目かもしれない。
調理前、それこそ1番魚を見てる卸してる時に寄生虫が居る事に全く気づかなかったって事はあの寄生虫にはある程度の擬態能力があるって事で、そうすると1度凍らせるまで気づかないだけでレモラのエサになる様な海藻や小さな貝とかにもこの寄生虫の卵や幼虫が寄生してる可能性がある。
となると寄生虫込みで煮込まれたスープ以外のさっきまで準備していた料理全部出す事が出来ない訳で・・・・・・
食事が出せないとなると契約違反で船側も困るだろうし・・・
でもだからって今の状態で唯のバイトが勝手に判断して料理を出す訳にもいかないし・・・・・・
本当、どうしよう?
「なるほど・・・
そう言う事ならモレラが使われてない料理も出す事は出来ませんね」
「はい・・・ですから、あの・・・
本当に申し訳ないのですが、最悪今日の夕食は無しの方向で・・・・・・」
「えー!!
此処にある食材が全部ダメになったって言うなら何時もみたいにサトウが魔法で出せばいいだろう?
それでデッキとかでサトウが何か作ればいいじゃんか!
何で無しなんだよー!!!」
「手や指に怪我とかしてるとそこで食中毒の原因になる病原菌が繁殖してるかもしれないんだよ。
そうじゃなくても何かの拍子に傷口が開いて料理に血や瘡蓋が入っちゃうかもしれないから衛生的に良くない。
シッカリ消毒して絆創膏や包帯をした上で手袋をしたとしても流石にこんな事が起きた直ぐ後に赤の他人のお客さんや船員さん達に怪我した手で作った料理を出す事は出来ないって。
俺個人や身内用ならまだ良いけどさ」
1%でも寄生虫が居る可能性がある物を出す事は出来ない。
そう船長に説明して最悪今日の夕飯は無しにしてくれと頼んだら、すかさずルグからお腹の音共に文句が飛び出た。
クエイさんの治療が終わって『ヒール』も掛け終わったと言ってもまだ完全に傷が塞がってないんだ。
何重に手袋したとしても寄生虫に侵された魚を切った包丁で血が出る程の怪我をした手で作った料理なんて衛生的に良くない。
なにより俺と親しくない乗客や乗員さん達の気分も良く無いだろう。
「痛みは無いからエド達がそこ等辺気にしないならエド達用のは・・・・・・
作らないとダメみたいだな」
「おう!」
そう最低でも今日1日は俺も料理を作らない方が良いと言ったらルグだけじゃなくマシロとクエイさんまでも小さくお腹の音で抗議してきた。
これはつまり、怪我の事は気にしないから作れって事かな?
そう思って聞いたら、恥ずかしそうに顔を背けるマシロとクエイさんの分も含んでると言わんばかりのとってもいい笑顔でルグに頷かれた。
取り敢えず他の乗客や船員さん達の夕飯の事をどうするか決まったら部屋に戻ってパパッとカレーかシチューでも作ろう。
と言う事でまずは仕事の話を終わらせないとな。
本来見えないはずの不機嫌そうに揺れる尻尾を幻視する位ルグのお腹の音が凄い事になってるんだ。
流石にこれ以上待って貰うのは罪悪感が凄い。
「こんな大事件が起きた直ぐ後なんです。
大袈裟だと言われようと念には念を入れて慎重に行動して損は無い。
ですから、求水病にならなくても食べた人がお腹を壊す可能性があると分かって支払われた料金分の料理をお出しする事は出来ません。
衛生面の事を考えたら俺も料理長もこれ以上商品としての料理を作れないので非常食の配布が無理なら明日の分を考えて今日の夕食は無しにして貰うか、他に多少でも料理の腕がある方に頼んで貰えると助かります」
「そうですか。
確かにそう言う事なら船内の安全の事を考えても強制する事は出来ませんね。
そうなると・・・そうですね・・・・・・
保存用の瓶詰めはどの位残っていますか?」
「えーと・・・
そっちの倉庫に移動した分を抜かすと・・・
確か・・・・・・」
そう船長に聞かれ記憶の棚を引っくり返す。
ピコンさんみたいに乗り物酔いが酷い人はこの位の揺れでもダメみたいだけど、この船は電車よりも揺れずに進んでるんだ。
そんな比較的穏やかな航海だけど大きな生き物が引く船の上に居る以上、何時予想外の大きな揺れが起きるか分からない。
そんな時、タイミングが悪ければ作った料理が全部ひっくり返るかもしれないんだ。
実際1度ケルピーが魔物に襲われそうになって大暴れして船が揺れて料理が全部台無しになった事がある。
そして何もない海の上と言う簡単に買い物が出来ない場所に居る以上、もう直ぐ陸に着くと言う今日の様な時でも無ければ容易に作り直す事も出来ない。
だからそう言う時の為にこの船にも非常食用の瓶詰が沢山置いてあるんだ。
ただ、そのケルピーが暴れた時にかなりの量を配って、出来るだけ安く済ませる為にまとめて買い足すから島に着く前に消費期限が近い瓶詰は使い切っちゃおうと隣の小部屋に結構な量移動させてあるんから足りるかどうか・・・
一昨日シェフと一緒に大きな倉庫を確認した時は確か・・・・・・
思ってたよりもいっぱい有った、はず。
うん、肉も魚も野菜も果物も箱単位でまだまだ残ってた。
「・・・時間結晶が使われてる倉庫に・・・・・・」
「第3倉庫ですね」
「はい。
そこに肉、魚、野菜、果物共に大きな箱満杯に3箱ずつ残っていたはずです。
それと出航初日に作り置きした菓子パンもまだ残ってました」
「なら今晩は取り敢えず事情を説明してそれを配るか、完全な自己責任と言う事でアルバイト君が作った料理を食べて貰う事にしましょう」
「え!!
あの、さっきも言いましたが俺、怪我で・・・」
「だから自己責任で、です。
お仲間の分を作るならそこを分かって下さった上で食べたいと言う方々の分も一緒で構いませんよね?」
「えーと・・・・・・それなら、まぁ・・・
はい、大丈夫です」
普段から消費カロリーが激しそうな冒険者じゃなくても基本この世界の人達ってなんだかんだで食べるからなぁ。
乗り物酔いであまり食べれない乗客が居る冒険者御用達って訳じゃ無いこの船においても働き盛りで食べ盛りな船員さん達に合わせてなのか1食1食の量がかなり多いんだ。
それとほぼ同じ量を賄おうとしたら確かに相当な量が必要になる。
それでも非常食用の瓶詰は1つ1つが大きくて瓶いっぱいにかなりの量が入ってるから1瓶で1食分賄えると思うんだ。
勿論使えない分を差し引くから夜食やおつまみは出せないけど。
だから明日の朝の分までギリギリ足りると思ってたんだけど俺が思うより少なかったのかな?
それとも船長は無くても良いと思ってた夜食やおつまみ分も込みで計算してる?
その理由を詳しく聞く余裕も無いままもう1度作れないと言おうとした俺の言葉を遮って船長がそう有無を言わさず作れと言ってきた。
その時の笑顔の圧力は本当に凄く、
「あの、船長?
先程『強制は出来ない』って言いましたよね?
なんか矛盾してません?」
なんって事も言えるはずなく俺はただただ全てを飲み込んで頷く事しか出来なかった。
いや、まぁ、ちゃんと手袋はするし手に怪我をした人が作るって分かった上で食べてくれるのなら俺も構わないんだけど・・・
後になってお腹を壊したから賠償金払えなんて言われないかな?
一層の事そこ等辺対策に契約書でも書いて貰ってからお出しする?
いや、流石にそこまではやり過ぎか。
そもそもこんな事件が起きた後なんだから普通に考えてルグ達以外俺が作った料理なんて食べたくないだろうし。
間違いなく安全な瓶詰とかの方が良いに決まってる。
「それではまた何かあったら連絡します。
あ、それと、火災にさえ気を付けて下さればデッキで調理して構いませんからね」
「はい。ありがとうございます」
今ここで出来る事はもう無いと最後にそう言って集まった人達が散っていくのを見守ってから足早に出ていく船長に頷き返し、俺達も一旦自分達の部屋に向かう。
厨房は求水病の調査の為にマリブサーフ島に着くまでこのままにしておく事が決まったし、瓶詰やシェフが作ったシュトレンの様な長持ちする菓子パンは他の船員さん達が配ってくれるそうだ。
だから今日の俺の仕事は一旦これで終わり。
この場に居なかったピコンさん達とも色々話し合わないといけないけど、取り敢えずそれは二の次だな。
まず俺は何にも気にせずルグ達用の夕飯を作る事にしよう。




