225,悪役道化
「キビ」
「ナト・・・」
分かってたけど、軽い1撃で壊されるのはやっぱり悔しいな。
そう簡単に崩された壁を見てもう1度ギリッと自分の口の中から音が聞こえた。
その音に重なって、ナトが呼ぶ声が聞こえる。
顔を上げてみたナトの顔が良く見えない。
お互いの顔が見えない程離れてる訳じゃ無いのに、なぜかナトがどんな表情を浮かべてるか分からないんだ。
何でこんなに視界がぼやけてるんだろうな?
悔し涙は飽きる程流し尽くしたはずなのに、何でまだ涙が目に溜まるんだか。
壁を壊された時に舞った砂が目に入ったのかな?
「悪いけど、此処から先は行かせないからな、ナト。
嫌でも俺達の時間稼ぎに付き合って貰うから」
「・・・キビ、本当にそいつ等の仲間になるつもりなのか?」
「なるつもり、じゃなくてエド達の事は仲間だって思ってるよ、俺は」
「ッ!
そいつ等が何をやってるのか、分かってるのか!?」
「分かってる?分かってるに決まってるだろう!!
寧ろ分かってないのは、ナトと高橋の方だ!!!」
キャラさんからの情報で少しだけけでも希望を持ってしまったのもいけないんだろう。
自分が思っている以上にショックだったんだろうな。
こうなる事位、キャラさんから聞かされる前から簡単に予想が出来て、本格的に追いかける前から覚悟していた。
いや、覚悟していたはずなんだけどな・・・・・・
八つ当たりだって分かってる。
十二分に分かってるけど、それでも俺は足止めとか時間稼ぎとか関係なく耐えられずにそう叫んでいた。
魔女達のせいだって分かり切ってるけど、あれだけ必死に伝えた事を忘れてるナト達が嫌になりそうだ。
忘れないで、思い出して、抵抗して、違和感に気づいて!!
そんな言葉が渦巻いて上手く言葉出ない。
「いい加減にしろよッ!!!
こんな馬鹿な事ばっかやって、周りを傷つけ続けて!!
人を何だって思ってるんだ!!!
我儘押し通すのもたいがいにしろッ!!!」
同類な俺に相手を我儘だってなじる資格がない事も、
言っても無駄だって事も、
説得は不可能だって事も、
全部全部分かってる。
それでも俺は思わず袖で涙を強く拭って泣きそうなナトと睨んでくる高橋。
その2人の後ろに隠れてニヤニヤと気持ち悪い勝ち誇った笑みを浮かべる魔女達を睨んで叫んだ。
ああやって杖の先をユラユラさせてるのは、俺達に対する脅しなんだろうな。
ルディさんとキャラさんがどうなっても良いのか、って。
だから1番言いたい、『帰ろう』の言葉は口から出す事が出来なかった。
その分、何時かの様にこの目に全部の抗議を込めたけど、きっと。
いや、間違いなく抗議する思いだけじゃなく、
「どんな卑怯な事されても、絶対、負けない、屈しない、諦めない!!
最後は絶対俺達が勝つ!!!」
って思いと覚悟も1mmも届いて無いんだろうな。
「それはこっちのセリフだッ!!!
自分勝手な我儘でこの世界を滅茶苦茶にしようとしてるのは、お前が仲間だって言ってるそいつ等!!
魔王の方だろうがッ!!」
「違うッ!!!!!!
地下でも言っただろう!!?思い出せよッ!!!」
その俺の叫びに返事をしたのは魔女じゃなく、顔を真っ赤にした高橋だった。
その高橋に負けじと俺も叫び返すけど、その表情的にナトも高橋も思い出してはくれない様だ。
その俺達の様子を見て愉快そうに笑みを深める魔女と助手。
ほら、今直ぐ振り向いてその魔女達の表情を見て見ろよ、ナト、高橋。
こんな醜悪な顔する奴等が正義の味方に見えるのか?
その顔見たら自分の記憶が可笑しなつながり方してるって気づけるだろう!?
「ダメですよ、勇者様。
彼は完全に魔王に洗脳され、記憶まで書き換えられてる。
今のままでは勇者様方の言葉は届かない」
それはお前達がナト達にやってる事だろう!!!
ふざけるな!!!
そう叫べたらどんなにスッキリしただろう。
「言ったらどうなるか、分かってるな?」
と言いたげな気持ち悪い笑みを深くして、そうそっと後ろから高橋にあの気持ち悪い声で耳打ちする魔女。
その魔女の『魅了』の言葉が耳から入って高橋の内側を這いずって穢していく様に、その黒目の色を濃くしていく。
「そう、だったな。
佐藤を連れ戻す為にもまずはアイツ等が盗んだ物を取り返さないとな!!」
「えぇ、そうですよ、勇者様。
まずは『光のオーブ』と霊薬の元を取り返さないといけません。
お父様の為に。
いえ、彼の為にもまずはその2つを優先しないと」
魔女に頷き返し剣を構え直す高橋に、そう一瞬真剣そうに表情を歪めた魔女が言葉を重ねる。
あぁ、なるほど。
今更ここまでギラギラと俺達を狙う理由はそれか。
俺を理由にしてまで魔女が『光のオーブ』や霊薬を狙うのはコロナさんの言ってた通り、父親であるおっさんが大病を患ってるからなんだな。
元々コロナさんがスパイとして潜り込んでいた時からかなり酷かったらしいけど、ローズ国城をルグ達が壊した時の怪我や心労が原因か。
魔女の焦りようから言って恐らく今はその時よりも更に酷くなっているんだろう。
もしかしたら余命幾許も無いって状況なのかもしれない。
そんな中頼みの綱だった『光のオーブ』を奪えず、更に追い打ちをかける様に治療の要である霊薬を霊薬製造場ごとぶっ壊された。
そう考えると今更ながらの魔女達のあの執着具合にも納得出来る。
そうするとこの場でどちらか1つでも手に入れない限り、ルグとコロナさん達が来てくれても今度は逆に魔女達は何処までも俺達を追いかけてくる、はず。
皆が万全な状態なら兎も角、それは今の状態だと非常にまずい。
『クリエイト』で『光のオーブ』っぽいアクセサリーを作って誤魔化すか?
・・・・・・いや、それは駄目だ。
魔女達に記憶を消され洗脳され都合よく操られてるからって、ナト達もそこまで馬鹿になっていない。
だから長く盗聴器とかを仕掛けるには、何度も偽物の『光のオーブ』を掴ませる事は出来ないんだ。
と言う事でどうにか誤魔化しに誤魔化してこの場は諦めさせたいんだけど、上手く出来るか?
今でも結構ギリギリな気がするんだけど・・・
「同級生の誼だ。
大人しく『光のオーブ』と霊薬の元、返してくれたら今回は見逃してやる。
だから、さぁ!!大人しく奪ったモンを返せ!!」
「何の事を言ってるんだい?全く身に覚えがないね」
「そもそも例え高橋達が欲しいって言ってる物を仮に持ってたとしても、敵対してる以上『はい、そうですか』と簡単に渡す訳無いだろう?」
近くで焦ってる人やパニックを起こしてる人が居ると逆に冷静になるって話、本当だったんだな。
いや、俺の場合、何時もの如く『環境適応S』のスキルの効果もあるのかな?
なんにしても焦る魔女達を観察して考察を重ねていたらスンッと冷静になれた。
だからこそさっきみたいに感情任せに叫ばず、ちゃんと頭の中で練り上げた言葉を放てる。
「そこまで馬鹿じゃ無ければ甘い考えも持ってないんだ」
って。
そう言って甘言を口にする高橋を睨む。
そんな俺達の態度が気に食わなかったんだろう。
素直に首を傾げてる様でどことなく煽っている様な雰囲気のジェイクさんの言葉で、少しイライラしだした助手が俺のその言動で更に不機嫌になった。
「チッ!!相変わらず生意気な!!」
「生意気で結構!
俺、こう見えて結構頑固なんだ。
何言われようと、何されようと、譲れないものに対しては絶対に譲らないし、自分の意見、何が何でも押し通すから!!」
そう高らかに宣言すれば、
「良く分かってる」
と呆れた様に頷くナト。
そんなナトに、相も変わらず表情筋が有給中の俺の代わりと言わんばかりにジェイクさんが不敵な笑みを向ける。
「そもそも、キビ。
お前達はオーブも霊薬も持ってないだろう?
持ってるのはさっき逃げた奴等。
だからこその時間稼ぎだろう?」
「さぁ、どうだろう?
他は知らないけど俺にとっては霊薬も『オーブ』もどうでも良い物だからな。
仲間の命の前ではリサイクル出来るゴミより価値がない物なんだよ。
だから、普通はそう考えるって分かった上で裏をかいて俺達が持ってるかもしれないよ?」
「・・・・・・本当にキビはそう言う事やるから判断出来ないんだよ」
「フフ。
俺の事良く分かってる従姉妹で嬉しいよ、ナト。
だから態々俺達の時間稼ぎに付き合ってくれたんだろう?」
「そこ等辺まで計算して囮役を買って出た奴が何言ってるんだ。
本当、そう言う意地の悪い所まで伯父さんに似てきたな」
「親子なんだから似るのは当然だろう?
まぁ、意地悪って言うのは納得出来ないけど」
さぁて、今回はどーちっだ。
と渋い顔をするナトを更に茶化す。
キャラさんの話じゃナト達は俺が海月茸農園で、
『何だってやる。
命以外だったら、何だって犠牲に出来る』
ってスマホをぶん投げで自分の意思で花なり病を発症させた事を覚えてるみたいだ。
いや、あまりに強烈な出来事過ぎてナト達の記憶から綺麗サッパリ消せなかったって言う方が正しいのか?
俺の財布や作ったお弁当も処分できなかったみたいだし。
まぁ、それでも、ナト達の方が魔女達に騙されて洗脳されてるとか、この世界を滅茶苦茶にしようとしてるのは魔女や黒幕達の方だとか、俺の方が先に魔女達に『召喚』されたとか。
そう言う都合が悪い記憶は消せなかった部分と違和感なく繋がる様に改竄して、
『魔王達に『召喚』され騙された俺が命がけでナト達を連れ戻そうとしてる』
って事にナトと高橋の中ではなってるらしいけど。
そんな直ぐ綻びそうな滅茶苦茶な改竄されてるなら、もう少し頑張って全ての記憶正確に覚えててよ!!
って思うのは酷な事なのかな?
少しでも正しく覚えてくれてるだけでも僥倖って思うべき?
まぁ、兎に角、そのお陰で俺がいざって時にはなんの躊躇いもなく『オーブ』や霊薬を犠牲に出来るってナトは思ってくれてるみたいだ。
そしてナトは俺が人命を優先する人間だって良く分かってくれてる。
だから今回の場合、ルグ達を無事に逃がす為の脅しの材料として『オーブ』や霊薬を隠し持ってるかもしれないって思ってくれてる訳で、事前に聞いた間違った情報のお陰でナト達は迂闊に動けなくなってるんだ。
高性能な自分の頭が導き出した答えのせいで雁字搦めになって動けなくなってる。
俺も直ぐそう言う事になるから本当気を付けないといけないな。
他人のふり見て我がふり直せ。
そう思いつつ、更にナトを惑わす言葉を重ねる。
「・・・・・・無理矢理襲い掛かって奪ってみる?」
「お前がそう言うって事は、偽物を用意した上で本物まで持ってる可能性が高いな。
それでいざって時は本物のオーブや霊薬を俺達に壊させる気だろう?
精神的に追い詰めて根こそぎ戦意を奪う為にさ」
「フフ。さぁ、どうだろうなぁ?
あぁ、でも、懐に忍ばせておいた何かのお陰で助かったって展開、憧れるよな。
こんな危ない世界に居るなら1度はそう言う事経験してみたいと思わないか、ナト?」
「ますます判断し辛くするのやめろよ、キビ」
「やだ。こうでもしないとナト達、今直ぐさっきまでみたいに襲い掛かってくるだろう?」
このままお喋りだけで時間を稼げれば良いんだけど、そろそろそれも限界かな?
ナトと高橋が待ったを掛けてくれてるから今の所どうにか大丈夫だったけど、そろそろ我慢の限界が来た助手や兵士、魔女に操られたキャラさんが攻撃を仕掛けてきそうだ。
それが分かっているから背中を嫌な汗が伝い、体がガクガク震えそうになる。
声まで震えて言葉が出なくなりそうな時は四郎さんが助けてくれるし、ジェイクさんに、
「シッカリしろ!
相手にバレる様な迂闊な事はするな!
最後まで演じ切るんだ!!」
って無言の喝を入れられてるからどうにか口を回し続けられてる。
けど、怖いものはやっぱり怖い!!
あまりの恐怖に最後までナト達を騙しきれるか不安になってきた。
怖いし不安しかないけどやるって言ったんだから、任せろって大見え切ったんだから、頑張ってやり切ってやるけど!!
「良く分かってると思うけどさ、俺、痛いのも恐いのも大っ嫌いなんだ」
「だったら!!
だったら、魔王や魔族なんかの仲間にならなければいいだろう!!?
そいつ等なんかと一緒に居るからキビまで戦う羽目に、大っ嫌いだって言う痛い思いをする羽目になってるんだろうがッ!!!」
そう泣きそうになりながら叫ぶナトに、俺は静かに首を横に振るって答えた。
こちら側に来いと、自分達と同じく魔女や黒幕達の仲間になれと言う誘いに対する答え。
俺は絶対に魔女達何かの仲間にはならない!
「逆に聞くよ、ナト、高橋。
そいつ等見切ってルディさんとキャラさんと一緒にこっち来る気はない?
ルディさん達をピコンさん達の元に送り届けて、直ぐにでも俺達の世界に帰る気は、ない?」
「・・・・・・・・・分かってるだろう?
何度も言わせるな」
「そう・・・・・・揺らぎもしてくれないんだな」
「当然だろう?」
分かっていたけど、交渉決裂。
人質が居る事を忘れたのか?
と魔女が無言で脅しかけてくるけど、もうそれもいい。
もう、関係ないんだ。
「けど・・・・・・・・・
今回は俺の我儘、押し通させてもらうから!!!」
そう叫んだ俺の言葉が、ナト達の手前で爆発炎上した。
いや、俺が叫んだタイミングで待ち望んでた誰かがナト達を攻撃したんだ。