221,人質 前編
「あー・・・・・・
今日はもう動きたくねぇ・・・・・・」
「ハハ。ボクも同意見だよ」
混乱を極めた俺達が生き物の様にモゴモゴ動くその布から吐き出された時には既に砂の上で、その近くには何故か脱力した様に尻餅を着くジェイクさんが居た。
そのジェイクさんはもう動きたくないと砂の上で寝っ転がるクエイさんに苦笑いで同意している。
ピコンさんもそうだけど、何で2人が此処に居るんだ?
そして何が起きたんだ?
俺達は、ルディさんは助かったのか?
「ジェイク!!ありがとう、助かったよ」
「どういたしまして。皆が無事で良かったよ」
嬉しそうに飛びつくマシロをふらつきながらもどうにか受け止めたジェクさん。
そんな兄弟のやり取りを見て何が起きたのか漸く理解できた。
あぁ、そうか。
ジェイクさんが『オンブラ』の魔法で俺達を助けてくれたんだ。
悪魔の平均以上の実力があるユマさんでもきっとあんなに大きく高く影を操るのは厳しいだろう。
だからジェイクさんもそれだけ無理をして、結果こんなにグッタリしてしまったんだ。
けど、気絶してないだけ比較的まだましな方・・・
いや、巨大グロック事件の時のユマさんの様子的に大切な妹を不安にさせない為、兄としてのプライドで意識を保ってるだけで本当はジェイクさんも気絶しそうな程辛いのかも知らない。
「すみません、ジェイクさん。
良かったらこれ食べて下さい」
「ありがとう、サトウ君」
「クエイさんも、どうぞ。多少は回復するはずです」
「ほら、クエイ。あーん」
俺達の為に使い切ってくれたオーガン内の魔元素を出来るだけ早く回復して貰う為に、俺は急いで『クリエイト』で紙皿と一緒にラムネを出してジェイクさんとクエイさんに渡した。
1つ、2つとゆっくりラムネを口に運ぶジャイクさん達。
スッゴク頑張ってるみたいだけどクエイさんは指一本動かすのも辛い様で、ニヤニヤした笑みを浮かべたザラさんが水と一緒に無理矢理口に押し込んでいたけど。
その光景を見て少し不安になる。
つい前と同じ様にラムネを出しちゃったけど今回は戦ったり走りながら食べる訳じゃ無いし、ガッツリお腹に溜まる物を出すべきだったかな?
それとも疲れ切った体や顎をあまり動かさずに食べれる柔らかい物やスープの様な物の方が良かった?
そう大粒のラムネをチマチマ食べる2人を見て、食べにくいとか効率が悪いとか。
そう思って無いか不安になって作り直そうか尋ねると、ジャイクさんが大丈夫だと笑って言ってくれた。
ただ量が少なかった様なので、急いで量産する。
「でも、驚きました。
良く皆さんこの短時間で『箱庭遺跡』の近くまで来れましたね」
「ん~?どうもサトウ君、気づいて無いみたいだけど、君達の方が村に戻って来たんだよ」
「え!?」
『クリエイト』でラムネやチョコを出しながらジェイクさんが指さした方を見ると、少し離れた場所にテントの花畑が見えた。
その光景に息が詰まる。
本当に驚いた。
気づかない内に俺、此処までハイスピードで飛んで来てたんだ。
あのまま飛んでたら、俺達何処まで行ってたんだろう?
大海原の真ん中で力尽きる・・・
なんって事は流石に無いよな?
「す、すみません!
逃げるのに必死で、まさかこんな・・・・・・」
「みたいだね」
「それはそうと、逃げてる時に何があったんだ?
そいつ等に暴れられたのか?」
「それが・・・・・・」
クエイさんを介抱する手は止めず、軽く首を動かすザラさん。
落ちる恐怖に本能的に気絶したのか、それともルグかクエイさんが眠らせたのか。
そのザラさんの視線の先には、ピコンさんと静かに眠るルディさんとキャラさんの姿が有った。
ピコンさん達が間に合ってくれたお陰でルディさんに怪我らしい怪我は無い。
でもそんな死んだ様に静かに目を瞑るルディさんを、漸く連れ戻せた安心以上に不安を表したピコンさんが泣きそうに見つめている。
そう、だよな。
連れ戻せてもまだ蘇生薬は完成してないんだ。
ルグが直ぐにジンさんに連絡してくれたから、ルディさん達の人権がズタボロに侵されずに済むようには。
他のローズ国の人達と同じ様に魔法の水晶の中に閉じ込める事は、出来る。
でも、ルディさん達をゾンビから戻せない以上、それは本当の意味で助けた事にはならないんだ。
相変わらずの一時しのぎ。
これもピコンさんやミルちゃん達にとっては辛い一時の別れって言えるよな。
だからこそきっと、ピコンさんは今あんな表情をしてるんだ。
「何と説明するば・・・・・・
キャラさんが暴れて・・・
いえ、正気な状態で、自分の意思がある状態で今のナト達の元に戻るって言いだして・・・
それで混乱してる間に、ナト達の所に戻ろうとしたルディさんが飛び降りて・・・・・・」
「あ・・・ラム。起きて・・・・・・ッ!!
ラム!!!何やってるんだ!!!
やめろッ!!!」
「ッ!!?ピコンさん!!?何が・・・・・・」
そんなピコンさんから視線を反らし、ザラさんに向き直って木箱ボートの上で何があったのか説明しようとした。
正直言って当事者の俺達でも完璧に説明できる程現状を理解出来てる訳じゃ無い。
本当、何でキャラさんは魔女達に言わされた訳じゃ無いのにあんな事言ったんだ?
魔女の命令を遂行しようとしたゾンビのルディさんが飛び降りたからその答えを聞けなかったけど、一体キャラさんはどうしてしまったんだろう?
意志あるゾンビの状態でナト達と一緒に行動してたからストックホルム症候群とかに陥ってしまったのか?
それとも何処かのデスゲームの様に、体内に爆弾とか仕込まれてナトや魔女達から離れ過ぎると死んでしまうとか?
それならあんなに必死に戻るって言うのも納得出来る。
気分は底知らずに最悪だけど。
そう考え本来なら盛大に渋い顔をしていただろう声音でそう言っていると、ピコンさんから木霊する程の悲鳴が上がった。
その声に弾かれる様に引っ張られピコンさんの方に視線を戻すと、
「ルディさん!!?」
ルディさんがゲームのゾンビの様に、自分を後ろから抱く様に抑え込もうとしてるピコンさんの腕に噛みついていた。
何度も、何度も、カジカジとピコンさんの腕に噛みついて、血が出てボロボロになるのも構わず引っ掻いて。
あの穏やかで優しい本来の姿からは想像出来ない、自ら身を投げた時以上に恐ろしく機械的な無表情で暴れるルディさん。
そんなルディさんに傷つけられ、ピコンさんの顔は酷く歪んでいた。
「ダメだッ!!!!!!
今、僕が手を放したらラムは自分の舌を噛んで死んでしまう!!
今、ラムを離す訳にはいかないんだッ!!!」
「ッ!!
クエイさん!!!睡眠薬かなんかをッ!!!」
「言われなくても分かってるッ!!!」
ピコンさんを自分の意思とは関係ない所で、酷い跡が残りそうな程傷つけ続けるルディさん。
そんなルディさんをピコンさんから引き離そうと立ち上がって一歩近づいたら、そんな俺達の行動を察したピコンさんがそう痛みに耐えながら叫ぶ。
今ピコンさんがルディさんに噛まれてるのは、目が覚めて直ぐ舌を噛んで自殺しようとしたルディさんを身を挺して止めているから。
そのルディさんの行動は最悪な事に今も続いてるんだ。
だから何度も何度も噛み千切れない自分の舌の代わりに、機械的にピコンさんの腕を噛んでいる。
と言う事は、さっき木箱ボートから飛び降りたのもナト達の所に戻ろうとしたからじゃ無くて・・・・・・
だったらピコンさから引き剥がして縛っても意味が無い。
魔女にどんな命令をされたのか。
今のルディさんはその時出来るあらゆる方法で自殺しようとする様な最悪に最悪過ぎる状態なんだ。
だったら今出来る最善策は1つ。
体を動かせない様に強制的に脳を深く眠らせる!
そう思って急いでクエイさんの方に振り返った俺の顔と、煙草を咥えて片手にクエイさんの手袋を嵌めようとするザラさんの体がすれ違った。
「大丈夫か、ピコン、ザラ!!?」
「大丈夫、大丈夫。少し煙吸っただけだからー」
「それ、本当に大丈夫なのかよ?」
「クエイ特製の気付け薬があるから問題ない!」
「ほらよ」
「ありがとー」
走り寄ってピコンさんの口と鼻を片手で抑え込んで、口に咥えたままパチンッと火を着けた薬煙草をもう片方の手に持ち直し、ルディさんにその煙を浴びせる。
その流れる様なザラさんの無言の行動の後、重なる様に3人が倒れた。
それを見て改めてピコンさん達の元に向かう直ぐに動ける俺達3人。
手分けして慌てて3人を抱き起せば、ルディさんは完全に眠り落ちていて、ピコンさんとザラさんは少しフラフラしていた。
応急処置としてピコンさんの腕に『ヒール』を掛けるのに集中してる俺の後ろ側で、そう声を掛けるかなり焦ったルグの声が聞こえる。
ルグがそれだけ焦る程ザラさんは酷い状態なんだろうか?
そう不安に思いつつもかなりボーッとしてるピコンさんの治療を優先させてたら、居眠り5秒前の様にウツラウツラしたザラさんの声が聞こえてきた。
そのザラさんの言葉通り、2人も多少薬煙草の煙を吸い込んでしまった様だ。
ピコンさんがボーッとしてるのもそのせいなんだろうな。
酷い貧血でこんな状態に陥ってるかもしれないと不安だったけど、そこは大丈夫そう?
いや、素人判断で決めつけるのは絶対良くないな。
念の為にクエイさんに見て貰った方が良い。
ただ、クエイさんが治療や診察出来る様な状態まで回復出来てるか・・・
そう別の不安まで湧き出てくるけど、多少はましになった、のかな?
そう思ったのは、ザラさんの要求通りクエイさんが気付け薬らしい小指の爪よりも小さな駄菓子の様な黄色い粒の入った小瓶を投げて来たから。
でも、多少回復したと言ってもクエイさんの体調はまだ万全じゃ無いんだろう。
遥か手前のかなりズレた場所に向かったその投げられた小瓶を見事キャッチしたルグが、その中身をササっと取り出しピコンさんとザラさんの口に1粒ずつ押し込んだ。




