44,跳ねかえる巨大クロッグ 1匹目
この事件は俺がこの世界に来る、数十年も前から始まっていた。
「巨大クロッグの駆除?」
「そうだ」
この世界に来てからの日課になった今日の依頼を選ぶ為にギルドに来ると、何時もならあるはずの隙間無く張られた依頼書が1枚も無い事に首を傾げる。
「今までこんな事無かった。どう言う事なんだ?」
と、ボスが居るカウンターに行くと、ボスは1枚の依頼書をカウンターに置いた。
その依頼書に書かれていたのが『巨大クロッグの駆除』。
依頼人は、
「ローズ国王かぁ・・・・・・」
「早朝から『今、ローズ国に居る冒険者全員に此れ以外受けさせるな!!』と、御達しがあったんだよ」
はぁ、とボスはウンザリした様に溜息を吐く。
ボスの様子やこの世界に来てからの経験を思うに、ろくでもない依頼なんだろうなぁ。
そう俺が思っていると、後ろからルグが依頼書を覗き込み依頼内容を読み上げた。
「え~と、
『巨大クロッグの駆除。
エスメラルダとスペクトラ湖で巨大化したクロッグが暴れている。
どうにかしろ!!』
・・・・・・これだけ?」
「それだけだ」
「あー、何とも適当な依頼な事で」
ルグの言う通り、本当に適当な依頼内容だ。
どうして依頼して、何をして欲しいか。
他の依頼書にはもっと具体的に書かれているぞ?
採取依頼なら何を幾つ採って来るとか、討伐以来ならその依頼対象の魔物を殺すとか生け捕りにするとか。
「えっと、クロッグって小さな蛙の魔物だよね?
掌に乗る位の」
「うん。
俺もこの国の地下水道で見た事あるけど、この世界に来て1日も経ってない俺でも倒せる魔物だった。
技は厄介だけど、無音石や『無音』の魔法を使えば唯の雨蛙だよ」
そう言えば、俺が初めて倒した魔物もクロッグだったけ。
『プチアースウェーブ』を『アタッチマジック』で掛けた小石を打って地面を盛り上げたら、ショック死したんだよなぁ。
あのクロッグのドロップアイテムの時間結晶は鞄に使われているし、何だかんだで思い出深い魔物だ。
「それに今まで発見された最大のものでも拳位しか居ないはず。
それが暴れててもここまでする程の被害は出ないと思うんだけど・・・・・・」
「そうだよね。
一国の王様が直々に依頼する様な内容じゃないよね?」
「そういやぁお前等、この国の生まれじゃなかったな。
ちょっと待ってろ・・・確かこの辺に・・・・・・
あった、あった!」
不思議そうにボスを見る俺達の顔を見たボスは、カウンターの中から何かを取り出した。
それは古い紙。
黄ばんでボロボロになったその紙には蛙らしき生き物を抱えた髭の生えた若い男の挿絵と、殆ど霞んで読めなくなった小さな文字が書かれていた。
『エスメラルダ研究所、クロッグの巨大化に成功!!』
と辛うじて読める事から、多分この古紙は新聞や雑誌みたいな物なんだと言う事が分かる。
「知っての通り、クロッグってぇのは小さな魔物だ。
クロッグのオーガンから作られる時間結晶は便利なんだが、いかんせクロッグが小さいせいで1個、時間結晶を作るのに大量のクロッグのオーガンが必要なんだよ」
「確か~・・・・・・
1個作るのに最低でも30匹分のクロッグが必要なはずだよ」
「理想を言えば50匹は欲しいって、前ユマ言ってたよな?」
「うん。
30匹分でも十分だけど、良い物を作るなら5、60匹分位はないと・・・」
「つまり、それだけの数のクロッグを狩らなくて済む様にクロッグを巨大化させたと」
俺の場合、『ドロップ』で比較的簡単に沢山手に入ったからそんなに苦じゃなかったけど、本来ならそれだけのクロッグの犠牲が必要なのか。
何だかんだ色んな物に時間結晶や時空結晶って使われているんだよな、この国。
下手したらクロッグを絶滅させてるぞ。
その考えから研究が始まったと言うよりは、少しでも楽に時間結晶や時空結晶を作る為に研究していたんだろうな。
狩り過ぎとか絶滅とか考えてるなら時間結晶とかを作るのをやめて保護すれば良い事だし。
研究の目的は何十匹ものクロッグを狩る手間を無くす為に、1匹でも時間結晶を作れる程の大きなオーガンを持ったクロッグを作る事なんだろう。
簡単に言ってしまえば品種改良。
俺が居た世界では極々普通に、日常的に行われている行為だ。
「そうだ。30年位前だったか?
今の国王が王位を継いで直ぐに始めた事だ。
依頼書に書かれているエスメラルダって言うアーサーベルから真っ直ぐ東。
ローズ国の最東端辺りにある街に研究所を建てさせた」
そこに集まった魔法学の研究者達はとても優秀だったらしく、たったの10年足らずであの古紙、新聞が書かれた。
その新聞が書かれた当時は街中、いや国中がお祭り騒ぎだったらしい。
「なにせ、『クロッグの巨大化は不可能だと』と国中の殆どの奴等がその研究者達を鼻で笑ってたんだからなぁ。
あの時まで魔物や植物の改造を成功させた人間は誰一人居なかった。
御伽噺の魔王や四天王なら兎も角、唯の人間が成功させたんだ。
騒がずに居られるか」
その時の事を思い出しボスは笑いながらそう言った。
その研究所の成功を期に、ローズ国を始め、人間の国でもコカトリスとかの品種改良が盛んになったらしい。
そのお陰か、その手の人材が数多く色んな研究機関から輩出された。
まぁ、当然と言えば当然なんだけど、その切欠となった研究所職員も負けじと研究に没頭したらしい。
それこそ何かに取り付かれたみたいに、研究以外の事が理解も認識もできず、我を忘れて。
「そして我に返ったら、こんな大事件になっていたと?」
「あぁ、そうだ。
噂に聞いた話だと、特に主任の気迫と研究に対する執着は異常だったらしい。
『自分の人生を掛けてでも誰もが納得し、誰も超えられないクロッグを作り出すんだ!!』
と毎日言っていた、なんて話を聞く位だ」
「え~と・・・・・・
とても向上心のある人何んだね」
ユマさんの苦し紛れの言葉に俺達の顔には微妙な苦笑いしか浮かばなかった。
「それで、その研究者達はクロッグをどんな風に改造したのか、何か詳しい情報ってあります?
例えば、ただどんどん大きくしていっただけとか、技を強化していったとか、繁殖能力が異常とか、食性や性格を変えたとか・・・」
「恐らく、どんどんデカクしていったんだろう」
同じ事を俺達よりも前に来た冒険者、ほぼ全員に聞かれたらしい。
そりゃあ、敵の事を出来るだけ詳しく知らないと、対処のしようが無いもんな。
だけど、おっさんから辛うじて聞き出せた話では、具体的にどんなクロッグが暴れているか解らなかった。
そもそもおっさんは命令したまま放置していて、クロッグが今どんな風に改造されたか全く知らない。
どころか興味も無かったそうだ。
おっさんが欲しいのは時間結晶。
それがどんな生き物から取れようがどうでもいい。
簡単に時間結晶が手に入ればそれだけで良かったんだからな。
「昨日・・・
いや、日付が変わってたから今日か?
真夜中、エスメラルダ研究所から通信鏡で緊急の連絡が来た」
『現在研究中のクロッグが街と湖で暴れている。
助けてくれ』
簡単に言えばそう言う事だ。
だけど、連絡を遣した研究者はパニックに陥っていて、ボロボロの建物の中で殆ど意味の解らない事を叫んでいたらしい。
連絡を受け取った兵士が何とかその研究者の言いたい事を理解し、落ち着かせて詳しい事を聞こうと試みていると急に通信が切れた。
その直前、研究者が劈く様な悲鳴を上げ逃げ出し、何か大きな影が辺り一帯を覆った瞬間通信が切れた事から、恐らく巨大なクロッグに通信鏡が踏み潰されたんだろう。
依頼の『巨大クロッグ』もそこからの予想だ。
だからってまだ巨大な影の正体がクロッグだと断定した訳じゃない。
影しか見ていない訳だから、もしかしたらクロッグが暴れたせいで脱走。
もしくは街に侵入した別の巨大生物の可能性もある訳だ。
いや、そもそも本当に生き物だったかも怪しい。
『ボロボロの建物の中』って事は何かの拍子にその建物が崩壊した可能性もある。
「それ以外は全く解らないんだよな?」
「あぁ」
ルグの言葉にボスが頷く。
「う~、これ以上はどうしようもないか。
ユマ、サトウ、ここでこうしていても仕方ないし、出来るか限りの準備をしに行こうぜ」
「うん」
「そーだな。あ、そうだ。
職員さん、他の冒険者の方達ってまだこの街に居ますか?
出来れば情報交換したいと思ってるんですけど」
「あぁ!そう言えば言い忘れてたな。
1番最初に来た冒険者の提案で、3日後の朝6時に依頼を受けた冒険者全員、このギルドに集まって一緒に行く事になったんだ」
ボス、それとっても大事な事!!
忘れないで!!
危うくフライングする所だったよ。
エスメラルダまでは此処から馬車で約1日、それから船で数時間も掛るらしい。
その為、何台か馬車と船を借りて全員で行った方が楽でお得なんだそうだ。
「遅れるんじゃ無いぞー」
とボスに茶化されながら、この依頼の代表と言う名の1番最初に依頼を受けた冒険者、レット・バトラーさんの居場所が書かれたボスの手書きの地図と、俺が代表してサインした依頼書、報酬の前金10万リラを手に俺達はギルドを出た。




