46,跳ねかえる巨大クロッグ 3匹目
俺の質問に答えた後は他愛も無い話をユマさんとするバトラーさん。
部屋の入り口で俺達を迎えたロアさんは、そんなバトラーさんの後ろで値踏みする様に俺達を見ている。
バトラーさんパーティー唯一の女性、マキリさんは隣の部屋で何か作業をしている様だ。
水が流れる音と仄かに甘いスッとする香りがするから、多分お茶でも入れてるんだろうな。
その予想は当たっていて、
「どうぞ」
と言う短い一言共に、花の様な形のソーサーに乗った、青紫色の花が咲いた蔓草が描かれた真っ白なティーカップを4つ。
俺達とバトラーさんの前に置いた。
そのティーカップの中には白い湯気が立ち上る、紅茶らしい薄茶色の液体が注がれている。
「今日は挨拶に来た・・・
だけじゃなさそうだね?」
「はい。
今回の件は非常に情報が少なく、依頼の準備もままなりません。
私達では調べられる範囲が狭く、依頼の事で冒険者が訪れる此方なら何か分かっているのではないかと思い尋ねました」
ユマさんとの談笑で乾いた喉を潤す様にマキリさんが入れたお茶を一口飲んで、バトラーさんがそう尋ねる。
やっと本題か。
今まで以上に気が抜けないな。
「・・・・・・そうだね。
他の冒険者よりは情報が入っているのは確かだよ。
それで何が聞きたいのかな?」
「聞きたい事は8つ。
1つ目は、エスメラルダ研究所がある土地に何か曰くが無いか。
2つ目、エスメラルダ研究所で何か問題が無かったか。
3つ目、本当に今回の依頼で暴れたのは巨大クロッグなのか。
4つ目、そもそもエスメラルダ研究所で研究されていたのはクロッグだけで、クロッグを巨大化させる研究だけをしていたのか。
5つ目、研究所で働いていた職員は何人で何処の誰なのか。
6つ目、その職員はエスメラルダ研究所で働く前に何処で何をしていたのか。
7つ目、どうやってエスメラルダ研究所で働く事になったのか。
8つ目、分かればですけど、エスメラルダ研究所に出入りしていた人物について。
噂の範囲で構いません。
何か知ってる情報は有りませんか?」
指折り数えて言うユマさん。
その言葉に対してバトラーさんから一瞬笑みが消えた。
それにロアさんとマキリさんも警戒を強くした様に思える。
ユマさんが聞いた質問の殆どは俺が考えた物だ。
今回の事件で起きてそうな最悪のケースを幾つか漫画や小説から出した。
今回の巨大クロッグ事件がカモフラージュで裏で何か別の大きな事件が起きてる可能性も考えたけど、バトラーさん達の反応を見るにその可能性が濃くなったかもしれない。
「・・・・・・・・・君達が知りたい情報を僕達は確かに持っている。
でも、教える前に聞かせてくれないかな?」
「何でしょうか?」
「さっきの質問。どうして君達は聞きたいのかな?」
「今回の事件が起きた原因。
その可能性が有るものを幾つが私達で出し合いました。
その可能性を絞る為です。
最悪を予想して可能性があるもの全てに対策を考え、それ用の道具を持っていく訳には行きません。
そんな事したら逆に身動きが取れなくなります」
警戒し過ぎて動けなくなるし、荷物が多過ぎても動けなくなる。
可能性が高いものの対策を主に、必要最低限身軽に動ける物を準備して、他の可能性は頭の片隅に。
いざと言う時に予想が外れても最悪を回避する作戦だけは確り考えておく。
その為の情報が必要なんだ。
「へぇ。どんな可能性を出したのかな?」
「そうですね・・・・・・
まず、研究所が全く関係ない場合です。
研究所があるエスメラルダやスペクトラ湖の近くでは地震が起き易いとか、最近大雨が降ってスペクトラ湖が氾濫し洪水が起きた可能性とか、土砂崩れが起きた可能性とか。
そう言う自然災害の可能性や元々近くに住んでいた巨大な魔物や動物が何らか。
例えば食べ物が少なくなったとか別の魔物に住処を追われ降りてきたとかの可能性。
それと可能性は非常に低いですが、街の配置が魔方陣になっていて何かの切欠で発動したり、街の真下や湖の底に何か巨大な魔物が封印されていたりとかの可能性です」
事故の次に可能性が高いのは自然災害だと思う。
特に湖の氾濫やそれによる洪水。
ルグやユマさんが言うにはローズ国では滅多に地震が起きないそうで、地震が起きたならもっと噂になってるから可能性は低いそうだ。
この世界の地理に疎いからエスメラルダ付近に土砂崩れが起きる様な山があるかどうかも分からない。
けど、最近エスメラルダ周辺で雨が降ったらしい。
それに、研究所が建つずっと前には何度も洪水が起きているって話を聞いた。
今は研究所が建つのに伴い、洪水が起きない様湖を工事したそうだから、氾濫や洪水の心配は無いそうだ。
だけど、今まで大丈夫だったからと言って今回も氾濫しないとは限らないだろう?
まぁ、雨が降ったと言ってもどの位の雨量か分からない以上、完全に憶測の粋だけど。
後は、当時の工事の技術や工事してからの補強や修理の工事の回数や仕方によっては、老朽化や耐久性に問題が有るかもしれない。
そこから考えて氾濫や洪水の可能性は結構高い方だと思うんだ。
それに反して魔方陣や魔物って可能性は意外性をとった冗談交じりの可能性で、多分無いと思う。
何度も言うけど此処は俺の常識が通用しない異世界。
まさかの大穴であるかもしれない、と頭の片隅に置いとくだけ置いとく。
そして街に下りてきた別の巨大な魔物や動物の可能性も低い。
ルグとユマさん曰く、元々周辺に居る生き物の中で1番大きい生き物でも2mあるかないか位。
人為的に連れて来ない限り、エスメラレルダやスペクトラ湖周辺には人を踏み潰せる程巨大な魔物や動物は生息していないそうだ。
「自然災害や他の魔物が原因だと本当に巨大クロッグが居るかどうかも怪しくなります。
巨大クロッグが居ると言われているのはエスメラルダ研究所からの緊急連絡が切れる直前、巨大な影に覆われたから。
連絡を遣した研究員は『研究していたクロッグが暴れている』とは言いましたが、『巨大な』クロッグが暴れているとは一切言っていません。
そうなると通信が切れる前に研究員を襲ったのは、別の巨大生物や急に倒れてきた建物の壁かもしれません」
「なるほどね。
だから『土地に何か曰くが無いか』聞いたのか」
「はい。
それと研究所が関係している事ですが、研究所が出した廃棄物のせいで突然変異した魔物や動物の可能性やクロッグ以外を密かに研究している場合。
その研究に使っていた生き物を違法に逃がし野生化している可能性もあると考えています。
だから『本当に研究されていたのはクロッグだけなのか』も重要なんです」
廃棄物のせいで突然変異した生き物。
可能性として出したものの俺自身、可能性は低いと思っている。
寧ろ廃棄物のせいで元々住んでいた生き物が大量に変死している可能性の方が高いと思うんだ。
だけど魔法道具に詳しいユマさんからすれば、十分高確率で起きる事らしい。
実際魔法道具の研究所から出た廃棄物が原因で突然変異した新種の生き物に襲われる事件と言うのは、数十年前まで世界中でほぼ毎年。
今でも時たま起きているそうだ。
その突然変異した生き物が巨大生物かどうかは兎も角、研究所の内容と出来てからの年数を考えても何かしら新生物が居ない方が可笑しいらしい。
連れて来られた生き物についてはバトラーさんの回答待ちだな。
「『クロッグを巨大化させる研究だけをしていたのか』と言うのは?」
「単純に巨大化したクロッグ以外にも毒や火を吐くクロッグや、鳴き声を聞いただけで急激に老いてしまうクロッグ。
後は、スライムの様に体を構成する全てがオーガンになっているクロッグが居るかも知れない、と考えたからです。
もしくは研究の副産物で生まれた新種の生き物や薬品等があるかも知れない」
研究中ってのは何が起きるのか分からないし、その研究で出来た副産物ってのは重要な資源だと思う。
場合によってはメインの研究よりも重要になるかもしれない。
そういう物の研究が原因で今回の事件が起きた可能性も捨てきれないと思うんだ。
と言うか、その副産物が原因で物語が始まったり、主人公やヒロインが特殊な力や体質になるのは漫画や小説、ゲームで良くある事だろ?
「『研究所で何か問題は無かったのか』は~・・・
派閥争いについてだよね?」
「いいえ。
確かにそれも原因として考えられますが、研究所が借金をしていないか、研究者の労働状況はどうだったか。
余裕が無くほぼ故障した機材を無理矢理使い続けていたり、殆ど不眠不休で研究員を働かせていた可能性。
そう言う『事故が起きて当然の環境』じゃなかったのか。
後は周囲の住人や同業者、元職員やその家族に怨まれる様な事をしていなかったか、ですね」
派閥争いによる足の引っ張り合いで事故が起きた可能性も捨てきれない。
けど、俺としては研究所の職場環境が原因で事故が起きた可能性が1番高いと思ってるんだ。
良く考えてみろ。
あのおっさんが建てさせた研究所だぜ?
「月月火水木金金」
で
「有給?何それ美味しいの?」
で
「パワハラ、セクハラ日常茶飯事です!
むしろこれが普通普通!!」
な職場だと言われなきゃ納得出来ない位、ホワイトでクリーンな職場なんて想像出来ない。
何より今の今まで研究所を放置していたおっさんがまともな研究資源を出していたと思うか?
そこもかなり怪しいだろう。
どんな研究でも研究資金ってのは馬鹿にならないものだ。
消費するのは一瞬だけど、支援なしに研究所だけで稼ぐと成ると相当工夫しないと難しいだろう。
だからこそ、ちゃんとした研究資金を稼げているのか。
そこら辺も疑うと限が無いんだよ。
そこから考えると研究所が周りから怨まれてる可能性が高くなると思う。
さっき言った廃棄物もそうだけど、酷い職場環境によって荒んだ職員による問題で、周りに住む人達は迷惑を被っていただろう。
それと、研究資金を調達する為に他の研究所の研究成果を横取りしていた可能性。
なによりそんな環境で家族が働いてたら。
その上職場環境のせいで家族が過労死でもしていたら、残された家族の怒りや憎しみは計り知れない。
まともじゃない職場環境による事故か、怨まれる様な事をした為に復讐され起きた事件。
いや、復讐と言う線で考えるなら『エスメラルダ研究所』と言う1つの括りではなく、『エスメラルダ研究所で働く誰か個人』に対する恨みの線も捨てきれない。
「だからこそ、『研究所で働いていた職員は何人で何処の誰なのか』、『その職員はエスメラルダ研究所で働く前に何処で何をしていたのか』、『どうやってエスメラルダ研究所で働く事になったのか』・・・か」
「はい。
復讐による事件だった場合、もしかしたら犯人の目的はまだ達成されていない可能性もあります。
そうなった場合、犯人の復讐劇に利用される可能性や研究員を助け様とした事で攻撃される可能性もあります。
そして、『研究所で働いていた職員は何人で何処の誰なのか』、『その職員はエスメラルダ研究所で働く前に何処で何をしていたのか』、『どうやってエスメラルダ研究所で働く事になったのか』と質問したもう1つの理由であり、『エスメラルダ研究所に出入りしていた人物』について質問した理由。
研究所の職員や頻繁に出入りしていた者の中に行方の分からなくなった犯罪者や、秘密裏に動いているテロ組織の一員が紛れている可能性です」
そんな漫画の様な超展開ある訳無いだろ。
と笑い飛ばしたい所なんだけどな?
何故かルグにこの世界の事を教えて貰った時に言われた、
『今ローズ国に、何年も逃げ回る有名なウンディーネの犯罪者が何人か潜伏していると予想されている』
と言う言葉がグルグル頭の中を駆け巡ってるんだ。
「いや、まさか、そんな。無い無い」
と湧き出た考えを否定をするものの、ルグとユマさんに真剣な表情でキッパリハッキリ肯定されてしまった。
「今までウンディーネ達が起こしてきた事件と今回の事件。
それとエスメラルダ研究所が成功し続けていた場合の所長の財産を考えると、ウンディーネが紛れ込んでいる可能性は十分ありえる」
と。
ウンディーネ達が絞るだけ搾り取ってその場を去る時、派手で大きな事件を起こして去るそうだ。
自分達が居た証拠を消す為か、それとも唯楽しいからやってるのか。
今回の事件の予想される規模と被害を考えるにウンディーネが起こした事件に近い状況らしい。
それにエスメラルダ研究所の研究成果や研究所が約創立30年は経ってる、この世界の中では大きく歴史もある所だという事。
それ以外にも産業スパイは確実にいるだろうし、行方の分からない危険な思考の魔法学や魔法道具の研究者に目をつけられている可能性も十分あると思う。
「復讐者が居た場合もですが今回の件が『事故』ではなく『事件』だった場合。
この巨大クロッグ事件をカモフラージュに逃亡中の犯人に出会う可能性が高いです。
カモフラージュと言う意味では、逃亡する為に今回の事件が起きた訳ではなく、今回の事件の裏に更に別の事件が起きている可能性もあります。
その裏の事件の犯人を含めて、何も知らずそんな彼等に出会ったら私達は油断するでしょうし、後ろに居る者達によっては手も足も出ません」
特に俺が。
ルグとユマさんは未だしも、俺はそんな危険人物に出会ったら即行人質になるか殺される。
出合ったら俺は足手まといになるだろう。
「事前にそう言う者が居ると分かっていれば警戒出来ますし、いざとなれば彼等を捕らえる事の出来る者達に合図を送る事も出来ると思います」
「自分達で捕まえようとは思わないのかい?」
「そこまで私達は自分を過信していませんよ。
私達は名も知られていない1新米冒険者ですから」
そう言ってニッコリ微笑むユマさん。
バトラーさんも相変わらずニコニコ笑っているけど、ユマさんが犯罪者が紛れ込んでいる可能性を言った辺りから更に警戒心を強めた様に思える。
だからだろう、無言で笑い合う2人が怖い。
お互い腹の中を探り合っている様だからか、ルグとロアさん、マキリさんも睨み合っている様に見える。




