237,求水病 カルテ3
「後は皆さんがご存じの通りと言うか・・・・・・
えーと・・・
俺視点だとそう言う感じです。はい」
「そうですか・・・・・・」
身振り手振りを加えて説明、と見せかけてサインを駆使してルグ達用に四郎さん関連のアレコレを補足をしてそう説明し終えた俺は下から覗き込む様に不安そうに尋ねた。
上手く説明出来たかどうかも勿論不安だけど、この鋭い船長が俺達のサインに気づいたかどうかも不安なんだ。
船長含めこの船の船員さん達は。
いや、乗客達も含めて誰も完全な俺達の味方じゃ無いんだ。
この中に魔女や黒幕側の人間が紛れ込んでいて、ふとした世間話的に俺達の事を聞くかもしれない。
そうなった時船長が俺達の事を黙ってる義理は無いんだ。
だからこそやり過ぎだと言われる程の用心が必要で、今だって俺だけじゃなく俺達4人の間にはクエイさんの指示通りのピリリとした見えない緊張が走ってる。
「この場に今日釣りをした方はいらっしゃいますか?」
「は、はい!
私とエド君。そこの彼と一緒に釣りしました!」
「あぁ。やったし、釣り上げたレモラも売った。
でも、釣った時は何時もと変わらなかったぞ?」
「何時も、と言うのは?
何時の時期からの『何時も』ですか?」
「この船に乗ってからだ。
毎日釣り上げてるけど特にサトウの言う様な異変は無かったな。
ウミボウズとかも釣れなくなってきたし、時間帯とか多少の違いはあるけど釣れる数にもそこまで違いはなかった。
安定して大漁だ」
少し考え込んだ後そう聞いてきた船長に真っ先にマシロが名乗りを上げる。
そんな緊張して上ずった声のマシロに変わって代表する様にルグがそう詳しく答えた。
確かにルグとマシロが毎日持って来てくれる魚の数に大きな違いはない。
釣れてる魚の種類は通ってる海域の影響でコロコロ変わってるけど、数に関しては他の人達と同じ様に合わせればこの船に乗っている全員に十分行き渡らせられる量が釣れてるんだ。
「では、種類に関しては?」
「種類?魚のか?」
「はい」
「えーと・・・」
「それに関しては料理長が記録取ってくれてます。
釣って直ぐ逃がした分に関しては分かりませんが、買い取った魚に関してはその小部屋に置いてあるノートに・・・」
「これですか?」
「はい」
続けてされた船長の質問にルグの視線が泳ぐ。
どうも釣れる感じや数に関してはしっかり覚えてた様だけど細かい種類までは覚えてなかった様だ。
それはマシロや他の釣りをしていた人達にも言える事で、皆一様に頭を捻ってる。
そんなルグ達の姿を見て俺はそう補足しながら物置になってる厨房隣の小部屋を指さした。
食用に向いて無かったり好みじゃ無いからと厨房に来る前にリリースした魚が居るかもしれない事を考えると、そこまで参考にならないだろうけど何も無いよりはましだろう。
あっ!
そう言えばもう1つレモラ関連でシェフが不思議がっていた事があったな。
「そう言えばレモラが多い事に料理長が不思議がってました」
「えぇ。
確かにこの海域にしてはレモラが捕れ過ぎています。
この辺りの海ならホグフィッシュの方が捕れるはずなんですが・・・・・・
その事に関して彼から何も報告がありませんでしたが、何か聞いてますか?」
「あ、はい。
その時は直ぐに釣った人達がレモラ料理好きな人達ばっかりだったんだろうって結論に落ち着きました。
直ぐに料理長が今晩は期待通りレモラ尽くしにしようって張り切る位些細な事だと思ってたんですけど・・・
そんなに異常な事だったんですか?」
「いえ、それはまだ・・・・・・
皆さん、彼の言う通り態とレモラだけを持ってきましたか?」
「いいや。
食べれないって聞いた奴以外は全部持ってきたぞ。
端から釣って良い感じの数になったから持ってきた」
「そうですか・・・
と言う事はやはり、単純にレモラが捕れ過ぎてると言う事ですか・・・・・・」
単純に釣ってくれた人達の好みだと思ってたけど、どうも違うみたいだ。
ルグとマシロだけじゃなく他の釣りをしていた人達も毒とかが有って食べれない魚以外は全然リリースしていなかったらしい。
食べれる魚を種類関係なく釣り上げてバケツがいっぱいになるか、持てなくなるギリギリまでいったら厨房に持ってくる。
だからこそ目立つ本来よりも多いレモラの数。
一見大した事無さそうなこの異変はきっと重要な意味があるはず。
いや、既に1つその原因の可能性が俺の頭の中にはあるんだ。
「・・・もしかして人に寄生する為にレモラを操って釣られに来たって事でしょうか?」
「まさか、そんな事・・・・・・
そんな危険な生き物が現実に存在するんですか?」
「どう、でしょう・・・
咄嗟にああ言ってしまいましたがまだこの寄生虫のメインターゲットが人とは確定していませんし、レモラを食べる大型の魚が元々のターゲットで運悪く人も引っかかった可能性もあります。
ですが実際に人に寄生するキノコが居るんです。
人が食べる物に寄生して操って人に寄生する寄生虫が居ても可笑しくないと思いますよ?」
俺の世界にも虫を操る寄生虫とか何種類も居るし、人面歩キノコやゾンビ毒があるこの世界の事だ。
虫だけじゃなくもっと大きな生き物をターゲットにして操る寄生虫が自然発生しても可笑しくない。
寧ろ気になるのはその存在自体じゃなくここ最近になって急に活発化した事だ。
マリブサーフ列島国で何か災害でも起きたんだろうか?
それとも工場からの廃水や船同士の衝突事故が原因の人災?
あぁ、いや。
何時もより大分早く訪れたアクルの事を考えるとヒヅル国で起きたナニカがバタフライエフェクト的にここまで影響を及ぼしてる可能性もあるか。
そう俺は考えたけど周りの人達はそうじゃ無いみたいだ。
「まさか、あの噂は本当だったのか?」
「噂?」
「はぁ!!?
最近はこの船の中でもその噂でもちきりだろう!?
今1番熱い話題だ!本当に知らないのか!!?」
「いや、あの・・・
毎日色んな噂が飛び交ってるので、『あの』とか『その』ばっかで主語が無い話じゃ流石に察せられないのですが・・・」
「魔王が生物兵器を使って襲い掛かって来てるって噂だよ!!!」
「なッ!?」
1人の男性の恐怖に染まった小さな呟きからザワザワと嫌な波が広がった。
自分も聞いた事ある、知ってると集まった人達が口々に声を上げまさかまさかと疑心の色に染まっていく。
その瞬時に広まった不名誉な思考に俺は驚愕に固まる事しか出来なかた。
「新しい勇者様が現れたって話も聞くし、本当に魔族達が・・・・・・」
「そんな訳ッ!!
まだそうと決まった訳じゃありません!
まだこの寄生虫が魔法で作られた不自然な生き物かどうかすら分かってないのに言いがかりで彼女を、彼女達を傷つけないで下さい!!!」
「そうとしか思えないだろうッ!!!?
アンタは魔族と仲の良いヒヅル国人だからそう思いたいんだろうけどなぁ、どう考えてもこんなヤバい生き物自然に生まれるはずないだろう!!
魔王が創る以外生まれるはずないッ!!!」
「そんな事ないッ!!!」
「だったら他にどんな可能性があるって言うだ!?」
ユマさんはそんな事しないッ!!!
いや、この寄生虫を創ってマリブサーフ列島国で求水病を流行らせる事なんてどう考えても絶対不可能なんだ!!!
出来る訳がない!!!
もし仮にこの寄生虫が誰かに作られた生き物だったとしても、その犯人は絶対にユマさんじゃない!
黒幕の正体かもしれない生き残った白悪魔達やその技術を使った魔女達が創った可能性はあっても絶対ユマさんやナァヤ君である訳ないッ!!!
そうユマさん達の事を知ってる俺は反射的に反論するけど、ユマさん達個人の事を全く知らない昔から語られてきた敬愛する勇者と敵対する悪い魔王のイメージしかない恐怖と疑心に囚われた男性達には分かって貰えなかった。
寧ろ昔から魔族と親しい『ヒヅル国人』だからそう魔族を美化してると言われる始末。
それでも俺がつい口にしてしまった発言のせいで魔女や黒幕達の思惑通りユマさんが悪者にされる事が耐えられなくて、俺は強く強く更に反論した。
そのまま男性の言う通り『魔王が寄生虫を創ってマリブサーフ列島国に流した』と言う説以外の可能性を上げていく。
最初に思った災害説以外にも輸入食品や海外旅行者の増加や海外から取り寄せた珍しいペットのブーム。
そいう俺達の世界での寄生虫が増える原因の事も言った。
特に海外から連れて来られた可能性は非常に高いだろう。
自分で言っていて気付いたけど、ヒヅル国の人達は比較的最近アンジュ大陸国以外とも交流し始めたんだよな。
その事が切っ掛けでヒヅル国の寄生虫がアクルにくっ付いてくる以上に海外に流れ、全く違う環境に適応して進化したか逆にヒヅル国よりマリブサーフ列島国の環境が合っていて一気に増えた可能性もある。
「確かに現状そう言うジャックター国の女王様が創った可能性を完全に否定する事は出来ません。
その前の時代の王様達が創った説もです。
ですが専門家でもない俺が少し考えただけでもこれだけの『それ以外の可能性』があるんです!
他国に似た様な症例が在るかどうかも、似た姿の寄生虫が居るかどうかも、マリブサーフ列島国に訪れた魔族が不自然な動きをしているかどうかも全く確認されていない。
未知の病気に対する混乱をある程度抑え終え、これから本格的に調査を始めようって言う本当に何1つ分かってない状態で彼女達のせいだと決めつけるのはやめて頂きたい!!
そう言う判断は国や専門家の人達が冷静かつ客観的にシッカリ調べて、途中経過でもその結果を嘘偽り無く発表してからにして下さい!!」
「お、おう・・・・・・悪かったな・・・」
不特定多数に言う事が出来ないユマさん達と個人的な繋がりがある事や『レジスタンス』関連のアレコレ。
それと勇者ダイスに滅ぼされた白悪魔達が生き残ってるかもしれないとかの黒幕の正体関連の事。
そう言う事を抜かしてもこれだけ沢山の可能性が何も分かってない現段階でも言う事が出来たんだ。
俺個人の感情を優先してどうしても否定したくなるけど、冷徹かつ客観的に見れば他の可能性と大差ない。
だから魔王犯人説を頭から否定する気は無いけど、俺が出した説全部を少しも否定出来ないのに勝手につけた不名誉なイメージだけでユマさん達のせいにするのはやめろ。
そこまで言い切れば話を聞いて冷静になったのか、それとも俺の剣幕を立てる様な長い説明に引いたのか。
タジタジになった男性が謝って来た。
1番最初に魔王犯人説を唱えた男性が謝った事で集まった人達に広まったユマさんに対する疑心も薄れた様に思える。
その際人ごみに紛れる様に小さく舌打ちして一瞬顔を顰めた女性は間違いなく英勇宗信者だろう。
黒幕達からの指示なのか、それとも『勇者様』からの啓示とか言う自己暗示を掛けた上で自主的に行動してるのか。
そこは分からないけど、こんな狭い船の中でもルグやユマさん達に対するヘイトスピーチに余念が無いとは恐れ入る。
きっと俺が知らないだけでこの人は他にも魔族に対する悪い噂を広めてるんだろうな。
そしてそれをルグ達は既に知っていた。
だから場の雰囲気が少し良くなったのに伴って、感情の読めないスンとした表情で静観していたルグや泣きそうな顔でオロオロしていたマシロ、苦虫を潰した様な不機嫌そうな顔をしていたクエイさんの雰囲気も大分柔らかくなったんだ。
まぁ、未知の寄生虫に対する恐怖自体が無くなった訳じゃ無いから完全に場の雰囲気全部が良い雰囲気になった訳じゃ無いんだけど。
それは今の俺じゃどうにも出来ないから多少ましになっただけ良しとしよう。




