233,余計で厄介な噂
「そういやぁ、アイツ知らなかったんだなぁ」
足早に戻って遅くなってしまった料理を運んでいく。
食堂に来た人達の料理を運んで、ルグ達の様に客室で夕食を取る人達の料理も運んで。
そう言う一通りの仕事を終えてシェフと一緒に休憩をしてる時、俺を見ながらふとシェフがそう言ってきた。
「え?何がですか?」
「兄ちゃんが参加したら賭けの趣旨から大きく外れちまうって事」
「賭けから?何でです?」
「何で、って・・・・・・
お前が今食べてるのはなんだ?」
「賭け料理の余りです」
「だからだよ。
嫌がる事なく普通の料理食べるみたいに淡々とゲテモノ料理を食べれる奴だって知ってたら皆兄ちゃん1人に賭けるだろう?
イカサマなんかしなくても間違いなくこの船の誰よりも早く食べ終わるだろうし。
だから賭けの意味が無いんだよ」
「ゲテモノって・・・
何時も通り問題なくとても美味しいですよ?」
「美味いって言ってくれるのは嬉しいけど、そう言う問題じゃ無いんだよなぁ・・・・・・」
余った料理と言う名の賄を頂いてる俺を見てシェフがため息を吐きそうな雰囲気でそう言う。
確かにシェフは賭け料理がどんなに余っていても味見以外絶対に食べない。
その味見も嫌々そうだし、今食べてる賄も別の料理だ。
その位シェフが賭け料理を嫌ってるのは分かるけど、自分が作った物をゲテモノと言うのは流石にどうかと思う。
いや、この世界の文化の事は一応理解してるんだけどな?
気持ち的にどうしてもそうモヤモヤしてしまうんだ。
味見もしてちゃんと美味しい物だって分かった上で出してるんだから、もっと堂々と自信を持って他の料理と同じく自慢の1品って言って良いんじゃないかって。
そう思って首を傾げればシェフはそう言う問題じゃ無いとまたため息を吐いた。
「あぁ、でも惜しい事したなぁ。
この事知ってるのが俺1人なら・・・・・・
兄ちゃん、やっぱり次の賭け出ない?」
「お断りします」
「どうしても?」
「美味しい料理は自分のペースでゆっくり味わいたい派なんです。
ですから、断固お断りします」
「チェッ!!」
どっからどう見ようとも勇気や勇敢からほど遠い弱々しい見た目や性格をしてるのに、食べ慣れたさくらの人達でも本能的な嫌悪感からつい手が止まってしまう。
そんな賭け料理をパクパク食べれる俺が賭けに出ればその事を唯一知ってる自分は大穴で大儲け出来る。
そうゲスい顔で机越しに迫るシェフに俺は絶対に賭けには出ないと伝えた。
大体、俺が出たらエンターテイメントとして成り立たないんでしょ?
周りに知られてないからってそう言った本人が金儲けの為とは言え出ろなんて言わないで下さい。
唯でさえ出たくないのに更に出たくなくなりました。
そう言う思いでジトッとシェフの目を見つめ返せば、漸くシェフも諦めてくれたんだろう。
舌打ちの様な拗ねた声を出して向かいの席に座り直してくれた。
「そもそも料理長さんはこの船の中でもかなり重要な役割を担ってる方じゃないですか。
そんなギャンブルなんかに手を出さなくても今の仕事で十分稼げてるでしょう?」
「何言ってんだ!
金は幾らあっても足りないもんだろう?」
「まぁ、それは・・・
俺も旅費が心許無くてバイトしてる訳ですしね。
分からない訳じゃありませんが・・・・・・」
「なにより賭け事以上に面白さと実益を兼ねそろえた娯楽は無い!!」
「あ、それは全く分かりません」
あ、はい。
単純にシェフが生粋のギャンブラーなだけって事ですね。
知ってた。
「大体、賭け事以上にって・・・・・・
絵や音楽、後はお祭りとか?
そう言うのがマリブサーフ列島国では有名だって聞きましたけど、それよりも面白いんですか?
お祭りは兎も角、絵や音楽は船の中でも出来るでしょう?」
「断然賭け事の方が面白いな。
そもそも音楽も祭りも母ちゃんの腹の中に居る時から見聞きしてるから飽き飽きしてるんだよ」
「そんなに飽きる程見聞きしてるんですか・・・」
「そりゃあ、殆どの島で毎日何かしらやってるからな。
静かな所なんて海の上を抜かしゃあレッドバー島かアルバ島の奥地位のもんさ。
目的地のマリブサーフ島なんて特に騒がしいからなぁ。
直ぐに海の静けさが恋しくなる位、お前等他国の奴等が想像するよりも騒がしいぞ?」
「ハハ。それは耳が心配になりそうですね」
そう脅す様に言うシェフに乾いた笑いで答える。
多分観光業にそれだけ力を入れてるって事なんだろうな。
「まぁ、最近はレッドバー島やアルバ島も別の意味で騒がしいけどな」
「別の意味で、ですか?何か事件でも?」
「あぁ。
実はな、今、最近発見された新種の魔物がその2つの島で暴れてるんだ」
「新種の魔物、ですか?」
声を潜め脅かす様にそう言うシェフに俺は首を傾げた。
急に見た事も無い魔物が現れて暴れ出したって、巨大クロッグやウィルオウィスプの様な事がマリブサーフ列島国でも起きてるって事なんだろうか?
そう思ってシェフに聞いたらそこまでは分からないと言われた。
「何かあって人が容易に踏み込めない洞窟の奥とかに居た生き物が出て来たとかですか?
縄張り争いや災害とかで。
それか研究所から逃げ出した品種改良した生き物とか排水とかが原因の突然変異とか」
「さぁ?
出る時にはそこ等辺のニュースはまだ出てなかったし、多分まだ専門家達が調べてる最中なんじゃないか?」
「そうですか・・・・・・
なら、他にその新種の魔物について分かる事ってありますか?」
「やけに食いつくなぁ」
「俺達レッドバー島にも行く予定なので」
「レッドバー島に?
まさかあの変な噂真に受けてんじゃないだろうな?
やめておけ、やめておけ。
あそこは話を一切聞かないこわーい部族が住んでるだけで他には何にも無いんだぞ?
火山に登った所で願いなんざ叶わねぇよ」
何処かなの馬鹿が面白半分に流した迷信だ、と呆れた様に片手を振るうシェフ。
そんなシェフに俺は首を傾げる事しか出来なかった。
何だその噂は。
そんな噂が今マリブサーフ列島では流行ってるんだろうか?
「なんだ、噂を真に受けたんじゃないのか?
なら純粋に巡礼か?
それだと島に入らなくても出来るぞ?」
「えーと・・・・・・」
「あー、下っ端には詳しい話しなんてして無いって事か」
「いいえ。
俺達、大切な人達が罹ったある病気の治療の為に薬の素材を探して旅してるんです。
その素材の1つがレッドバー島にあるって言う話を聞いて・・・・・・」
「そうなのか・・・・・・
それはー・・・あー、なんて言うか大変だったな。
いや、でもよぉ、その薬草、店に置いてないのか?
他の国で流通して無くてもマリブサーフかノアノアになら大体のモンなら集まってるはずだぞ?」
「だと良いんですけど・・・
今回探してるのが古い本に話だけ載ってる様な物なんです。
ですからマリブサーフ列島のお店にも置いてあるかどうか・・・・・・」
「だから直接探しに行こうってか」
「はい。最悪の場合は。
その・・・
そう言う事情でもレッドバー島に行くのは駄目なんでしょうか?
その位その部族の人達が怒ってるんでしょうか?」
勘違いしたシェフの言葉にそう言葉を選びつつ『とっても困ってます』と言う雰囲気で返せば、シェフは納得した様に頷いて同じく困った様に噂の事やレッドバー島の事を教えてくれた。
何でもマリブサーフ列島国の人達が最も信仰してる国教の宗派には、
『信仰対象である4代目勇者が訪れたと言われる各島を4代目勇者と同じ様に巡る』
と言う修業が有るらしい。
いや多分、他の宗派と同じ様に話が混じり合った結果シェフの様な歴史や宗教の専門家じゃなマリブサーフ列島国の人達が勘違いしてるだけで、正確に言えば『歴代勇者達が訪れた』なんだろうけど。
その頃はまだマリブサーフ列島もここまでバラバラじゃ無かったはずだし、勇者ダイスの日記にも似た様な話があったし。
そう言う訳で恐らくマリブサーフ列島国の国教以外にも巡礼を推奨する宗派があって、長い歴史の中で少なくない数の他宗派の信者達が巡礼の為にマリブサーフ列島を訪れていた。
いや、今この船に乗ってる人達の中にもそう言う信者の人達が居るんだろう。
それで大体の人達がやる様に船の上から火山を拝むだけじゃなく、敬愛する勇者と完璧なまでに同じ事をする為にドラク族の試練を突破して火山まで行こう!
って傍迷惑な程ガッツのある信者が居たらしい。
そしてその人に巡礼後偶然何か良い事が起きた。
その話が巡り巡って『レッドバー島の火山を登ると願いが叶う』と言う噂になったらしい。
「で、無茶して乗り込んで呆気なくドラク族にやられる奴が増えた訳。
あの島は治外法権区域だからなぁ。
ドラク族との仲を悪化させない為に国からの許可がないと入れないし、無理矢理入ったら入ったでなんにしてもとっ捕まるってのによぉ。
そこ等辺も知らない馬鹿が後を絶たないんだよ。
そのせいで巡回担当の兵士達もドラク族もピリピリしてんの」
「なるほど。
そして最近は新種の魔物のせいで侵入者兼被害者が更に増えて場の雰囲気も悪くなってる訳ですね」
「そうそう!そう言う訳なんだよ!!
そう言う意味でもよっぽどの用事が無いなら近づかない方が良いんだよ。
まぁ、兄ちゃん達の場合はそのよっぽどの理由みたいだけどな」
「はい。
それ以外の情報が見つからない以上、何が何でもその薬草が必要なんです。
それ以外もう、俺達には縋れるものすらない・・・」
これ、素直に試練受けれるかなぁ・・・・・・
他の噂を真に受けた人達と同じだと思われて問答無用で追い返されないか?
仕事が終わったらこの事、ルグ達に話して対策を練らないと。
その為にもシェフからもっと話を聞き出さないとな。
そう思って必死に薬草を求めてますと言う雰囲気を更に作る。
ナト達を連れ戻す事を目的にしてる俺と違い実際ピコンさん達は必死に『蘇生薬』の情報や素材を集めてるんだ。
それを別の目的がある俺が代表でシェフに話しただけだからあながち間違いじゃ無いだろう。
だたそう言う1番の目的の違いからどことなく演技臭い不自然な形になってしまったけど。
言葉にし終えた後、
『しまった!』
とヒッソリ冷や汗が流れたけど、チラッと見たシェフからは訝しげな雰囲気は一切感じられない。
感じられたのは更に強まった同情の念のみ。
どうにか違和感なく口を軽く出来るだけの同情は引けたのかな?
「それで噂と関係なくレッドバー島や火山、そのドラク族って人達に用がある場合はどうすればいいんですか?
俺達みたいにレッドバー島にしかない薬草や魔物の素材が欲しくて島に入りたいとか、ドラク族の人達と交渉したいとか。
そう言う場合はまず何処に話を通せばいいんでしょうか?」
「そう言う場合はギルドだな。
普通にギルドで手続きすれば島には入れる。
兄ちゃん達みたいな冒険者なら依頼を受けるって形でも入れたはずだ。
ただドラク族の方は自力でどうにかしないといけないけどな」
「何か手土産を持って行けば話位は聞いてくれるでしょうか?」
「さぁ?」
アルさん達の協力があれば島自体に穏便に入る事は出来るけど、その後のドラク族がなぁ。
軽く言ってるけどシェフのその表情的に手土産片手に話だけでもってのも厳しそうだ。
うぅ・・・本当、どうしよう・・・・・・




