234,新種の魔物と奇病
食べ終えた客室の食器を集めて洗って厨房の掃除をして。
そう言う最後の仕事を終えた夜9時過ぎ。
全員一緒に泊まってる部屋に戻ってきた俺は早速今日シェフから聞いた話を話した。
それにしてもやっぱりこの部屋、起きてる人が沢山居ると圧迫感がさらに増すな。
左右の壁際に置かれた箱の様な3段ベッドとその間に置かれた机、入口奥の小さな丸窓下の壁を占領する人1人がゆっくり寝れる程大きなソファー。
そこにピコンさん以外が思い思い座ってるからただでさえ狭い部屋が更に狭く感じる。
まぁ、1番安い寝る為だけに帰って来る様な部屋だからこう言う風に会議するのに向いて無いのは仕方ないんだろうけど。
だからって誰に聞かれるか分からない他の部屋に行くのはなぁ・・・
話している間視線以上に圧まで掛けられてる気分になるけどそこは安全の為に仕方ないと割り切ろう。
割り切ろうと思ってもつい視線をさ迷わせちゃうのはご愛敬って事で。
「じゃあさぁ、その新種の魔物どうにかしてドラク族に恩売ろうぜ。
ドラク族にも被害出るなら十分交渉の材料になるだろう?」
「バーカ。そんな事したら逆効果だ、逆効果。
相手は狩りを、戦いを価値観の基本にしてる部族だぞ?
恩がましい事してまで戦士の誇りを穢す気かって逆に印象が更に悪くなるに決まってるだろう」
「あー、それもそうかぁ・・・・・・
じゃあ、今の無し!」
その話の途中で名案だとばかりそう言うザラさんにすかさずクエイさんが反論する。
確かに自他共に『強い部族』として認められ、それを誇りにしてる人達に未知の生き物に苦戦してるからって無暗に手助けするのは侮辱以外の何物でもないだろう。
ただでさえ『願いが叶う』って噂のせいで外国の人達に悪印象を持ってるのにそこまでしちゃったらイメージ回復は不可能になるんじゃないかな?
「そもそもそドラク族が噂を信じた人達をどうにかする為に自爆覚悟でその未知の魔物を解き放った可能性もあるんですよね。
料理長達がマリブサーフ列島国を出るまでに判明していた情報によるとその魔物はイーラディルスに似た黒くて巨大な爬虫類だったらしいので」
「えーと、つまり・・・
手綱を離された『不死身のドラゴン』かもしれないって事?」
「うん」
引きつった様な硬い顔でそう聞くマシロに俺は頷き返した。
水ビームとか雷召喚とかそう言う事をしたって話はなかったらしいけど、『レッドバー島に居る黒くて巨大なイーラディルスやトカゲに似た生き物』って言われるとどうしてもまず『不死身のドラゴン』の事を思い浮かべてしまう。
まぁ、現状俺達も勇者ダイスが大苦戦した『不死身のドラゴン』と戦わないといけない可能性が高いからそうなっても仕方ないんだけど。
「おい、おい。流石に冗談だろう?
今のレッドバー島は勇者様でも倒せなかったバケモンが首輪もリードもなく闊歩してるって言うのかよ」
「最悪な可能性の1つとしての話ですのでまだ何とも・・・・・・
流石に此処で手に入る古い情報だけじゃ確定なんって出来ませんよ」
「だよなぁ」
「まぁ、個人的にはメラニズムのイーラディルスが暴れてる可能性が1番高いと思ってるんですけどね」
「はぁ?」
確かに俺もシェフから聞いて直ぐは『不死身のドラゴン』がその未知の魔物の正体かと思ったよ?
でも暫く経って冷静になってから改めて考えたらこっちの方が可能性として高いと思ったんだ。
イーラディルスに似てるのは間違いないみたいだし、元々イーラディルスはレッドバー島に生息してるみたいだし。
だから偶然、他の個体と体色が違うイーラディルスが他のイーラディルスから追い出されに追い出され人里にまで来てしまったって可能性の方がまだ現実的だと思うんだ。
生まれて直ぐ色違いって理由だけで群れを追い出されるだけで殺されず、たった1匹で生きてきたならとても強いらしいドラク族が手を焼く位強くても可笑しくないだろうし。
2つの島で現れたのは同一個体が海を泳いで渡ってるか、メラニズム個体が生まれやすいナニカが起きたから、かな?
そう思って顔顰めたザラさんにそう答えつつ『不死身のドラゴン』の可能性は低いと続ければ周りから怪訝そうな声が上がった。
「メラニズム?なんだそれ。
サトウの世界の病気か?」
「あ、えーと・・・うーん・・・・・・
病気、なのかな?
原因とか俺も詳しく分からないけど、メラニンって言う・・・
皮膚とか毛とかにある黒い色を与える物質?
って言えば良いのかな?
その髪とか皮膚とかが黒くなる元が生まれつき過剰に作られるせいで他の個体と違って真黒な姿になる症状の事、かな?」
「つまり、クエイ君達カラドリウスの中に時たまオレンジ色の瞳じゃない子が生まれてくる、みたいな事かな?」
「あ、はい。そんな感じです。
その全身黒色バージョン」
あぁ、なるほど。
怪訝そうな声を上げた原因はそっちだったか。
ジェイクさんの言う通りカラドリウス達の目の色に関する遺伝子疾患の事は知られているみたいだったから、てっきりメラニズムの事も知られてると思ってたんだ。
原因とか分かって無くても極稀に黒色が強い子が生まれる事がある位には知られてるのかと・・・
そう思ってクエイさんの方を見ると納得した様な顔で声を漏らしていた。
どうやら翻訳の関係で上手く伝わらなかっただけみたいだ。
「確かに偶に居るなそう言う奴。
先祖返りでよく似た別の種族として生まれてる訳じゃ無かったのか」
「どうなんでしょう?
全員が全員アルビノやメラニズムって訳じゃ無いかもしれませんし。
本当に先祖返りの人だった可能性もあると思います」
「まぁ、兎に角だ!
今レッドバー島には魔物って勘違いされた色違いイーラディルスか、逃げ出した『不死身のドラゴン』か、マジモンの新種の魔物のどれかが居るのは間違いないんだよな」
「で、物凄く強いのも間違いない、と。
ッたく!
ドラク族だけでも元々厄介なにの何で更に厄介な事になってんだよ!!」
「あ、厄介と言えばもう1つ」
「まだあんのか!!?」
「うん。
十中八九クエイさん頼りの厄介事が起きてるんだよ」
兎に角とこの話をしめたザラさんの言葉に続けてルグが悪態を吐く。
そんなルグに更なる悲報だ。
もう1つマリブサーフ列島国では厄介な事が起きてる。
最悪その厄介事のせいで島に入れないかもしれないんだ。
「今ロレット島で奇病が流行ってるらしいんです」
「あ、その話ならボク達も聞いたよ。
求水病の事だよね?」
「はい」
求水病。
ある日なんの前触れもなく大量の水を求める様になる奇妙な病気。
症状としてはまず周りの人の静止も聞かずに浴びる様にガブガブと異常な程水を飲み始める。
その後頭痛やめまい、頻尿や下痢の症状が出て末期になると嘔吐を繰り返したり呼吸困難になったり意識を失ったり。
場合によっては性格がガラッと変わった様に錯乱してしまうらしい。
そして最後は水を求め過ぎた故に入水自殺してしまう。
「恐らくだが、頭痛や嘔吐は死人モドキの世界で見た水中毒ってのが原因だろう。
水を求めるのとは別の原因だ」
「合併症って事ですか。
なら求水病は異常に喉が渇く病気って事でしょうか?
脱水症や糖尿病、ドライマウスとかそう言う・・・」
「病気じゃねぇ可能性もあるな。
水を欲しがるだけなら毒が原因で脳が異常を起こしてるか、ウンディーネ辺りに魔法で操られてる可能性もある」
「その毒が原因って言うのも毒キノコや魚に寄生した菌やウイルス、寄生虫が原因の食中毒ではなく、ゾンビ毒の様に『誰かが意図的に流した毒』って認識で良いのでしょうか?」
「アイツ等ならやるだろう?」
「・・・・・・・・・・否定できません」
あぁ、魔女や黒幕達なら確かにやりそうだ。
クエイさんの蔑みを含んだ言葉を聞くと尚更。
平然と自国の国民をゾンビなんかにして架空の事件をでっち上げる奴等なんだ。
他国の人達相手なら尚更ナト達を勇者として活躍させる為にそう言う悪どいマッチポンプをしても可笑しくない。
「まさかロレット島にもゾンビ毒が流されてそんな異常行動をさせられてるなんって事は・・・・・・」
「大丈夫。
クエイ君は意地悪でああ言ってるけどそこはアル君経由でちゃんとマリブサーフ列島国の王様達に確認してあるからね。
原因は未だに不明だけど被害者達の瞳の色的にゾンビ毒やウンディーネの『魅了』が原因じゃ無いのは間違いないよ」
「そうですか・・・・・・なら良かった・・・」
「でも、求水病が流行り出した辺りで英勇宗の信者らしき人達が増えて尚且つ活動が活発になってるんだよね。
今の所『求水病の原因は魔王』って言い回ってるだけみたいだけど」
その裏で何をしているのか・・・・・・
そう重々しい溜息を吐く様に言葉を吐くジェイクさん。
俺達の予想通りゾンビ毒や魔女の魔法が関係ないだけでやっぱり魔女や黒幕達が何かやってるのか、それともただ単に偶然流行り出した求水病を利用してるだけなのか。
そこ等辺もまだ調査中みたいだ。
取り敢えずアルさんを通してクエイさんとジェイクさんも協力しているみたいだから本当に病気だったらどうにかなるかもしれない。
この日はそう思うだけでこの話は終わったんだ。
けど、その後直ぐあんな形で俺達が求水病を解決するとはなぁ。
この時の俺達は露ほども思わなかっただろう。




