220,落ちる、落ちる
「ッくしょう・・・ちくしょうぉおおおお!!!」
念密に計画した作戦でも簡単に失敗するんだから、即興で考えた作戦ならもっと失敗するのも当然の事だって分かってる。
それでも、ルディさんとキャラさんを助け出す事が出来たんだ。
それだけでもこの即興作戦で十分な成果を得られたと言えるだろう。
でも、あんなに望んでいたナトの手を取る事を、自ら諦めた。
その事実に涙腺が壊れ切った様に悔し涙が止めどなく溢れてくる。
悔しい、悔しい、悔しいッ!!!
そうお腹がひっくり返って胸を掻き毟り穴を開けたい程叫ぶ自分の心を無視して俺は、この最悪な現状から1歩でも抜け出す為に木箱ボートを飛ばし続けた。
ルディさんとキャラさん、漸く救い出せたゾンビにされた2人がこれ以上魔女達のせいでやりたくない事を無理矢理やらされない様に。
2人の本当の心がこれ以上無視されない為に、冷静に現実を顧みた俺の頭は俺の心を無視する道を選んだんだ。
「今直ぐ止まれッ!!!戻れッ!!!」
「ッ!!?」
その俺の覚悟を踏みにじる様に、爆音を吐き出しながらマシロの腕を乱暴に振り払ったキャラさんが俺に飛び掛かってくる。
そのせいで地上から遥か上空で暴れそうになる木箱ボート。
更にそのせいでキャラさんに突きは離された衝撃で盛大に尻餅を着いてマシロが、起き上がれないままベンチに頭をぶつけそうになっていた。
まぁ、直ぐにルグが物語の王子様の様に颯爽と助けてくれたから未遂で終わってくれたんだけど。
でもその事にホッとする暇なんってキャラさんは与えてくれなくて、俺の抵抗を表す様に更に木箱ボートが暴れる。
そんな木箱ボートとキャラさんを大人しくさせる為に俺はこれ以上木箱ボートを飛ばす事が出来なくなった。
「コノッ!!!暴れるな!!!」
「ゲホッ!ゲホッ!!」
「キビ君!!!大丈夫!!?」
「だ、大丈夫・・・・・・」
その空中で急停止した木箱ボートの中で、マシロの安全を確保して俺からキャラさんを引き剥がしたルグと、俺に襲い掛かって来た勢いを一切衰えさせないキャラさんが取っ組み合っている。
その光景を俺は咳き込む背中をマシロにさ擦れられながら見守る事しか出来なかった。
「何でも良いから今直ぐタカハシ達の所に戻れッ!!!!」
「頼むから大人しくしてくれ、キャラ!!
オイラ達はお前等を助けようとしてんだ!!!
まだ少しでも自分の意思が起きてるなら、アイツ等に操られた自分の体がこれ以上暴れない様に抵抗してくれッ!!!」
魔女に命令された通り離れたナト達の元に戻せと暴れるキャラさん。
「ダメだ!!」
とか
「このままじゃ!!」
とか。
キャラさんはルグに抑えられながらも必死に、そう肝心な言葉が無い様な事を叫ぶ。
その言葉足らずな必死さは魔女の命令で言わされてるにしては違和感があって、コレはあそこまでナトと高橋がゾンビの事に気づかないのも無理は無いと、大半混乱したままの頭が漠然と思っていた。
いや、本当にキャラさんは魔女達に言わされて帰ろうと暴れてるのか?
あのゾンビ村で見た人達の様な、NPC同然と言った感じが本当に今のキャラさんから感じない。
必死になり過ぎて冷静さを失って周りが見えなくなってる。
まさにそんな、何時かの自分達を見てる様な、自分の意思がある生きた人間らしい反応をしてる様に見えるんだ。
「あ・・・」
そんなキャラさんと目が合った。
涎を吐き飛ばす勢いで言葉を吐き続けるその口だけはそのままに、しっかりと見開いた力強い光が宿った鋭い目が、真っ直ぐ俺を射抜く。
「違うッ!!!
エド、キャラさん、今正気!!!
自分の意思で話してる!!!」
「え!!?はぁ!!?」
ルグに抑えられながらもどうにか上げたそのキャラさんの両目は紫一色じゃなく、海月茸農園で魔女に抵抗した時と同じオッドアイになっていた。
その力強い茶色の瞳が訴えてくる。
魔女達に言わされてるんじゃ無い、と。
自分は今、自分自身の意思で話してる、と。
「じゃあ何でアイツラ等の所に戻るなんってい
「ルディさんッ!!!?」
自身の本来の毛の色の様に目を白黒させるルグの向こう側で、不意に影が動く。
その影の正体は今まで停止ボタンを押された機械の様にボーと大人しく座り込んでいたルディさんで、無表情のままフラフラと立ち上がったルディさんは真っ直ぐ近くの木箱ボートの縁に向かい、そこに手を掛け・・・・・・
一切の躊躇いなく外に向かって身を投げた。
「きゃあああああああああ!!!!」
「ッ!!『フライ』!!!!」
引きつった声でルディさんの名前を呼ぶ事しか出来なかった俺の体が、切り裂く様なマシロの悲鳴で弾かれる。
転げながらも慌ててルディさんが飛び降りた場所に向かって、木箱ボートの縁に痛い位ぶつかる勢いで下を覗き込んで。
恐ろしい位の無表情のまま重力に従って何の抵抗もなく落ちていくルディさんに向かって『フライ』を掛けながら、その体勢のまま急いで木箱ボートを操作して追いかける。
「ルディさぁああああああん!!!」
「ラムッ!!!」
ダメだ!ダメだ!!ダメだッ!!!
ルディさんが落ちるスピードの方が速くて、『フライ』の魔法が届かない。
下が柔らかい砂の海だとは言え、この高さから落ちたらルディさんはッ!!
そう絶望的な考えが支配する俺の頭に、此処に居るはずの無いピコンさんの声が届く。
絶望のあまり聞こえた幻聴か?
そう思いそうになる頭の中を吹っ飛ばす様に、俺達の少し斜め上から突然現れた白い翼を生やしたピコンさんがルディさんを抱き留めた。
いや、カラドリウス本来の姿に戻ったクエイさんがピコンさんを掴んで飛んでるんだ。
そのピコンさんとルディさんを掴んだクエイさんの体がフラリと揺れて落ちた。
「あああああああああああああ!!!
ピコンさん!!クエイさんッ!!!」
あぁ、ダメだ。
クエイさん、昨日の疲労が残っていて環境が良くてもまともに飛ぶ事が出来ないんだ!!
それが分かって俺は、止めそうになった木箱のスピードを更に上げた。
間に合え!間に合え!!間に合えッ!!!
そう願ったのは、叫んだのは一体誰だったか。
自分か、ルグか、マシロか、四郎さんか、キャラさんか。
誰のものか分からなくなる程の悲鳴と絶叫が折り重なり、激しい雨の様にピコンさん達や砂漠に降り注ぐ。
「間にあ・・・うわぁ!!!?」
どうにか3人を受け止めないとッ!!!
そう思ってそれ以外考えられなくっていたのがいけなかったんだろう。
本当に突然、気づいた時には既に目の前に真黒な布製のテントが現れて、勢い良くそれにぶつかった俺達はその大きな布の中に投げ出されてしまった。
その空気を含んでフンワリした布が、先に落ちてきていたクエイさん達と一緒に俺達を包み込む。




