223,逃げて 前編
「それと、お前等が持ってる事にアイツ等は既に気づいてる」
「持ってる事に気づいてるって、蘇生薬についてですか?
その事なら既に想定済み・・・・・・」
「違う。『光のオーブ』と霊薬の大本だ」
「・・・・・・は?」
『光のオーブ』とあの霊薬を俺達が持ってる?
何を言ってるんだ、キャラさんは?
既に知ってる事も、予想していた事も、ナト達側からの情報を惜しみなく教えてくれるキャラさんが次に言ったその言葉に、そう言う視線を宿した顔を一斉に向ければキャラさんも察しってくれたんだろう。
軽く頭の後ろを掻いて、詳しくその事について教えてくれた。
「あー・・・・・・
お前等が『光のオーブ』と霊薬が湧き出る魔法道具盗んで持ち歩いてるから、取り返す為にえーと・・・
クエイ、とジェイクとマシロだっけ?
そこの魔族3人を生け捕りにしろって命令されたんだよ、石像野郎に」
「石像野郎って、黒幕・・・
自称9代目勇者を名乗ってる何者かですか?」
「そうだ」
キャラさんのその言葉に、本来なら渋い顔を浮かべていただろう。
『光のオーブ』の方は分からないけど、つまり俺達が霊薬製造場を壊したのが敵側に伝わって、新たな霊薬の素材としてクエイさんが狙われてるって事か。
カラドリウス村の水晶を解くより楽だからって。
「クソッたれな理由でクエイが狙われてる事は分かったけど、何でジェイクとマシロちゃんまで狙われてるんだよ?
そもそも俺様達、誰も『光のオーブ』なんって持ってないぞ?」
「どう考えても勘違いだろうね。
スパイに入ってた人が『光のオーブ』だと当りをつけてた魔法道具かアクセサリーが赤の勇者達の襲撃で壊れて、その頃にローズ国に逃がされたボク達が持って逃げたと勘違いしたんだと思うよ」
「えーと、私達の実家ってジャックター国の中でもかなり良い家柄だったらしくてね?
それで逃がしてくれたのも女王様の側近さん?
だったらしいんだよ。
だからそう言う色々な偶然が重なって勘違いされたんだと思う」
私はそこ等辺の事も覚えてないけど・・・・・・
とザラさんの最もな疑問に答えるジャイクさんの言葉を補足する様に、自信なさげなマシロがそう言葉を続けた。
なるほど。
確かにそれなら黒幕達が勘違いするのも仕方ないな。
俺が『実』を持ってる事が。
ナト達が集めてる『オーブ』は『実』の偽物だって事がバレた訳じゃ無いのなら、まぁ、良い。
寧ろ、この情報を元にどうにか魔女や黒幕達を罠に嵌めれないかな?
その間違った情報通り、俺達が『光のオーブ』を持ってる事にして、盗聴器や隠しカメラを仕込んだアクセサリーを渡して、魔女や黒幕の本性を記録して。
それでナト達を説得する為の衝撃的な証拠を手に入れる!
そうじゃなくてもそう言う道具をどうにかナト達に持たせられたら、『レーダー』だけじゃ分からないナト達のリアルタイムな情報が手に入るんだ。
だから上手くこの間違った情報を利用してそう言うのを仕掛けるのは良い案だと思うんだけど、どうかな?
「物語の様に上手くはずがない」
とか、
「直ぐに盗聴器とかが仕込まれた偽物だって気づかれて逆に利用される」
とか、
「現実的じゃない」
とか。
そう反対されるだろうか?
そう思って辺りを軽く見回すと、視線が合ったルグが小さく一瞬悪戯っ子の様な笑みを浮かべた。
あぁ、良かった。
ルグも同じ考えだったみたいだ。
「待った。
お前等が何を知って何をやろうとしてるか分からないけど、ボク達の前では何も言うな」
「キャラさん?」
「分かるだろう?
ゾンビに戻ったら、ボク達はアイツ等にお前達から聞いた情報を何で言っちまうんだ。
ゾンビ化を治す薬の事も、お前達の作戦も。
お前達が持ってる情報はこれ以上一切言うな」
「何、言ってるんですか、キャラさん!!」
口を開こうとしたルグの口を押えてそう言うキャラさんに、思わず俺は大声を上げていた。
何で・・・
何でそんな諦切った顔でそんな諦めた事言うんだ!!
漸く連れ戻せたんだ!
2人を魔女達に奪い返されてまたゾンビにされる様な事、させる訳無いだろう!?
「諦めないで下さい!!
直ぐに完全にゾンビから戻れなくても、今直ぐジンさんに来て貰ってお2人も水晶の中で眠って待ってて貰えば良い!!
少し!
ほんの少し眠って待ってて貰えれば、必ずゾンビから戻しますからッ!!
だから、だからそんな事言わないで下さい!!!」
「・・・・・・なぁ、そいつ、タカハシや田中の様に一瞬で此処に来れるのか?」
「ッ!!
・・・・・・いいえ。
でも、ロホホラ村に居るんです!
この直ぐ近くに居るんです!!
だから数十分。
いえ、お互いに急いで向かい合えば10分以内には会えます!!」
「いや、もっと早く会えるはずだよ。
ジン君達にも連絡して、直ぐ来てくれる様言ったから彼等も直ぐ側まで来ているはずさ」
大丈夫だ、と。
必ず助かると言いたげな笑顔を浮かべたジェイクさんがそう言う。
どうも、俺達がナト達に突撃した時には既にジンさん達に連絡してくれていた様だ。
それに今も蓋の開いた通信鏡を握っているって事は、俺達が話し合ってる間に各方面に連絡してくれてたって事だろう。
ならきっと、この状況を良い方向に変えてくれる応援が来てくれるはずだ。
だから大丈夫。
だから諦めないで。
そう精一杯キャラさんに伝えようと動かない顔面の代わりに必死に言葉を紡ぐ。
「ならジンさん達の姿も近くに見えてるはずです!
いざっとなれば『フライ』でジンさん達の近くに行けばいい!!」
「ハッ!お前だって本当は分かってるだろう?
その前にタカハシ達に追いつかれるって。
今だってそいつ等よりもっと近い、もう直ぐそこまで来てるだろうよ」
そんな都合が良い事が起きるのはナト達の方だ。
俺達には物語の様な都合が良い奇跡なんて起きてくれない。
そん位、もうとっくに分かってるだろう?
そう言いたげな顔で今直ぐ『フライ』を使って向かおうと伸ばした俺の手を軽く叩く様に振り解き、諦めた様に鼻で笑うキャラさん。
そのキャラさんの言葉に俺は拒否された手を見つめ唇を噛む事しか出来なかった。
此処に留まって大分経つ。
ロホホラ村より『箱庭遺跡』の方が近い以上、ルディさんとキャラさんを連れて『フライ』を使ってロホホラ村方面に向かったとしても、間違いなくナト達に追いつかれるだろう。
そうなったらほぼほぼ満身創痍の俺達に勝ち目なんって無いんだ。
万全の状態でもあれだけ押されてるのに、疲れ切って、治療しきれてない怪我を負って、薬が抜けきって無くて。
4人もそんな状態でまともな戦力がルグだけ。
その上キャラさんだって魔女が近くに来たらまた唯のゾンビにされて敵になってしまうだろう。
「アイツ等に狙われる心当たりがあるんだろう?
もう間に合わないんだ。
ボク達の事は置いて逃げろ」
「そんな!!そんな事出来る訳無いだろうッ!!!
漸く・・・漸くラムを連れ戻せたんだ!!!
漸くここまで来れたんだ!!!
そんな事位で諦められるかよッ!!!」
「馬鹿野郎ッ!!!現実見やがれッ!!!
ボク達がどう言う状態か、分かってるだろう!?
失敗するのは分かり切ってるんだ。
なら、お前達が今やるべき事はこの情報を生かす事。
そして、アイツ等に絶対に捕まらない事だ!
今は今までの全部生かす為に逃げる選択肢を選ぶべき所なんだよッ!!」
嫌だと激しく抗議するピコンさんに、キャラさんの辛そうな怒号が叩きつけられる。
その真剣な声音で言うキャラさんにピコンさんだけじゃなく俺達の誰もが言い返せなかった。
キャラさんの言う通り、俺達の内の誰かが魔女達に捕まって逆に情報を引き出され、その血肉が利用される前に逃げるべきなんだろう。
「ボクだってこんな事言いたくない。
言いたくないんだ!
けど、けどな。
今は、今はタカハシの事もラムの事も・・・
ボクの事も、全部諦めてくれ」
「ッ・・・・・・」
気持ちを落ち着ける様に深く息を吐き、体をそる様に空を見上げていたキャラさんが体ごとジェイクさんの方に。
ジェイクさんが握る通信鏡の方に向け、諦めの限界を通り越した様な泣きそうで穏やかな笑顔を浮かべもう1度自分達の事は諦めて逃げろと言う。
分かってる。
頭では分かってるんだ。
こんな中途半端な状態じゃ成功するものも成功しないって。
この願いを成就させる為にはしっかり準備を整えて練り上げった一撃を、ベストなタイミングで放つべきだって事位分かり切ってる。
それでも俺は、俺達は素直にキャラさんの言葉に頷けなかった。
「嫌だ!今直ぐ連れ戻したい!!
これ以上大切な人達をこんな事に付き合わせたく無いんだッ!!!」
って気持ちが泣き叫んで理性に縋りついてるんだ。
でも、もう、無理なんだろうな。
ほら、見て見ろよ、あの空を。
少し前から、ジンさんの元に向かおうと言った時から小さな点として見えていたナトと高橋がもうこんなにハッキリ見えている。
もう少ししたらこのレーザーの様な水鉄砲や斬撃だけじゃなくナト達の声もハッキリ届いてくるだろう。
「嫌・・・嫌だッ!!!
逃げて!!
一緒に、何処までも、世界の果てまでも!!!
一緒に逃げ続けよう!!!」
「ダメだ。
さっきも言っただろう?
ゾンビに戻ったら、何を言うか・・・
これ以上ボク達が一緒だとアイツ等に余計な情報まで渡してしまう。
なにより、ボク達まで一緒に居たらタカハシ達は何処までもお前達を追いかける。
ただでさえ狙われてるのにこれ以上アイツ等が執着する理由を作る訳にはいかないんだ。
だから・・・ごめんな?」
「謝らないでよ!!!諦めないで!!
そんな事位で諦められる訳、納得出来る訳ないでしょ!!!
絶対守るからッ!!!
薬が完成してゾンビから戻れるまでずっと守り続けるから!!!
だからッ!!!」
「そこまで言い切れるなんって、少し見ない内に強くなったな。
お前にそこまで言って貰えて嬉しいけど、少し寂しいよ。
ありがとう」
「だからやめてってばッ!!!
そんなこれで最後みたいな言い方しないでよッ!!」
「でもな、もうタイムリミットなんだ」
「おねぇちゃんッ!!!!」
「またな、ルゥ」
さっきからアルさん達と連絡を取ってたんだな。
ジェイクさんが持つ通信鏡に映し出されたミルちゃんが泣き叫ぶ。
単純な作りの小物の様にこの通信鏡を通って今直ぐ此処に来たいと言いたげに、血が出そうな程手を真っ赤にして激しく鏡を殴るけど無情にも通信鏡はミルちゃんを送ってはくれなかった。
ただただ、中身が満杯に満たされたバケツを引っくり返した様な涙で顔面中をグシャグシャにしたミルちゃんを写すだけ。
そんなミルちゃんにキャラさんは、ミルちゃんが出来るだけ安心できる様にと優しく微笑みかけ小さく手を振った。